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その冒険者、取り扱い注意。 ~正体は無敵の下僕たちを統べる異世界最強の魔導王~  作者: Sin Guilty
第一章 その冒険者、取り扱い注意。

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第23話 その冒険者、取り扱い注意。

 アーガス島の冒険者ギルド。


 この二年で相当の利益を出しているにもかかわらず、一度も取り換えられていない大きめの扉が少しだけ開く。

 もともと立派なつくりの扉なので、二年程度で取り換える必要はないのかもしれない。


 そこからひょい、と頭を覗かせるのはヒイロの愛玩動物(ペット)シュドナイである。

 ()()きちんと元通り、愛らしい小動物モードに戻っている。

 

 頭だけではなく、九本ある尻尾の内三本ほどを冒険者ギルド内に向け、何やら警戒している。その尻尾に本物の索敵能力があることを知る者は、この場ではヒイロだけだ。


「なにしてるの、シュドナイ。はやく入りなよ」

 

 まだ声変わりのしていない、幼い声。

 高く澄んでいて綺麗に響くが、だが間違いなく男の子の声である。


 ヒイロが自身の声の()()()だと思い浮かべたのは女性なのだが、全く違和感なく男の子の声に聞こえるというのが凄い。


 肩のあたりで切りそろえられた白に近い金髪はサラサラのまっすぐ。

 それ自体が発光しているのではないかと見紛うような艶を保っている。

 手入れ道具を売り出せば、貴族の御婦人たちに飛ぶようにして売れるだろうとは、ヒイロの冒険者ギルド担当者の言。

 切れ長の瞳は少し薄い碧で、表情はいつもにこにこしているがその実目はあまり笑っていない。


 冒険者というよりは、大貴族の御子息と言われた方がしっくりくる見た目である。

 昨日三階層に突入したばかりという自己申告からすれば、ほぼ最高の装備と言ってもいい左手に持つ魔導杖、『霊樹の杖(レベル4装備)』が少し浮いている。


 魔法使いの新人冒険者、ヒイロ・シィ。


 つい先日歴史的な大事件があったばかりの『アーガス島』は未だ日常を取り戻せているとは言えないが、それでも注目を集めている大型新人(ルーキー)がギルドを訪れれば何人かは反応を示す。


「お? 天才魔法使い様ともなれば、()()()()()なんてどこ吹く風か。今日もせっせと迷宮(ダンジョン)攻略ですかい?」


 つい一週間前はド新人だの小僧っ子だのと呼んでいたものが、実力があるとわかればきちんと一人前の冒険者として扱うあたりはさすがというべきか。


 今も変わらずヒイロの担当である、冒険者ギルド職員ポルッカである。

 まあたった一週間で担当が変わることなど、()()()あり得ないのだが。


「おはようございます、ポルッカさん。――ええ。でも冒険者としては普通でしょ?」


 さらっと天才呼ばわりを受け流す(肯定している)あたり、ヒイロもなかなかに図太いと言える。

 もうすでにいろいろと諦め気味ともいえるかもしれないが。


「そりゃま、違いない」


 ヒイロが『閃光(レ・イ)』を身に付け、そこからの大騒動――ヒイロにとっても、このアーガス島にとっても――が繰り広げられたのはつい昨日のことである。


 冒険者ギルドが通常運転とは言えぬまでも、昨日の今日でここまで落ち着いているのは犠牲者が発生しなかったということが大きいだろう。

 普通のヒトは「奇蹟」の一言で済ませばそれでよい。

 だがそうでない者たちにとってはその異常こそがより焦燥感を生んでいるのだが、冒険者ギルドは強いとはいえあくまで普通の人々が集うところなのだ。


 犠牲者を出さなかったことについては、ヒイロとしては管制管理意識体(ユビエ)とセヴァスに頭の上がらぬ思いである。

 もしも知り合ったばかりの人々を自分のうっかりで死なせてしまったとあっては、さすがに寝覚めが悪いという程度では済まない。


 主がすたすたと入っていくので、(しもべ)としては入り口でビクビクしているわけにもいかない。意を決してヒイロの足元をついてゆくシュドナイである。


 シュドナイが警戒しているのは無論、ギルド『黄金林檎(アルムマルム)』に所属する女性冒険者カティア。

 索敵能力に優れるとはいえ、()()()()しゃべれる以外はただの猫と化している今のシュドナイには、弓使いであるカティアが本気で気配を消したら察知することができないのだ。


