第145話 ギルド『銀閃』
ギルド『銀閃』
攻略拠点をアーガス島に置く、今の時代において迷宮最深部攻略組の一角を占めている有力な冒険者の集団。
等級は第四位――紅金剛石。
アーガス島を攻略拠点とする冒険者であれば、その名を知らぬ者とてない有名どころである。さすがに田舎の迷宮都市にまでその名を轟かすほどには、今はまだ至れていないのだが。
ここのところ、とある事情からその迷宮攻略活動のいっさいを停止し、ラ・ナ大陸ウィンダリオン中央王国領内のあらゆる迷宮都市を渡り歩いていた。
とある事情とは元……いや彼女らにとっては今もなお変わらぬ、自分たちの党首兼、恩人兼、想い人――つまりはカイムを探すためだ。
その目的は一応、辺境迷宮都市であるここガルレージュで果たされたといってもいいだろう。
今はわりと慈悲なくヒイロに置いていかれたカイムに対して、やっと想い人を見つけた彼女らが涙目で駆け寄っている状況。
その光景だけを見れば、なぜか草臥れたおっさんに美少女四人が詰め寄っているという、ちょっと状況が理解しがたい光景ではある。
だがカイムはともかく、美少女四人が身に付けている希少魔導武装の数々が、彼女らがただ可憐で美しい少女というだけではなく、本当に上位ギルドの構成員であることをなによりも雄弁に語っている。
金にあかして手に入れることだけはできたとしても、自身が相応な強さに至らねば身に付ける――装備することができないのがこの世界の魔導武装なのだ。
希少であるレベル連動型装備にしたところで、最低限の装備レベルは要求され、希少ゆえにそのレベルは高いのが定石となる。
ゆえに彼女らは、見た目がどうあろうともそれだけの力を持った冒険者なのだ。
十段階ある等級の上位第三位までは数十年前、現実化したこの世界で最初に発生した世界変革事象である『天使襲来』の際に功績をあげた老舗ギルドにしか与えられていない。
その状況において第四等級である紅金剛石は、新興ギルドとしては事実上最上級であることを意味する。
『銀閃』はたった五名の構成員、しかもそのうち四名が可憐な女性という小所帯ギルドであるにも拘らずその位置まで駆け上がっているのだ。
もっとも迷宮攻略の一党がそのままギルドだというのはそう珍しいことでもない。
というよりは大半の冒険者たちはそうだが、七等級以上の中堅ギルド以上ともなればとたんに珍しい存在となる。
それが現実的な最上位等級と看做されている第四等級ともなれば相当に希少種であり、事実『銀閃』以外にはあとひとつしか存在していない。
ギルドに所属する冒険者個々人の貢献度がそのまま昇級に反映される仕組みである以上、上位のギルドは基本的に大所帯であることが自然になるからだ。
高等級のギルドに己が所属することで享受することが可能なメリットは、名誉ももちろんのことそれ以外にもいくらでもある。
高等級になれるほどの強者の集団に所属することによって、より安全に自身も強くなっていくことができる。
実績に基づいた信頼により指名での依頼が増え、多くの構成員の中から最も適した一党を組んでそれにあたることができる等々、数え上げればきりがない。
なによりも互助により、いつ怪我などによって冒険者を引退せざるを得なくなるかわからない中で、組織としてのフォローがあるというのは大きい。
とくに歳を重ね家族を持つに至った者にとって、最悪自分が迷宮で命を落とすことになった後でも、残された家族たちが頼れる先があるというのは精神的な安定感が変わってくる。
もっともギルドもまた利益追求の集団である以上、その手厚さがそれまでの貢献度を反映したものになるのはある意味当然ではある。
それでも5、6人の攻略一党の仲間たちのみよりも、より多くの人数が所属する大手ギルドに自分が加わるメリットは、命がけの稼業であるからこそなおのこと大きいのだ。
