第26話 見えない思惑
アルフレッド・ユースティン・フィッツロイ。
ウィンダリオン中央王国における三大貴族の筆頭、フィッツロイ公爵家の嫡男。
幼少時より「魔法使い」としての才能を発揮し、軍への影響力が比較的弱いフィッツロイ家をより繁栄させ得る次代として期待され、あらゆる英才教育を施された。
そしてそれらすべてを余すことなく吸収した、本物の天才。
艶やかな栗毛の髪と、紫苑――すこし青みがかった薄い紫色――の瞳をした涼しげな美丈夫。
引き締まった体躯も相まって、黙っていれば自ら言わずとも貴顕であることは一目でわかる。
「魔法使い」としても独特の成長を遂げており、他のどんな魔法使いも使えぬ唯一魔法『絶対障壁』を使いこなし、『触れえぬ者』の通り名を冠されている。
アンヌ・フローラ・フィッツロイ。
アルフレッドの二つ下の妹。
兄と同じく幼少時より「魔法使い」としての才能を発揮し、本来の心優しい気性に従って『治癒術士』として若くして大成している。
優秀だが兄のような天才ではなく、ほんの僅かな劣等感と圧倒的な憧憬をもって兄を尊敬し、なついている。
兄とおなじ艶やかな栗毛をふわふわとした長髪にしており、兄よりもやわらかい印象を与える紫苑の瞳はすこしだけ薄い。
冒険者としての装備に身を包んでいても隠しきれない躰のラインは、夜会のドレスなどを身に着ければそこらの男を悩殺することなど簡単だろう。
兄の強烈な個性に接してきたせいか、常に周りに気を遣っている様子も庇護欲を刺激する。
平均的な「治癒術士」としての能力に加え、兄と同じく唯一魔法『防御貫通』を使いこなし、『貫く者』の通り名を冠されている。
ギルドを立ち上げているわけではないが、魔法使い二人を含む強力な固定パーティーとして兄妹をさす『矛盾』の通り名と共に、冒険者業界ではかなり有名である。
つい先日ここアーガス島の迷宮第六階層において『連鎖逸失』が発生していないことが確認されるまでは、「世界で一番無茶をするパーティー」と認識されていることに恥じない攻略を続けていた。
アルフレッド率いるパーティーが「世界で一番無茶をする」と見做される理由。
それは――
――『連鎖逸失』階層への挑戦。
大手ギルド『黄金林檎』の創設メンバー四人の命を奪い、『鉄壁』とまで言われるヴォルフをしてその攻略を諦めた『連鎖逸失』階層に、懲りることなく何度もアタックしているのがアルフレッドのパーティーなのである。
突破どころか、魔物の一匹すら倒せたことはない。
ただし今のところ犠牲者を出したこともまた、ない。
どんな大手ギルドの精鋭パーティーをもってしても突破は出来ず、稀に現れる挑戦者はほぼ必ず犠牲を伴う『連鎖逸失』階層へのアタックを何度も繰り返し、成功しないまでも犠牲者を出さないとなれば有名にもなる。
それを可能なさしめているのは、どんな攻撃であっても一度は完全に無効化するアルフレッドの『絶対障壁』と、どんな魔物相手でも一度は防御を無視して攻撃を通すアンヌの『防御貫通』である。
いわばアルフレッドは『連鎖逸失』を繋げるという妄執に囚われた、他に類を見ない冒険者なのである。
その意味でヒイロの初見感想である、「変なヒト」というのは正鵠を射ぬいている。
幼少期は大貴族の子息のお手本のようであったアルフレッドだが、十代に入ってからはエキセントリックな言動が目立ちはじめ、今では「変人」と見做している者がほとんどだ。
それは冒険者としてではなく大貴族の嫡男としてのモノであって、冒険者界隈における尊敬と畏怖も含んだ変人扱いとはまた趣が異なる。
12歳になった際に期待されていたウィンダリオン中央王国軍の士官学校に入学せず、あろうことか冒険者登録をして迷宮攻略を開始した時点で、その評価は決定的なものになった。
一歳下の次男であるエリオットが公爵家の後継者としては過不足ない才を発揮していること、「冒険者」としての実績が頭抜けていることで、フィッツロイ公爵家現当主は頭を痛めつつも今のところ自由にさせている――というのが貴族社会におけるアルフレッドの見られ方である。
父親の立場でいうのであれば、長兄に心酔するアンヌが社交界など知りませんとばかりに、兄と共に迷宮攻略に精を出していることの方がより深刻な問題だろう。
優しく美しい娘なのに、冒険者としての通り名などを持つ娘を嫁に欲しがる名家の子息など存在しないだろうと思うからだ。
アルフレッドの方も黙ってさえいれば「貴公子」と聞いて思い浮かべる想像にカタチを与えたような容姿だが、半ば以上もう諦めている。
貴族社会に収まる器ではないというのが父親としての本音だが、対外的には「バカ息子」、だがそれに甘い「バカ親」と見られるままを肯定している。
フィッツロイ公爵家としてできる限りの援助をしているのは決して親馬鹿だからではないのだが、その事実を知る者は限りなく少ない。
『連鎖逸失』の突破などを重要視する者は少ないのだ。
今大丈夫なものは、将来にわたっても大丈夫――だろう。
それが普通の貴族社会における、考えることすら放棄した常識なのだ。
弟のエリオットも、妹のアンヌも、本当にアルフレッドに心酔している。
