第138話 力の規律
大陸守護騎士団と銀閃のメンバーたちが、アイナたちの一党が集まっている一角へゆっくりと歩を進めてくる。
冒険者ギルドとはいえガルレージュは田舎の支部、酒場も併設しているとなれば共用スペースはそんなに広くはない。多くの冒険者の視線を集めていた二つの集団が、今なにを目指して動き出したのかなどは傍から見れば一目瞭然である。
「アイナたちの一党になにが……」
「勧誘なのか? こ、大陸守護騎士団と、どう見ても一線級の一党から?」
注目を集めていた集団の動きを固唾を呑んで見守る冒険者たちから、各々の予想の言葉が囁き零れている。
もっとも固唾を呑んでいるのは、あきらかな格上から注目を受けているアイナたち当の本人ではあるのだが。
例外は副頭目であるロックくらいか。彼は間違いなく知識でしか知らなかった存在と直接話せるかもしれないことにわくわくした表情を隠せていない。そのことをメンバーたちも気付いていて、この際は呆れるよりも「頼りになる!」という思いのほうが強い。
好きな分野に対する際のオタクが、妙に頼りになるのはどこも同じことらしい。
頼りになった後、暴走するところまで同じでなければよいのだが。
遠巻きに囁きあっている彼ら、彼女らも冒険者であるからには一方の集団がどれだけ見目麗しく、華奢な美女の集団だったとしてもその装備を見たうえで侮る者などはいない。
連鎖逸失から解き放たれ、己の才能、能力の届くところまでは成長することが可能になった現代を生きる冒険者たちはよく知っているのだ。
装備が強いから、それを身につけている冒険者が強いのではない。
強いからこそ、余人には入手不可能な希少魔導武装を手に入れることが可能な高みまで至れるのだということを。
全ての装備を解除して正面から殴り合っても、間違いなく彼女らには勝てない。
勝てる、もしくはいい勝負ができるような力を持った冒険者なのであれば、運にも左右されるとはいえほぼ同レベルの装備を入手できているはずなのだから。
御伽噺の『鉄壁ヴォルフの空の盾』で語られるとおり、一線級の希少魔導武装はそれを装備可能とするのに相応の力――レベルを要求することを知っているからにはなおさらである。
そんな冒険者たちが「まさか」と思いながらも予測しているのは、吟遊詩人の歌などではよく聞かれる類。
田舎の冒険者ギルドで攻略を始めたドのつく新人が、なぜか大陸守護騎士団の勧誘を受けてその団員になるという、冒険者を夢見る子供たちの願望そのままのような英雄譚の序章。
実際にも絶無というわけではない。
どうやってその新人の才能を知ったのかは不明でも、確かにある日突然、大陸守護騎士団の一員がその場所を問わず現われ、勧誘することは極稀にある。
それも本当に、冒険者ギルドに登録した直後といっても過言ではないタイミングでだ。
どうやってその冒険者が持つ才能を知ったのかはわからなくても、なぜ知ったのかは誰もがわかっている。
今は人々の目の前からその姿を消したとはいえ、天空城という奇跡の具現者、力の絶対者が世界連盟、その最大戦力である大陸守護騎士団の背後には今も厳然といるのだということを、誰もが言葉にはしなくともよく理解しているのだ。
確かに駆け出し、ド新人のときからその真の力を強き者たちに見出され、歩みを同じくするというのはわかりやすい憧れの展開ではある。
だがこの時代に生きる市井の者たちがより強くその手の展開に惹かれるのは、自分たちが暮らすこの世界――ラ・ナ大陸の常識をことごとくひっくり返し、世界の終焉と同義の災厄を払ってみせた英雄――冒険者王ヒイロ・シィの英雄譚の始まりにどこか似たものを感じるからだろう。
見出されるのが自分ではなくても、これから先の時代で伝説や神話となるかもしれないワンシーンに自身が居合わせたのかも知れないという期待と興奮に冒険者たちは満たされている。