 何しろ見つかったら最後、ヒイロが冒険者ギルドを出てゆくまでモフり倒されるのでシュドナイにしてみればたまったものではない。

 それをヒイロも面白そうに見ているものだから、シュドナイとしては本気で抵抗したり、やろうと思えば可能な回避をできないのが地味にストレスである。


「今日は第四階層攻略の許可証取りたいので、対象依頼(クエスト)の手続きお願いします」


 ヒイロにしてみれば、自分がおこした騒ぎに警戒して迷宮攻略をお休みするのはさすがにバカバカしい。

 「目立ちたくない」を徹底するのであればそのへんも周りに合わすべきなのではあろうが、もうそれは諦めている。


 というか諦めざるを得ない。


「へいへい。もうお前さんには何言われても驚きゃしねえよ。どうせまた今日中にこなしちまうんだろうしよ」


「期待を裏切らないように頑張りますよ。でもまだまだ中間層ですよ」


 ヒイロは未だに自身の魔力回復量が常人に比べて異常であることに思い至っていない。

 監視などしていなくても冒険者をよく知る者から見れば、ヒイロが一日も休むことなく迷宮攻略を続けていることが常軌を逸しているということくらいはわかるのだ。


「登録から10日たってねえ冒険者の言うこっちゃねえよ、普通はな」


 だが長く冒険者を見てきたポルッカにしても、「魔法使い」に詳しいわけではない。

 迷宮での異常な狩りを目にしている『黄金林檎(アルムマルム)』のメンバーですらはっきりと認識できていないものを、ギルド職員であるポルッカに理解できるわけもない。


 誰もが納得しやすい肩書である「天才」を貼り付けて、だったらまあアリか、と思うのが落としどころというものなのかもしれない。


「そうだ天才殿。昨日上司に言われたんだが、希望の担当()はいるかい?」


「――嬢限定ですか?」


 シニカルな笑みを浮かべて問うポルッカに、苦笑いで応えるヒイロ。

 その反応に、お? わかってるじゃねえかというニヤニヤ笑いを浮かべるポルッカ。


「期待の大型新人様に、むさくるしい中年(おっさん)つけとくわけにゃいかねえんだろ。望むところじゃねえのか?」


「問題なければ、ポルッカさんのままがいいですね。きちんと気にかけてくれていますし、僕にまったく不都合はありません。担当変更しないことがポルッカさんの不利益、もしくはだれか指名した方がポルッカさんの利益になるというのであれば、そうしますけど?」


 軽い嫌味に対して予想外の答えを返すヒイロに、ポルッカが目を見開く。

 天才――才能に恵まれた気のいいお坊ちゃんかと思っていたら、妙に世慣れたようなことを口にする。


 ヒイロにしてみれば最初こそ美人受付嬢がどうのと考えたりもしていたが、エヴァンジェリンとベアトリクスが傍にいる状況となれば余計な火種を抱え込むことは避けたい。

 それにこの一週間ほどの付き合いで、ポルッカ氏が口の割にはきちんとした仕事をし、ヒイロだけではなく担当冒険者すべてに気を配っている有能な職員であるということを理解している。


