第24話 歴史的には些事でも、日常としては結構大変
アーガス島迷宮、その第五階層。
つい最近まで攻略の最先端部であったここの敵は、主として精霊系。
物理攻撃職としては攻撃が通りにくいとはいえ、相手が何色――地水火風、いわゆる「四大」のどの系列であってもやることはそう変わらない。
攻撃の通りも、当たって喰らうダメージもみなほぼ同じなのだ。
属性魔法付与武器や防具を装備していれば当然変わってくるが、第六階層が攻略最深層であるこの時代、その手のモノを装備可能なレベルに達しているヒトはほとんど存在しない。
レベル一桁では属性を持った技もまだ生えないため、大部分の冒険者にとってこの第五層は「敵が固いが無難に攻略できる」層という認識だろう。
「我が主、この先に二体。火精霊と土精霊です」
「わかった、ありがと」
『千の獣を統べる黒』の索敵は常に正確だ。
次に接敵する数が明確になるだけでも、戦闘におけるアドバンテージはかなりのものと言える。
「魔法使い」として実際の戦闘を経験するほどにそれを強く感じる。
だが一般的な冒険者のレベル上限が7である現状、「魔法使い」というジョブにとって鬼門になる可能性があるのがこの階層だ。
次にどんな魔物と接敵することを知っていてもどうにもならない場合も出てくる。まあ回避できるというのはめちゃくちゃでかいけど。
「ストーン」、「ファイア」、「エア」、「ウォータ」すべての魔法を習得するのは「プレイヤー」であればレベル4時点で可能だが、この世界に生きる普通の冒険者はレベル4時点で「ストーン+3」とかになっていることも珍しくない。
プレイヤーであったとしてもアクティブスキル、パッシブスキル取得を優先していた場合、第五階層が攻略適正レベルとなる時点で、地水火風四大の魔法が揃っていないこともあり得る。
実際今の俺は、地水火風四大の魔法は「ストーン」と「ファイア」しか習得していない。
そうなれば弱点属性での攻撃は不可能になるし、最悪一種しか身に付けていない――たとえば極端な例だが「ストーン+6」のレベル7魔法使いの場合、土精霊と接敵したら逃げるしかないのだ。
攻撃が通らない。
俺の場合で言えば、これから接敵する組み合わせが最悪のパターンと言える。
「火」→「風」
「風」→「土」
「土」→「水」
「水」→「火」
このようないわば弱点攻撃をしなければ精霊系への魔法でのダメージは極端に通らなくなるし、同属性魔法はまったく通じない。
まあ「魔法使い」が冒険者としてほとんど存在せず、それも単独で攻略する酔狂者など皆無である以上、大きく問題視されるほどのコトでもない。
パーティーを組んでさえいれば、実際どうということもない話だしな。
高難易度迷宮ともなればこの「四大」と、より複雑化した「両儀四象八卦」に対応した準備が攻略の成否を分けたりもするんだが、少なくとも今はまだヒトはその域に達していないということだ。
俺の場合も、実際は何の問題もない。
あくまでも「T.O.T」というゲームにおいては「四大」の上位に設定されている「両儀」――陰陽の一方、陽である光系統『閃光』。
それをすでに取得している俺にとって、第五階層は気楽なものだ。
発動と魔法そのものの速さが共にトップクラスである『閃光』をメインとして迷宮攻略していると、ファンタジー世界の「魔法使い」というよりは、SF世界の「超能力者」な気分になってくる。
視界に捉えた魔物を任意で多重ロックオン、発動すれば――
ヴィン!……という低くくぐもったような音と共に、チカっと一瞬だけ光の効果がまだかなり距離のある「火精霊」と「土精霊」それぞれに二つずつ発生、そのまま魔物とともに消滅。
――と、こうなる。
ゲーム的に言えば「RPG」よりも「STG」な気分とでも言おうか。
この辺は現実の戦闘としてやってみると、ゲームとしてやっていた時とかなり感覚が異なるものだ。
正直楽しい。
迷宮を黙して歩きながら、視界に入った魔物はすべて抵抗することなく崩れ去る。これで快感を得ずしてなんとする。一日中だって歩き回れるというものだ。
はやくもっとレベルを上げて、多数の魔物を一気に殲滅したいものである。
破壊力があがった光系統の上位魔法は、着弾スピードこそ『閃光』には劣るものの、ホーミング・レーザーとしか見えないものもあるしな。
『黒の王』として両儀でいえば「陰」の魔法を選択した身としては、一度は使ってみたいと思っていた系統なのだ、光系統は。正義サイドっぽいし。
発動距離が視界と連動しているので、かなり長距離から一方的に殲滅できるのがいい。
一発では無理な相手でも、レベル連動多重詠唱で現在のレベルである5まで累ねれば、この階層の魔物で生き残れるものは存在しない。
「――でも気は抜けるよね」
「我が主、くれぐれも油断だけは……」
俺の独り言に反応して、振り返ったシュドナイの表情は複雑そうだ。
