第閑話 はじまりの七日間 ~鳳凰と真祖の場合~
天空城序列第三位、左府、『鳳凰エヴァンジェリン・フェネクス』
鮮やかに舞い上がりそして光り輝く者。
自ら生まれた者。
原初の海より太陽を孵化させし者。
刻の始まりを告げる鳴声を上げた者。
夜死してまた朝生まれる者。
永遠を司る黄金の炎。
――よくわからない。
私は鳥さん。ぱたぱた飛びます。
私は女のヒト。御側に傅きます。
命じられればなんでも燃します。めらめら。
時には灰からでも蘇らせます。めらめら。
私はブレド様のいうことなら、何でもきくの。
それは私をしあわせな気持ちにしてくれるから。
ブレド様に叩いて起こされるまで、私はずっとずっと不思議な場所にいた。
そこがどこかはもう思い出せないけれど、そんなことはもうどうでもいいの。
私の居場所はブレド様のいるところだから。
だからブレド様に仇為す者は――――灰も残らぬまで焼き尽くす。
天空城序列第四位、右府、『真祖ベアトリクス・カミラ・ヘクセンドール』
真に祖なる者。
もとより吸血鬼として、星より生まれた者。
ヒトの血を吸う鬼。
不死にして生ならず永遠を在る者。
夜を支配し、朝に微睡む夜魔の王。
終焉を司る、真紅の血。
――そんなことは知らん。
我はただの血を吸う化け物。日なたに生きる者を糧とする。
我はただの一人の女。御側に傅く。
命じられればすべてに終焉を与えよう。そして我は在りつづける。
時には永遠を与えもしよう。眷属となして。
我は主殿の仰せであれば、そのすべてにただ従う。
それのみがこの広い世界の中でただ一つだけ、我が永遠に意味を与えてくれるから。
主殿に叩きのめされるまで、我は一人孤独な夜に君臨していた。
だがもはやそんなことはどうでもよく、在るべき真祖の姿などもどうでもよい。
我は主殿と共にあれば、永遠を絶望せずにいられるから。
だから主殿――――もっと深く、私に触れて。
――怪異たちからなる大組織『天空城』に君臨する『黒の王ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ』が、何を思ったか分身体をもって冒険者ヒイロとしての暮らしを始めてから三日目。
於冒険者御用達宿屋兼食事処『白銀亭』の厨房。
白銀亭の主に無理を言って借りたのだ。
「――失敗。味付け濃くなりすぎちゃいました」
そこにいるのはエヴァンジェリンとベアトリクスの人の目を奪う美女コンビ。
貸切状態で、他のヒトは誰もいない。
このあたりはセヴァスチャン・C・ドルネーゼが手配しているのであろう。
本来の『白銀亭』の夜の仕込みは、他所でできるように手をまわしている。
ちなみに現在、ベアトリクスは幼女バージョンである。
伝説に言われる吸血鬼の弱点、それは伝説ほど劇的ではないものの真祖たるベアトリクスには適用され、よって昼は弱る。
ゆえに昼間は燃費のいい幼女バージョンであることが多い。
ちなみにベアトリクスは水には入れるが泳げず、大蒜入りの料理はうえーうえー言いながら食べる。
十字架に触れるとちょっとピリピリする。
聖水をかけられると軽い風邪をひく。
バカにしてんのか! という声が聞こえてきそうだが、一応弱点であるのだ。
一方エヴァンジェリンには弱点らしい弱点は存在しない。
「いやあのな左府殿。なにゆえ貴女は料理などできるのだ?」
味付けに失敗したらしく、やっちゃったという表情をその美しい顔に浮かべるエヴァンジェリンに、胡乱な目をしてベアトリクスがツッコミを入れる。
鳳凰エヴァンジェリンは、真祖であるベアトリクスよりも序列は上。
戦闘力に限定するのであれば、エヴァンジェリンに勝てる者は『天空城』においても『黒の王』本人をおいて、他には存在しない。
悔しいがベアトリクスも正面から戦えばジリ貧で押し切られるだろうと思う。
もしかしたら満月の深夜であれば、互角以上に戦えるかもしれない。
まあ『黒の王』配下である限り、この二人が闘うことなどはあり得ないのだが。
その最強戦力が、戦闘と強化に明け暮れる日々のなかでいつ料理などを身に付けたのだとベアトリクスは言っているのだ。
