第27話 連鎖逸失
「さて、どうだったかな? 私たちのパーティーは」
第五階層の最奥。
通称『階層主の間』までを同行し、到着と同時にアルフレッドさんたちのパーティーに対する感想を聞かれた。
つい先日、『黄金林檎』のパーティー、つまりヴォルフさん達が階層主を撃破し、第六階層への道を開いたばかりなので、当然まだ再湧出していない。
再湧出までは安全地帯となるのが『階層主の間』のいいところだ。迷宮内で期間限定とはいえ完全に安全確保できるのは、此処くらいと言ってもいいだろう。それ以外は確実に「哨戒当番」を立てる必要がある。
とはいえどう答えたものか――
「正直凄いですね。これならやり様によっては『連鎖逸失』も何とかなるんじゃないですか?」
濁す必要も感じなかったので正直に伝える。
これはお世辞や社交辞令といった類のものじゃない。
戦闘能力という点においては、この世界の中にいるヒトと比べれば突出したものをもっている俺の立場から見ても、正直にそう思えるほどのものだった。
確かにレベル7というつい最近までの上限レベルで第五階層を攻略するのだから、レベル的に余裕があったのは間違いない。
だけど護りに関してはアルフレッドさんが「盾役」である前衛二人に多重にかけて切らさない『絶対障壁』で基本無傷。
攻撃に関してはアンヌさんが味方の大技に『防御貫通』を確実に合わせることで大ダメージを与える。
俺の『閃光』による遠距離からの一方的殲滅には及ばないものの、パーティー戦闘として全く危なげなくこなしていく様は、常に「格上」との戦闘を想定していることをうかがわせるには充分なものだった。
だから最初にアルフレッドさんが口にした、『連鎖逸失』からヒトを解放するという言葉になぞらえて、そういう感想を口にしてみたのだ。
もっともアルフレッドさん達のステータスや使用した魔法、技の詳細情報を管制管理意識体が表示してくれていることを言うわけにもいかないので、ざっくりとした感想になってしまってはいるが。
それとかなり便利な唯一魔法と、プレイヤーでなければ先天的にしか獲得できない能力であり、俺が取得を急いだものと同じ『レベル連動多重詠唱』を兄妹でもっているところも気にはなる。
「天才」と呼ばれるには、それくらいの才能を持っていて然るべきだということは出来る。
まさかあるまいとはおもう。
それにもしもそうなら『レベル連動魔力回復上昇』も取るだろうし、熟練度による『無詠唱』や『即時発動』もなければおかしい。
質問したら、逆になんでそこまでわかってるんだと、逆に質問攻めにされそうだしなー
どうしたもんか。
「…………」
だが俺の感想に対して、アルフレッドさんが驚いたような表情を浮かべている。
いやアルフレッドさんだけではなく、アンヌさんやここまで常に無表情だったパーティーメンバーであるお姉さま方も初めて感情を表に出しておられる。
なんか変なこと言ったかな?
あんな強烈な出逢いで飛び出た台詞になぞらえることが、そんなに不思議なこととも思えないが。
「さすがは「魔法使い」とはいえたった一人の新人冒険者個人に対して、あの『黄金の林檎』が友好同盟を申し込むだけのことはあるね、ヒイロ君。――そこに最初に言及したヒトは、私が声をかけさせてもらった多くの冒険者の中でもヒイロ君で二人目だ」
やっぱりその表情の原因は、『連鎖逸失』に言及したからなのか。
なぜそれがそこまで特別視されるのか、いまいちピンとこないがどうやらそうらしい。
一人目が誰なのか気になるところだけど、ヴォルフさんなのかな?
