第14話 特異点
「さーて、絶対目標だった「レベル5までにファイアの熟練度を100%にする」も達成できたし、いよいよ第三階層行ってみよーか!」
「承知しました」
気合を入れるヒイロに、『千の獣を統べる黒』が即答する。
ちなみにヒイロが言っているのは、「ある魔法」を取得するための条件である。
レベルが5になる時点で「ファイア」の熟練度が100パーセントになっていなければその魔法が生えることはなく、そのタイミングで取得できなければその系統の魔法は基本的にあきらめるしかなくなる。
発見当時、「世界再起動」とはまた違う課金アイテム、「スキルリセット」の販売数を爆発的なものにした、凶悪な隠し要素である。
幸い発見当時(運営による自演情報流出と今でも信じられている)のヒイロは「その系統」を必要とはしていなかったので難を逃れたのだが、今回「分身体」として魔法使いをやるに際して、『黒の王』とは対極の魔法構築――『白の王』を目指している、というわけである。
『魔法使い』であることに変わりはないから、アクティブ・パッシブ双方ともにスキル構築は似たようなものになるだろうが。
「しかし我が主。――なんといいますか、その……慎重! そう、慎重になられましたな」
「え? あ、ああ……」
僕としてどうなんだという発言ではあるが、初日に「ワイルドすぎます!」といわざるを得なかったシュドナイとしては正直な感想でもある。
まあ魔法使いが杖でぶっ叩いて魔物にとどめをくれているとなれば、そう言われてもヒイロに反論の余地はない。
本来の力を発揮できない僕としては、主が慎重になってくれるのは大いにありがたいのだ。
自身の忠誠心という精神的な意味においても、『白銀亭』に戻ってからの「鬼上司」からの「お前何のために傍にいると思ってんだ」という視線で削られる精神的な意味においても。
――吾輩が身を挺してお守りしたりしたら我が主のお叱りを受ける。とはいえ吾輩が待つ身であったとしたら、左府殿、右府殿と同じ視線で吾輩の立場にあるものを見るであろうしなあ……
身に余る特命を拝領した身であるからには、理不尽とも見える扱いも甘受すべきかと自分を納得させる下っ端(自称)である。
全体としては慎重とは程遠いやらかしをしているヒイロではあるが、個々の戦闘においてはシュドナイの言うとおり初日に比べれば徐々に慎重さを増し、いまではまさに魔法使い然としてアウトレンジから一方的に殲滅するスタイルが確立されている。
それはレベル、熟練度の上昇にともなってという事ももちろんあるのだが――
「怪我するとホラ、宿に帰ってからが厄介だから……」
厄介という表情をしていない己の主に対して、シュドナイとしては半目で口が横に開くことを止めることができない。
シュドナイにしてみれば雲の上の存在であった『左府鳳凰』と『右府真祖』が、まるで普通の女の子のように甲斐甲斐しくヒイロの御世話をしている様子という、想像すらしたことのない情景をここのところ毎夜毎朝見せ付けられているのだ。
もっとも「雲の上の存在」というのであれば、今目の前でややしまりのない表情をしている主こそがその筆頭であるのだが。
――最近の我輩は度し難いな。我が主に対して不敬が過ぎる。
自戒の念にかられるシュドナイではあるが、怪我をしていないかどうかを確認されるために、美女二人に剥かれる主を毎夜目の当たりにしていてはある程度仕方がないとも言える。
ぎゃーぎゃーいいつつ、三人とも嬉しそうとなればなおのことだ。
また怪我なり疲労なりを回復させるために、己よりもはるかな序列上位者が使う手段がとんでもない。
上位魔法や唯一技能で瞬時に回復させることも可能であろうに、ある意味主がもっと疲れるんじゃないかという行為に走るのだ。
一応雄たる『千の獣を統べる猫』としては、「我が主よく耐えるなあ」というのが正直な感想である。
不敬も極まるし、考えきってしまえば切腹モノともいえるので思考停止しているが、「もしかして我が主ヘタ(以下停止」というのもある。