 となれば「頑張っているおっさん」に対して可能な限りの応援をしたいと思ってしまうのは、ヒイロの()()()としては自然なことであろう。


「……()()()さえそれでよけりゃ、俺としちゃありがてえけどな。――お前さんとかかわり持ってた方が得だって、頼りねえおっさんの勘が告げてんだ」


 初めてヒイロの名を口にするポルッカ。


 上役に関して言えば、それがヒイロの希望だということが事実であればそれ以上何も言わないだろうから不利益はない。

 仕事上では意外といい関係を築けている若手受付嬢たちの誰か――たとえば一番人気のヘンリエッタ嬢あたり――を推薦しておけば何らかの見返りは期待できるだろう。


 ――友達との呑み会あたりか……


 確かにそれもいいが、それよりもヒイロとの縁を切らないほうがいいと反射的に思ったのだ。

 これまでの人生で勘に頼ったことなど――若い頃一度信じて痛い目にあったことは忘れる――なかったのだが。


「初めてちゃんと名前を呼んでくれましたね。ではこれからもよろしくお願いします、ポルッカさん」


 そう言って女の子と言っても通用しそうな笑顔を浮かべるヒイロ。

 ポルッカは苦笑いするしかない。


「こっちこそよろしくな」


「その勘は正しいと思うよ、ポルッカ氏。おはようみんな。おはようヒイロ君」


 ポルッカが柄にもなく握手などをしようと手を差し出しかけたところで、再びギルドの扉が大きく開き、誰もが知る面々が足を踏み入れてくる。


 ヴォルフ率いるこの冒険者ギルドにおけるトップ・パーティー、『黄金林檎(アルムマルム)』のメンバーである。


 当然カティアもおり、その姿を確認してシュドナイが総毛立つ。

 だが意外なことに今日は真面目な表情を崩さず、サジの後ろに隠れるようにして動かない。

 シュドナイに気が付いていない訳はないのだが。


「ヴォルフの旦那。音に聞こえた『黄金林檎(アルムマルム)』ともなると、騒動があろうとなかろうと攻略日程は厳守ですかい?」


「そうだと言えれば格好もつくんだけどね。残念ながら本部も支部(ここ)も大騒ぎで、しばらくは対策会議が続くんじゃないかな? 正直対策できるとも思えないんだが」


「違いねえ。では今日はなんの御用で?」


 実際、冒険者ギルドは今日は朝から閑古鳥である。

 『黄金林檎(アルムマルム)』ほどではなくとも有力ギルドは複数あるが、今日はどこも迷宮(ダンジョン)攻略に臨んでいない。


 どうやら『黄金林檎(アルムマルム)』もその例にもれないとなれば、そんなばたついた中、パーティーメンバー総出で冒険者ギルドを訪れた理由を聞くのは至極当然と言えるだろう。


「多分昨日の騒動なんかには影響されないヒイロ君がいるんじゃないかと思ってね。私の勘も捨てたものじゃないだろう?」


「僕に用事ですか?」


 そういうヴォルフにポルッカは肩を竦める。

 そして目的だと明言されたヒイロが驚いた声を上げる。


 ――もちろん演技だが。


「ああ。単刀直入に言うが、正式に『黄金林檎(アルムマルム)』への参加要請に来たんだ。もちろん本物の「魔法使い」であるヒイロ君への待遇は最高のものを用意する。会議を経ないと正式には言えないけど、個人的には幹部待遇を考えてる。どうだい?」


 真面目な顔で、おそらくはわざと冒険者ギルド中に聞こえるような大きな声でヴォルフが告げる。幹部であるヴォルフが少ないとはいえ衆人環視の中で口にすることだ、与太話ではないことは確かである。


 普通の冒険者であれば望むべくもない条件に、主に冒険者ギルド職員たちがざわついている。


 それはそうだろう。


 現代社会で例えるのであれば有望とはいえあくまでも新卒社会人が、一流の世界企業から役員待遇で迎えられるというのに等しい。


「大変ありがたい申し出だとは思うんですけど……」


 そういう状況は、ヒイロの中の人にとっても非常に魅力的であるのは否定できない。

 ()()()での暮らしを考えれば、飛びついても不思議ではないだろう。

 もしも単独でこの世界に放り出されていたとしたら、あっさりと申し出を受けていたかもしれない。


「ダメかい?」


 演技ではなく、笑顔のまま残念そうな表情をヴォルフが浮かべる。

 ヴォルフたちにしてみれば、可能であれば()()()()()ことが最高(ベスト)であることは間違いないのでそういう顔にもなるだろう。


「当面は単独(ソロ)攻略を続けたいと思っているんです。それに将来は『黄金林檎(アルムマルム)』ほど立派じゃないけど、小さなギルドを作りたいなって……」


 こちらは演技で、申し訳なさそうな表情を浮かべるヒイロである。

 それにきちんと、喰いつける餌も投げておく。


「――力ずくでも、といったら?」


 ヒイロや背後のメンバーにしか聞こえない、低く、小さい声。


 変わらぬ笑顔のまま、普通の冒険者にはとても気付けない()()()とした殺意を忍ばせてヴォルフが問う。


「あはは、冗談はやめてくださいよ。死んじゃいますよ」


 その殺意にまるで反応することなく、あくまでも冗談としてヒイロは笑い飛ばす。

 その表情には恐怖はもちろん、わざと流したわずかな緊張さえ浮かんではいない。

 