優秀な冒険者を核として、有力な攻略一党が生まれる。
次はそれを核として、多くの人間が集うギルドが形成されていくというのは、ある意味自然な流れとも言える。
そうして増加した数によって積み上げられる貢献度に基づいてそのギルドはより昇級し、それによってまた所属を願う冒険者たちが増えるという良い循環が生まれるのだ。
そんな上位等級すなわち大人数ギルドというのがいわば常識である中、たった五人の攻略一党人数すなわちギルドである『銀閃』がそれらと同等、ないしはそれ以上の上位等級であるという事実は、それぞれの構成員の実力が突出しているという何よりの証明となる。
そもそも絶対数からしてそんなに多くもない紅金剛石級ギルド、そのほとんどは三桁もの構成員を抱えている。
二桁のところは数えるほどしかなく、一桁ともなれば銀閃を含めてたった二つしかない。
つまりはほとんどのギルドが三桁、少なくても二桁の冒険者たちを抱え、その数の力で達成している紅金剛石級まで昇格するために必要な『貢献度』を、たった五人で叩き出すことができているということになるからだ。
そんな離れ業を可能にしているのは、一見すれば美少女の集団にしか見えない、いまだ年若く美しい女性たち。
――フラウ・ヴィンケルマン。
輝くような金髪碧眼、豊満な肢体に対して少し幼げな顔をした褐色の肌をした美少女。
そのふわふわと伸ばされた金髪の背後に浮かぶ、半透明の巨大ゴーレムを駆使して相対した魔物を殲滅する、一党の主攻撃担当。
――パメラ・ナダル。
夜露に濡れたような黒髪黒眼、バランスの取れた美しいラインのスタイルを持ち、白磁の肌をした美少女。でありながらどこか妙に大人びた空気も纏っている。
その一見すれば華奢にも見える躰の周囲に浮遊する複数な巨大盾は、自律であらゆる攻撃を弾き返す一党を護る主盾担当。
――ルイザ・ランツ。
ヒイロの髪型をそのまま伸ばしたような月光の如く輝く銀髪と血色の灼眼、子供にしか見えない体躯は健康的な小麦色に焼けている。
その小躯に反して装備しているアンバランスなほどの大剣と大盾はその大部分が半透明。
それらをぶん回して攻撃と防御双方を適宜担当する一党の準攻撃兼、準盾担当。
――セラフィマ・ルスラノヴァ。
ブルネットの髪と瞳、一見して亜人だとわかる青黒い肌と十分に成長しているのにスレンダーなスタイルをした、長い耳が特徴の落ち着いた空気を纏った美女。
この時代においても今なお希少である魔法職であり、亜人であるが故の人よりも豊富な魔力を駆使して攻防双方の支援を行う味方強化、敵弱体担当。
そして彼女らを束ねるは、現在ギルド名になっている『銀閃』を、その若き頃から通り名として冠されていた『魔法剣士』、カイム・ディオエ。
強力な剣技による接近戦は主攻撃担当に並び、各種属性魔法を駆使した遠隔攻撃もこなす万能型で、突出した戦闘能力を誇る『銀閃』においても実力で党首兼エースをこなす、一見すれば草臥れて見えようとも在野の冒険者では最強候補の一人に挙げられるほどの熟練冒険者。
尤も一部では「ハーレム野郎」だの「エロ親父」だの、間違いなくやっかみから生じている、そうでありながら反論もなかなかに難しい呼び方をされてもいる。
その不名誉な通り名もどきはともかくとして、原因である女性陣本人たちが自身を「カイムの女」扱いされることを否定しないどころか、誰が見ても嬉しそうな反応をするからこそより悪化しているという事実もあるのだが。
とにかくぱっと見はどうあれ大迷宮時代、大魔導時代が今なお全盛と言っていい現代において、戦う力に恵まれた者の中でも最上位に近い位置にいるのがギルド『銀閃』の構成員たちであることは間違いのない事実だ。
それこそ今はまだ格下だとはいえ、自分たちも戦う力を持って生まれ、辺境迷宮都市においてだとはいえ有望視されている若手冒険者であるアイナたちにとってみればなおのこと。
