第閑話 はじまりの七日間 ~天空城居残組の場合~
天空城序列第六位、東春軍統括『全竜』カイン。
この時代に存在する最高難易度迷宮『奈落』の最奥で真の姿を顕現せしめ、自身の持つ上位魔法である『七天水竜瀑』を敵に叩き付ける。
敵――『奈落』の最終階層主である『黒焔八剣羅刹』は水剋火の理に抗えず、宙に浮く八剣に宿る焔をなすすべなく消し飛ばされて崩れ落ちる。
焔と物理攻撃に特化された迷宮『奈落』は、水を司り火炎耐性及び物理耐性をもつ『全竜』には相性がいい。
とはいえ如何に『世界再起動』を百度繰り返し、レベル5桁超えを為しているとはいえ、本来カイン単体で最終階層主を撃破することは不可能だったはずである。
『…………』
『全竜』の真の姿から、水色の髪と目を持つ精悍な武人の姿へと戻るカイン。
どこか憮然たる表情なのは、本来の気性から言えば人身のまま剣をもって敵を屠りたいからなのか、己の知る強さに到底及ばぬ敵へのもの足りなさゆえか。
だが『黒の王』の忠実なる僕はそんなことに頓着しない。
『黒の王』の御為に最も効率よく使命を遂行することが至上であり、それに比べれば己の武人の在り方など取るに足りぬ。
それが必要であれば、真の姿で一方的に敵を蹂躙することに躊躇いなどない。
そして己に課された命令を遂行完了すれば、速やかに『天空城』へ帰還するのみである。
天空城序列第八位、西秋軍統括『白面金毛九尾狐』凜。
天空城序列第九位、北冬軍統括『世界蛇』シャ・ネル。
この時代に存在するもうひとつの最高難易度迷宮である『方舟』の最奥で、こちらは人身のまま最終階層主を嬲っている。
「ねぇ、ネルさん。こいつこんなによわっちかったっけ?」
「いーや。私ら二人じゃキッツかったよ。左府殿の回復がなければとても持たんなー、本来は」
「だよね。僕も仕事は障壁割ることで、ぶっ叩くのはベアトリクスさんやカインがメインだったもんね」
お気楽に話しかける凜の前で、雷撃の直撃を受けながら涼しげな声でネルが返答する。
くらってもろくにダメージになってはいないが、本来はHPの1/4くらいは持って行かれているはずの攻撃である。
ちなみに凜に直撃すれば一撃死だった。
たしかに機械系に特化された迷宮である『方舟』では、圧倒的な雷撃耐性を持つ『世界蛇』が壁となり、『両儀四象八卦』及び『四大』すべての障壁展開をかいくぐれる多彩な攻撃手段を持つ『九尾』が攻撃を担当する組み合わせが有効となる。
とはいえ本来、『黒の王』抜きでの攻略となれば、『天空城』序列上位陣のフルパーティーは必須だった。
なかでも圧倒的な回復役である『鳳凰』エヴァンジェリン・フェネクス抜きでは、本人が語る通り盾が持たない。
ところが今回は様子見で、行けるところまで行こうと思ったら余裕で最下層に到達できてしまっている。
こちらからの攻撃の通りはいいし、相手の攻撃はほとんど通らない。
低難易度迷宮で、必要な資材を集めるために無双している時とそう変わらないのだ。
「ま、いっか。――倒して叱られることはないよね?」
「……それは大丈夫だと思う。相国殿も執事長殿も、理不尽を言うお人ではないしなー」
一見すれば美少年でも通じるような小躯に、ボブというかおかっぱ。
漆黒の黒髪がつやつやな凜が、ちょっとビビり気味に相方に確認する。
着ている衣装も和服のようで、瞳も黒となれば日本人の少女にしか見えない。
手鞠あたりを持たせれば似合うだろう。
こちらは本来カッチリとした軍服を着崩し、まるで現代のスーツのようにしているネルが用心深げに思慮した上で、凜に答える。
ストレートの銀の髪と、同色の瞳、東スラブ系の整った顔はクール・ビューティーで充分通じるものだが、話し方は常にどこかトボけたような空気を纏っている。
お気楽に見える二人だが、こう見えても彼女らは上司が怖いのだ。
本来は相国、左府、右府が上司にあたり、序列が上とはいえ厳密には執事長は上司ではない。
だが二人にとって女友達の感も強いエヴァンジェリンとベアトリクスとは違い、正論で理詰めなエレアとセヴァスを苦手としているのは同じなのだ。
当人たちが直感型というか、自由人なので確かにそうなるだろう。
本当の意味で怖いのがエヴェンジェリンであることを実は二人とも気付いているが、直感型であるがゆえに言わずもがなのことは口にしない。