確かにアイナたちはガルレージュ迷宮都市では頭ひとつ抜けた有望一党といっても大げさではないし、将来的にはアーガス島をはじめとした一線級の冒険者ギルドへ移籍することを確実視されてはいる。
だが言ってみればその程度だ。
そんな域であれば、それこそアーガス島には吐いて捨てるほどいる。
大陸守護騎士団と銀閃がアイナたち自身に用も興味もないことを、アイナたち自身と冒険者ギルド職員たちは理解している。
彼ら、彼女らはそれぞれ、アイナたち一党を魔物の一斉湧出からの敵意連鎖という悲劇からいとも簡単に救ってみせた謎の仮面の魔法使いと、アイナが自身の命の恩人だと思っているカイムにこそ用があるのは明確だ。
だからこそ、その二人と接触した――救われたという話を冒険者ギルド職員から聞いたと同時に行動を起こしたのであろうから。
アイナたちは情報提供者に過ぎない。
ギルド職員からの又聞きではなく、直接精度の高い情報を得たいというだけ。
それでも緊張するなというのは無理な話ではあるのだが。
一方、大陸守護騎士団と銀閃も、お互いが目的としている集団が同じであることなど、ギルド職員から話を聞いた時点で理解している。
同時に話しかけるわけにもいくまいし、お互いがアイナたちのところへ到達する前に意思の疎通を図ろうとするのは自然な流れである。
双方とも攻略の最先端、世界の中心とも言われるアーガス島を活動拠点としているもの同士、面識があったのかどうかはともかくとしてお互いのことをきちんと認識できているらしい。
双方の異形にもかかわらず、あたりさわりのない挨拶をリーダー格同士が交わしている。
話していることはわかるが、アイナたちには会話の内容までは聞こえてこない。
大陸守護騎士団の№Ⅰは落ち着いた男性の声。
銀閃のリーダー格らしき半透明の巨像を背後に浮かべた金髪碧眼、抜群のプロポーションを誇る褐色肌の女性は見た目どおりの華やかな声。
言葉遣いこそ双方丁寧ではあれど、強者としての威を感じさせるのが不思議なところだ。
だがこれで銀閃がアーガス島においても超級の一党であることは完全に証明されたといっていいだろう。このやりとりを聞いた周囲からも、「やっぱりな」という声が囁かれている。
大陸守護騎士団があらゆる冒険者から知られているのは当然のことだ。
わかりやすい純白の外套と仮面という、偽者が出やすいいでたちであることも尤もだが、今の時代そんな阿呆なまねを進んでやる輩などほとんど存在しない。
あの格好を見れば、冒険者であれば誰でも大陸守護騎士団だと認識できる。
名も顔も公開されていないといえど、わかりやすい真紅の№で区別も付けられる。
だが一見して一線級の冒険者であろうことはわかっても、銀閃という名を知らねばその冒険者としての本当の序列はわからない。現代最高峰であるレッドダイアモンド級のギルド、一党であったとしてもそれなりの数は存在している。
だが大大陸守護騎士団、しかも№Ⅰが挨拶をするレベルとなれば国家戦力級の一党であることは間違いない。気安く話せているとの事実が、周囲にそのことをこれ以上ないくらいに理解させてくれるのだ。
だが事実は少し違う。
銀閃がアーガス島においても十指に数えられる一党であることは事実だが、さすがに大陸守護騎士団、それも一桁№級と気安く挨拶できる関係などではない。
リーダー格の褐色美女は内心かなり焦っているのだが、矜持としてそれを表情や身に纏う空気に表してはいないだけだ。
ここがガルレージュ迷宮都市、田舎であるからこそわからないのだ。
アーガス島であればこの一見気楽に思える会話を、相当の驚愕をもって遠巻きに眺められることだろう。