いやたとえ素人であったとしても、彼女らが身に付けているそうそう目にすることもできない域の希少魔導装備を見れば納得せざるを得ないところだろう。
……そのはずなのだが。
「なんで黙っていなくなっちゃったの!?」
涙目を通り越しすでに泣いている状況でカイムの左腕に縋りつくようにしているフラウ。
「置き去りにするなんてひどいです‼」
フラウの反対側、カイムの右手を己の両手で包み、言葉だけは怒っているパメラは、常の冷静さをどこかに置き忘れたかのようにその頬が赤く染まることを隠しきれてはいない。
「……もう離れないから」
いつの間にかカイムの背後に回り、その小躯全体を駆使して腰にしがみついて顔を埋めているカタチのルイザは、想い人に抱き着くというよりは迷子の後にやっとお父さんを見つけた子供のようにしか見えない。
声を荒らげるでもなく呟くような一言には、左右の二人にも負けない想いがこもっていることは間違いあるまい。
冒険者の頂点近くに位置する者が纏う空気――威というモノなどは雲散霧消し、ある意味においては色恋沙汰の修羅場に近い緊迫していながらも、どこか弛緩したような空気に支配されてしまっている。
そうされているカイムも熟練冒険者の風格などどこかに消し飛ばされて、なぜか美女に群がられて慌てているただのおっさんにしか見えない。
もっともつい昨日までそのカイムを「草臥れた冒険者」だと思っていたアイナがこの光景に意外を感じるのは少々都合がよすぎるといえる。
とはいえまあ、命を救われて交通事故的に恋に落っこちてしまった、今なおその自覚は薄いとはいえ恋するオンナノコにすれば仕方がないのかもしれないが。
今のアイナにとって、カイムは命の恩人である偉大な熟練冒険者なのだ。
アイナフィルターを通してみた姿は、どうしても実際よりも絶対的な存在としてとらえてしまう。
ヒイロとともにあっという間に人類の上限レベルまで到達したカイムは、確かにその通りだとも言えるのだが、別にアイナがそれを見抜いているというわけではない。
とにかく命を救われるという得難い経験をしてからこっち、一日のうちに今までの生涯で得たすべての驚愕を軽く上回る事態の畳みかけに、アイナたちは呆然とすることしかできない。
まだ自覚すら薄いアイナは、想い人が美女たちに群がられているという状況に女として反応する余裕もない。
「意外でしょ?」
四人の美少女、美女たちのうち、一人だけカイムに縋りつかずに距離を置き、そのある意味微笑ましいとも言える光景をにこにこと見守っていたセラフィマ――亜人の美女が笑いを堪えるような表情でアイナたちに話しかける。
「え、あの……正直に言ったらそうです、ね。あの……」
ウィンダリオン中央王国ではあまり見かけない亜人種とはいえ、女性としての美しさは銀閃の他の三人と十分並んでいるセラフィマに声をかけられて、アイナたち一党の男どもはちょっとぼーっとしてしまっている。
美しさに加えて、支援職の者は多くの冒険者に比べて軽装――よりはっきり言えば躰のラインがはっきりとわかるような薄着であることが常であり、セラフィマもその例に漏れないとあっては男どもの反応はある意味仕方がない。
よってそんなわかりやすい男どもを半目で一瞥しつつ、セラフィマの声に応えたのは同じ女性であるアイナとサラである。
当然名を知らないので、正直に答えつつなんと呼んでいいのかわからないアイナは口ごもる。
「ふふふ。あの娘たちは叔父様のために生きることがそのまま自分の幸せになっているから……ああ、私はセラフィマ・ルスラノヴァといいます。見た通り亜人の魔法使い。よろしくね」
今なお驚きから抜け切れていないアイナと、グインが赤面するのを半目で一瞥して以降、警戒の空気を纏っているサラに対して自分の名を名乗るセラフィマ。
