第20話 第三勢力
『…………』
つい先ほどまでとは違い、『凍りの白鯨』には選択の余地は生まれているようだ。
それゆえの沈黙とみていいだろう。
「私と我が組織にとって都合の良い世界であればそれを護りもしよう。仇為すものは排撃するとも。どうだ? 貴様にとって都合の良いことを、私の都合の良いことにすればよかろう?」
刹那。
これでおちなきゃ諦めよう、という台詞を吐いたところで、海側――水平線の彼方から強烈な光が『凍りの白鯨』を貫かんとする。
『時間遅延』――発動。
『被害予測』――発動。
『攻撃分析』――発動。
他にも『黒の王』が身に付けているパッシブスキルが無数に自動的に発動され、アクティブスキルの発動選択と魔法選択を問うてくる。
――びっくりしたぁ!!!
レベルが5桁にならないと取得できない『時間遅延』が発動したおかげで、瞬時に着弾するはずの『正体不明者』からの一撃はまだ海上に在り、ゆっくりとこっちへ向かってきている。
しかしこう見ると『静止した世界』の能力はやはり別格なんだな。
『時間遅延』でも大概チート級なのに、完全停止なんだもんな。
対戦要素がメインのゲームでは実装できない類の能力だろう。
だがゲームが現実化したこの状況においては、かなり心強い能力である。
こういう状況においては在ると無いでは大違い。
――なんか失念しているような気がするが、今はそれどころじゃないか。
とりあえず『時間遅延』状況になれば意思の疎通を図れるのは『管制管理意識体』とだけだ。
『申し訳ありません、ブレド様』
「よい」
『黒の王』の能力でも『正体不明者』を捕捉することは出来なかった。
『天空城』の機能で捉えきれなかったとしても無理はないし、そういう攻撃手段があることも知っている。
防げぬ攻撃でもないし、慌てる場面ではない。
『被害予測』には射線に重なる僕たちも含まれている。
この野郎、これ撃った奴は完全に敵認定だ。狙ったのが『凍りの白鯨』であったところで知ったことか。
『攻撃分析』で導き出された一撃の力を完全に無効化できる『魔法障壁』を多重に発動させる。
金属をこすり合わせるような大音響と共に光が『魔法障壁』に着弾、だが貫くこと能わずに消え散ってゆく。
二撃目はないようだ。
あっても防ぐし、もし撃てば次は確実に捉まえるが。
――それは相手も理解しているようだ。
「我ら以外にも、こういう想定外もおるようだ」
エヴァンジェリンやベアトリクス、此処にいる№一桁の皆も驚いているが、あくまでも冷静に防ぎきった態で『凍りの白鯨』に話しかける。
あるいはいいフォローと言えるかもしれない。
『天空城』以外にも「特異点」たりえる存在があり、それが隙を見て世界の守護者、運営の憑代たる『凍りの白鯨』を排除しようとしているとなれば、負けて死んでる場合でもないだろう。
よりましな勢力である『天空城』に与した方がいいと判断するはずだ、まともな精神状態であれば。
『――承知した。汝の僕となることを受け入れよう』
よっしゃ!
攻撃してきたやつGJ。ただし赦しはしないが。
僕になることを了承したと同時に、『凍りの白鯨』の巨躯が光に包まれ、ヒトの形を成してゆく。
設定資料集などに載っているからヒト型の姿を知ってはいるが、己の配下に『凍りの白鯨』が入るなど、ゲーム時代ならテンションが有頂天になっていたことは間違いない。
現実化した現状であればなおのことだが、『黒の王』としては「ひゃっほう、激レアゲットオオオオオオ!!!!」などと跳ね回るわけにもいかない。
確実に終わる、いろんなものが。
担当絵師様はエヴァンジェリンと同じ人で、ヒト型になれば双子かというくらいよく似ている。
ただし瞳も髪も純白であり、その髪はストレートで足元に広がるくらいに長い。
一生懸命仲間に引き入れようとしたのは、このビジュアルがあったからじゃないよ? と心の中で弁明しておく。
ベアトリクスの『荊冠』が今もまだ真っ白な躰を蹂躙しているのがかなり背徳的。目のやり場に困る、特に胸のあたり。
「主殿が決められたことに否やはない。ただそれだけで済むとは思っていまいな?」
そのベアトリクスがいつの間にか『凍りの白鯨』の背後に回り、その首筋と腰のあたりに手をまわす。エヴァンジェリンとはまた違う、白と黒との組み合わせが艶めかしいが、ベアちょっと怖い。
まあ眷属になったからには無茶はするまい。
「あれだけ嬲ってまだ足りぬというなら好きにせよ。我はすでに『黒の王』の僕となることを了承した」
そのへんは『凍りの白鯨』――これも呼びにくいな、なんか愛称考えねば――もサバサバとしたもので、罰があるのであれば受けることに否やはないようだ。
なんか「T.O.T」の女性陣、オトコマエが多いよな。
「なれば軽々しく主の名を口にするな。我らは『我が主』とお呼びする」
「承知した。以後徹底しよう。で、どうする?」
そこは譲れぬとばかり、脇に控えていた近衛軍統括、執事長セヴァスチャン・C・ドルネーゼが渋い声で『天空城』の規律を告げる。
素直に従う『凍りの白鯨』
なんか俺も知らない規律多そうだし、新規加入者の教育係を務めるセヴァスに、『凍りの白鯨』と一緒にレクチャー受けるべきかもしれん。
「貴様の能力を一つ貰い受ける。よいな?」
「好きになされよ」
ああ、そういえば『真祖』の唯一能力の売りだったな。
新しい魔物やボスが実装されたら、そいつらの便利な魔法やスキルをどれか一つ奪えるんだった。
ゲームでは確率がかなり低く、何度も挑む必要があったけどこっちだと一発なのかな?