「ヒイロ君は、現在の迷宮の……いや世界の状況をどう思う?」
「そういうきき方になるということは、どこか歪を感じておられるのですね?」
アルフレッドさんの軸足は『連鎖逸失』であることは間違いない。
さっきの戦い方からしても、それに挑むことを前提にした組み立てをしているのだろう。
冒険者界隈で異端視されつつも敬意や畏怖を抱かれているのは、不可能ごとに挑み続けているから故なのかもしれない。ヴォルフさん達『黄金林檎』が、大貴族の嫡男というだけで友好同盟を結ぶとは考えにくいしね。
さっきもらった管制管理意識体からの表面的な情報だけではなく、もっと生きた情報を収集する必要があるかもしれないな。
「そうだね、問答を仕掛けたいわけじゃないから単刀直入に言おうか。――私は『連鎖逸失』は人為的なものだと疑っている」
「――っ!?」
一周目の俺であっても、『連鎖逸失』が起こっていない遺跡や迷宮でレべリングをすればいいだけだったので、深く考えたことはなかった。
だけど『連鎖逸失』が起こっていない、すなわちヒトの手が入っていない迷宮という図式が成り立つとすれば、アルフレッドさんの予測が当たっている可能性は高くなる。
「私が自分で経験した限りでは、迷宮というのはあたかもヒトを強化するために存在しているかのようだ。それが最下層でもないのに突然途切れるというのは不自然な気がするのだよ――子供の頃に、ふと思いついたことから未だに解放されていない」
それは間違っていない。
プレイヤーであった俺だからこそ確信をもって断言できる。
確かに迷宮はそのために存在しているのだ。
正確にはヒトではなくプレイヤーをだが、冒険者たちが迷宮を攻略しているという設定がある以上、そこを舞台にプレイヤーを含めた冒険者たちが成長していかなければ確かにおかしい。
最序盤から多くの迷宮で『連鎖逸失』が発生し、アーガス島だけがその例外という状況は世界の内側に身を置いてみれば奇異な状況だと気付ける。
ゲーム時代に冒険者プレイをしていれば、その辺の謎も解明できていたんだろうか。
「兄様は納得できないと、次にいけない方なのです」
そう言ってアルフレッドを見つめて微笑むアンヌさん。
ほんとうに兄であるアルフレッドさんを信頼し、慕っているんだな。
さっきからずっと顔が赤いのもそのせいなんだろうか。
ずっと一緒にいてそのテンションだとかなり疲れると思うんだが、それはそれで充実しているのかもしれないな。
「どこかに『連鎖逸失』をつなぐ手段があるんじゃないかといろいろ調べたよ。迷宮ではない地上の『魔物領域』なんかもね。だがどうしても繋げることは不可能だった」
それはそうだろう。
この時代、ヒトの手が入っている遺跡、迷宮、魔物領域すべてで『連鎖逸失』は発生している。
ここアーガス島の迷宮を除いて。
「それに迷宮が私の仮定通りに存在しているのなら、そんな回りくどいことはしないはずだ。最下層まで攻略しつくして、次の迷宮へというのならわかるんだけれどね」
「つまり、何者かの意志が働いている、と」
きちんと説得力のある思考展開だと言える。
アルフレッドさんが持ち得ぬ情報を知っている俺であれば尚のことだ。
なにしろ俺の知っている情報のすべてが、アルフレッドさんの仮定を否定の方向ではなく肯定の方向へ補強するモノばかりだからな。
「まあ、荒唐無稽としか言えない『ヒトを強化するために迷宮は存在するのではないか』という私の大前提に従えば、ということだけれどね」
そしてその大前提はこの世界における真実だということを、少なくとも俺だけは知っている。
いや俺だけじゃないかもしれないという疑惑は常に持ってはいるのだが。
「どうして――この話を僕に?」
俺の情報を得ようとするでもない。
いまのところただ自分たちのパーティーの力を見せ、俺にこの話をしてくれただけ。
どこにアルフレッドさんの利があるのか、ちょっと想定できない。
「ふふふ最初に言ったじゃないか。ヒイロ君が私の好敵手だと直感したからだよ!」
「兄様!」
わりと真面目な流れになっていたから油断していたら、最初のノリで返答をくらった。
うん、想定の斜め上を行かれると目が点になるというのは経験して初めて理解した。
アンヌさんが怒ってくれたのでまあ良しとする。
「すまない。――『黄金林檎』がたった一人の個人に対して下から友好同盟を求める。そして正式な回状をまわしてまで監視を解くことに尽力する。そもそも監視をするべきだと、大手ギルドである『黄金林檎』他いくつもの組織が判断した魔法使い」
ひとしきり笑った後、表情を真面目なものに切り替えるアルフレッドさん。
やはりこの人のエキセントリックな言動は擬態なのだ。
何のために「変人」――いやもっといえば「馬鹿が馬鹿なことをしている」と思わせたいのかは、この段階で訊いてもおそらく答えてはくれないだろう。
それこそアルフレッドさんの言葉を借りるなら、本当の意味で好敵手にして心の友になる必要があるような気がする。
「また回状の文言が傑作でね。それだけでも私としてはヒイロ君とぜひ会いたいと思ったものさ」
ここで再び、悪戯っ子のような表情を浮かべる。
それを見てアンヌさんが頬をふくらましているのが可愛らしい。
アンヌさんにしてみれば、本来のお兄様を見ていたい、というのが本音なんだろうな
「……どんな文言かお聞きしても?」
当然気になったので訊いてみる。
アルフレッドさんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに破顔する。
――うん、擬態は擬態なんだろうけど素の部分も多い気がしてきた。
「――その冒険者、取り扱いに注意」
――ヴォルフさんめ!!!