父親もその考えに賛同し、自分の出来る限りの協力をしている。
母親だけは息子の言うことを頭では理解できてはいても、幼少期に神童と謳われた可愛い我が子が世間で馬鹿にされているのに心を痛めているようではある。
だがそんな事実を知り得る立場にはないヒイロにしてみれば、今のところアルフレッドは突然目の前に現れたテンションの高い変な人でしかない。
ヒイロの思い付きによる、有力各国の軍中枢に『天空城』の僕を潜り込ませる中長期戦略も今の時点ではまだ機能していない。
それに連動する形で、管制管理意識体とセヴァスの連名考案による『自動人形侍女』を王家を含む有力な家へ送り込むことで成立する「情報網」もでき上がっていない今、表面上の情報を得ることしかできないのだ。
つまり逢ってみて感じた「変なヒト」を裏付けする情報しか、管制管理意識体によって提供された表示枠には羅列されていない。
よってヒイロは頭を抱えるしかないわけである。
ただ管制管理意識体が保持するあくまで表面的な「前周」の情報においては五年後の戦乱を待たず、かなり早い時期にここアーガス島の迷宮攻略の過程でパーティーごと「行方不明」になった、という情報がヒイロに僅かな引っ掛かりを残してはいる。
「では坊ちゃま、私はこれで失礼いたします」
ぺこりと頭を下げ、帰還用転移陣の準備を始めるじいやっぽい人。
惜しみなく「転移陣」を使えるアタリ、本当に裕福なのだろう、アルフレッドと名乗った変なヒトは。
管制管理意識体がくれた情報で、大国ウィンダリオン中央王国における大貴族の嫡男というのが本当だとわかっているので、そこはまあ納得のいくところではある。
この時代におけるウィンダリオン中央王国は本当に大国なのだ。
その最大戦力である『九柱天蓋』の一つが落ちたくらいでは、小揺るぎもしないほどには。
そこの大貴族の嫡男ともなれば、金で片の付く問題であればそれはすでに問題ではないだろう。
そんな立場の人間が、なぜ迷宮に居るのかを「変なヒト」だから、で片付けるのは危険かもしれない。
『連鎖逸失』からヒトを解放するとか、ちょいと気になる文言も言っていたし、表面的な突飛さに惑わされないようにした方がよさそうか。
「うむ、無理を強いてすまなかったね、じいや。まずはじいやに口上を述べてもらうのが私の最上の礼なのでな。ただ何度も言っているが坊ちゃまは止してくれ。ほら、ヒイロ君が引いている」
ああ、やっぱり「じいや」なんだな。
俺に礼を尽くすためだけに、迷宮の攻略最前線付近まで来させるのは確かに無理を強いている。貴族のお坊ちゃまなのにそこにきちんとお礼を言うのは育ちがいいというべきなのだろう。
だが俺が引いているのはそこじゃねえ!
「……申し訳ありません、アルフレッド様。では……」
多分「じいや」も俺と同じ意見。
謝罪しつつも曰く言い難い表情を残して、転移陣の魔法効果光の中に消えてゆく。
やっぱりただの「変なヒト」なのかもしれない。
「やあすまなかったねヒイロ君。驚かせるとは思ったが、我がパーティーと友好同盟を結んでいる『黄金林檎』からの情報を得てから居てもたってもいられなくてね。少々強引だがこうしてあいさつに出向いたというわけさ」
「は、はあ……」
ぼんやりとした返事をすることしかできない。
うーん、監視を排除できた効果の代わりに、こういうのを呼び寄せる効果もあったんだなあ、ヴォルフさん達との友好同盟。
正直ちょっと想定外だ。
「兄様、それだとまったく意味が解らないままだと思いますけど……」
兄につづいて赤面しつつ自己紹介してくれたアンヌ――アルフレッドさんの妹がもっともなツッコミを入れてくれる。
いや本当の俺からすれば二人とも年下なんだが、今の俺は十代前半の少年だからアンヌもさん付けにするべきか。
「何を言っているのだ愚妹。好敵手というのは多くを語らずとも分かり合えるものなのだよ。なあヒイロ君!」
いやだからそれ止めて。
将来的にそうなる可能性があるにしたって、あって一時間たっていない相手に言うこっちゃないだろうと思うのだ。
――そういう設定は嫌いじゃない、というより好きな部類ではあるんだが。
「まあいい、まずは歩こう。いやヒイロ君は手の内をさらしてくれなくてもよい。私のパーティーの戦い方をまずは見てくれ」
わははと笑って、自らが先行して歩き出す。
四方を護っていたメンバーたちはきびきびとした動きで付き従い、アンヌさんは俺に申し訳なさそうに一礼してアルフレッドさんについてゆく。
兄の言動に振り回されているのは間違いないんだろうけど、慕っていることもまた間違いないんだということが伝わってくる。
やっぱりただの変なヒト、というだけではないのかもしれない。どっちだ。
こちらの手の内をさらさなくていい、という言い方も少々含みがあるしな。
だが完全に向こうにペースを握られていることは間違いない。
俺を調べるのではなく、まず自分たちの戦い方をみせようというのもよくわからない。
――本当の目的はなんだ?
『千の獣を統べる黒』とアイコンタクトで、油断なきようにというコンセンサスを得ておく。
あ。――ついていってる間、俺に経験値入らねえじゃねえか!