 心の底から笑っている。


「ごめん、ごめん。そういうことなら仕方がないね」


 当然だ。


 今のやり取りで、顔にこそ出さないが鎧の下に大量の汗をかいているのはヴォルフの方である。

 その背後に並ぶパーティーメンバーたちも普通のヒトには気取られぬだけで、これ以上ないくらい張りつめた空気を維持している。


 それらをすべてわかった上で、ヒイロは笑い飛ばしているのだ。


 ――鼠に凄まれて、畏れる獅子などいない、か。


 ヒイロが笑い飛ばしてくれたことに実は誰よりも安堵しながら、ヴォルフが自嘲する。


「すいません」


「じゃあこれはどうかな? 将来ヒイロ君が立ち上げるギルドと、『黄金林檎(アルムマルム)』は友好同盟を結びたい。その証として、単独(ソロ)のヒイロ君にも『黄金林檎(アルムマルム)』としてできる限りのバックアップをさせてくれないか? なに何かを押し付けようというんじゃない、ヒイロ君が必要だと感じた時に思い出して、利用してくれればいい。これならどうかな?」


 ぺこりと頭を下げるヒイロの謝罪の言葉に、喰い気味に言葉を被せるヴォルフ。

 実のところこちらが本命であることは本部とも話し合っているし、パーティーメンバーとの打ち合わせでもそうしていたのだ。


 さっきの発言はヴォルフの独断である。

 それこそメンバーはひっくり返るくらいびっくりしただろうし、今でもいやな汗を大量にかいているはずだ。


 ――後で謝らなきゃな……後があればだけど。


 最悪の場合、此処で冒険者ギルドごと、いやアーガス島ごと消し飛ばされることもヴォルフたちは想定に入れている。


 もしも自分たちの()()()()だった場合、自分たちはそうと知りつつ竜の尾にじゃれ付く愚か者にもなりかねない。

 だが万が一にでも竜の首に鈴をつけることができるかもしれないのであれば、命を賭してでもやるべきだと判断したのだ。


 どのみち自分たちの命は、昨日の存在の掌の上だともいえるのだから。


 ただ今のところ、ヴォルフたちがそうかもしれないと思っているだけで、ヒイロの方は尻尾を出すような()()をしていない。

 

 だがヴォルフたちはどうかと言えば……


「そんな……いいんですか?」


「てことはOKと取っていいのかい?」


「断る理由なんてないじゃないですか。ありがとうございます!」


 緊張しながら確認を取るヴォルフに対して、輝くような笑顔でヒイロが感謝の言葉を述べる。


 周りで聴いていた者たちも、破格と言っていいヴォルフの申し出に驚いている者ばかりだし、ポルッカに至っては「俺の勘が早くも当たりやがったぜ……」などと呆然としている。


 『黄金林檎(アルムマルム)』クラスの担当者と言えばその冒険者ギルド支部の支部長が受け持つのが通例(もちろん実務担当は別にいるのだが)で、個人とはいえその友好同盟対象の担当者となればポルッカのギルドにおける扱いも変わってくるのは当然だ。

 その当の本人に指名されているからには、ポルッカの勘が当たったといっても間違いではないだろう。


 あくまでも今の時点では、だが。


「あ、そうだ。有名ギルドに後ろ盾になってもらうばっかりじゃ心苦しいので、くだらないものですが受け取ってもらっていいですか?」


 無垢な笑顔――にしか見えない表情でヒイロが申し出る。

 ヴォルフたちにしてみれば断るわけにもいかないし、断る理由もない。


「セヴァス」


「は、ヒイロ様」


 そう大きい声でもないのにヒイロが呼ぶと同時、三度冒険者ギルドの扉が開く。

 ヴォルフたちが来た時には気付かなかったが、ヒイロの声がかかるまで扉の前でずっと控えていたのであろうか。


 位置関係上、ヴォルフたちの背後を通るような形でヒイロのものとへ進む、セヴァスと呼ばれた老紳士。

 これ以上無いくらい似合っている銀の片眼鏡(モノクル)と整えられた髭が、名乗らずとも執事であることを見るものすべてに理解させる。


 だだその()を聞いた瞬間、ヴォルフのパーティーメンバーの一人――レアジョブ『踊り子』であるリズの腰が砕けている。


 そんな様子に頓着することなく、セヴァスはヒイロの側に跪く。

 手には絹布に覆われた、巨大な何かを抱えている。


 どこからどう見ても大貴族に仕える、さながら執事長と言った風情である。

 ヒイロはもう、自分がどこかの貴族の子息に見られているという立場を受け入れることにしたようである。

 そうであれば、それを十全に利用もする。


「これを」


 ヒイロの言葉に従い、跪いたセヴァスが手に持つ物にかかった絹布を取り除く。

 

