番外編 天蓋事件後日譚⑧ 夏待月水涼 ~butterfly effect paradox~
事態がこうなってから、そんなに時間が経過しているわけではない。
だがここ数日は怒涛の展開だったので、肉体的にはともかく精神的にはそれなりに疲労しているのは確かだ。
・異世界転移(自分がやっていたゲームの世界が現実化?)
・人外化(自分のプレイヤーキャラ化)
・分身体作成
・冒険者登録
・迷宮攻略&育成
・美女二人&黒猫と同居開始
・天空城運営の大筋決定と各種決済(実務はユビエ、エレア、セヴァスが処理)
・凍りの白鯨とエンカウント
・ユビエが女性体の姿&声を獲得
・第三勢力の確認
・凍りの白鯨が天空城に参入
・九柱天蓋の一つを破壊(重要なイベントシーン視聴を邪魔した罪により)
・ヴォルフさんたち黄金林檎と友好同盟締結
ざっと並べ立ててもこれだけのことが半月も経たないうちに立て続けに起こったのだから、さもありなんといったところではある。
外見的、肉体的には黒の王であろうがこの分身体であろうが本来の身体とは比べ物にならない高性能を誇るが、中の人は変わらずわりと破れ始めた会社員なので妥当なところだ。
大好きなゲームが現実化して大はしゃぎしていたのも事実だが、その分しっかり疲れている事実は本格的に歳を感じて地味にへこむ。
今自分を含めた天空城勢が滞在しているアーガス島は、迷宮が存在する島というもっとも有名な顔とは別に高級リゾート地としての側面も持っている。
疲れた心と躰を癒すにはもってこいの場所ともいえるわけだ。
常夏の南の島、下僕には美女の人間形態を持つ者も多く、自身はその絶対者と君臨している。
となればきわどい水着に身を包んだ美女たちに囲まれて、いかにもな南国リゾートライフを満喫するのがお約束といったところか。
ゲーム時代に自分でもちょっとどうかと思うくらいつぎ込んで、毎夏の水着Verもコンプリートしていたことだしな。
だがついさっきまで自分がやっていたのは、海岸線一帯に散らばる瓦礫集めである。
我が千の軍勢によって先日砕き墜とされた九柱天蓋。
その残骸回収の大規模正式任務が冒険者ギルドから発効され、それに参加しているのだ。
基本的に冒険者はギルドが発効する正式任務を断ることはできない。
よほどの事情があれば当然例外は適用されるが、その事情が迷宮攻略やその準備、静養などの場合は認められない。
通常ではそのためにかなりの準備期間を置いて発行されるのだが、今回のこれは昨日の今日で発効されている。
例外事態ではあるのだが、ラ・ナ大陸における三大国家筆頭、アーガス島もその国土の一部である大国、ウィンダリオン中央王国王家直々の依頼を受けてとなれば冒険者ギルドも断れなかったのだろう。
たしかに国家最大戦力である九柱天蓋は、残骸であっても他国に渡すわけにもいかないというのは理解できる。
その回収に国軍を派遣するにも時間がかかるとなれば、手っ取り早く一応信頼は置ける冒険者ギルドに任せるのは悪くない手だ。
かかわった冒険者は完全に把握できるわけだしな。
というわけで新人の自分には、そんな事情で発効された正式任務を断れるはずもない。
実は下手人である後ろめたさも手伝って、いそいそと受諾、参加したわけである。
もっとも自分たちばかりではなく、本当にアーガス島冒険者ギルドに所属するほとんどの冒険者はみな参加している。
『天蓋事件』と名付けられた主として黒の王のやらかしを原因とする一連の出来事で、迷宮攻略が一時停止しているところがほとんどだったのもちょうどよかったのだろう。
自業自得とはいえ、天空城の存在をこの世界に対して秘匿することはすでに破綻している。
ポルッカさんに言わせれば、歴史に残るレベルの大事件とのことだし、力を以てこの世界の支配者階級にある者たちはみな例外なく存在を把握、情報収集や分析に全力を挙げているといったところだろう。
超一流とは言えど、黄金林檎にも正体を看破されてしまっているくらいだからなー。
そのヴォルフさん率いるギルド『黄金林檎』の面々には、作業に入る前に挨拶をされた。
