番外編 迷宮解放後日譚④ 黒の支配 ~butterfly effect paradox~
ラ・ナ大陸三大強国筆頭と看做されているウィンダリオン中央王国、その王都ウィンダス。
中央暦475年、夏月の第一日。
すでに世界の支配者階層にはあまねく知られている『天蓋事件』をはじめとした、ラ・ナ大陸始まって以来――ただしこの世界においては100回を超えているのだが――の大事件が続けざまに起こった夏待月はどうにかこうにか過ぎ去ってくれた。
その夏待月たった一か月の間に起こった世界の変容。
それは表向きには市井の者たちにもかなり知られている『天蓋事件』だけではなく、小さなものから大きなものまで、限定された者しか知り得ない事実も含めれば数えきれないほどに多発している。
冒険者たちを中心に、ギルドをはじめとして関わっている組織全てを今なおひっくり返したような騒ぎに叩き込むことになっている全迷宮、遺跡、魔物領域に発生していた『連鎖逸失』の一斉消失。
これによって人類の成長限界は過去のものとなり、ごく一部とはいえすでに超越者に至った冒険者も出始めている。
その結果7から8へとレベルが上昇することに伴って、ほとんどの職で新たな能力、武技が生えたことが確認されている。
その恩恵で個人の戦闘能力は劇的に向上することも実証され、主としてトップ冒険者たちの間で大きな話題となっている。
結果、今彼らはレベル上げが最優先の課題となっている状況だ。
また『天蓋事件』の前提として発生した、この世界にとっては神の依代であった『凍りの白鯨』の顕現。
その存在が『天空城』を統べる黒の王、その下僕の一人となったことを知っているこの世界の内側の人間はまだ誰もいない。
この世界の内側の人間が誰も知らないという意味では、天空城の執事長直下『軍団』に所属する侍女式自動人形たちが各国の重要組織にすべて潜り込んだことや、厳選された人化形態を持った下僕たちがそうとは知られることなく各国の「最強戦力」として潜り込んでいることも同列と言える。
この世界の組織に対する情報収集体制と、黒の王自らの発案による水面下で各国を掌握する作戦、『お約束の並行展開』はすでにその想定通りにほぼほぼ完了している。
また実態はラ・ナ大陸最大の黒い商人であった『三大陸』を完全に支配下に置いた、ウィンダリオン中央王国王都にその本部を置く新規商会『黒縄会』の台頭。
まだあまり知られていないとはいえ、有名どころから山賊崩れまでをも含めたあらゆる傭兵団を次々に傘下に収めながら急拡大している『黒旗旅団』の存在。
これらは「度の過ぎた」連中を粛清しながら、急ピッチで再編されていっているという状況だ。
これらすべては黒の王率いる『天空城』が引き起こしたことであり、言い換えれば『天空城』によるラ・ナ大陸の表裏共における静かな支配体制の確立は神速で進行し、もはやほぼ完遂されていると言っても過言ではない状況になっている。
そのすべての嚆矢が、アーガス島の冒険者ギルドをとある一人の少年魔法使いが訪れたことだと知る者は本当に限られている。
有力ギルド『黄金林檎』と個人で友好同盟を結び、彼らをして他のギルドに対し『その冒険者、取り扱い注意』の呼びかけを行わせた、『ヒイロ・シィ』と名乗っている新人魔法使い。
彼は『天空城』の絶対的支配者、黒の王ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイの分身体なのだ。
当の本人は今日も今日とて、わりとのほほんと迷宮攻略をしているわけだが。
昼は迷宮、夜はウィンダスの王城と忙しい暮らしであるとはいえる。
また表の人間には知られていない事実というのであれば、『連鎖逸失』をこの世界に強いていた『組織』が天空城勢によって壊滅されたことも、その『組織』の背後にいた黒幕の一人がすでに天空城勢へ接触している事実も含まれるだろう。
夏待月のたった一月の間で、それまで世界の支配者であることを自認し、表も裏も知り尽くしていると驕っていた者たちこそがその認識を改めさせられた。
本当の意味で世界を支配する者どもは、己らの理解が及ぶはるか先で蠢動しているのだと否が応でも思い知らされたのだ。
そういう意味では三大強国筆頭、ウィンダリオン中央王国がすでに『天空城』に完全なる恭順を示しているという事実こそが、その最たるものかもしれない。