反省する一方で、砂糖を吐く表情になることくらいは容赦いただきたいとも思う僕なのである。
「さてとシュドナイ。第三階層に入って早々にレベルアップするのは間違いない。そのタイミングで僕が取得する「ある魔法」で、僕の言っていた相手が釣れる可能性が高い――いるんならね。」
「心得ております」
忠実なる僕であるシュドナイの表情に、緊張が走る。
それはこの一週間、ヒイロがシュドナイだけではなくエヴァンジェリンやベアトリクス、天空城の一桁ナンバーズたちにも何度も説明したことだ。
「ある魔法」の取得はもちろん不正にはあたらない。
だがその一方で、現実化したこのT.O.T世界が「一周目」を大前提としているのであれば、それは「あり得ないこと」とも言える。
最初から知っていなければ取得しようのない魔法。
それが可能な者は、この世界の中で生きてきたものではありえない。
監視するモノ――ヴォルフたち「黄金林檎」などのような者ではなく、もっと根源的に世界の「異物」を監視している存在がいるのであれば、その警戒網に引っかかる可能性は高い、とヒイロは判断している。
天空城で進めさせている各種アイテムの分解・分析とその複製はまだ成功していない。
アイテム複製が先行していればそっちへ現れたのであろうが、さすがに一週間ではまだ分解・解析の段階である。
いくつか「似たモノ」は作れたようだが、「そっくりそのまま」なものでなければ引っかからないということなのだろう。分解・解析もその行為そのものは対象外ということか。
もしいるのであれば、ソレがどういう風に現れるのかヒイロは知っている。
ゲームとして「T.O.T」をプレイしていた頃、ネット上にあげられた「不正者がどうなるのか」ということを情報として知っているし、中には自分がBANされるまでの動画を上げた剛の者もいたからだ。
『階層主の間』から第三階層に進み、エンカウントした魔物――この階層のメインはアンデッド系であり、第二階層に続いて「ファイア」との相性が良い――を視線でなぞって燃してゆくヒイロ。
階層が進んで取得経験値が増えたことにより、わりとあっさりとレベル5に到達する。
それと同時に、取得可能魔法がヒイロの視界に表示された。
「エア」「ウォータ」「治癒」
そして――――「閃光」
レベル5になる際、「ファイア」の熟練度が100パーセントになっていなければ生えない、光系等の初期魔法『閃光』が確かに選択可能になっている。
「よっしきた!」
そうなることがわかっていても、段階を踏んで条件を満たし、その上で取得可能な魔法・スキルを得る瞬間にはテンションが上がる。
それが現実としてとなればなおのことである。
「……いくよ?」
ヒイロの宣言に、緊張した面持ちで頷くシュドナイ。
レベル5になったばかりのヒイロにはまだ、『白銀亭』で待つエヴァンジェリンやベアトリクスと連絡を取る手段はない。
管制管理意識体を通じてできなくもないが、独特のやり取りを介してでは十全な意思の疎通は期待できない。
――今日、レベル5に達するだろうことは伝えてあるし、問題ないだろ。
どのみちそうなれば、対応可能なのは『プレイヤー』たる自分だけだということをヒイロは理解している。
文字通り固唾を呑み、意を決して『閃光』を取得する。
その瞬間――――世界が静止する。
刻が凍っている。
白と黒だけになった世界で、ヒイロのみが色をもっている。
そしてそのまま迷宮のあるアーガス島の遙か上空、ウィンダリオン中央王国が誇る大戦力、魔導空中要塞『九柱天蓋』を眼下に見下ろす高さまで強制的に転移させられた。
『Anomaly Detection――Anomaly Detection』
ヒイロの視界に真紅の文字が繰り返し表示される。
音はない。
『――――汝が、特異点か?』
何もかもが静止し、黒白に染められた世界でソレが問う。
眼下の要塞、『九柱天蓋』さえ凌ぐ純白の巨躯。
創造神の化身たる、『凍りの白鯨』
それがヒイロの目の前に顕現していた。