第142話 成長限界
ヒイロが目論んだパワー・レベリングはひとまず成功した。
膨大な経験値を一気に取得したがために連続して発生したカイムのレベルアップ。
だがそれも現状の成長限界である100にまで至れば止まらざるを得ない。
ここから先は成長限界の軛を解き放つ『儀式』をこなさなければ、P.C、N.P.Cを問わずそれ以上成長することができないのだ。
とはいえ超過した分の経験値は消えてしまったわけではなく、蓄積されている。
きちんと『儀式』を経さえすれば、その経験値に応じたレベルまでその時点で上昇するので無駄にはなっていない。
尤も第一成長限界を超えてからレベルを1上げるために必要とされる経験値が、それまでに比べてとてつもない量を要求されるようになるのは「ゲームとして」はお約束だ。
わりと雑というか、数値が上がっているだけのようなレベルアップも世のゲームには多いが、少なくともT.O.T、そのスピンオフ作品における「レベル差」の意味は大きい。
基礎的なステータス数値の乖離もさることながら、高レベル帯で取得する技や魔法は、それを覚えているかいないかで適正レベルの迷宮、遺跡の攻略効率が大きく変わるほどのものだからだ。
それだけではない。
ゲームであれば基本的に対魔物にしか使用されない技や魔法だが、現実化したT.O.Tの世界においてはその限りではない。
ついさっきヒイロがゲームであれば「破壊不可能オブジェクト」となっている床やその下の地層を魔法の攻撃対象として貫いたように、使い手の認識であらゆるものにその矛先を向けることが可能。
それが破壊不可能オブジェクトであっても――あるいは同じ人に対してであっても。
ゲームの時は極限定された条件下でのみ発生していたPvP――人間同士の争いにそれが行使されることもままあるということだ。
天空城が現れたことによって連鎖逸失から解き放たれるまで、人の最強はレベル7であった。
この世界の中に生きる者たちに各々のレベルを正確に知る手段がなかったとはいえ、その頃からレベル二桁後半の者もそれなりに多くなった現在に至ってもなお、戦う力を持つ者たちにとって不変の法則が一つある。
それは「格上」、つまりレベルが一つでも上の人間にはまず勝てないという、厳然たる事実。
これは体調や戦術程度では覆せない、絶対的な壁として存在する。
ただステータスが反映されただけの殴り合い、斬り合いであれば覆ることもあり得る。
だが高レベル者になればなるほど主たる攻撃手段とならざるを得ない技や魔法は、魔物以外のレベル上位者へは極端なまでに通り難くなる。
互いにぶつかれば下位のものは消し飛ばされ、上位者に直撃してもまともなダメージを与えることはできない。
魔物に対してもある程度は作用している『レベル差補正』が、人対人においてはより顕著に表れるのだ。
そしてその差は、レベルが上がれば上がるほど大きくなってゆく。
各種能力を数値化したものにおける絶対的な差は低レベル時よりマシにはなれど、技、魔法の格差はどうしようもないほどのものになってゆくからだ。
それをこの時代における上位冒険者であるカイムは知悉している。
レベル差が二桁にもなれば、対人戦闘においては数など意味をなさなくなるほどのものだということも。
そういう意味ではたった今、カイムは現代の人間最強の位置にあっさりと立ったことになる。
そしてそのことをカイム自身が自覚できている。
レベルアップに伴い己が身に宿ってゆく技や魔法は、どういう仕組みなのかは理解できなくても当たり前に使えるようになるのは今までと変わらない。
レベルが二桁も一気に上がる経験など今まで当然ないので、爆発的に上昇した各種ステータスに伴い発光現象まで引き起こした躰と同じく、いやそれ以上に脳裏に流れ込んでくるいくつもの技や魔法の知識で意識が朦朧としそうになる。
「あ、くそ、やっぱりN.P.C扱いなんだな世界の内側の人は。技や魔法の選択できなくて固定取得か……まあ必須級のは網羅されているから問題ないか……」
その情報は『世界球体』を中心にして無数に展開されている表示枠を確認しているヒイロも共有しているらしい。
カイムにとっては理解不能の言葉、まるで呪文のようなことをヒイロが呟いている。
どうやらカイム本人よりもより詳しく、正確に得た力を把握していると見える。
残念がっているらしい言葉とは裏腹に、その表情はどこか嬉しそうである。
ゲームをこよなく愛するヒイロの中の人にとって、プレイヤー自身のレベルアップに勝るとも劣らないくらいに仲間N.P.Cのレベルアップは楽しく、嬉しいものなのだ。
自由度が高ければ高いなりに、縛られているのであれば縛られているなりにその成長を把握し、己の手札の中で最高効率を追求していく作業はこの上なく楽しい。
そこに喜びを得るからこそ、R.P.G系のゲームを愛好するとも言える。
プレイヤーにとって仲間N.P.Cとは自身の一部のようなものだと言ってもいいだろう。
P.Cはあくまでもプレイヤーを象徴する存在であって、仲間となったすべての存在を総じたものこそが「プレイヤー」なのだ。
少なくともヒイロの中の人にとっては。
現実化したT.O.Tの世界において、当然のこととして自我を持ち己の人生を生きているカイムは、この時点でヒイロの中の人の一部ともなったのだ。
その成長を喜ぶのは、ヒイロにとっては当然のことだと言っていいだろう。
だが躰の発光現象も収まり、脳内に流れ込んでくる新たな知識も落ち着いたカイムはどこかはしゃいでいるようなヒイロとは違い、絶望に限りなく近い感情を得ていた。
自身が文字通り、桁違いに強くなったことは実感できている。
実際、今のカイムであればヒイロと出逢った際の死地など、技の一発動、魔法の一詠唱であっさり切り抜けることが可能だろう。