「だよね。じゃ倒しちゃおう」
「そうしてくれると助かるなー。痛いもんは痛い」
「あ、ごめん」
真の姿を現した際には己の九尾となる、背に円形を為して浮かぶ九つの狐火の一つから、現在最終階層主――『宿木無き鴉』が展開する『土』の障壁を割る『木』の攻撃を叩き込む。
あっさりと割れた障壁を再展開させる間を与えず、次は狐火九つを一つにまとめ『大白焔』となし、放物線をえがいてぽーんと放り込む。
それであっさりと最終階層主は燃え尽きた。
「やっぱ弱いよね?」
「でもなー。もらえるものは変わってないぞ」
二人でうーんと考え込むが、ま、いっかの結論に達し、『天空城』へと帰還する。
彼女らとて、至上とするのが『黒の王』の命を全うすることだというのは、他の僕たちとなにも変わりはしないのだ。
この二組だけではなく、当初の計画に従って世界中の遺跡・迷宮攻略にあたった『天空城』の眷属すべてが同じような状況。
様子を見つつそれなりの日数が必要と思われていた「初期攻略」はこうして一日を待たずして完了したのである。
その状況を『黒の王』――分身体であるヒイロに報告し、修正された計画をもって再始動した『天空城』、その『謁見の間』
ヒイロが冒険者活動を開始して四日目。
そこには現在『白銀亭』で新妻ごっこのようなことをしているエヴァンジェリンとベアトリクス、および万一の『天使軍団』早期出現に即応体制を布いている序列第七位ルシェル・ネブカトネツァルを除いた役職持ちが揃っている。
序列最上位でありながら役を持たない管制管理意識体は何やら、『黒の王』からの呼びかけがない限り何かに没頭しているようである。
この数日、エレアたちへの指示はぱったりと途絶えている。
『黒の王』本人が直接僕たちへ指示するようになったため、それはある意味当然だ。
そしてその主が言うとおり『未知の状況』におかれていることを認識し、もてる能力の全力を挙げて『分析・予測』に入っているのだろうというのがエレアとセヴァスの見立てである。
まさか最も頼りになる文字通り天空城の『頭脳』が、『黒の王』が好みとする映像作成と声の合成に全力を挙げていると思い至るわけもない。
管制管理意識体を女性体と認識したことすらなかったので当然ではあるが。
「全遺跡・迷宮の確認状況は変わりありませんか?」
まずは再湧出のたびに殲滅を繰り返し、戦力の底上げを徹底するよう指示されている件について確認する相国、『万魔の遣い手』
「再湧出は未だ認められませんね。確認は続行しますケド、おそらく周期は従来通りと予測されます」
それには配下の組織化に長けている『世界蛇』が応える。
もう一人長けている者は居るが、それは基本的に主の生活を充実させる方にしか発揮されない。
『黒の王』がヒイロとして生活し始めたことに、一番の充足を得ているのはあるいは『執事長』かもしれない。
「ヒイロ様周辺については、最低限の調査と調整は完了致しました。塵は排除済み。当面要らぬ手出しをしてくるような輩はおらんでしょう」
そのセヴァスが、執事としての活動報告をする。
何を調整したのか興味深いところだが、エレアはセヴァスの職責に踏み込むことをよしとしない。
「やりすぎないでくださいね?」
念のために、一声はかけておく程度である。
「主の充実した生活」を維持するためには一切に躊躇しない苛烈さを持つセヴァスである。
何を調整し、片付けたという塵とはなんなのか、この場にいる誰もが気になっている事ではある。
怖いから聞かないが。
「塵掃除程度しかしておりませんとも」
にっこりとほほ笑んで答えるセヴァス。
だから塵とはいったい(以下略
「ヒイロ様の指示の進捗は?」
そこにはそれ以上触れず、先日の御前会議(ただし場所は宿屋)でヒイロに指示された件について確認する。
慎重第一を維持しつつも、警戒と防衛につぎ込むリソースを減らせると判断したヒイロは、結構いろいろな指示を配下である『天空城』に与えている。
「対象国の抽出は完了しております。現在送り込む者の選出に入っておりますな」
「それを最優先しましょう。我が主は「急ぐことないよ」などと仰られていたが、確かに有効な手段です。さすがは我が主」
「同感ですな」
その筆頭がこれである。
