第19話 存在理由
「聞け、捨てられし創造神の御使いにして世界の守護者、『凍りの白鯨』」
眼前の純白の巨躯に、きちんと『黒の王』モードで話しかける。
うっかり素を出していい状況ではすでにない。
なんか馬鹿やっている間に深刻な瀕死状態になっていた『凍りの白鯨』は現在、完全に回復している。
間に合ってよかった。
一瞬倒したらどんなドロップと経験値なんだろう? という興味が湧いたことは内緒だ。
とはいえもはや抵抗が不可能であることは『凍りの白鯨』が一番理解しているだろう。なんだかぐったりしているし。
びくんびくんではなく、ぴくぴくとしか痙攣しなくなっていた『凍りの白鯨』を回復させたのはエヴァンジェリンである。
不滅、永遠の命を司る『鳳凰』であるエヴァンジェリンにとって、回復はお手のもの。
不本意そうではあるものの、『黒の王』の命令となればきちんと従ってくれた。
もっとも回復しつつ黄金の炎に焼かれ続けるという地獄技、『神殿の炎』を使おうとしたので慌てて止めたが。不思議そうにすんな、鬼か。
回復するまでの間に『凍りの白鯨』の周りは『天空城』の全僕に取り囲まれ、直上には『天空城』そのものがのしかかるように浮遊している。
管制管理意識体があっという間に手配してしまった。
よって『黒の王』としては間違っても素を出すわけにはいかない状況とあいなった。
その純白の巨躯は『真祖』ベアトリクスによる拘束術式『荊冠』による真紅の荊に覆われている。
抵抗の行動どころか、その意思を持っただけで全身を荊が貫くという、なかなかにエグい術式である。
うん、ベアの荊が貫く→エヴァが癒すのコンボは見ていてしのびなかった。
やっと荊が貫かなくなったということは、『凍りの白鯨』の抵抗の意志をひとまずは折ったとみて話しかけたわけである。
『捨てられた……だと?』
「そうだ。本来貴様に宿るべき神は不在。ゆえにそうして膝を屈しているのだ。違うか?」
膝ないけどな。
『…………』
どうやら「運営」という概念は持たず、あくまでも現実化した「T.O.T世界」の守護者としての機能しか持っていないようだ。
だがあり得ぬ敗北を喫している今の状況で、俺の言葉はそれなりに説得力を持つものだろう。
「さて……貴様に機会を与えてやる。先の拒絶は忘れてやるが、二度目はないと知れ」
情報共有しないか? という申し出は即否決された。
まあ戦闘中ではしょうがないとは思うが、彼我の力の差が明確となり、生殺与奪の決定権を握られた上でも『否』の答えを返すのであれば次はない。
今は余裕でも将来どうなるかは不明な要素を、ただ見逃すという選択はあり得ない。
次の『否』は『凍りの白鯨』処分への自身による署名だ。
『汝の言うとおり捨てられ、存在理由を果たせぬ我に何の機会を与えようというのだ』
ぐったりとしている『凍りの白鯨』の巨躯が僅かに震える。
自嘲しているのかな? ただその巨大な瞳には「興味」の光が浮かんでいる。
基本的には「諦観」だが。
まあ『凍りの白鯨』の在り方からすれば、俎板に載せた鯉に交渉を仕掛けることに面白味のようなものを感じているのかもしれない。
「その存在理由を、私が与えてやる」
『戯事を!』
諦観に支配されていた瞳に怒りが宿る。
いいぞ、捨て鉢になっているよりは怒りの方が「交渉」には有効だ。
それに俺は与太話をしているつもりはないしな。
「世界の天秤を保つ――世界の在るべき姿を護ることが貴様の存在理由だったか?」
『そうだ。それが我が崇高なる存在理由。果たせぬのは無念なれど、汝に与えられる存在理由などに縋る気はない』
まあ、な。
そのへんは『千の獣を統べる黒』の言うとおり、己の尊厳を捨ててまで存えることに意味はないというのも理解はできる。
だが。
「在るべき姿とやらが失われた今、貴様に残る存在理由は「今ある世界を護る」ことではないのか?」
運営はなく、現実化され、絶対の理であるはずの『凍りの白鯨』が敗れる世界。今のこの世界には、『凍りの白鯨』が護るべき「在るべき姿」とはなんなのか、誰にもわからなくなっていると言ってしまっていいだろう。
ゲームとしての在るべき姿が、現実に即さないのは当然ともいえるしな。
だが俺は、ゲームの時のように現実化したこの世界をただ蹂躙するつもりはない。