それほどに大陸守護騎士団とは超越した存在であり、滅多に冒険者達の前に姿を現すこともないのだ。
冒険者ギルドでは手に負えない問題を、人知れず処理する強者の集団。
トップ級の冒険者であればあるほど悔しくは思えど、その実力もまた認めざるを得ない、連鎖逸失とはまた違った一線を超越した集団。
それが天空城とその騎士団が伝説の向こう側へ姿を隠してしまった現在、事実上の最強集団と見做されている大陸守護騎士団という存在なのだ。
誰もが知っていて、だが今は使える者が極限られている『表示枠』という、天空城がもたらした時代錯誤技術。それが真紅で肩に№Ⅰを記されたリーダー格の周りに複数浮かんでいる。
間違いなくそれを介して、銀閃の情報を得ているのだ。
周囲はもちろんのこと、銀閃のメンバーたちですら『表示枠』を目の当たりにしては驚きを抑えることができない。
それは天空城と直結する、まさに伝説の一端なのだから。
「脱走者でも出ましたか?」
会話のながれから、大陸守護騎士団、それも上位者たちが一党単位でこんな片田舎――ガルレージュ迷宮都市まで出張ってきている理由を尋ねる褐色美女。
だが。
「……我々から脱走者がでることはありません。絶対にです。団規を破る者も、相応しくない行動を取る者も、大陸守護騎士団となったからには絶対に出ません」
その言を受けた№Ⅰの返答は穏やかなままなれど、どこか底冷えのするナニカ――威でも圧でもないものを含んでいた。
一番近いのは苦笑いに似た自嘲か。
この世界で最強に最も近い位置にいるはずの者が発するその空気は、他者を黙らせるに足る。
「貴女も入団すればわかりますよ」
「……失礼いたしました」
怒りは感じない。
だが謝るべきだと判断して、銀閃の褐色美女は素直に頭を下げた。
「いえいえ。そちらもアイナ様たちに聞きたいことがあるのでしょう? 我々は後でかまいませんから、お先にどうぞ」
「いえ、我ら銀閃も冒険者の端くれ。自分たちより強き者より故無く優先されることをよしとはしません」
仮面をしたままだが、にこやかに答えていることがわかる№Ⅰの声に安堵しつつ、そこは譲れぬと褐色美女は答える。
急いではいる。あの人の情報を一刻もはやく聞きたいのは確かだ。
だがギルド職員から聞いたとおり、自分たちの時と同じような無茶でもしない限り、あの人がガルレージュ迷宮程度で後れを取るとは思っていない。
それになにやら、とんでもない実力を持った謎の魔法使いも同行しているとなれば焦る必要もないだろう。
大陸守護騎士団の目的は間違いなくその人物であろうし、脱走者のような存在であればその強さがそのまま脅威になるがゆえに急ぐべきなのであろうが、№Ⅰの態度からしてもそういうわけでもなさそうだ。
大陸守護騎士団のトップ級が共にいるとなれば安全だと判断しても間違いないだろう。
であれば己が力を信奉して生きる者として、強者に譲るのは当然のことだ。
いや譲るのではない。
己も強者の端くれであるからこそ、強者がその当然の権利を行使することに否やなどないというだけだ。
あるのであれば、それこそ力を以って抗じればそれでいい。
冒険者とは、戦う力を持つ者とは律されてはいても、いや律されているからこそ、その骨子を履き違えることはしない。
力なき規律などくその役にも立ちはしないのだ。
魔物の危険や、そんな状況でさえ発生する人同士の戦に晒されてきた世代であればあるほど、そのことを魂で理解している。
現代の平和、軽犯罪すらほとんど発生しない状況は、厳しい規律と理想、人の素晴らしさによって成立している代物などでは断じて無い。
大陸守護騎士団をはじめとしたわかりやすい力。何よりも表舞台から姿を消したとはいえ、今なお絶対的な力の具現として信仰に近い見かたをされている天空城――圧倒的な力の存在こそが、人々に規律を守らせているのだ。