よく考えれば当たり前なのだが、『黄金林檎』規模のギルドともなればアーガス島迷宮攻略に参加しているパーティーも一つや二つじゃないんだな。
知らぬ顔から一斉に挨拶をされて、ちょっと面食らった。
中に一人、とんでもない水着を身につけたかなりの美女がいたけど、恥ずかしいならあんなきわどい水着を着なければいいのにと思わなくもない。
まあ見るこちらとしては、羞恥も含めて眼福なのでなんの問題もないのだが。
で今自分がなにをしているかと言えば、海岸でへたばっているのだ。
手伝いたいと言ってきたエヴァとベア、それを聞いてそれなら私もと言い出したエレアとセヴァスを連れてきたのが失敗だった。
本来であれば冒険者登録している者以外は作業地域に進入禁止なはずだが、ポルッカさんにダメ元で訊いてみたらなんの忖度かあっさり許可が下りた。
冒険者ギルドがだめって言っているから仕方ないね、という切り札があっさり使えなくなってしまったというわけだ。
最初こそエヴァとベアの水着姿が男性陣および一部の女性陣の視線を独占していた。
ちなみに二人が身につけている水着はエヴァのほうは一昨年の夏の目玉、ベアのはなぜか今年の冬に唐突に実装された「寒中水泳用水着」などとネットでは言われていたものだ。
出るまでにいくらかかったのかはあえて秘す。
天井なんてしてはいません。魔法のカードも使ってはいません。
露出が激しいわけではないが、凝った造りと絶妙なチラリズムでお気に入りだったもの。
どうやら着せていた回数から「我が主のお気に入り」を把握されているっぽい。
ただでさえ色っぽいうえに、この世界らしからぬ素材、デザインの水着に目を奪われていた冒険者たちの視線だが、ほどなくその視線の意味は別のモノに置き換わった。
二人は自ら「手伝いたい」といった言葉を反故にするつもりなどなく、全力で残骸回収作業を開始したからだ。
もちろん水着姿になっているとはいえ、自らが海に入りその細腕で回収するわけではない。
膨大な魔力を使って、魔力による力技で浮かせて回収するのだ。
あっという間に回収が困難な沖合、深いところに沈んだ大きなものから小さなものまでほとんど回収し、周囲を唖然とさせた。
こればかりは後日、王都の魔導院に依頼するしかねえなあ、とポルッカさんがぼやいていた中枢殻核ユニットのほうは、エレアとセヴァスが力技で浜まで持ってきてしまった。
自分の体躯の十数倍はある中枢殻核ユニットを、二人で「せーの」で持ち上げんな。
遠近感狂うわ。
結果自分だけなにもやれてないと感じ、若く高性能なヒイロの身体を駆使してムキになって回収作業に勤しんでいたらへたばってしまったのだ。
いかに若くて高性能とはいえ、未だレベルは一桁のステータスである。
ちょっと考えればレベルが五桁に乗っている序列一桁の連中と勝負になるわけがないことくらいはわかるだろうが、俺。
他の冒険者たちと同じように、潮干狩りの如く砂浜に近い当たりの細かい破片を回収しておけばよかったか。
でもなんというかこういう、スコアを競うっぽいので後れを取るのはなんか悔しいんだよな。
くっそ、黒の王の本体呼び出してやろうかな。
なにをむきになってるんだって話だが。
「で、エヴァとベアはなにやってんの?」
俺がふらついたら速攻で回収作業を放棄して集まってきてしまった。
セヴァスがどこからともなく天空城に格納されているお遊びアイテムの一種、やたらと高級そうなパラソルや屋根付きのビーチベットを一瞬でセッティングし、テーブルには冷えたドリンクまで用意してしまっている。
いや高級ホテルのプライベートビーチとか、オープンエアラウンジじゃないんだから……
「ヒイロ様の、看病?」
「休憩じゃなあ……」
「…………」
へたばってビーチベットに転がる俺の肩に後ろから手を回して抱き着き、エヴァが温度調整をしてくれている。
焔を司る鳳凰にとって、夏の日差しなどいかようにもコントロール可能だということだろう。
肌が触れ合った部分の体温がちょうど気持ちいいくらいの、絶妙の温度にしてくれている。
