第25話 ある出逢い
順調に第五階層の攻略、あるいは徘徊は進んでいる。
この調子で進めれば、近日中にはレベルを上げることができそうだ。
そうなれば第六階層へと進むのも視野に入れてもいい。
強化育成に専念できる時期は可能な限り有効活用すべきである。
ポルッカさんによればウィンダリオン中央王国の王族がアーガス島に視察に来ることが決定しただとか、『教会騎士団』が迷宮に派遣されるだとか騒いでいたけど、一冒険者には関わりのないイベントだろう。
コトが大きければそれだけ準備期間もかかるだろうし、「ヒイロ」としては喫緊の問題というわけでもない。
俺の記憶にない、つまり年表に載っていないということは歴史的には些事のはずだが、アーガス島で日々を送る者たちにとってはけっこうな大事であるのは確かだが。
『凍りの白鯨』の一件は予想通りと言おうか、予想以上の大事になっているっぽい。
よってそれをトリガーとした本来はなかったイベントが発生し、将来は年表に載るような事態が推移しているのかもしれないけどな。
プレイヤーの介入によって世界が大きく変わる『因果事象』というやつだ。
確かにあれだけの騒ぎ、充分以上にそれにあたると見ていい。
まあそれは確実に発生する五年後のラ・ナ大陸の戦役と、その後の『天使襲来』の時点で検証できるだろう。
それまでは粛々と我が身の強化を続けるとしよう。
ゲームですらそれ以上の期間ハマっていたんだし、現実として体験できる以上飽きる心配はないと思うし。
ちなみに『凍りの白鯨』は『白姫』と俺が命名し、現在は日々地上の魔物領域でいわゆるパワー・レべリングに勤しんでおられる。
僕とパーティーを組ませて戦わせたら、冗談のようにレベルが上がっていっているらしい。
ヒイロでそれをする気は無いが、白姫はさっさと戦力になってくれるのであればその方がいい。
『静止した世界』は強烈な能力だしな。
最初俺と一緒に迷宮に潜るとささやかに主張していたが、エレアに却下されてたな。
まあ消去法で『天空城』に参加した以上、その首魁を監視しておきたいというのはわからなくはない。
それが却下された今、次善の策として自身の強化に専念してくれるだろうからエレアの判断は間違っていないだろう。
こっちの空気も読んでくれたんだろうしな。
『白銀亭』でエヴァンジェリンとベアトリクスが待つ状況で、白姫を連れて迷宮攻略なんて考えただけでも胃が痛くなる。
夜の騒動を見られたら、『九柱天蓋』叩き墜とした時よりドン引かれるのは確実だろうし。
今のところ、現状維持が消極的最善手と見做そう。
五年後まではうてる手を粛々と進めつつ、想定外事象には対症療法で行くしかない。
さてそうこうしている内にも、かなりの魔物を狩っている。
今は三つまで同時に受けられるようになった冒険者ギルドの依頼もすべて条件達成しているし、今日は少しはやいがもう上がるかな。
昨夜からの微妙な空気を、早く払拭しておきたいところではあるし……
いや今まで通り剥いてもらいたいとか、そういうことではなくてだな。
……朝はまだなんだかぎこちなかったしな、お互い。
「我が主。左後方にヒトのパーティーです。どうもさっきから何度か引っかかっておるので、もしかしたら我が主を探しているのかもしれません」
警戒した面持ちで、『千の獣を統べる黒』が告げてくれる。
「なんだろ? 本当に目的がそれなら、逢っておいた方がいいのかな?」
監視していた連中は手慣れたもので、こちらが気付いているとは思っていなかっただけで一定の距離を保ってぴたりとついてきていた。
能力やアイテムを使用していたらすぐにわかるので、あれは経験を積み上げたことによる、システム外能力とでもいうモノなのだろう。
それなりに凄い。
だがこの追跡者らしきパーティーからは、そういう手練れ的なものを感じない。
シュドナイの言うとおり、見聞きした情報を頼りに頼りなく俺の後を追っているような……
なんか用があるのであれば、撒くよりもはやめに逢っておいた方が無難だろう。
『白銀亭』へ押しかけられても困るし。
「どっち?」
「もうすぐ近くです、あの角の先――」
シュドナイのその声とほぼ同時に、俺の視界に五名のパーティーが入ってきた。
これ、監視とか追跡には不慣れなだけで、迷宮攻略パーティーとしたらかなりの手練れと言っていいんじゃないか?