「――こ、これは?」


「我が家に在った盾です。魔法使いの僕には必要ないものですけど、ヴォルフさんなら有効活用してくれるかなって」


 そこには一目でとんでもない代物だとわかる盾――いくつもの魔法結晶を埋め込まれ、一見すれば飾盾にも見える、豪奢な純白を地とした大盾がかざされている。


 遠慮するなという方が無理なので、困惑した表情でヒイロを見るヴォルフ。

 それに対して微笑みながら頷きで応えてくれたので、盾役であるヴォルフがセヴァスから受け取り、左手に持ってかまえてみる。


「おそらく今はまだ()()できません。だけどきっと、第六階層攻略している間にできるようになると思いますから、できれば持ち歩いてくださいね」


 装備できる、という言葉は冒険者業界では常識だ。


 主に迷宮(ダンジョン)で発見される『発掘武具』がその本来の性能・機能を発揮するには、相応しいジョブ、レベルのものが持たなければならないという不文律。


 そして世界には少数ではあるが誰も機能を発揮できない、ただ誰が見ても尋常ではない武具・防具が存在しているのだ。


 『神遺物(アーティファクト)』とも呼ばれるそれを、ヒイロはあっさりとくれるという。

 そしてその発言には、その『神遺物(アーティファクト)』がどのようなもので、ヴォルフたちのレベルや、未だ攻略が進んでいない第六階層がどういう場所かを知らねば言えない内容が含まれている。


 つまりは()()()()()()だ。


 ――確かに天空に浮かぶ大地(あれ)が我が家というなら、もっととんでもないものが無造作に転がっていても不思議じゃない、か。


「わ、わかった。――こんな貴重なものを、ありがとう」


「冒険者であれば誰でも知っている『黄金林檎(アルムマルム)』に後ろ盾になってもらうことに比べれば、大したものじゃありませんよ。では」


 受け取らないという選択などできるわけもないヴォルフが謝意を伝えると、ヒイロは屈託のない笑顔を浮かべて答え、迷宮攻略へ行こうと扉の方へと歩いてくる。


 それを妨げぬよう左右に分かれ、扉の向こうへ消えてゆくヒイロを無言で見送る。


「あ、それと」


 閉じかけた扉の隙間から、その愛らしい顔だけを覗かせ、ヒイロが笑う。


「友好同盟ということですので()()は外してくださいね、今日中に。それが守られなかったら白紙にしちゃいます、もったいないけど。後できれば他の組織の人たちにも『黄金林檎(アルムマルム)』の威光で外してもらえるように頼んでくれたらうれしいな」


 ヴォルフたちは凍りついたまま、ヒイロが出てゆき、セヴァスと呼ばれた執事が恭しく一礼して扉を閉めてからも、しばらく動くことができなかった。







 

「セヴァスはどう思う?」


 冒険者ギルドを出て、今日も今日とて迷宮へ向かうヒイロが、背後に付き従うセヴァスに問う。


「大したものです。ほぼ確信をもって見抜いておりますな」


「やっぱりかー」


 ヒイロにとってもわかりきった答えがセヴァスから返される。


 昨日の騒動の後、一連の騒動をそれが可能な能力で覗き見ていた存在のリストは管制管理意識体(ユビエ)から受け取っている。


 その中にカティアの名があったのを見て、まっずいなーと考えていたのだが案の定であったようだ。

 あの反応は間違いなく気付かれている。


 ――デカくなっても、『千の獣を統べる黒(シュドナイ)』はわりとそのまんまだもんなあ……


 ヒイロにしてみればよく見知った「猫」が10m級の巨躯になるので、ヒイロなどには曰く言い難い威圧感を与えるのだ。


 とりあえず、現状はあまり望ましいカタチとは言えない。


「如何いたします? 軽挙妄動をする輩には見えませんが」


「始末した方が無難と思うか?」


「基本的には。ただかなりの大手ギルドであることが厄介ですな。それと……」


 大手ギルドであるからには、昨日のうちに情報共有はされていて然るべきだろう。

 つまりヒイロとセヴァスが「知られている」と結論した状況は、ヴォルフたちだけではなくギルドとしての『黄金林檎(アルムマルム)』のものだと考えるべきだ。

 

