番外編 迷宮解放前日譚① 九聖天 ~butterfly effect paradox~
九聖天
ウィンダリオン中央王国における、個人としての戦力の最上位がそう呼ばれている。
その名の示す通り最大で9名となる九聖天が最強とされるのは、ウィンダリオン中央王国が保有する9つの神遺物級魔導武装に選ばれた者たちだからだ。
それらの魔導武装は九柱神器と呼ばれている。
大剣、刀、盾、杖、手甲、剣、槍、弓、斧。
それぞれが空中要塞九柱天蓋の零番艦から八番艦と魔導連結しており、真の力を発揮する際にはそれぞれの巨大魔力炉から膨大な魔力供給を受ける仕組みになっている。
機械的戦力の象徴、九柱天蓋。
人的戦力の象徴、九聖天。
この累なる二つの『九』が、ウィンダリオン中央王国という大国の武の面を支えているのだ。
九柱神器も九柱天蓋と同じくウィンダリオン中央王国王家が代々血によって継承する至宝、『支配者の叡智』によって完全に制御されている。
零式から第三式までの拘束制御術式を解放しなければその真の力を行使できないばかりか、遣い手としての最終承認すらそれを経ねばけしてなされない。
よってウィンダリオン中央王国における武家としての長い歴史を誇る、代々九柱神器を継承する九柱家は王家に絶対の忠誠を誓っている。
人の域をはるかに凌駕した戦闘能力を与えてくれる魔導武装を使いこなせる己らの血、それを最終承認してくれるのが王家となれば、それに逆らうことなどありえない。
九柱天蓋の制御も併せて、ウィンダリオン中央王国において王家の力が絶対的なものであり続けている理由の一つがそれである。
まだ齢10でしかない文字通り『少女王』であるスフィア・ラ・ウィンダリオンが大国であるウィンダリオン中央王国を、少なくとも表面上はなんの問題もなく統治できているのはそのためだ。
ただし個人としての戦闘力では迷宮最下層を攻略している冒険者たちをすら凌駕する九聖天は、常に9名全員が存在しているわけではない。
現状、少女王スフィアの御代では五名。
大剣を継ぐアストレイア家のユースティ・ティア・アストレイア。
刀を継ぐシズマ家のシズマ・マサオミ。
盾を継ぐウェルム家のアエスタ・エニア・ウェルム。
杖を継ぐクランクラン家のクリス・ククリス・クランクラン。
手甲を継ぐフォスター家のロディオン・フォスター。
剣のウィリアムズ家、槍のキングズレー家、弓のマーティン家、斧のルイス家の四家当代は空席である。
とはいえ九聖天はウィンダリオン中央王国の歴史でも3人前後が同時に存在している時期がほとんどであり、5人も揃っているのは9人全員が揃っていた初代から三代目に次いで多いのである。
そのため軍部そのものというよりもタカ派の貴族たちが、今こそウィンダリオン中央王国がラ・ナ大陸に覇を唱えるべきだと息巻いている。
現時点でこそ主流であるハト派にあしらわれている状況だが、ここからの5年で急激に勢力を伸ばし、『天使襲来』に繋がる大戦乱を引き起こす原因となるのがその連中だ。
ただしそれはあくまでもゲームであった頃のT.o.Tにおいての話であり、天空城が明確に介入した現状ではそうなると決まっているわけではもちろんない。
その介入――『天蓋事件』が発生してからそれなりに日数が経過した現状でも、スフィアをはじめとした上層部はともかく、王の剣である九聖天はそれなりに暇を持て余している。
どれだけ強大な力を持っているとしても、現状『連鎖逸失』に阻まれている状況では九聖天とはいえレベル7を超えて成長することは不可能だ。
拘束制御術式を一切解除されていない九柱神器といえど、現在のヒトが入手可能な魔導武装などは遥かに凌駕している。
そのため九聖天は早々にレベル7に到達してしまい、その後は訓練くらいしかすることが無くなるのだ。
侵略の為ではなく抑止力として使われる 人的戦力の象徴とはそういうものなのかもしれない。
よって今日、国としてもラ・ナ大陸全体としても支配者階級に近ければ近いほど右往左往している状況の中、暇を持てあました九聖天の男性陣3人が集まっているわけである。
刀のシズマ・マサオミが、盾のアエスタ・エニア・ウェルムと手甲のロディオン・フォスターを己が屋敷に呼んだのである。
ちなみに女性陣である大剣のユースティ・ティア・アストレイアと、杖のクリス・ククリス・クランクランは初めから呼んでいない。
同性ということで少女王スフィアの側付きを務めていることが多い二人だし、もし自分たちと同じように暇だったとしてもユースティは一応申し訳なさそうに「ごめんなさい」、クリスはバッサリと「いかない」と断られることが常だからだ。
二人とも美女ではあるし、当代の九聖天同士で仲良くしたいと思っている男性陣なのだが、何度も断られているとさすがに心が折れる。
なによりも現九聖天で戦闘力に順位をつければ、ユースティがトップ、次いでクリスという事実もなかなかにキッツい。
魔導武装ありきの強さであり、魔法もある世界での戦闘能力に男も女もあるまいということは言われずともわかってはいるのだ。
とはいえ一応男としては、古いと言われようがなんと言われようが忸怩たるものを感じてしまうものらしい。
その結果、声をかけることすらビビっているようでは何のことやらと言う話ではあるのだが。
そんなヒトの世界では圧倒的な戦力を持ちながらも、どこか情けなさを漂わせる男どもがむさくるしく三人で顔を突き合わせているというわけだ。