ベアは俺の腹に己の頭を乗せて、しなだれかかるような体勢になっている。
いや確かに真祖吸血鬼が夏の日差しの下にいたら弱って当然だとは思うが、それなら水着になってまでついてこなければよかろうに。
いやそれでは、なんのためにベア用の水着が実装されてんだって話になるか。
どうあれ傍から見ればとても正式依頼中の冒険者などではなく、ヒイロの王子様然とした見た目も相まって貴族のお坊ちゃんが美女を侍らして夏を微睡んでいるようにしか見えない。
うーん。
冒険者ギルドが一週間はかかるとみていた作業を実質四人で八割がた終わらせている実績があるので、結果主義の冒険者たちは遠巻きに見ながらも文句を言うような連中ではないだろうしなあ……
ちなみに俺の足元で呑気にくあと欠伸している千の獣を統べる黒が一番リゾートを堪能している気がする。
「セヴァスは?」
「護衛ですな」
セヴァスは御老体とはとても思えない引きしまった躰を、センスのいい着流しに包み、いつものポーズで左後方に直立不動している。
暑くないんですか、直射日光喰らってますけども。
汗一筋すら流れていないのは、執事長の特殊能力なんだろうか。
男キャラは水着の代わりに浴衣や和服が実装されることが多かったんだよな。
渋いセヴァスにはこういうのがよく似合う。
リズさん鼻血出ていたけど大丈夫だろうか。
もうちょっとセヴァスも塩対応改善してあげればいいのにとも思うが、どうにもリズさんはそれも込みで満足してるっぽいんだよな、奥が深い。
ちなみにカティアさんはまだ千の獣を統べる黒との距離感を測りかねているご様子。
千の獣を統べる黒は大妖としての正体を知ったがゆえに畏れていると悦に入っていたが、どうも違う気がするんだよなあれは。
まだ受難の日々は終わらないと思うが、余計なことは言わないでおこう。
「エレアはどこへ行ったの?」
「中枢殻核ユニットを調べておられますな」
「好きだよね、エレア。ああいうの」
「ですな」
エレアは元人間かつ魔導士、錬金術師などを極めた仙人であったので、逸失技術とか時代錯誤遺物に対する執着が実はすごい。
こうなってから俺の許可を得て、分身体の生成器やらなんやら、天空城中の秘匿技術を大喜びで調べまくっている。
人の世における逸失技術、時代錯誤遺物の極北ともいえる九柱天蓋の中枢殻核ユニットともなれば、調べずにはいられないのだろう。
「直せるようなら直すように言っといてくれる?」
「承知いたしました」
回収してきた際に「完全に壊れていますね」と言っていたので、修理の方法を探ってもいるだろう。
黒の王の「やかましい」の一言で粉砕してしまったので、できるのならば責任を取って中枢殻核ユニットくらいは再生したいところである。
結局ほどなくして俺は、自分のこの発言を悔いることになる。
エレアが修理というより魔改造を施した中枢殻核ユニットがこの場で起動し、アーガス島中の住民が見ている前で九柱天蓋、いやそれ以上の空中要塞が自己再生する様を見せつけるハメになってしまったからだ。
下僕たちなあ……
天空城に慣れているから、九柱天蓋あたりだと規模的にも技術的にも戦力的にも、玩具くらいにしか思ってないんだよなあ……
まあ天空城側もヒイロ側も、すでに「目立たず暮らそう」なんてとっくに破綻しているからしょうがないけどまあいいか。
プロジェクト「テンプレート・パラレル」も順調に進行しているみたいだし、この際だから活動拠点となるウィンダリオン中央王国には直接接触しておくのも手だな。
スフィア・ラ・ウィンダリオンは直接この眼で見たいしな。
まあたまにはこんな休日もいいものだ。
正式任務中になにほざいてるんだというのは置くとして。
常夏の島の昼下がり。
照りつける太陽は海面と砂浜を熱と光で揺らめかせ、現実を幻に溶かすように綺麗だ。
海鳥の遠い鳴き声と、島の山間部から届く蝉の遠い合唱。
微睡むそばには美女二人に、欠伸をする黒猫。
あっちでは望むべくもない、理想の夏の一日だ。
迷宮攻略も楽しいけれど、こういうのも悪くない。
今夜はみんなで、夜街に繰り出してみようか。