「はっはっは! 本音のところだと思うよ、たぶんすべてを語ってはいないだろうけどね」
俺の表情を見て、我が意を得たりと笑う。
その上で鋭い一言を添えるのも忘れない。
俺に何らかの秘密があることを確信し、それを『黄金林檎』が知っていることもまた確信している。
それでいて拙速に聞き出そうというようなことをせず、自分のスタンスのみを伝えてきている。
「いま世界を統べる――いや統べていると信じている連中が大騒ぎになっている先日の一件。それと同時に現れた大型新人魔法使いとは、私も友好同盟を結ぶべきだと思ったんだよ」
「それだけだと、先のお話をする必要性は薄くないですか?」
「御尤も。端的に言うと――」
もしも俺がアルフレッドさんの立場であれば、おそらく同じことをするだろう。
『連鎖逸失』に封じられて、レベル7以上の成長が望めない。
その状況で発生した異常事態――『凍りの白鯨』襲来と、それと同時に現れた規格外といっていい魔法使い。
アルフレッドさんは最初に確かに言っていた、君と同じく稀代の天才魔法使いだ、と。
つまり――
「私の宿願である『連鎖逸失』の突破に力になってくれそうな存在とは誼を結んでおきたかったんだよ。冒険者として強くなる、富を得るという意味だけじゃない。『連鎖逸失』を繋げない限り、世界はいつ終わってもおかしくないんだと、きちんと認識してくれている冒険者が多いに越したことはない」
――違ったか。
いや、今の段階ではまだいうべきではないと判断しているだけかもしれない。
それに言っていることは尤もだ。
先日の事件で、そう認識してくれる人が増えればいいんだけどね~、などと本来の調子に戻って話しているアルフレッドさんに、隠し事があるようには見えない。
だがもしもアルフレッドさんも外の存在であるとすれば、中の人が俺よりも一枚も二枚も上手、人生経験豊富な人間である可能性も高いので油断できない。
もしもそうなら揺さぶるようなキーワード、例えば「T.O.T」――Theatrum Orbis Terrarumや「プレイヤー」という言葉を俺が口にしたとて動じる様子を見せることはないだろう。
「――納得しました」
ここは俺もまだ踏み込むべきではない。
今ここでこちらから踏み込むことに、俺にも『天空城』にも利があるとは思えない。
しかしこれ、アルフレッドさんが本当にこの世界のヒトだとすると、かなりすごいヒトになるよな。
世界の内側から、それが当然と思われていることに疑問を持つことは難しいと思うから。
「ではこれからも互いに強化に励むとしよう。私もいろいろと考えてきたが『連鎖逸失』が発生していない新階層が発見されたからには強化が最優先だ。また行き詰った時に考えることにするよ」
確かにその通りだ。
どのような仮定をもっているにしても、現状はその『連鎖逸失』が繋がっている状態なのだ。
渇望していた状況が現出しているからには、今使うべきは頭ではなく体、思索ではなく行動が求められる時間帯であることに間違いはない。
その状況下でも俺に接触することを優先したということは、覚えておくべきだろう。
「お気をつけて」
「ありがとう」
するべきことをしたアルフレッドさん達は、この『階層主の間』から第六階層へ攻略を進めるのだ。
どうやらアルフレッドさん達のパーティーは夜型の御様子。
――俺とは逆だな。
最後まで丁寧な別れの挨拶をしてくれたアンヌさんを見送り、忠実なる僕に声をかける。
「――『千の獣を統べる黒』」
「は! 我が主」
アルフレッドさんがプレイヤーであれそうでないのであれ、今まで俺の方針・方向性に存在しなかった思考要素を与えてくれたのは確かだ。
そしてそれはけっして与太話の類ではないと、俺自身が判断した。
善意にはそれ以上の善意をもって応えると俺は宣言している。
俺はそれを違える気はない、誰が見ても聞いてもいなくてもだ。
今のままのヒイロでは間に合わない可能性も考えられる。
前周では、アルフレッドさん達は早期にここで「行方不明」になっているのだ。
必要以上に世界の辿る未来を変動させないため、その事実を変えないままその原因を叩くにはどうするべきか。
「少し育成を急ごうか。そして我ら『天空城』としての行動に、修正を加える必要があるかもしれない」
よって本日は、残業攻略に突入します。
なお残業代は支給されます。