一人を除いて全員今の上限と言っていいレベル7。一人はレベル1だな。
前衛二人、後衛一人、フレキシブルに動けるのが一人。あとは素人一人。
具体的には騎士(準レアジョブ)2弓使い1短剣使い1の四人物理パーティー。
素人一人を護って第五階層中間部までくるには充分以上の構成だ。
この構成に1パーティーの上限である6人まで魔法使い系を加えればかなり強力なパーティーとなるだろう。
魔法使いはそうそういないし、冒険者になる者も少ないそうなので現実的ではないだろうが、俺なら攻撃担当、回復担当を投入して攻略したいような感じだ。
短剣遣いをバフ・デバフ担当におきかえれば尚良い。
……いかん、現実をゲームに当てはめて考えるのは危険だ。
なぜかみんな女性、しかも美人揃いなのが謎だが、保護されているであろう一人だけが老人の男性。
うん、「執事」っていう感じではセヴァスの方が上だが、「じいや」というならこの人の方がしっくりくる感じ。
その「じいや」がこっちに気付く。
「おお、もしや貴方様がヒイロ様でございますかな? いや確かに一目見ればわかる容姿をしておいでですな…………これは失礼を。本来であればご挨拶からさせて頂くべきところ、少々事情がございまして、失礼をさせて頂きます。――周囲警戒を!」
俺の顔を確認して、いにかにも人のよさそうな様子で話しかけてくる。
本来は礼儀などにうるさそうな雰囲気に反して一方的に話しかけてきているが、言っていることもいまいち要領を得ない。
瞬時に警戒態勢に入る『千の獣を統べる黒』を左手で制する。
コヤツラ、俺の身に関することで必要と判断すれば、俺のかけた封印すら自力で解くから恐ろしい。
疑わしきは殲滅! を地で行かれても困る。
俺に急に話しかけた罪で処分とか恐ろしすぎる。
「いや、あの、よくわからないのですが……」
あくまでも新人冒険者が困惑している様子で尋ねてみる。
「申し訳ありません、今少しだけお待ちください」
だが「じいや」は申し訳なさそうに謝るばかりで、己のするべきことを優先している。目の前におそらくは「転送陣」を敷いているのだ。
普通の冒険者としては相当高価な代物だと聞いているけど、ここから帰るというわけでもないだろうに何をしているんだろう?
それも一つではないようだけど……
正直敵意も害意も感じないし、とはいえ何がしたいのかもわからない。
演技ではなく混乱してきた。
周囲警戒を命じられた手練れたちは、隙無く四方を護っている。
第五階層の魔物に、あれを突破される心配は皆無だろう。
逆を言えば囲まれているということでもあるのだが。
シュドナイが纏う空気が加速度的に険悪なものになっていくのが恐ろしい。
戦い慣れているだけに、不利な状況に置かれることに忌避感が強いんだよな。
「お待たせいたしました。――どうぞお坊ちゃま」
――は?
「じいや」のその声に合わせて、目の前に設置された転送陣――どうやら二つのようだ――が発動し、魔法効果光を発する。
ああ、そういうこと、こっちに誰か呼ぶのね。
それが「お坊ちゃま」? え?
魔法効果光が二つの円柱となり、迷宮内への転送が完了する。
そこに現れたのは……
「ふははははははははは!!!!! 君が噂の大型新人魔法使いのヒイロ君だね? 私かい? 私はウィンダリオン中央王国、フィッツロイ公爵家が嫡男、アルフレッド・ユースティン・フィッツロイである。君と同じく稀代の天才魔法使いだ! よろしくヒイロ君!」
聞いてねえのに名乗るなよ!
いや自分から名乗るのは礼儀にもとるとは言えないが、初対面の人間にこんなテンションで自己紹介されたのはさすがに初めてだ。
うわあ、変な人だ。
間違いなく変な人だ。
自称天才様にろくな人間はいないんじゃなかろうか。
天才呼ばわりをさりげなく受け入れている俺が言うことじゃないか? 違うか?
我ながら圧倒され、混乱している自覚がある。
シュドナイの尻尾が九本とも立ってる。
そりゃそうなるよな。
何よりもそんな変な人に、こっちのことを間違いなく把握されているのが恐ろしい。
逃げようがないじゃないか。
「に、兄様、はずかしいです……あの方きっと、ものすごく引いておられますよ?」
もう一方の転送陣には、どこからどう見ても深窓の令嬢といった美少女が現れており顔を真っ赤にして兄? の行いを恥じている。
――うん、こっちはアリかな。
そうじゃない。
「何を言っているのだ、愚妹! ヒイロ君と切磋琢磨しつつ『連鎖逸失』からヒトを解放するのが我らが使命! その生涯の盟友との出逢いがありふれたものであって良いのか? 否、良いわけが無い! 運命を切り開く舞台であるこの迷宮での出逢いこそ我らが必然! なあそうだろう、我が好敵手よ?!」
誰が好敵手と書いて心の友だ! 勝手に自分の設定に俺を組み込んでんじゃねえよ!
そもそも誰だよお前、いや名前とかじゃなくて。
なあ『千の獣を統べる黒』
……自分の主をそんな憐れんだような目で見るのは、不敬にあたるとは思わんか?