『黒の王』と同行していない、もしくは指示を受けていない時間というのはけっこうあるので、その気になれば可能なのは確かだが。
――ゲームとしてプレイされていない時間、僕たちは基本的に自由なのである。『天空城』から出ることが赦されないだけで。
「ベアちゃんは出来ない、の? ダメだよ? 女の子はお料理くらい、できなくちゃ」
ほわほわとした様子でエヴァンジェリンが応える。
その容姿、仕草だけを見ていればとびっきりに美しい女のヒトというだけで、『黒の王』に敵対した者が泣こうが喚こうが、這いつくばって懇願しようが無表情で焼き尽くす『鳳凰』の威圧はどこにも存在しない。
「天空城の序列第三位がなんか言うとる」
序列上位として共に戦場に立つことも多いベアトリクスは、そんなエヴァンジェリンの方がよく知っているし、しっくりくる。
今見せている姿とのギャップに、そう言わざるを得ないといったところだ。
僕同士の交流は確かにあるが、ここ数日ほど濃いものは以前にはなかった。
自分とて今エヴァンジェリンに見せている態度は、初めて見せるモノばかりだろう。
自分たちは『黒の王』の前以外では、ただの怪異で巨大な戦力であるだけだった。
「その前に、女の子。でしょ?」
そのボディ・スタイルも含め、他者を羨んだことのなどなかったベアトリクスをしていいなーと思わせるエヴァンジェリンがころころ笑う。
――いや左府殿は女の子の言動じゃが、完成された女のヒトという感じじゃなあ……
ベアトリクスが羨んでしまうのは、総合的なものとわかっていても『黒の王』にとってエヴァンジェリンが自分より序列が上であるという事実が故である。
戦闘力でも、女としての魅力でも『黒の王』にとってはエヴァンジェリンが上。
それが全てであり、『黒の王』以外の誰にどう評価されようが、ベアトリクスにとっては一欠片の価値もないのだ。
「いやそれを言うなら左府殿は『鳳凰』で我は『真祖』なのじゃが」
「ブレド様とヒイロ様の前では、女の子でしょ?」
「我は違う!」
女として比べられてしまうのがなんだか耐え切れなくて、こういう態度になってしまう。
エヴェンジェリンと共にある時はそれが顕著である。
言葉遣いから、態度、仕草に至るまで作ったものになってしまうのは、そういう拗らせからなのだ。
そもそも女らしくないから、そこで負けても当然という逃げ道を自分で作っている。
「違わないと思うなー。なんなら、ベアちゃんの方が女の子」
「ぬ」
だがそれもエヴァンジェリンには見透かされている。
そういうところこそが女の子だと、言われてしまえば返す言葉などあるはずもない。
これだから「格上」というのはやりにくいのだと、ベアトリクスは赤面する。
ただ孤独な夜の王であった頃に比べれば、こんなやり取りとても夢のような状況だ。
たしかに恋敵ではあるかもしれないが、共に永遠をゆく仲間というのはベアトリクスにとっては『黒の王』の次に大切だ。
寵愛を争ったり、劣等感程度で険悪になることなどあり得ないのである。
「ほら、ね」
赤面したベアトリクスをみて、エヴァンジェリンが嬉しそうに笑う。
勝ち目はない。ただやられっぱなしはベアトリクスの流儀ではない。
「では女として主殿の側に侍るとあれば、と、伽は欠かせぬと思うのじゃが」
かんだ。だがスルー。
昼だというのに無理をして、大人バージョンに変じるベアトリクス。
その声も、ただ聞くだけで脳を溶かすような淫靡な響きを伴うものに変じる。
大人バージョンになったとて胸ではエヴァンジェリンに敵わぬが、スタイルというのは大きさだけが全てではない。必要十分であればあとは需要と供給と言おうか、想い人がどういう胸を理想としているかが重要であると信じたいベアトリクスである。
「とぎ?」
「うぅ、左府殿はそういう方面は壊滅的じゃからなあ……その、褥を共にする……通じぬわな。同じベッドで夜眠るというか、くっついて寝るというか……」
自分だって新品であるからには得意ともいえぬ方面だ。
だが対エヴァンジェリンに限定した場合、無いに等しいとはいえ、知識だけでも先んじていると言えば言えるだろう。
「昨日も、したよね?」
いやまあ確かに迷宮から帰還したヒイロをエヴァンジェリンがためらうことなくひん剥いて怪我の確認をし、治療した後なし崩し的に同じベッドで朝を迎えはしたが、そうじゃない。