まあむさくるしいのは実質熊のようにごつい茶髪茶眼の手甲のロディオンだけで、刀のマサオミはきつめだが充分美形で通る黒髪黒目だし、盾のアエスタは女性と言っても通りそうな金髪碧眼の幼い見た目をしているのだが。
とはいえいくら暇だからと言って、なんの理由もなく昼間っから集まって駄弁っているというわけではない。
マサオミもちゃんとした理由があって二人を呼んだのだ。
なんとなれば今までで一番、正当な理由かもしれない。
武家とはいえウィンダリオン中央王国においては相当な有力貴族である九柱家だけあってその屋敷は大きく、今三人がいる応接室も豪奢で広い。
その応接室で三人は、常にない深刻な雰囲気を醸し出している。
「みてくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……おかしいです」
「どういうやりとりだ、そりゃ」
マサオミに応えるアエスタに、ロディオンが突っ込みを入れている。
だがアエスタの言う通り、確かにそれはおかしい。
それとはマサオミが受け継いだ九柱神器、刀である。
マサオミの刀は、九柱天蓋の八番艦と魔導連結している。
八番艦とはアーガス島上空を守護していた艦であり、天空城の下僕たちによって砕き墜とされ、ただの岩塊に帰しているはずのアレである。
『天蓋事件』の第一報が入ったと同時に九聖天は全員が王城に召喚され、その場で刀に対する支配者の叡智による拘束制御術式解放が試みられた。
その場では皆の予測通り刀は何の反応も示さず、やはり対応する九柱天蓋と共に九柱神器の刀も死んだのだと判断された。
もちろんわざわざ対外的にそんなことを公表したりはしなかったが、遣い手であるマサオミはずいぶんと落ち込んだものである。
さすがのユースティやクリスですら、優しく気遣っていたほどだ。
あれから数日が経過して、急にマサオミによって呼び出されたのが今というわけだ。
その刀がすごくおかしいのだ。
確かにあの日は死んでいたはずなのに、今は拘束制御術式を解放されているわけでもないのにいくつもの魔導円環が刃を中心に展開され、黒く禍々しい魔導光を噴き上げている。
その周囲を威圧する圧倒的な魔力圧は、うっかり振るえば山のひとつやふたつ、余裕で消し飛ばしそうなほどのものである。
下手をせずとも、支配者の叡智によって拘束制御術式の最終段階である零式を開封された時よりも明らかにやばい。
それはすべての九柱神器の最終解放形態を知っており、それがもたらす破壊力を実際にその目で見ている九聖天であるからこそわかるのだ。
これを見てしまえば、マサオミが二人を呼ばずにはいられなかったことも納得がいく。
だからと言ってどうすればいいのかなど、持ち主であるマサオミと同じく二人にもわかるはずはないのだが。
しかもそれだけではない。
「というかマサオミも変じゃない?」
「うむ……なんというかその……階層主級の魔物っぽいな」
「やっぱり?」
刀だけではなくその遣い手であるマサオミにも謎の力は流れ込み、黒髪と黒眼が朱餡の焔めいた魔導光を発している。
正直に言って相当に禍々しい。
オディオンの言う通り、迷宮でうっかり冒険者パーティーと接敵した日には、人型の魔物として討伐対象にされそうなほどである。
ここ数日、マサオミが屋敷に引きこもっていた理由がこれである。
「だ、大丈夫なの? お、俺の右腕があああとか急に言いだしたりしない?」
「俺が封じているのは左目設定なのでそれはない」
「だからなんのやり取りだ、さっきから」
たださっきからいつもどおりの馬鹿話をできている以上、刀や見た目だけではなくマサオミ自身からも発されている尋常ではない力はともかく、意志までもが乗っ取られて暴走しているというわけではないのだろう。
とはいえ冗談ではすまない状況であることは三人ともが認識している。
九聖天の中ではもっとも強力な『大剣』の継承者であるユースティや、『杖』の継承者ゆえに魔法に最も詳しいクリスが来てくれていたとしても、正しい答えなど出せそうにない状態である。
こうなれば不本意とはいえ、己らが仕える王であるスフィアが持つ支配者の叡智に頼るしか冴えた答えはありそうにない。
わりと真剣にああだこうだと話し合った結果、それしかないとの結論に達し、最悪自ら辺境の牢獄に籠ることまで視野に入れてスフィア小女王へ報告する結論に至った時点で、不意に刀からもマサオミからも、あらゆる禍々しさが抜け落ちた。
今までのことがまるで幻のごとく、そこには以前の刀と遣い手であるマサオミがいるだけとなった。
はるか南の彼方、アーガス島において九柱天蓋八番艦を魔改造した上で再建したエレアが、魔力経路をたどって刀とその契約者の異常に気付いて過剰魔導流入を封じたのだ。
だがそんなことはマサオミ、アエスタ、ロディオンに分かるはずもない。
一応発生した現象を取りまとめてスフィアに報告した後、彼らが「ああ、そういう……」と一応の理解を得るのは、アーガス島において砕き墜とされた九柱天蓋が再建されたという信じられない情報を得た後、深夜の御前会議の場で黒の王とその序列一桁の下僕たちと相まみえた際だ。
やがて彼ら九聖天は、そこへ己らの王であるスフィアを加えたパーティーとして迷宮攻略の日々を送ることとなる。
この後ある日突然解放されることになる『連鎖逸失』、その向こう側において。
その際ヒイロはこの、九聖天でありながらわりとふざけた男性陣三人となぜかやたら仲良くなるのである。





