第15話 凍りの白鯨――創造神(運営)の憑代
Anomaly Detection.
異常検知。特異点抽出完了――対象者名『ヒイロ・シィ』
確認――『分身体』
Examine in detail.
特異点原体――『ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ』
『黒の王』――組織『天空城』首魁。
Failed to get data.
Level――阿dhphファs;;j;おf;;hさh;おf;g
Status――gj;ごうぇrじょjthdふじこ:
Error.
to activate the 「Moby-Dick.」
発動――『The Day the Earth Stood Still』
――そして世界は静止した。
『――――汝が、特異点か?』
静止した世界に響く、音。
自身ですら初めて聞く声。それをもって目の前の「小さき者」に問う。
自らの問いの意味を『凍りの白鯨』は理解しない。ただ問うのみ。
それが己に課された規律であるからだ。
「特異点とはなんだ? 「プレイヤー」と言って通じるか?」
「小さき者」が己の問いには答えず、逆に問い返してくる。
肚が据わっている、と『凍りの白鯨』は判断する。
だが言っている言葉は理解不能。
『プレイヤーなる概念は我の中にはない』
己の問いに対する答えがあろうがなかろうが、どちらにせよ消去する対象であることに変わりはない。
だが初めて顕現した己の巨躯にも臆さずに問うてくる「小さき者」に対して、敬意のようなものが湧く。
だから問いには答えた。
――おもしろい。
消去すべき対象ではあるが、その対象があるからこそ己は顕現できる。
特異点とは己にとって、あるいは愛すべき対象でもあるかもしれない。
『特異点――すなわちこの世界を崩壊させ得る存在。在りうべからざる者。その存在を認めればこの世界が成立しえぬモノ。――そして我が消去すべき対象』
とはいえ己の存在理由には忠実であらねばならない。
己はこの世界を「あるべき姿」に保つためにこそ存在し、顕現するのだ。
おもしろいからと見逃すことなど、赦されてはいない。
誰から? という問いが一瞬浮かぶが、無視する。
規律は絶対でなければならない。
「つまりは不正者認定ってわけね。じゃあ重ねて聞くが、なにが不正――「特異点」と見做される原因なのか教えてくれないか?」
不正者。
また己の知らぬ言葉を「小さき者」が発する。
それに消去することを明確に告げても、目の前の「小さき者」は取り乱したりしない。恐怖の感情も持っていないように見える。
今より以前に顕現した記憶もないのに我ながら不思議な感覚だが、もっとこう己を前にした「小さき者」たちは慌てふためいていたように思う。
言い訳を並べたてながらもすべて明確な証拠を突きつけられ、最後は怨嗟の声を上げたり、不貞腐れるようにして消えていっていたはず。
あるはずのない、おぼろげな記憶。
矛盾は承知しているが、みな一様にそうであったという確信近しいものがある。
――だからこの「小さき者」を「おもしろい」と己は感じたのであろうか?
「閃光の取得は手順通りにやったから、取得自体は不正には当たらないはずだ」
恐れるどころか、腕組みをして考え込んでいる。
自分が消されることなどないと信じきっている、阿呆なのだろうか?
