番外編 迷宮解放後日譚③ 下僕の受難 ~butterfly effect paradox~
カティア・ロッテンマイア。
22歳。
女性。
大手ギルド『黄金林檎』の創立メンバーの一人であり、最高幹部でもある『鉄壁』ヴォルフがリーダーを務める固定パーティーのメンバー。
職は弓使い。
つい最近、リーダーであるヴォルフに続いて人類最強を更新した超越者の一人。
『遠見』をはじめ、弓使いとして必要なスキル構成に恵まれたかなりの強者である。
だが今のようなちょっと余所行きの衣装に身を包み、いつもは双方で括っている髪をおろせば年頃の可愛らしいお嬢さんにしか見えない。
実はかなり手入れされたブルネットの髪と、弓使いの命ともいえる髪と同色の澄んだ瞳。
弓使いらしい装備の時はわかりにくい、仲間であり『踊り子』という希少職のリズにも劣らぬ恵まれたスタイルは、今のような装いであれば誰から見ても一目瞭然である。
少々童顔ではあるものの、その顔も美女と評して異を唱える者はおるまい。
きつめの美人系であり、『踊り子』という職ゆえに露出もやたらと高いリズが常に側にいるために気付かれにくいとはいえ、カティアとて男どもの目を奪うには充分な魅力を備えた女の子ではあるのだ。
同僚に「ダーメだこりゃ!」だの「深刻な色気不足」だのと宣われるのは甚だ心外だと言わざるを得まい。
まああの時は相手が悪かったのだとカティア本人としても納得はしているのだが。
今では別の意味でもアーガス島の有名人となっているその相手の側に常に侍る三人の美女と比べられては、ダメでもあり色気不足でもあろうと我ながら思うからだ。
これでもちょっと着飾って街へ繰り出せば、声をかけてくる男のヒトだっているんですからね! というのは暴言を口にした副官殿と同僚殿へのその時のカティアによる涙目での遠吠えである。
だがそれが現実となると、それ見なさいと胸を張るどころかオロオロすることしかできないカティアである。
アーガス島の長い夏の夜のとば口。
浮かれた空気に支配された、夜街のメイン・ストリート。
とはいえパーティーの仲間と一緒にいるか、せめていつもと同じ髪型、装備であれば、音に聞こえた『黄金林檎』の高位冒険者と認識され、気楽に声をかけてくる男などいはしない。
だが今宵は常にないお洒落気な格好をしており、その恰好をして大人な店に挑戦してみましょうと言っていた『癒しの聖女』セリナと合流する前に声をかけられたのだ。
つまり相手はカティアを上位冒険者だなどとは思っておらず、ただの可愛い女の子としか認識していない。
ここしばらく続いているアーガス島への冒険者の大量移籍。
もとよりアーガス島で冒険者稼業をしていた者であればまだしも、新参者には上位冒険者の顔と名前がきちんと一致できていないがゆえに起きた悲劇、あるいは喜劇と言えるだろう。
セリナであればその圧倒的な美貌とスタイル、なによりも一部で「痴女?」と疑われ始めているほどの煽情的な衣装で即認識されていたことだろう。
だがカティアは幸か不幸かそんな兵にはとても見えない、普通の可愛さをしているのだ。
「いいじゃないスか、まだこの街に慣れてねーんスよ。おねーさんがおすすめの店に付き合ってくれれば、奢らせてもらいますし」
「お姉さんすっごい可愛いし、お願いします!」
「え、や、あの……」
もっと下卑た、女をモノ扱いするような屑どもが相手であれば、冒険者としての実力でねじ伏せればそれで済む。
だが可愛いなと思った女の子に声をかけている範疇を出ない、見るからに年下かつ格下の男の子冒険者たちにそれを敢行するのは、栄えある『黄金林檎』の正式メンバーとしてはさすがに外聞が憚られる。
それに己がサジやリズに吠えたとおりなのであれば、イイオンナとしてこれくらいはさらりとかわせて当然のはずなのである。
だが頭ではわかっていても、その通りに身体が動いてはくれない。
頭で理解していなくても反射のように体が動いてくれる魔物との戦闘とはえらく勝手が違うことに、ただただ狼狽するばかりのカティアである。