俺が軽い怪我をして帰ると約二名は喜ぶのだが、御付のシュドナイとしては忸怩たるものがあるようで、ここのところ要らん怪我をしないようにより慎重を期している。
「はい。じゅーぶん気をつけます」
俺の返事に対して、ジュドナイから恐縮の汗のエフェクトが出ているかのように見える。
帰還すれば怪我がなくて何より、とどこか不満そうにいう上司二人に気を遣っているんだろうが、あいつらの方がどうかしてるから気にすることはないぞシュドナイ。
大体怪我があろうがなかろうがとりあえず剥かれることは確定事項だし、怪我があろうがなかろうが結局「疲労回復」だとかなんとか、ジャレついてくることも既定路線だ。
そのくせ昨日なんて、偶然俺の手が微妙なとこに触れた瞬間、エヴァンジェリンが「ひゃうん!」などという謎の発言と共に真っ赤になり、それまで俺に触り倒していたくせに幼女バージョンになって両手で自分の躰を抱きしめつつドンびくベアトリクスはどうかと思います。
これあれや。
こっちがテレて逃げ回っていれば喜んでかまってくるけど、こっちのスイッチが入ったら涙目で「そんなつもりじゃ……」とか言われるやつや。
ベアトリクスの勢いが言葉の上だけのものというのは薄々感づいていたが、エヴァンジェリンの反応はちょっと予想外だった。
くすぐったいとかそういう反応で、あんなふうに真っ赤になるとは思っていなかった。
そこに触れるということがどういう意味あいなのか分かってないと、あの反応はないよな?
最近昼間にベアトリクスといろいろ話し込んでるっぽいから、耳年増連合になりつつあるのかもしれない。
正直、完全に無垢で無邪気とか、逆に手慣れているとかよりイイ。
生々しいのより、このアタリが一番楽しいと思うのは逃げでしょうか安○先生。
まあ調子に乗って痛い目を見るのはあれなので、気を引き締めねばならん、うん。
「あの、我が主……油断とかそういうレベルじゃなくて、その、表情が……」
あれ?
シュドナイがそんな表情になるほどニヤけてました?
遺憾です、気を引き締めます。
ともあれ。
今日で『凍りの白鯨』と遭遇してから3日目だ。
順調に攻略を進めているとはいえ、さすがにまだレベルは6に達していないし、『閃光』の熟練度も100%にはまだもう少し遠い。
まあレベル5以上になってくると一日二日でレベルアップというのは現実的じゃない。
現実化した現状ではパワーレべリングも可能なのはある件で実証されているのだが、ヒイロでそれをするつもりはない。
『凍りの白鯨』の時のようにこちらから大きなアクションを起こさなければ、五年後までは世界的に大きな動きはないはずだ。
そこへ向けて水面下で動いていることは多いだろうけれど、それについては手を打っているし、エレアとセヴァスが中心になって動いてくれている。
姿と声を得た管制管理意識体も全力でフォローしてくれているようだし、ここのところ俺の思考に対するリアクションも少ない。
思考筒抜けなことに気を遣ってくれているのかもしれないが。
…………。
今回も反応ないな。
まあ明確に呼べば即応してくれるので心配はしていない。
確かにこういうのにいちいち反応していたのではお互い疲れるもんな。
まあ時間的な猶予はたっぷりあるはずだし、ここは腰を据えて育成に専念する期間とするべきだろう。
『黄金林檎』のヴォルフさん達が真剣に動いてくれたおかげで、現在は監視も完全に解かれているから気楽なものだ。
もしも監視が解かれていなかったら、『閃光』での狩りはさすがに目立っていたことだろう。
ヴォルフさん達には感謝だ。
…………。
あの翌日には『黄金林檎』を含めほとんどの監視が解かれたんだけど、昨日まではまだ二、三、不定期な監視は残っていたんだよな。
今朝なぜかセヴァスが『白銀亭』に居て、何をしているかを聞いたら「我が主の身の回りのお掃除を……」などと言っていたが、今日から完全に監視が途絶えてるんだよね。
……何を掃除したのか、詳しく訊かないほうがよさそうだな。
とにかく『凍りの白鯨』を予定通り釣り上げたことで、俺すらも知らないルートに入っている可能性はある。というかかなり高いだろう。
『世界再起動』での周回ではモノの数秒で『天使襲来』まで飛ばしていたし、初期攻略時も当時最高効率の迷宮で育成に励んでいたから、この時期のヒトの世がどんなふうに動いていたのかは詳しく知らない。
歴史的な出来事として年表に載るレベルでなければ、プレイヤーとしても知りえない。
歴史的事実が並ぶその行間は数年レベルのモノであり、そこで何があったかなど知る由もなかったのだ。
それをこれから体験していくわけだ。
歴史的には些事かもしれないけれど、冒険者の日々としてはけっこう大変なことを。
そんなある意味暢気な予想を粉砕するある「出逢い」が、この直後にヒイロに発生する。