現在の有力国、または今後の歴史展開も視野に入れたうえで地理的に重要な国に対して、『天空城』の眷属をヒトとして送り込む。
自作自演で潜入するきっかけは作らねばならないが、そんなことは『天空城』勢力にしてみれば些事である。
そして一度その国の中枢へ入り込めば、他者では代替不可能な絶対戦力となるのにそう日数は要さないだろう。
要は『天空城』が重視する国家の戦力中枢を、すべて水面下で掌握しようというというのだ。
岐――異界の侵略からこの世界を護るのは力で叩いて潰せばそれでいいが、この世界そのものを『天空城』の――主の住みよい世界にするには有効な手だ。
ヒトの国々を潰すのは簡単だが、思惑通りに御するのはなかなかに大変なのである。
恐怖でもってしても、利益でもってしても、ヒトというのは時に斜め上、斜め下どころか全く予想の範疇外の反応を示すことも少なくない。
であればヒトの集団である国単位がいざという時に「頼りにする存在」が全て、人知れず『天空城』の意を汲む者であれば何かとやりやすかろう。
人化が可能で、最低限のヒトとのコミュニケーション能力があり、やりすぎない眷属を選ばねばならないので、対象国が多いこともあって今のところ選出に難航している。
――我が主は「すべての国に転移者が現れるようなものだね」と笑っていたが、どういう意味なのだろう?
よくわからないエレアとセヴァスだが、「僕もどこかの担当やろうかな」とか言い出さなかったことにほっと胸をなでおろしている。
今もそう変わらないことをやっているともいえるのだが。
「僕の傭兵団立ち上げはその後かな?」
「いえ、そちらで進めてくださっても構いません。必要予算はすでに我が主の御承認を頂いております」
なぜか武人肌との付き合いが上手い『白面金毛九尾狐』には、国家の軍隊とも、冒険者とも違う第三の戦力として存在する「傭兵」をまとめ上げる指示が出ている。
人化した際のたよりなさを補うために、補佐として『全竜』が付く。
この二人は二人で結構いいコンビなのである。
多くを語らぬカインとうまく合わせられるのはある意味凜の才能と言っていいだろう。
「武器商人は私が担当かー?」
「そういう才は貴女が一番ですからお願いします。我が主の御発案であるアイテム複製はまだ軌道に乗っておりませんが、レベル二桁までの装備品はすべて商品としていいそうです」
「売り物になるのは一桁のものだけだろけどね」
こちらはなぜか商人系に才をみせる『世界蛇』が担当する。
アイテム複製で生み出すものに限らず、百度にわたる『世界再起動』を経て『天空城』の宝物庫に溢れかえっている武具・アイテムを商品として流せば、この世界の「武具供給」において大きな影響力を獲得できる。
戦の勝敗を決するのが時に数ではなく、個の突出した戦力となることもある異世界において、伝説級の武器・防具をどの国に提供するかは戦の趨勢を左右し得るのだ。
『天空城』による直接介入を避けつつ、世界の天秤を保つにはこれも妙手と言えるだろう。
すべてヒイロの思い付きをエレア、セヴァスで精査、調整して現実的な「策」となしたものである。
開始からわずか数日にして、人知れず世界を統べるための糸を張り始めた巨大な蜘蛛が、今の『天空城』と言えるかもしれない。
「――ではおのおの、抜かりなく」
一通りの確認事項が完了し、エレアがそう言って締める。
「なんだい、それは?」
セヴァスは片眉を上げただけ、カインは完全に無視。
ただ聞いたことのない言い回しに、ネルが面白そうに反応した。
「我が主が仰っていられたので、真似です」
照れ笑いのようなものを浮かべて、エレアが応える。
エレアにしてみれば珍しい。
主の真似など不敬だと言いそうなエレアがやるということはよほど気に入ったのだろう。
「へんなの」
ある意味この言い回しに一番似合う格好をしている凜が笑う。
「我が主の仰り様を“へん”と言いましたかな?」
「ご、ごめんなさい」
セヴァスの一言に本気で慌てる凜を見て、皆が笑う。
カインまで笑みを浮かべている。
『天空城』において『黒の王』は絶対的な存在である。
不敬が赦されざる罪であることは何も変わっていない。
だが敬愛を大前提とした「冗談」が通じる今のこの空気は、ほんの数日前に生まれたものなのだろう。