続けて冒険者ギルドから聞いて、アイナたちのことは知っていることを伝えたうえで、今カイムに群がっている三人も簡単に紹介してくれた。
「……セラフィマさんは違うんですか?」
セラフィマの言葉に警戒レベルを上げているサラが問いかける。
他の三人の美女と違い、セラフィマがカイムに対してそうではないというのであれば警戒するにしくはない。
グインも男の子なのだ、美女が嫌いなはずはない。
ロックとゲンヤについては知らん。
サラにとっては多くのことが「ただしグインに限る」状態なのが昨今のデフォルトなのだ。
「私? 私はあの娘たちとはちょっと違うかな? とはいっても、もしも叔父様に望まれれば、それがどんなことでも応えはしますけど」
自身が周囲から美女と看做されることに慣れているセラフィマは、サラのわかりやすい警戒に対してからからと笑いながら素直に答える。
心配しないでという意味も込めて、三人とは違えど自分もカイムのモノであることを望む女の一人だということを、アイナとサラではまだ出せない艶をその言葉に乗せて伝える。
女であっても見惚れかねない艶というモノは、素体がいかに美しくとも経験を積まねば決して身に付きはしないのだ。
「……どうしてそこまで?」
だがセラフィマのその言葉に嘘はないと、同じ女であるアイナとサラはなんとなくわかってしまう。
カイムに縋りついている三人は言わずもがな。
となれば美しく、冒険者としても優れている美女たちがどうしてそこまでカイムにまいってしまっているのかが気になるのは当然だ。
「いろいろあるけど、切っ掛けは貴女――アイナさんたちと同じよ? 私たち四人はアーガス島に攻略拠点を移したばかりの頃、叔父様に命を救われたの」
昔を懐かしむような目をして、セラフィマが語る。
ある事情から全員が男を嫌い、迷宮で戦う力に恵まれた女だけで一党を立ち上げたのは、セラフィマたち四人の故郷でのことだ。
才能と幸運に恵まれ、亜人かつ魔法使いという希少中の希少と言ってもいいセラフィマも仲間にいたことから故郷近くの迷宮都市で名を上げ、世界の中心とまで呼ばれるアーガス島迷宮を攻略拠点とするまで三年もかからなかった。
べつに調子に乗っていたわけではない。
それまでの幸運と引き換えにするように、今日のアイナたちのような不運に見舞われたというだけだ。
そしてそれを、同じく今日のアイナたちのようにカイムに救われた。
その時はヒイロの介入という奇運は起こらなかったが、今日ほど絶望的な状況ではなかったこともあって辛くも全員、命を落とすことなく助かったのだ。
全員大怪我はしたのだが。
確かに感謝はあった。
自分たちが周囲から美しいと言われることは十分に理解していたが、それだって惚れているわけでもないのに命をかけてまで助ける理由にならないことくらいは理解できる。
それでもカイムは助けてくれたのだ。
自分も死ぬかもしれなかったのに。
だが自分たちは、そんなカイムを利用した。
死に際して刻まれた迷宮への恐怖を克服するために、恩返しと称してその頃から単独攻略を常としていたカイムに付きまとったのだ。
セラフィマたちの思惑はカイムも半ば理解していたのではあろうが、救ったからには最後まで責任を持つべきだと判断したものか、結果としてギルド『銀閃』の立ち上げと、そこへ党首として参加することを了承した。
結果「ハーレム野郎」などという、己の生涯で終ぞ呼ばれることなどないと確信していたやっかみの通り名をありがたく頂戴することに相成ったわけだが。
その後の数年で、セラフィマたちは自分たちよりもはるかに熟練冒険者であるカイムと組むことによって得られる利益を十全に享受し、本来持っていた才能、能力を開花させた。
幸運にも恵まれてレベル連動型の自分に合った希少魔導武装も手に入れるに至った。