 『黄金林檎(アルムマルム)』を根切りにするのはそう難しいことではないが、そうすれば世界規模で高名なギルドが一夜で消滅することになる。

 それはそれで大きな騒ぎになることは避けえないだろう、というのがセヴァスの言う「厄介」だ。


「それと?」


我が主(マイン・フューラー)がそれをお望みではないかと。彼らは今回の件でいいとして、本部の方を少々脅しつければ様子見で問題ないでしょう」


 セヴァスの見立てに間違いはないとヒイロも思う。

 だからこそ釘をさすと同時に、利益も与えることにしたのだ。


 冷静に彼我の戦力を分析できるのであれば、こちらに敵対の意志がなければ騒ぎ立てる可能性は低いとみてもいいだろう。いいはずだ。そうであってくれ。

 仲良くは無理でも、共益関係を続けられるものであれば続けたいというのがヒイロの偽らざるところである。


 自分がうっかりするたびに(ミナゴロシ)にして口を塞いでいたのでは、異世界ライフが陰惨なものになりすぎる。

 必要に迫られれば躊躇するつもりもないが、セヴァスがいいと言っているのであれば大きな問題はないだろうと判断する。


 本部とやらが折れてくれればいいのだが、エレアかセヴァスが脅しつけてくれるのであればまず問題はあるまい。


 それはそれとして……


「シュドナイはなんでそんなご機嫌なんだ?」


 まるでスキップするようにヒイロの前を進むシュドナイに問わずにはいられない。


「カティア嬢、吾輩を畏れておったでしょう? あれは吾輩の正体を知って畏れたということ。これで今後モフられることがないと思うと機嫌の一つもよくなろうというものです」


 警戒していたカティアが、普通のヒトにはわからないようにとはいえ極度の緊張状態だったことにシュドナイも気付いている。


 実際今日は初めてモフられることから逃れ得たわけだし、もうその心配はないとウキウキなのだ。

 『黒の王』の(しもべ)としては、いささか安い幸せの理由と言えるだろう。


「そんなにいやかねえ……」


「あ、主にであれば望むところですぞ?」


 馬鹿な会話をしつつ、迷宮(ダンジョン)入口に到着する。

 

 そこにはやめなさいと言っても従わない二人が、今日もまた御見送りに来ている。

 いつもはそれを見に来る連中も多いが、さすがに今日は閑散としている。

 昨日の今日では仕方あるまい。


「ヒイロ様、行ってらっしゃい」


 エヴァンジェリンはいつもの笑顔。

 迷宮(ダンジョン)にそれはどうなんだという、可愛らしいお弁当を今日も手渡してくれる。


「主殿、怪我はするでないぞ」


 いやお前、軽い怪我して帰った方が喜ぶだろ! というヒイロの内心のツッコミを知る由もないベアトリクスは、こう見えて本気で心配している。

 結果として怪我を治せるのが嬉しいだけだ。


「はやく家確保しないとだね」


 見送る二人に手を振り、第一階層に踏み入れつつヒイロがひとりごちる。

 いつまでも『白銀亭』暮らしというわけにいかない。

 セキュリティの問題もあるし、さすがに同じ部屋で夜を過ごすのもそろそろ限界だ。


 書斎と寝室の個別確保を強く希望するヒイロである。


「買えばよろしいのでは?」


 迷宮に入ってから、転移で天空城へ帰る予定のセヴァスが不思議そうに答える。

 『天空城』の資産を使えば、城を真っ当に購入してもまるで問題にならない。


「自分の稼ぎで手に入れたいんだよー」


「そのあたりは理解致しかねますな」


 そうじゃないんだよな、という表情を浮かべて答えるヒイロの思いが、セヴァスにはいまいちピンとこない。

 『天空城』に在るもの悉くすべて、それこそセヴァス自身も含めてすべて御身がご自分で手に入れられたものでしょうに、と思うのだ。

 生粋の執事に、ゲーマーの「一から育成したい」という欲求は理解しがたいものだろう。


 さっきの「口止め料」といい、本質的にはもう無理なんじゃないか? と当の本人であるヒイロが思っていることは内緒である。




 ここから誰もまだ知らない、この世界の歴史が始まる。


 順調にヒイロがレベルを上げていくたび、世界は「普通」からほど遠くなってゆく。


 アーガス島に王族が来たり、世界宗教と絡んだり、自称好敵手(ライバル)が現れたり、冒険者ギルドと揉めたり、王都に行くことになったり、戦争を止めるために戦争をしたり、時には国を滅ぼしたりもする。