慣れとは油断しない限り、やはり大事なのである。
ヒトにとって『経験』を積むことがいかに大切かを証明しているのだが、今のカティアにそんなことを理解できる余裕などありはしない。
焦れば焦るほど言葉すらまともに出ず、茹で上がったように真っ赤になるしかない自分に忸怩たるものを感じないでもないが、これではただ照れているように受け取られても仕方あるまいとも思う。
正直年下には興味がないし、ごめんね先約があるの、と言ってにっこり微笑めば済んだはずだと思ったところで時すでに遅しである。
もうぶん投げて逃げてしまおうかなどと物騒なことをテンパった頭で考えだしているカティアの内心など知らず、若い移籍してきた冒険者はその手を取ろうとアクションを起こす。
真実はどうあれ、行けると判断すればより大胆な行動へと移行するのは、男の子としてはある程度は仕方のないことではあろう。
「とりあえずゴハンいきましょうよ」
その手に触れればテンパったカティアに反射で投げ飛ばされるという悲劇、もしくは喜劇の引き金となったはずだが、それは果たされずに止まる。
なぜならばどこからか急に顕れたとしか見えない黒猫が、とっとカティアと男たちの間に着地したからである。
「シュド君!」
「え?」
「わ!」
男二人は自分たちでも理解できないまま一瞬硬直し、冒険者の端くれとしてその反応速度を以ってカティア――というよりもその小動物から反射的に距離を取る。
それはもちろん刹那だけわざと分かるように放った、千の獣を統べる黒の殺気に反応したためだ。
だがあまりにも一瞬すぎて、自分たちがなぜ大げさに飛びすざってしまったのかを当の本人たちも理解できていない。
驚愕と疑問が綯交ぜになった視線で見つめる男たちの視線を無視して、いかにも猫らしく「ニャー」などと鳴きつつカティアにすり寄る千の獣を統べる黒。
そんなことをされたことなどもちろん一度もなく、正体を知ってからは自制していたカティアもこれには混乱するしかない。
だが疑問よりもモフリストとしての本能が勝り、らしくもなく足元にすりすりしてくる千の獣を統べる黒を抱き上げんとしゃがみ込む。
「おい、アレって……」
「あ、ああ……」
男たち二人にしてみても、黒猫など初めて目にする小動物である。
しかも尻尾が九本も生えているとなればなおのことだ。
だが知識としては知っている。
それはもう、いやというほど。
なぜならばアーガス島の冒険者ギルドへここ最近に移籍してきた者であれば、とある冒険者の情報はもう結構ですというほど徹底して頭に叩き込まれているからだ。
自分たちの属するギルドの上層部から。
『その冒険者、取り扱い注意』を厳守することを徹底せよと。
その情報にはその冒険者が常に連れている他に類を見ない小動物、つまり今自分たちの目の前にいる金眼黒毛九尾の猫のことももちろん含まれている。
それがあんな風に懐いている女性となれば、彼らにとっては『取り扱い注意』対象の完全な範疇であることは言うまでもない。
「し、失礼しました!」
「ごめんなさい!」
飛びすざったその場で深々と一礼し、いっそすがすがしいほどに踵を返してダッシュでこの場を去る男二人である。
冒険者とは「君子危うきに近寄らず」を徹底できる者のみが長生きできる稼業だと、その若さで理解できているからこそアーガス島移籍組に選出されていたのかもしれない。
一方的に口説かれ、一方的に謝られ、一方的に放置&逃走を食らうカタチになったカティアはもちろん理解している。
自分をどうやら本当に口説いていた若手冒険者二人が、一目散に逃げだしたのは今自分が抱き上げようとしている可愛い黒猫――千の獣を統べる黒のおかげだということを。
なにしろ『その冒険者、取り扱い注意』の告知をしたのは他ならぬカティアたち『黄金林檎』だし、そうすべき理由を一番理解しているのもおそらくは自分たちだからだ。
カティアたちは千の獣を統べる黒の正体も、その主の正体も知っている。