ただ己と己の組織を強化することが最優先だった、「プレイヤー」ではすでにないのだ。
今の俺は実在する僕たちからなる我が組織『天空城』率いる『黒の王』
必要となればそうすることを躊躇うつもりはないが、より良い、いやマシな方向を目指せるのであればそうすることに否やなどあろうはずもない。
『汝は汝とその眷属の力をもって、世界を蹂躙するのではないのか? 我をそうしたように』
『凍りの白鯨』の声に「意外」が宿る。
自分が敗れた後は、世界を蹂躙するのが俺だと何も考えずに決めつけていたのだろう。
「状況による」
だが安心されるのも信用されるのも困る。
それが必要となれば『凍りの白鯨』が最も恐れることも躊躇せずにやるのだということを明言しておく。
騙してまで味方にしようなどとは思っていない。
「まつろうものには寛容を。まつろわぬものには死をもって厳格を。しかして我らは表に立たず。世界の天秤を傾けるは、この世界に在る者のみ。貴様の存在理由とやらと基本的にはそう変わらん」
向こうから喧嘩を売ってこなければ基本的には暴れませんよと宣言する。
それに『天空城』が絶対者として君臨するつもりもない。
当然干渉はするが。
それに――
「岐より来しモノは我らが殲滅しよう。まずは5年後にそれを証明しようか」
『汝、未来をも識る者か!』
さすがに創造神から切り離されてはいても、最先端時間軸までに起こることは把握していると見える。
『世界変革事象』――この世界で五年後に発生する戦乱からの天使襲来。
岐――異界からのこの世界への侵略を知っており、それを防ぐと宣言したからには反応するのも当然か。
「貴様と同じくな。――我に付き従え、『凍りの白鯨』。抜け殻となった貴様に、不在の神より与えられたものよりも崇高な存在理由を私が与えてやる!」
ならばコトは単純だ。
今は半信半疑であろうとも、五年後に結果を出せば俺の言葉が戯言ではないことを知るだろう。
これから数百年を歩む我らにとって、5年などあっという間だ。
『凍りの白鯨』が知るどのような未来よりも「世界を護った」と言える未来を見せてやる。その前段階である世界の戦乱すら、未然に防いでみせようじゃないか。
ヒトの半分が失われる未来を、『天空城』の力で曲げてみせる。
『――っ』
「ただし銘記せよ。我ら天空城も確かにこの世界に在る者であることを。貴様もその眷属となり、貴様なりの在るべき世界を目指せばよかろう」
ただしそれは「世界のため」などというおためごかしじゃない。
俺と俺の仲間たちが愉しくこの世界を生きるためにだ。
『――汝の望む範疇で、か』
「今ここで滅ぶよりはよかろう?」
度し難いというのはわからなくもない。
だが力持つ者に力で及ばぬのであれば、それが向く方向を己の望む方向へ導くこともまた、やるべきことと言えるはずだ。
それを放棄して捨て鉢に死を選ぶような者が口にする『存在理由』の重さなど、たかが知れる。
――それを勝者である俺が言うのは「傲慢」であることは自覚しておくべきだろうが。
「私はこう見えて俗物でな。優しくされれば嬉しいし、尊敬されたりもてはやされれば単純に気分がいい。ゆえに善意にはそれ以上の善意をもって必ず応えよう。ただし当然、それは悪意にも適用される」
倍返しだ!――もとい。
こうなった以上、俺は大前提として俺と俺の僕たちと楽しく生きていきたいだけなのだ。
敵対する者は叩いて潰すが、一緒に楽しく生きていける連中は多いに越したことはない。
『勝手なことを』
御尤も。
「綺麗事のお題目を御望みとあれば、並べ立ててやってもよいが」
だが本当に世界を蹂躙できる力を持った存在が、綺麗事に沿って動く方が怖いと思うけどな、個人的には。それが身に余る力であれば尚のこと。
勝手し放題、やりたい放題、自身と仲間の愉しさのためならその障害はすべて排撃する。
それが世界の大多数の望みと一致している場合は『英雄』や『救世主』と呼ばれ、乖離している場合は『魔王』だの『悪魔』だのなんだのと呼ばれるだけな気がするよ、よく知らんけど。
だったら俺は、誰になんと呼ばれようと己の好きにしようと決めた。
結果痛い目をみせたり、あるいは痛い目を見たりしても、せめて全て自分が決めたことだと納得できるように。
さて、言うべきことは言った。
答えをよこせ、『凍りの白鯨』