ウィンダリオン中央王国の上層部は、自分たちが今そんな立場になっていることを一月前の自分に知らせたとしても鼻で笑われるだろうと実感している。
他国に至っては今の時点でその事実をまるで掌握できていないことこそが、事実を知った際には大きな衝撃となることは疑いえない。
どれだけ間諜を放っていようが、国家間を渡る利害組織を立ち上げていようが、今はもうそんなことはまるで関係なくなっている。
『天空城』が秘すると決めた以上、その情報が他に洩れることなどありえない。
漏らそうとした者は、その情報ごとこの世から消えるだけなのだから。
よって今、ラ・ナ大陸は少なくとも表面的には落ち着きを取り戻しているようにも見える。
すでに外堀も内堀も埋められていることを理解できていない各国は、この期間になんとしてでも存在が確認された「超越者」に対応するべく蠢動しているつもりなのだ。
その軸となりおおせている僥倖――抗することができるかもしれないとんでもない能力を持った存在すべてが、その超越者にこそ絶対の忠誠を誓う下僕たちだなどとは想像もできていないままに。
とはいえただ知らぬだけだという点において、他国の方がまだマシということもできるかもしれない。
ウィンダリオン中央王国に至ってはある程度「知っている」がゆえにこそ、月が変わったくらいで落ち着けるはずなどないのだから。
なにしろ『天空城』の属国となったことによって、あらゆることが激変せざるを得ないのだ。
『天蓋事件』以前とて三大強国の他の二国、シーズ帝国やヴァリス都市連盟との水面下での衝突はいくらでもあったが、今から思えばそんなものは穏やかな『日常』だったと言わざるを得ない。
どれだけ深刻で陰惨であってもそれは人同士の争いに過ぎなかったし、超大国同士の暗闘と言えばおどろおどろしく響くが、つまるところ利害で落としどころを探せるじゃれ合いに過ぎなかったのだから。
それに比べて今は、一手間違えれば自分たちだけではなくラ・ナ大陸中が滅んでもおかしくない盤面で、その差し手たれるのが自分たちだけだという状況――『非日常』の極みを日々暮らさざるを得ないのだ。
幼いながらもその決定を下した国の頂点として、嘘偽りなく気分ひとつでこの世界を滅ぼせる相手と毎夜『会談』を行っている少女王――スフィア・ラ・ウィンダリオンを尊敬していない貴族、官僚など今のウィンダリオン中央王国には一人もいない。
よほどの阿呆でもなければ、「黒の王」が少女王をなぜか気に入っているらしいからこそ、自分たちはこの胃がキリキリと痛くなるとはいえ、世界で最も幸運な状況に恵まれているのだということを理解できているからだ。
だがその少女王とその側近ほどではないとはいえ、貴族や官僚、いわゆる「力持つ者」たちはその立ち位置に応じた重責を負うことになっている。
中でも『天空城』からウィンダリオン中央王国担当者として王城へ常駐することが決定された序列№0007、『堕天使』ルシェル・ネブカドネツァル付とされた女官たちはその最たるものと言えるかもしれない。
当初こそ「王族は天使様の血を継いでいる」とされているウィンダリオン中央王国において、神話や伝説の彼方、絵画や彫刻で表現されている天使様そのものの容姿をしたルシェルは大変な人気となった。
いや今でも直接かかわりのない者たちからは、お付き女官となったことを羨ましがられるほどである。
だが最初ににこやかな笑顔で
『いきなり我が主のことを敬愛しろとは言いません。しかし圧倒的な力を持つ上位存在を畏れることすらできないというのであれば、私の権限においてそのような心得違いは矯正させていただくことになります』
と宣言され、実際お偉い御貴族様が数人行方不明になったことを知る身としては正直生きた心地などしない。
美しすぎるが故、一目で「人間ではない」と理解できるヒトよりも知恵も力も存在。
だからこそより恐ろしいのだ。
一度消えたお偉い貴族様方も、いっそそのまま消えたままでいてくれれば虎の尾を踏んだ馬鹿は殺されて終わりという、ヒトの身にも理解しやすい恐怖で済んだ。
だが数日で彼らは職務に復帰している。
まさに別人のようになって。
意思を失った機械のようになっているわけではない。
自らの意思を以て職務に精励し、ルシェルからの指示のみならず己が関わる全ての職務において誠心誠意、己の能力で出来ることは可及的速やかに遂行することこそを己が存在意義としているかのようになっているのだ。
そこで誰もが思い至る。