 ゲームだった時は数秒ですっ飛ばしていた「天使降臨」までの五年でさえ、それはもういろいろなことがこれでもかとばかりに発生するのだ。


 それをヒイロは『天空城(ユビエ・ウィスピール)』と共に愉しんでやっていく。


 『黒の王(プレイヤー)』も知らなかった謎や問題を冒険者(ヒイロ)として解決しつつ、自分なりの幸福な結末(ハッピー・エンド)を永遠に繋げながら。










「踏み込み過ぎた、か?」


 最後のヒイロの笑顔にかけられた呪縛からようやく脱したヴォルフが、滝のように流れる汗を拭いつつ副官であるサジに聞く。


「いや、ありゃもうハナからバレてると見た方がいいですよ」


 こちらも汗を隠すこともなく、安堵のため息を漏らすサジである。

 ただ勝手なことするの止めてくださいよ、との声に心の底からすまんとヴォルフが応えている。

 それについてはメンバー一同、生きた心地がしなかったのでヴォルフの自業自得だろう。


「そんなことが、可能なのか?」


「どうやってかはそりゃわかりませんがね? でもじゃなきゃそんなもの(口止め料)、わざわざ用意してこないでしょ、彼」


 今日のやり取りで露見したというのであればまだ理解はできる。


 まだ冷静になりきれていないとはいえ、さっきのやり取り――駆け引きを思い返せばあまりにも自分たちは稚拙すぎる。

 あれでは「僕たち気付いてますよー!」と、本人の前で大合唱しているようなものだ。

 それも対処する手段も持たぬままにだ。

 相手がその気なら、今頃自分たちは地上から消えていても不思議ではない。


「…………」


 だが渡された豪奢な盾をじっと見るヴォルフである。

 サジの言うとおり、初めから気付いていなければいわば「口止め料」ともいえるこんな代物を用意することもないだろう。


 まだ装備可能にはなっていないが、『黄金林檎(アルムマルム)』に所属するような冒険者であれば、この盾がとんでもない『神遺物(アーティファクト)』であることくらいは理解できる。


 そしてヒイロは――おそらくは昨日天空にいた勢力を統べる者にとっては、この程度のものは敵対するかもしれぬ存在に与えても、何の問題もないのだという事実も。


 蟻が武装しても、象は気にせず踏み潰す。


「賢くしとけば利も与えてやろう、ってことかと」


 そういうことだろう、とヴォルフも思う。

 是非とも本部には軽挙妄動を控えてほしいものである。


 できる限りの忠告はした。

 それでもするならもう知らん、同じ組織に身を置く者として連座するくらいはまあしょうがないだろう。


「あとあの執事さん。『跪け!』のヒト」


「リズが言うなら間違いないスね。こりゃ確定だ」


 サジが天を仰ぐ。


 魔法ではない強化(バフ)を専門とする、それでもかなりのレアジョブである『踊り子』であるリズはすべての音を聞き分ける。

 それがさっきの執事様の声が、昨日島中の人間の行動を支配したものと同じだという。


「わざと連れてきたってこと、だよな?」


「お前ら俎板の上にのってますよってことですね」


 間違いない。


 あるいは昨日、「知らずに死ぬよりはマシじゃないか?」と言った自分の言葉は間違いであったかもと頭を抱えるヴォルフである。

 