その結果としてギルド『銀閃』は紅金剛石級まで駆け上がり、一目も二目も置かれるだけの存在となったのだ。
冒険者としては大成功といっても過言ではないその状況から、もう大丈夫だろうと判断したカイムが『銀閃』の解散を宣言し、ガルレージュへと引っ込んだ。
本人に自覚はなかったが、もう己の生涯をかけた目標は叶うことはないと諦めたのもその時だ。
トップギルドの一角に名を連ねるようにまでなってなお達成不可能なカイムの望みは、文字通り夢だったのだと思ってしまったのだ。
一方で問題なのは残されたフラウ、パメラ、ルイザ、セラフィマの四人。
まさか本人たちも利用している自覚があったはずなのに、攻略を共にしている数年で迷宮への恐怖と一緒に男嫌いも払拭され、建前であったはずの恩返し、命を救われたからにはその恩には命で報いるというお題目が本物になるとは思いもよらなかったことだろう。
セラフィマもほとんど同じだが、彼女だけは幼い頃に亜人で魔法使いであるという世界からの祝福、あるいは呪いから救ってくれた――普通のお友達として扱ってくれたフラウ、パメラ、ルイザ三人の幸せが最優先なので、先のサラへのような答えとなる。
もっとも四番目になることに、否やなどはないのも事実だが。
利用していたという後ろめたさがひっくり返って、依存といっても過言ではないほどに「カイムありき」になってしまった三人足すことの一人は、ここしばらくそれこそ涙目でカイムを探し続けていたのだ。
カイムの本当の望みが、遠い若き日に失ってしまった最初の仲間たちを生き返らせることだと知ってはいても、自覚した彼女らの想いを縛ることはなかったのだ。
「アイナさんも、私たちと同じになっちゃうかもね」
「…………」
「嫌じゃなさそうなのが手遅れっぽいわ」
昔の自分たちを見るように、複雑極まりない表情を浮かべるアイナをみてセラフィマが笑う。
「……叔父様には絶対に譲れない目的があるの。それを果たすまで恋愛事なんかは後回しになっちゃうのね」
実際にそうやって「叔父様」と呼ばれるようになる歳まで冒険者を続けてきたカイムであるだけに、セラフィマのため息付きの台詞には重みがある。
そこのケリをつけなければ、本当の意味でカイムの人生は再起動しないのだろう。
あるいはそのままカイムが生涯を終えるのだとしても、その傍にいられるだけでも良しとしようと四人で話したことをセラフィマは思い出す。
「どんな目的かお聞きしても?」
「それは叔父様ご本人の口からじゃないと、ね?」
「そう、ですね……ごめんなさい」
身内に近い位置にいるとはいえ、本人以外が語っていいものでもない。
それを理解したアイナが素直に謝罪する。
別に聞いてはならないものというわけでもない。
本当に知りたければアイナがカイム本人に聞けばいいだけだ。
自分たちに対してもそうだったように、真剣に問えばわりとあっさりと教えてくれるだろうとセラフィマは思う。
ただ自分が軽々しく勝手に他人に語るべきではない、語りたくないというだけ。
「でも……もしかしたら叶うのかも、ね?」
三人を宥めるために慌てているカイムを愛おしそうに見つめながら漏らしたセラフィマのつぶやきは、アイナたちまでは届かない。
確かにセラフィマはほかの三人とは少し違う立ち位置にいる。
それはけして嘘ではない。
だがフラウたちのようにある意味無邪気にカイムに駆け寄れなかったのは、それ以外にも理由がある。
カイムに救われ攻略を共にする中で覚醒した、セラフィマの亜人としての血継能力である『戦闘能力分析』。
数値化こそできないが、感覚的に相手の「強さ」を判断できるその能力のおかげで、『銀閃』は他の冒険者たちに比べて圧倒的に安全に迷宮攻略を進めることができた。
自分たち総体と互角以上の強さを持った魔物と接敵した際、初手から撤退を前提に動けることの意味は命がけの場においてとてつもなく大きい。
