第146話 罪と罰
「――対象は?」
元大陸守護騎士団の野暮用――本来であれば主任務に向かうアインザックたちにさも当然のようについていきながら、ヒイロが問いかける。
アインザックら大陸守護騎士団は冒険者ギルドの発する『任務』や、各国の正規軍では手に負えないほどの魔物――希少種や巨大種など――が湧出した際、その討伐を行うことこそが存在意義とされている。
有名なところでいえば『予言の書』に記されている災厄の処置などがその代表例だろう。
だが、それだけをやっているわけでは当然ながらない。
というかそれは一般向けのお題目と言ってしまった方がより正確だ。
本当の主任務。
それは現在のヒトの世界における秩序の守護者として、定められた規律を破る存在を誅することである。
天空城勢がある意味守護者としてラ・ナ大陸に関わりだして以降、力こそがすべてだという思想、あるいは信仰を、ラ・ナ大陸に生きる人々の多くの人々が無意識下で当然のことだと受け入れている。
現在の基本的には平和で、多くの場合に努力はそれなりに報われ、悪事はそれに応じた――やや苛烈な傾向はあるにしても――罰を受ける社会は、なにも個としてのヒトが高尚に進化し、その集団としてほぼほぼまっとうになったというわけではない。
今もなおヒトという種の中には、悪意も怠惰も過去とそう変わることなく存在している。
だがそうした方が得だから、あるいはそうしないと損、いやもっとはっきり言えば怖いから――
ほとんどの者が、世界連盟や冒険者ギルドが「正しい」とすることを是として生活しているというだけに過ぎないのが正確なところだ。
天空城が伝説にて語られるのみとなり、その直属のヒトによる武力機関であった『天空城騎士団』が表舞台から去ってもなお、その『武を以て法治する』とでもいうべき在り方を維持しているのはつまるところ力。
つまりは大陸守護騎士団である。
言ってみれば人の手に負えない魔物を討伐可能な大陸騎士団に比肩しうる戦力が、世界連盟、冒険者ギルド、国家に存在しないことなど明白だ。
であるにもかかわらず――
大魔導時代、大迷宮時代を謳歌するラ・ナ大陸において、数十年前まででは想像もできなかった力を手に入れてオイタをする存在は個人、組織を問わずどうしても発生する。
それを叩いて潰すことこそが、大陸守護騎士団の本当の仕事だといえる。
市井に暮らす人々にはなんとなく世界連盟の直属組織だと思われている大陸守護騎士団だが、実はそうではない。
彼らが従うのは力を以て己らの上をいく天空城騎士団であり、その上位者である天空城勢、突き詰めればそれらを統べる黒の王ブレドと、その分身体である冒険者王ヒイロ。
彼の者が定めた法にのみ忠実に従い、それを守るためその力を行使する。
だからこそ、世界連盟が新たに定めた規律であっても、それを守るべきものとして扱う。
他ならぬ黒の王、知る者は限られているとはいえ同一人物である冒険者王が世界連盟を――極論すればその初代議長であるポルッカ・カペー・エクルズを認めたが故に。
それを蔑にするということは世界を滅ぼしうる力を持った存在に楯突くことと同義だということを、純然たる力を持つ者ほどよく理解しているのだ。
天空城が再降臨しないままに時代が進めば薄れもしようが、今はまだ同時代を生きた兵たちが現役を張っているとなればなおのことである。
「ガルレージュ迷宮都市の総督を務める貴族、ガルレージュ辺境伯トゥスクルム家です」
アインザックたちは主たるヒイロに仕えることのついでに、ある意味大陸守護騎士団としての最後の仕事も請け負って来ていたというわけである。
仮面の少年がヒイロであることを確認できた今となっては、主に問われて答えられぬことなどアインザックには存在しない。
「――罪状は?」
「非申告による魔物領域の攻略並びに領域主の討伐です」
よってその対象も、罪状も端的に飾ることなく答える。
「ええ? それは罪なの?」
アインザックの答えを聞いたヒイロが嘆息する。
ヒイロ――の中の人の価値観では、そんなものはまったくもって罪ではない。
攻略と討伐など、それが可能な者が早い者勝ちで行えばいいと思うからだ。
先に陣取っていた一党の狩場を荒らしただとか、一瞬黄色ネームに戻ったNMを挑発で釣っただとかでもない限り。
黄色ネームは誰のものでもないのだ。
知らんけど。
とはいえ記憶を封じられる前の自分が定めたというのであればもちろんのこと、全権委任を認めた世界連盟が決めたことであっても、今の自分が文句を言う筋合いのことではないということくらいは理解できている。
疑問を持った法に縛られ続ける気もまた無いのも正直なところだが。
「定めたのは世界連盟ですが……」
不本意そうな空気を察知したアインザックが、その法を定めたのがヒイロではなく、世界連盟であることを口にする。
ヒイロの記憶が封じられていることなど知らぬアインザックにしてみれば、それに納得がいかないのであれば「武を以ての法治」の根幹たるヒイロが従う必要などないという意味での確認だ。
「……処置は?」
とはいえヒイロもただ「なんとなく気に食わない」というだけで現在の法として機能しているものを一方的に停止させるつもりはない。
下される罰が容認範囲であればわざわざそれを否定するつもりもない。
規律を破ったトゥスクルム家も、貴族であり総督を務めるからには、こうなることも十分に理解したうえで実行したのだろうし。
組織を維持するための規律というモノは、その仕組みの中でより多くの利益を得ている者こそがより順守するべきであり、罪には罰があって然るべきだ。
そうではない現実――あっち側の理不尽さをよく知っているだけに、憧れにも似て強くそう思ってしまうヒイロである。
相応の罰であれば、自覚的に規律を破った者は受けるべきだと思う。
気に食わない、もしくは従っていられないような悪法だというのであれば、破るのではなく変えるべく動くべきなのだ。
市井に生きる一庶民にそれを言えば理想論も過ぎようが、一迷宮都市の総督を務めるほどの貴族家ともなればそうでもないはずだ。
――まあ話を聞くまではなんとも言えないけどね……
「事実確認後は私に一任されています」
アインザックのその言を聞いてヒイロはとりあえず黙っていることにする。
規律を破った者に対して画一的な罰を定めているわけではなく、誰もが納得する力を持ったものに事情を聴いたうえでの判断を任せているのであれば問題ないだろうと判断したのだ。
相手がどう思っているかは別として、今のヒイロの中のヒトよりはよほど人生経験も豊富であり、今の世界の中で力を持つ者の義務を長く果たしてきたであろうアインザックに任せてそう悪いことにはなるまい。
「……おとなしく見学させてもらいます」
よってそう発言する。
№Ⅳ――ラウ・スウ・カッシニー。
№Ⅶ――レイア・ブラン。
№Ⅸ――ラウル・ソルブランド。
№ⅩⅢ――クィン・タ。
そして大陸騎士団の円卓序列№Ⅰ――天剣、アインザック・フォルケロウス。
大抵のことには動揺など見せず、人の手に負えないと判断された無数の希少種、巨大種魔物をその力で屠ってきた兵たち。
その彼らをしても、ヒイロのその言葉には驚かずにはいられなかった。
力持つ者が最終的に我を通すことは当然の権利だし、当たり前のことだとみな思っている。
それでもごく自然にそう言ったヒイロに、各々の中にあった天空城の支配者、今の世界の礎を築いた冒険者王としてのイメージと乖離したものを感じたのだ。
そしてそれは、けして嫌な類の感覚ではなかった。