そうした方が得だから。
そうしなければ怖いから。
人は力にこそ傅く。
それがどういうカタチを取っていたとしても力こそが絶対。
少なくとも今この時代、この世界の在りかたはそうなのだ。
絶対的な力が人に好意的にふるわれた結果、連続性などなく蜃の見る夢のように忽然と現われたマボロシのような時代。それが現代だ。
その戦う力を以ってこの時代を支える冒険者であるからこそ、その大前提には従う。
従えないときは、たとえ負ける――死ぬとわかっていても己が力を以って抗うのみ。
それもまた、冒険者という在り方の一面。
「ではお言葉に甘えて、先に話させていただきます」
語らずともそれをよく理解している大陸守護騎士団の№Ⅰは、銀閃の申し出を素直に受ける。
強者には強者としての振る舞いがあるのもまた当然か。
それに本当に強い者、虚勢を張る必要の無い真の力を持つ者はそれが必要な時を除いて、穏やかで丁寧なものだろう。
笑っていようが、凄んでいようが、己の行使する力は揺るがない。
それを知っている者には、無駄な威嚇など必要ないのだ。
世界最強とも言われる大陸守護騎士団、その中でも最上位に位置する者たちはその例に漏れることは無かったようである。
あれこれ聞かれるにしても穏やかなものになるであろうことに安堵を隠し切れないアイナたちである。 銀閃との会話から、自分たちを救ってくれた恩人が「脱走者である」などというややこしいこともなさそうで、そこも正直ほっとしている。
もしもそんな曰くつきの人物であるというのであれば、今この瞬間もその人物と一緒にいるのが間違いないカイムを心配しているということを、アイナ自身は気づいていない。
だが予想以上の驚愕が、アイナたちのみならず、話しかけることを譲った銀閃メンバーたち、遠巻きで様子を窺っていた冒険者たち、それどころかギルド職員たちをも襲う。
「お初にお目にかかります、アイナ・ヴァイセル様。その一党の方々」
この場のみならず、この世界においても最強に近いはずの存在が恭しくその膝を屈し、アイナとその仲間たちに対して頭を垂れたからである。
無言を維持したままの№Ⅳ、№Ⅶ、№Ⅸ、№ⅩⅢも№Ⅰに続いて同じ姿勢をとる。
「えぇ?」
それだけには止まらない。
天空城オタクである、ロックが低い叫びにも似た声を漏らすのもむべなるかな。
「私は大陸守護騎士団№Ⅰを務めております、アインザック・フォルケロウスと申します」
名を秘し、顔も秘すことを是としている大陸守護騎士団。
それはこの時代に生きる者であれば誰もが「常識」として知っていること。
故にこそこの場にいる誰もが、今の今まで仮面をしたままの大陸守護騎士団を無礼だとは思ってなどいなかった。
その№Ⅰの位置にあるものがあっさりとその仮面を外して素顔を晒し、名を名乗ってまでいるのだ。まるで主に対する、下僕のような態度を以って。
「他の者も紹介させていただいても?」
自分が、自分たちが本物の大陸守護騎士団№Ⅰ――アインザック・フォルケロウス他の団員たちにそうされる理由が何一つ思い浮かばなくて、アイナはすぐに答えることができなかった。
あまりのことに混乱し、晒されたアインザックが声の割には精悍なお爺ちゃん寄りの容姿であり、それをけっこうカッコいいな、などと場違いなことを考えてしまうアイナである。
――灰銀の髪があの人とおなじ……
命の恩人云々はきっかけであるとしても、わりと枯れ専の疑いが濃くなるアイナである。
次話 近日投稿予定
第二巻、コミカライズの情報は開示してよくなり次第ご報告する予定です。
何気ない一文が素晴らしいイラスト、表情になるのはやっぱりすごいです。
できましたらこれからもよろしくお願いします。