天空のお城に住む黒い王様は、死すらも超越するという俄かには信じがたいあの噂。
それはきっと本当なのだと。
そして誰もが憧れ羨み、神話や伝説、物語などでは究極の目的、最終的な宝として扱われる不死が、けしていい意味だけに限らないのだという無慈悲な現実を。
死なないということは、死ねないということと同義なのだ。
黒の王の忠実な部下の皆様は、許可も得ずに勝手に人を殺したりしない。
一部掃除と称してやらかしている者もいるが、それとて己が命をかけてのことだろう。
だから己らが敬愛する主に庇護されるにふさわしい、なんとか我慢が聞く程度に再教育を施すのだ。
己が持てるありとあらゆる力を以って。
楽しく生きて行くだけなら理想かも知れないが、死ですら終わりを迎えられない『矯正』があるのだと理解してしまったら、ただの人間など震え上がる以外にできることなどない。
「もうしんどい」
「ちょ、ちょっと……」
よって現在、王都ウィンダスの王城において「ルシェル付き」とされている女官三人のうち一人が、限界を迎えているわけだ。
まだぎりぎり限界を迎えていない二人が、冗談ではなく真っ青になって豪奢な石造りのテーブルに上半身をぺたりと寝かせて脱力している、耐えられなくなった一人を窘めている。
ひんやりしていて気持ちいいらしく、幸せそうな脱力した表情を浮かべている。
だが残り二人にしてみれば、彼女一人が『矯正』される分には自業自得だろうが、連帯責任で巻き込まれでもした日にはたまったものではない。
ゆえに窘めているところを見ていてもらわなければ困るのだ。
「今だって見られていますのよ?」
一何年上らしい、長い青い髪をした大人っぽい美女が震えながらそう言う。
彼女らの立場であれば、『天空城』に所属する者たちが魔法すら凌駕する謎の『表示枠』を以て、あらゆるヒトの行動を把握可能なことをもうすでに知っている。
件のお偉いさんたちもその結果『矯正』を受けることになったのだろうし、彼女らにしても「ふさわしくない」言動だと看做されれば、老若男女の区別なくそうされるであろうことは想像に難くない。
どれだけ優し気で美しく見えても、彼女らの上司は迷宮最奥で冒険者たちを待ち構えている竜などよりもよほど恐ろしい存在なのだから。
「それは間違いなくそうだろうけどさー。ずっと気を張っていても持たないと思わない?」
「それはそうですけれど……」
もちろんそんなことは百も承知の、倒れ伏した金髪碧眼、やたらと発育のいい肢体をした女官が、もはや最近ではデフォルトとなっていた余所行きではない素の声で答える。
それを受けたすらりとした長身と栗色の髪をしたクール系美女の女官が左右を確認しながらうろたえている。
ちなみ彼女らは三人が三人とも、それなりの格を持った貴族家の御令嬢である。
経済力にあかせて実家で花嫁修業などというのは時代遅れであり、今は女性といえども貴族に生まれたからにはそれにふさわしい能力を以て、国のために貢献することこそが誉。
昨今は王立学院を卒業し、嫁入りまでの期間を身分に応じた役職に就いて王城で務めることはできる貴族令嬢のステータスのひとつとなっており、彼女らもその例に漏れないというだけだったのだ。
先月までは。
彼女らは恵まれた立場ゆえに生まれた時から手厚い教育を受け、無能とは程遠い。
代々美男美女を迎え入れる貴族の血は、基本的に見目麗しい次世代を生む。
彼女らにしてみれば恵まれた自分の家、能力、容姿にあったお相手となる殿方を探しがてら、本来の能力に対しては簡単すぎる仕事をこなすというお気楽な立場であったのだ。
本当に、つい先月までは。
「私思うのよね。ルシェル様が仰っているのは「黒の王陛下に然るべき敬意を払え」ということであって、それさえ守っていればあとは各々ができることをきちんとやりなさいってことなのかなって」
最初に素に戻った金髪碧眼の女官が、家の格でいえばこの中では一番高い。
だからこそ我儘でもあるのだが、賢くもあるのだ。
黒の王の役に立つことを至上の喜びとし、そのためには己にできるどんなことでも嬉々として行う下僕の方々が、取るに足りない自分たち――ヒトなどをいじめて喜んでいるわけがないと、冷静になって考えてみれば確信できる。
事実彼女らの上司であるルシェルは、「こんなことを頼んで怒られない?」というような、ウィンダリオン中央王国にとって都合のいい依頼を断ったことなどただの一度もない。