その血継能力が久しぶりに会ったとはいえ自分の命の恩人、そして長い時間攻略を共にしたはずの党首、そして想い人であるはずのカイムが、同じ人とは思えないくらいに強くなっていることを伝えてくるのだ。
過去バケモノと呼ばれ、それを克服した今でも希少種と看做され、冒険者たちの中であっても良く言えば一目置かれ、悪く――ぶっちゃけて言えば恐れられているのが、巨力な魔力を持つ亜人である自分だ。
その自分が、近づくことを本能的に恐れるほどに。
今のカイムはいわゆる「とてもとても強い」クラスだ。
そしてそれは現代になお息づく伝説、『大陸守護騎士団』の上位ナンバーズと偶然出会うことができたからこそ、錯覚ではないと確信できる。
大陸守護騎士団における位階筆頭を持つアインザック・フォルケロウスと名乗った剣士。
そのとんでもない域にある「強さ」に、全く遜色ないだけのものを間違いなくカイムから感じる。
自分たち『銀閃』の構成員はもとより、アインザック以外の大陸守護騎士団の上位ナンバーズでさえとても及ばぬほどの圧倒的な強さ。
それだけの力を自分たちと離れていた短い時間で身に付けることなど到底不可能なことは、迷宮攻略を日々続けていたセラフィマこそが一番よく知っている。
ただし、それは普通であれば、だ。
まさに桁違いの強さに至ったと感じられるカイムと、もとよりその高みにいたであろうアインザックよりも怖い存在を、セラフィマの血継能力は確かに捉えている。
アイナたちを救った時のカイムはおそらく、セラフィマの知っている、少なくともその延長線上にいたカイムであったはずだ。
だからこそ、命がけでアイナたちを逃がすという手段に出た。
それを救ったという、仮面をかぶった少年、もしくは少女。
その存在から、セラフィマの血継能力は何も感じなかった。
目の前にいたにもかかわらずだ。
弱すぎるからか?
そんなことはあり得ない。
もしもそうであればアイナたちが冒険者ギルドに報告したような魔法をぶっ放すことなど不可能だし、そもそもセラフィマの血継能力は赤子や生まれたばかりの小動物であってもそれなりの「強さ」として把握できる。
それが何も感じないのは、おそらく振り切れているからだ、とセラフィマは判断している。
「強さ」のセンサーとも言える己の血継能力がぶっ壊れるくらいの、桁違いというにも生ぬるい隔絶した力。
そうであればこそ、本来の迷宮攻略と育成という常識、定石からすればあり得ない速度でカイムをとんでもない域まで強くすることも可能としたのだ。
カイムを「とてとて」とするならば、ヒイロの強さは「計り知れない」というやつだ。
ノートリアスヒイロ。
セラフィマの躰が、我知らず震える。
それは寒さゆえではなく、今まで感じたことのない熱を持ったがゆえに。
セラフィマは過去、化け物と罵られたことがある。
その傷は、得難い仲間たちのおかげでとうの昔に癒えている。
だが。
そんな自分を、本当の意味でただの女の子として扱える存在が伝説の中だけではなく、今の時代にもいてくれた事実に、セラフィマは自分でもよく理解できない、初めて感じる躰奥の疼きを今、得ている。
初代となる本人たちはもとより、子孫らがその力を継ぎ伝えることで代々がラ・ナ大陸の歴史に深く名を刻むことになるヒイロの『天獄十八部衆』
セラフィマも含めたその初代となる者たちのうち、実に十二人が今このガルレージュ迷宮都市に集っていることなど、後世の歴史家ならざる現在を生きる者たちはまだ知る由もない。
次話 できだけ早く投稿できるように頑張ります。
年末から年度末にかけてはほんっと忙しいですよね。
皆様、年末年始休みくらいはゆっくるできるようにお互い今何とか頑張りましょう。
来年は旧正月のスタートはやいんですよね……