最近その手の実装なかったから、コンプリートして以降完全に失念していた。
そういうのも多そうだから、一度きちんと「T.O.T」の情報を整理する必要はありそうだ。
少なくとも味方になった相手にも適用できるものではなかったが、現状ではできるのか。
『凍りの白鯨』限定でなければ、ベアトリクスが夜な夜な僕たちの能力集めて回りそうで怖いな。
「主殿、よいか?」
「かまわん。ただし奪うのは『特異点からの攻撃完全無効化』にせよ。それにあたる能力が必ずあるはずだ」
となれば奪うのはそれしか考えられない。
先の『正体不明者』が俺以外の「プレイヤー」である可能性は低くはないし、もしそうであればその能力のありなしが命運をわけることも十分考えられる。
ベアトリクスの能力としてしまえば、それをパーティーに展開する能力も『真祖』は持っているので有効活用できる。
さっきの介入者は気にはなるし警戒すべきだが、おそらく彼我の戦力はこちらが上とみていい。
もしも向こうが上なら、介入してきた以上確実に『凍りの白鯨』を仕留める攻撃を放ってくるはずだ、『黒の王』でも防ぎきれないほどの。
でなければ自分たちの存在を知らせるだけで、何の利も存在しない。
甘く見て初撃を誤ったのであれば、最大戦力で追撃すればいいだけの話。
それをせずさっさと撤退したということは、初撃をこともなく防いだこっちと直接ぶつかるのは不利と判断したとみていい。
こちらがそうであるように、向こうも俺たちの正確な戦力を計りかねているのは間違いない。であればちょっかい出すなら初撃は全力で、それが通じなければ即時撤退する。俺ならば確実にそうする。
だが捕捉されない用心深さと、引きの速さは警戒すべきだ。
故に保険としてもこの能力は是非とも確保しておきたい。
その能力を俺たちに手に入れさせないために介入してきた可能性もあるのだ。
撃退しておきながら選択ミスるような馬鹿な真似はしたくない。
「ブレド様の力を、無効化するの?」
エヴァンジェリンがいつもの仕草で疑問を投げかけてくる。
ベアトリクスもなにやら抵抗がある様子。
「いいからそうせよ。考えがあってのことだ」
もしもベアトリクスに牙を剥かれたら俺はいろいろ諦めそうだが、それはないと信じたい。
――牙と言えば、真祖としては俺の血も飲みたいもんなんだろうか? というか『黒の王』の体に血は流れてるのかね? 今度試して血があるようなら、ベアトリクスに聞いてみよう。
それに『凍りの白鯨』との実戦で感じた限りでは、その防御も絶対とは言えない感じだったしな。
ベアトリクスが取得してくれれば実証実験もできる。
今はまだのようだが、味方になったら『凍りの白鯨』はレベル1になってしまう。
それを鍛えるのが愉しかったのだが、現状では少々厄介だ。
冒険者と一緒に迷宮に潜るとなれば、何かと揉めそうだしな。
何か考えねば。
「いまいち解せぬが、主殿がそういうのならば従おう。『白光』――これじゃな」
「――ぅ」
真っ白な首筋にベアトリクスの牙が刺さり真紅の血が流れる。
堪え切れず漏れる苦悶の声と相まって、何というか正視に堪えない。
しっかり見ているが。
ええい、そう滅多に見れない情景だというのに、さっきから何やらぼかんぼかんとうるさいな。
「やかましい!」
思わず口にすると、音源に近い我が僕たちが即座にその音源に向けて己の技を叩き込んだ。
音源――アーガス島上空を守護する、ウィンダリオン中央王国の最大戦力、魔導空中要塞『九柱天蓋』の一つ。
突如上空に現れた『九柱天蓋』など及びもつかぬ巨大な浮遊島と、千を超える怪異――つまり『天空城』に対してその義務を行使していたのだ、さっきから。
取るに足りぬ攻撃なので僕たちは無視していたのだろうが、俺の一喝で排除に動いたのだ。
ただの浮島に対して、過剰に過ぎる攻撃。
「――あ」
我が僕たちの攻撃をほぼ同時に三桁で受けて、為す術もなく海上へ墜ちてゆく『九柱天蓋』
それはもはや島の態を為しておらず、比較的大きな核部分と、あとは粉砕された岩塊となって次々と着水している。
立ち上がる水柱の数と規模が物凄い。
水面近くでは轟音もすさまじいものだろう。
これ地上から見たらものすごい大参事だろうな。
『中にいたヒト共はアーガス島に転送しております。ブレド様は無用な殺生を好まれぬと判断いたしましたので。指示を頂ければこの瞬間にでも始末いたしますが?』
心の底から管制管理意識体に感謝する。
うっかりイベントシーン見るのを邪魔されて大量虐殺する、言い訳の余地なき「魔王」になってしまうところだった。
「本当に……敵対する者には容赦せぬのだな」
ベアトリクスに血を吸われて、その白い肌をもはや透けるのではないかというくらい白くさせている『凍りの白鯨』が呟く。
仲間になっていきなり大虐殺かますとか、ないわーと思っているだろう。
俺だってそう思う。
ほんと管制管理意識体がいてくれて助かった。
『お気になさらず』
あ、思考筒抜けなのは健在なのね。
というかこれ。
完全に失念してたけど、管制管理意識体が『静止した世界』ぶっ壊してからこっち、一連の騒動はアーガス島から丸見えだったわけね。
あたりまえだ、だからこそ『九柱天蓋』は攻撃してきたんだろうし。
「ヒトの世に天空城の存在を気取らせるな」
とか偉そうに言ってたの誰だっけ?