躊躇なくヒイロを剥けるエヴァンジェリンすごいと思っていたことは内緒だ。
それはそれで朝まで落ち着かぬ様子のヒイロに結構満足していたのも内緒だが、そんなところで満足している場合ではないと思うのだ。
私ら年齢いくつよ? と言いたくなるベアトリクスである。
『黒の王』が間違いなく好んでいる、首をこてんとかしげる仕草で不思議そうにするエヴァンジェリン。
知識にすら汚されておらぬ乙女の、純真無垢なリアクション。
見た目からすれば「このカマトトがぁぁぁぁぁ!!!」と叫びたくなるベアトリクスだが、エヴァンジェリンは素であるところが恐ろしい。
成熟した大人の躰、魅力とのギャップの破壊力はずるいと思う。
「裸でじゃ! いやそれだけではなくてだな、ええい……」
「ヒイロ様が望まないことは、しちゃダメ」
赤面しながら具体的なことに言及しようとしたタイミングで、いつもとは違う温度の言葉でさらりと言われる。
「――!?!」
思わずエヴァンジェリンの顔を見直して、ベアトリクスの言葉が止まる。
今のは素なのか? それともいろいろ知った上での……
「嫌われちゃったら、悲しいでしょ? 時間は私たちの味方だよ?」
「う、うむ……」
すでにいつものエヴァンジェリンである。
だが言葉の内容から察するに、どうやら後者とみた方がいいっぽい。
エヴァンジェリンに弱点がないというのは、なにも戦闘面に限定されたものではないらしい。それに比べてなんと弱点の多い自分かとベアトリクスは天を仰ぐ。
「それに、意外とはやいんじゃないかな~限界。前はよく触れてくれてたもんね」
「それなあ……どうして今さら、触れることにもあそこまで拒絶を……」
確かに声を聞いたことは一度もなかった。
だが『謁見の間』でじっと見つめられたり、序列上位の自分たちでさえ「そこがどこかわからぬ空間」で『黒の王』と二人きり、触れられたりいろんな恰好をさせられたり、いろんな仕草をさせられたことは数えきれぬほどにあるのである。
どれだけ期待しても、それ以上に事が進むことはなかったのだが。
「だけどねベアちゃん。あの空間での事は忘れた方がいいと思うかな?」
「理由を聞いてもよいか?」
確かに多少の恥ずかしさは伴うが、それも大切な『黒の王』との記憶である。
いやそれに勝る記憶など、この数日のものを除けばそうはないと言った方が正しい。
「多分ヒイロ様、それはなかったことにしているみたい? だから」
「そ、それは何故?」
「オトコノヒトには、いろいろあるんじゃないかな~?」
言われてみれば、たしかにヒイロの態度はその時のことを自分たちが覚えていない前提であるような気がするベアトリクス。
そうでなければ、もうちょっとこう、抵抗なく自分たちとじゃれてくれてもいいと思うのだ。
ベアトリクスにはよく理解できていないが、弱点を持たぬエヴァンジェリンの言うことには従った方がいい気がする。
それに知識においても上だというのであれば、聞きたいこともいろいろある。
今後の「中長期を睨んだ計画」というのも共有しておきたい。
エヴァンジェリンの料理の邪魔をしない程度に、ヒイロにはとても聞かせられない『鳳凰』と『真祖』によるガールズ・トークは深度を増してゆく。
――エグくなってゆくと言い換えても、間違いではない。
「どうしたの? 『千の獣を統べる黒』」
突然、迷宮を先導する黒猫の九本尻尾が全部ぴんと立ったので、驚いたヒイロが心配して聞いたのだ。
「バレま――。い、いえ、なんでもございません。――失礼いたしました」
「ばれま?」
「お気になさらず。――ただ御側に御仕えできるのは今日限りかもしれませぬ」
「???」
ヒイロに命じられ、そんなもの必要なのかという言葉を呑み込んでつけている護衛――配下の『千の獣』のうち、不可視と化せる獣――を通して、上司二人のガールズ・トークあるいは攻略会議を聞いていたことが今、露見したのだ。
――『我が主』にご報告しないことを交換条件に、なんとか命乞いができぬものか……
滑らかな毛皮の下にしっとりと汗をかきつつ、己の軽挙を後悔する『千の獣を統べる黒』である。