 知らねばもっと気楽に居られたかもしれない。


 いや物は考えようだ、昨日の騒ぎに右往左往している他所の連中よりは、事態の核心を知っているだけ有利と言えるのは間違いないはずだ。


 少なくとも自分から尻尾を踏むような真似はしないで済む。

 さっきしたような気もするが、スルーしてくれたのでノーカン。


「ということは……あのおっきいのは、本当にシュド君だったんだ……」


 今日はモフることをせず、ずっと緊張していたカティアが震えだす。

 自分が気楽に抱き着いていた相手が、すさまじいと言ってもいい大妖であったことを思いしり、今更恐怖に怯えているのか。


 否である。


「お腹に飛び込みたい! 尻尾に絡まりたい!」


 小動物にじゃれ付くことはもちろん大好きだ。

 だがあれだけ巨大なもふもふに飛び込めたのなら、どれだけ幸せだろうかとカティアは妄想する。


 今はどうすることは出来なくとも、リーダーのおかげで友好同盟? は成立したっぽいし、いつかはできるかもしれないと夢見るカティアである。


 『千の獣を統べる黒(シュドナイ)』の受難の日々は終わらず――合掌。


 存在の脅威度については、この際自分が思い悩んでもどうしようもないと割り切ったものらしい。

 

 強い。


「あの声で命令してほしい」


『踊り子』という色気たっぷりのジョブの割には無口で男にまるで興味を示さなかったリズがとろんとした目で呟く。

 どうやらヒイロの執事様(セヴァスチャン)の声に一発でやられてしまったらしい。

 見た目としてはカティアよりはよほど色気担当に向いている容姿なのだが、強化(バフ)をかける踊りの時の色っぽい視線や蕩けるような笑顔を日常で見せることは皆無である。


 基本的に無表情。


 誰にその笑顔を向けるんだかとパーティーメンバーは思っていたものだが、まさかの声フェチとは予想の斜め上である。

 しかもハマった相手がその声でヒトの行動を支配できる存在であり、それを知ってなおとなると大概と言える。


 強い。


「うちの女性陣はもー、あの美少年ヒイロ君には誰も反応しないんかい?」


「だって……」


「あれ見て戦意を維持できるのは選ばれた者だけ」


 肝心のヒイロに対しては、初日に見たエヴァンジェリンとベアトリクスの存在で、自分とは関係のない人です、という結論を出しているらしい。

 

 それはそれで強い。


 まあ今更ヴォルフもサジも、ヒイロに色仕掛けが通用するとは思ってはいないのだが。


「ま、『黄金林檎(うち)』は他所よりゃ一歩先んじてると言っていいんじゃないですか? リーダーのおかげで友好同盟状態ですし、口止め料ももらえましたし。賢くしとけばですけど」


 サジが「最悪ではない」という程度の現状を取りまとめる。

 それについてはヴォルフも基本的には同意見だ。


「だな。とりあえず『黄金林檎(我々)』内部に……いや恩を売るためにも友好的ギルドすべてに告知は必須か」


 少なくとも監視の解除は真剣に伝えなければならないだろう。


 自分たちの監視には今すぐにでも撤退を指示し、偶然迷宮で出逢った場合は全力で距離を取り、そこで見たもの聞いたものは一切自身の外に出すなという命令を徹底しなければならない。


 それが『黄金林檎(組織)』のためなのだと。


 だがヒイロにああいわれたからには、『黄金林檎(アルムマルム)』の名のもとに、正式な回状として「やめた方がいいと思うよ?」という内容を他所のすべてのギルドにまわす。


 その後の対応をどうするかはそれぞれのギルド次第だ。

 後は知らん。


 だがそれ以上に、この世界に生きる者たちすべて、少なくとも冒険者稼業に関わるお仲間に()()()()をするのは、最初に「友好同盟」を結びえた『黄金の林檎(じぶんたち)』の義務だろう。


「何をです?」


「決まってるだろう」


 余計な情報をもらすことなく、ただ注意を喚起する文言(ひとこと)





 ――その冒険者、取り扱い注意。


今話で第一章が終了です。


閑話を数話挟んで、第二章へ入ります。

第二章は冒険者活動を軸にしたお話しです。(ミッシングリンク関連等)


今後もできるだけ毎日更新維持したいと思います。

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書籍版第2巻 10月10日より発売しております! 電子書籍版は10/23発売となります!
2巻は本編も大量書下ろし、web版第二章完結後の後日談として下僕たちの会話「在り方の変化」を書き下ろしております。何よりもイラスト担当していただけたM.B様による表紙、口絵、挿絵は必見です! 王都の上空に迫る天空城がクッソカッコいい!

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― 新着の感想 ―
[一言]  「 だがあれだけ巨大なもふもふに飛び込めたのなら、どれだけ幸せだろうかとカティアは妄想する。」  これ、当方も同感!
[一言] 応援してます、無茶承知で大量更新お願いします。一瞬で読めるんで笑
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