それともそれだけの力を持っている自信があるというのだろうか? 「凍りの白鯨」の前には、どのような力も無力であることも知らずに。
「たとえ今の時点で取得のための正確な手段を知り得るはずがないと言っても、偶然がないともまた言い切れないだろう? 俺の存在自体がそうだというなら、初めから顕現してなけりゃ間尺が合わない。今になって顕現したってことは、切っ掛けが「閃光」の取得であることは間違いない」
自分なりの推論を声に出して、『凍りの白鯨』にも聞かせているのだ。
ああ、だがこの「小さき者」も同じか。
誰もががなり立てるのと同じく、「証拠を出せ」と言っているのだ。
証拠なくして、一方的に消去することは確かに許されない。
だが今、「凍りの白鯨」は、自身の内にその答えを持ち合わせてはいない。
その役目は、己のものではなかった。
己は顕現すれば自動的に、その原因となった対象を消去すればそれでよかったのだ。
証明を伴わない消去は『禁則事項』
だが己が顕現した以上、『特異点』を消去することなく放置することもまた『禁則事項』
二律背反に縛られそうになるが、『凍りの白鯨』は単純に己の存在理由を行使することに決める。
己が顕現したということは、目の前の対象を消去すればよい。
そのために己は存在し、それ以外のことは知らない。
己に「意志」があること自体、思えばおかしな事態ではあるが、それもこの「小さき者」を消去してしまえば終わる。
説明責任を果たせぬ己に一抹の後ろめたさを覚えながらも、これ以上の問答は不要とばかりに「消去」の実行を開始する。
黒白に凍りついた世界、その中心に浮かぶ『凍りの白鯨』の周囲に同じく黒白に染められた雷光が走る。
「まあ確かに俺が「特異点」だと言われりゃ、この世界にとってはそうだと言える。――だから問答無用で消去しますと言われても、ハイ左様ですかと黙って従ってやる義理もないけどな!」
自分自身でも理解できないが、思考停止して「消去」を実行することを一瞬躊躇した『凍りの白鯨』に対し、「小さき者」――魔法使いの冒険者「ヒイロ・シィ」が不敵な表情で不敵な台詞を投げかける。
その表情に創造神の憑代たる己が、一瞬とはいえ心惹かれたことに驚く。
だが発動する『天雷』を止めることはもはや能わず、「ヒイロ・シィ」の小躯に無数の雷撃が殺到する。
ヒトという範疇においてでさえ、いまだ弱い部類に入る「分身体」が耐えられるものではない。
喩ではなく塵一つ残すことなく、「特異点」の消去は完了したはずだ。
――しかし。
本来であれば攻撃対象者が塵一つ残さず消え去ったのちもまだまだ続くはずの黒白の雷撃、『天雷』がその轟音と共に忽然と消失する。
残響の余韻さえ許さず、莫大なエネルギーが荒れ狂った証たる大気の乱れすらない。
本来かくあるべき、刻が凍った黒白の世界に一瞬で回帰している。
シンとした静寂の中に、『天雷』を完全に無効化した防御魔法陣の残滓が散じ、消えゆく魔法効果の向こうから、あるモノが現出する。
左右に広がった巨大な枝角。
その漆黒に脈動の如く走る、真紅の魔力線。
白骨化した竜頭の眼窩には四つの白金光が輝き、その手には禍々しき魔導杖『神々の終焉』が握られている。
漆黒に染め抜かれた外套は「静止した世界」にも拘らず僅かに揺らめき、それは装甲化している肩のあたりから噴き上がる、抑えきれぬ紅黒い魔力ゆえか。
その漆黒の外套の裾で静止している九尾の黒猫――僕たる『千の獣を統べる黒』を庇い、己の「分身体」であるヒイロの小躯を魔導杖を持つ逆の手に抱いている。
『黒の王』――ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ。
千を超える「怪異」たちからなる組織『天空城』を統べる首魁にして、「分身体」の身で冒険者としての生活を始めた外からの異邦人。
今や世界を護る存在から、明確な世界の敵――特異点と見做された、すべての異変の中心ともいえる存在。
その「本当の姿」が、初めてこの現実化した「T.O.T世界」にて力を行使するべく現れたのである。
『――それが汝の、本当の姿か』
あらゆる『世界の敵』を、一切の容赦なく消失せしめるはずの『天雷』を苦も無く消し去った『黒の王』
その存在に対して、『世界の守護者』にあるまじき感情――恐怖を、僅かなりとはいえ確かにおぼえる。
「そうなるな……私が『天空城』の主『黒の王』である。たとえ私と我が組織が世界の敵だと認識されようと――――素直にこの世界から退場するつもりはない」
全てが静止した世界でたった二つの例外。
世界の守護者と、特異点と見做された異邦者が対峙する。