人間離れした力を以って、ただの土木工事であったとしても嬉々として遂行してくれる。
その依頼がきちんとあるべきルートを辿り、少女王陛下の認可があるものでさえあれば。
その手順を無視して、彼らを都合よく使おうとした者がどうなったかなど言うまでもないだろう。
よって現ウィンダリオン中央王国における少女王の体制は盤石のモノとなっている。
彼女を侮る者は黒の王を侮ることだと思えと、その忠実なる下僕たちが行動によって示したのだからそうならざるを得ない。
「だからって……」
「今は休憩時間だから素でも平気。要はオンオフをきっちりすることと、自分たちが誰の庇護下にいるのかをしっかり自覚しておけばそれでいい気がする」
「確かに、基本的にはお優しいわよね」
残りの二人も、最初の一人が捨て鉢になったわけではないとわかればその言っていることに理解を示すだけの能力は持っている。
思考のきっかけさえ与えられれば、冷静に事態を捉えることもできるのだ。
「私はもうそう信じ切ることにしたんだ。そもそもルシェル様相手に表面だけ取り繕ったところで、見抜かれていないなんてことありえる?」
「そうです、よね」
この中では一番年下で、家の格も最も低いスレンダークール系がまだ少々ビビりながらも同意を示す。
今の時点で自分たちのすぐ横に『表示枠』が顕れていないことが、最初の彼女の言葉を肯定している気がする。
「今の私はルシェル様はもちろん、そのルシェル様が『我が主』とお呼びになる黒の王陛下が心の底から恐ろしいわ。でもその庇護下にあると考えれば、これ以上ないほど安心できることも事実。だから私は、私にできる精一杯のことをして尽くすだけ」
「それが正解かしら、ね」
最初に窘めた、最も年上の蒼髪の美女も同意を示す。
考えてみれば自分たちが自らを縛りすぎていただけかもしれない。
あまりにも最初のインパクトがきつすぎたせいというのも多分にあるのだが。
本当に力ある者は忖度など望まない。
望むのは己の指示に従い、与えた権限内ではいちいちお伺いを立てずに最善を尽くすことだ。
それで失敗したとしても、それはその権限をその者に与えた上位者の責任に帰結する。
ただびくびくとご機嫌取りをするだけの存在など不要なのである。
だけでなければ、ご機嫌取りをできる者が好まれるかどうかは相手によるだろうが。
「要は今、私たちはアルビオン教の司教サマが仰っていたような状況に、本当にあるというわけよね。神様はいつも私たちの行いを見ておられる」
最後の台詞のみ、芝居がかった声で机に倒れ伏したままの女官が口にする。
「そして神様にとって悪い子には罰を、よい子にはごほうびをくださるというわけですのね」
「ご不在の神様よりも、とてもわかり易いお力を以ってね」
それを聞いて、やっと他の二人も素の表情に戻って笑いをこぼした。
そもそもルシェルはもちろん、管制管理意識体とても彼女らまで常に監視しているわけでは当然ない。
あからさまにウィンダリオン中央王国に害になる塵を、見せしめがてらに始末してのけたというだけの話である。
一罰百戒が過ぎるのは、人の社会が健全に発展することを望んでいる彼らの主にとっても望ましくはないのだ。
期せずして彼女らの理解と割り切りは、人間社会とかかわることを主とする下僕たちにとって歓迎され、モデルケースとして重宝されることになる。
その結果この三人娘は想定の斜め上すぎる重圧を受けることになるのだが、いずれ人でありながら『天空城』の一員となる、そう多くない人間の一人ともなるのである。
ご無沙汰しております。
あと1話で異章を一区切りし、本編再開する予定です。
おかげさまでコミックス3巻が3/27に発売される予定です。
投稿再開する本編の方も、それに沿った内容にしていく予定です。
長らく間をあけてしまいましたが、今後もなにとぞよろしくお願いいたします。
現在
『カルネアデス・パラドクス ~残酷な現実とやらを蹴り飛ばすためにこそチートは行使される~』
https://ncode.syosetu.com/n0631gt/
を投稿しております。
最初の着地点までもうすぐなので、できればそちらも読んでいただければ嬉しいです。
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ここ「小説家になろう」での人気が三巻以降の続刊可否に影響するのは間違いありませんので、なにとぞどうかよろしくお願いいたします!