いや切り抜けるというよりは、ヒイロがそうしたように鎧袖一触で薙ぎ払うといったほうがより正確か。
レベル60台と、第一成長限界まで至った場合の差はそれほどまでに大きいのだ。
天空城勢、その直下組織として立ち上げられた天空城騎士団なき今、大陸守護騎士団であっても第一成長限界に到達したカイムに勝てる者はいない。
それは1対1でという意味ではない。
現大陸守護騎士団66名、その総勢でかかってもだ。
現団長、アインザック・フォルケロウスでさえそのレベルは90に届いていない。
であればいくら頭数をそろえても、レベル100の個体を倒すこと能わずとなるのがこの世界における理。
ではなぜカイムは絶望に近い感情を得ているのか。
それはそこまで強くなったと実感できているにも拘わらず、つい先刻、自身が行動阻害を放ったうえでヒイロが文字通り薙ぎ払った巨大魔物の群れ、そのたった一体にすら遠く及ばないとわかってしまうからだ。
自身が桁違いに強くなったからこそ、つい先刻まで漠然としていた彼我の戦力差をより正確につかめてしまうこともより絶望を深くする。
なにも伝説の存在であるヒイロと肩を並べられるようになるとまで思っていたわけではない。
そもそも自身の努力ですらなく、そのヒイロの力で与えられた強さだ。
それでも自分というよりは、人という存在そのものの強さがここまでだと思い知らされれば暗澹たる想いも得てしまう。
ヒイロは先刻、間違いなくカイムをその成長限界まで引っ張り上げると宣言した。
そしてそれが冗談の類ではないことを、それこそ我が身をもって実感している。
つまり自分は――人という存在は本当にここまでなのだ。
ここが――今のカイムの強さこそが人としての行き止まり。
ヒイロの言う『人類進化加速計画』が成ったところで、誤差レベルでしかない烏合の衆が出来上がるだけ。
今間違いなくここにある誰も知らぬ迷宮、そこに巣食う魔物たちが明日地上に溢れたとすれば、今を生きる人々に為す術などない。
天空城勢の再臨をただ願い、その慈悲に縋って生き延びることしかできない存在がこの世界の人だというのであれば、その事実に忸怩たる思いを持つなというほうが無理だろう。
戦う力に恵まれ、曲がりなりにもそれを信奉して生きてきた者であればなおさらに。
だがカイムは一つ頭を振り、その冒険者としての矜持にも似た想いを封殺する。
カイムの目的は、今ここに生きている意義はただ一つ、過去に失った仲間たちを生き返らせることだからだ。
そしてそれを可能とする存在とともにいることができている今、己の冒険者としての矜持など取るに足りぬ。
どれだけ無力で惨めでも、その願いが叶うのであれば些事に過ぎない。
戦力としては数にも入らぬ弱者であっても、自分が協力することが強者にとって意味があるのであれば全力でそれを全うするのみ。
それだけのことをするに足るだけの望みを己は持ち、強者はそれをかなえると約してくれているのだから。
「このまま……進むのですか?」
そんな想いを強く定め、二度と揺らがぬように固定してカイムはヒイロに問いかける。
ただ護ってもらいながらの道中であっても「そうだ」と言われればヒイロの陰から出ぬようにして付き従うのみ。
そう問いつつ改めてこの、おそらくは天空城勢を例外としてだれ一人知る者のいないであろう迷宮をカイムは観察する。
あきらかに人工物であるにも拘らず現存する人の能力、技術では創り上げることなど絶対に不可能だと断言できるだけのその威容。
それと似たモノは地上にも存在する。
逸失技術や時代錯誤遺物と呼称される、九柱天蓋や八竜の咆哮、大嵐などがそれだ。
その最たるものとしてはそれこそ天空城があげられるだろう。
先の巨大魔物ですら比率でいえば鼠程度の大きさになってしまうほどの巨大な回廊。豪奢といっていい装飾。そこを闊歩するのは山をも越える巨躯を誇るであろう、神か悪魔か。
そんな存在と伍することを望むなど、そもそも人に身には余るのだとカイムは自分を納得させようとする。
だが。
「いえ、一度地上に帰還しましょう。第一成長限界まで達したカイムさんは限界突破する必要がありますし、他の使徒候補を決める必要もありますしね。ここで危なげなく動けるようになるのはすぐでしょうし、まずは限界突破しておいたほうが力に慣れる意味でもいいでしょう……」
なんでもないことのように答えるヒイロの声に、カイムの魂がぴょこんと跳ねた。
それは遠い昔に感じたことがあれど、今に至るまでの長い年月の間に無くなってしまったと思っていた、はじまりの想い。
――ただ強くなることに純粋に憧れ、胸を躍らせていた冒険者としての根っこ。
それが今、不意打ちでカイムの魂を再び貫いたのだ。
成長限界、ただしそれはあくまでも第一に過ぎない。
そこに至ったカイムはこれよりヒイロ――プレイヤーの導きによりその軛から解き放たれ、天空城騎士団以来、数十年ぶりに人としての最初の限界を突破する。
「いやならやめてもいいんじゃよ」と言い放つ老竜に三つのキーアイテムを捧げ、それに勝利することによって。
カイムは失った仲間たちと再び逢うことを生涯の夢として生きてきた。
それを叶えることが己の第一であることに揺るぎはない。
だが今、楽しそうにしているヒイロと同じくらい、いやそれ以上に強くなれるかもしれない自分にわくわくするような想いも得ている。
おんぶに抱っこで与えてもらう強さであることに違いはない。
だがカイムは知っているのだ。
力とはどうやって得たかよりも、なんのために使うのかのほうが大事だということを。
次話 近日投稿予定
来週11/8(金)はコミカライズの二話が投稿されます。
そちらもぜひよろしくお願いいたします。