その上で友好同盟を結び、とんでもない盾をもらい、生かされている状態ともいえるのだから。
だからこそカティアはここしばらく、千の獣を統べる黒を見かけても以前のように無条件でひっ捉まえてモフり倒すことを封印し自重していたのだ。
自分がその末に正体を顕わした千の獣を統べる黒に喰い殺されるのは覚悟の上だと嘯けても、そのために『黄金林檎』の仲間たちどころか、この世界全てを道連れにするのはさすがに躊躇われる。
ゆえに「友好同盟」であることを信じ、いつか正体を顕わした巨大な千の獣を統べる黒に全力でじゃれつくことを夢見つつ、冒険者稼業に勤しむ日々を送っていたのである。
それが千の獣を統べる黒の方からこんな風に寄って来てくれるとは、嬉しいことは別にして予想外が過ぎる。
確か何も知らずにモフり倒していた時、千の獣を統べる黒は全力でカティアから逃げようとしていたにもかかわらずだ。
「助けて、くれたんだよね?」
素直にびろーんと抱き上げられる千の獣を統べる黒を己の目の高さに合わせて、アティアが問いかける。
「でも、どうして?」
「我が主の盟友が困っているところを見かけて助けに入らぬなど、下僕として許されることではないわ。吾輩は我が主の忠実な下僕ゆえに気にするな」
問われたことに、素直に千の獣を統べる黒が答える。
今日も今日とてヒイロと共に行っていた迷宮攻略から帰還し、日課の序列上位者たちによるお愉しみタイムに突入したため、一応雄たる千の獣を統べる黒は部屋をそっと抜け出し、これもまた日課となっている夜街でのお掃除タイムに突入していたのだ。
その際にヒイロが盟友だと認めた者が困っているところを見かけて、スルーすることなど下僕の身にできることではない。
好きとか嫌いとか、得意とか苦手とかの問題ではないのだ、千の獣を統べる黒にとっては。
「……………………」
「……………………」
だが、ただでさえ童顔に見られる理由である大きな瞳をぱちくりと見開き、カティアが停止している。
それを怪訝気な表情で、しばし千の獣を統べる黒が見つめる。
「しゃ、しゃべったあああああああああ!!!」
数秒をその状態のまま推移した後、カティアは奇声と共にあまりの驚愕のためその原因をわりと思いっきり放り上げてしまった。
もちろんそんなこと程度、ただの猫であったとしてもたいしたことではない。
天空城に名を連ねる大妖、千の獣を統べる黒であればなおのことだ。
かなりの高さからくるくると回転し、なにごともなかったかのように華麗にしゅたっと着地をこなす。
「騒ぐでないカティア嬢。無駄に目立つ」
「シュド君……話せるんだ……」
震える声でそういうカティアに対して、なにをいまさらとばかりに見上げた千の獣を統べる黒が、目が合ってらしくもなく凍り付く。
それだけの眼光を、今のカティアが発していたからだ。
「ふ……ふへへ……ホントに……話せるんだ……こ、こうしょう……交渉を……」
どう見ても普通ではないカティアの様子に、無表情になった千の獣を統べる黒が無言のままに踵を返す。
だが時すでに遅し。
小動物形態の千の獣を統べる黒では、本気を出したカティアに勝てないことは以前と変わっていない。
あっさりとひっ捕まって路地裏に連れ込まれ、各種カティアがやりたいことを条件付きで許可するまで、千の獣を統べる黒が開放されることは叶わなかった。
散々な目にあった千の獣を統べる黒ではあるが、翌日迷宮でこの愚痴をヒイロに聞いてもらえ、その上大うけしたのでまあよしとしたようである。
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双方ともに書下ろしSS、書籍版第二巻にはQRコードによる書き下ろしSSもついております。
書籍版は書き下ろしが約半分、小説家になろう版とは別ルートに入っています。
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