第128話 ギルドの欲望
「さて……全員揃いましたか?」
ヒイロたち新鋭ギルドが天空迷宮の第一階層を攻略した翌日、その早朝。
冒険者ギルド総本部が存在するアーガス島上空の巨大浮遊要塞中枢、その中でもっとも巨大な会議室である。
最大収容数は余裕をもって千を超えるが、席についているのは数百名。
そもそもが管制管理意識体による『表示枠』の使用が前提となっている規模である以上、半数しか埋まっていなくても円滑な会議進行は難しいだろう。
出席者全員が都市級の迷宮を任されている、冒険者ギルドの支部長職たち、つまり幹部たちだ。
それに加えて普段は年一回の定例総会にしか出席しない、相談役ポジションとでも言うべき元老院の御老体五人も席についている。
最初に出席者を確認したのが、どこか疲れきったような様子の現冒険者ギルド総長、アブドゥル・カラカル。
当年とって56歳の若さで世界組織である「冒険者ギルド」の総長に上り詰めた、いつもであればギラギラとした才人としての生臭さが、今はなぜかまったく感じられない。
ギラギラどころか、どこかカサカサしてさえいる。
本来のアブドゥルはけして邪悪ではないが目的のためであれば清濁併せ呑み、己の利のためには少々の規律違反など歯牙にもかけない人物。
そうでなければ今の歳で、冒険者ギルド総長の地位に就くことなどできまい。
ここ八十年で長寿化が一気に進んだ現代において、50代は指導者たちの世界ではまだ若造とみなされても不思議はないのだ。
丁寧な言葉遣いを常に崩さず、温厚そうにみえる穏やかな笑みを絶やさぬ表情のなかで、目だけが常に笑っていないとよく知る者には言われている野心家。
それが疲れきっていることを見抜けた者が、この数百名の中に果たして何人いるのか。
疲れきっているというよりも、正しくは脅えきっていることに気づけている者など十指にも満たないだろう。
「迷宮都市アキュア・ラル、迷宮都市ノイエ・グラッヘン、迷宮都市ボ・ストゥン……あとは迷宮都市アルク・ヴィラの支部長がまだです」
いつもの覇気をまったく感じられない議長席に座るアブドゥルの脇に立つ秘書官が、いまだ揃っていない支部の名をすらすらと挙げる。
いつものアブドゥルの秘書官ではない。
今秘書官のようにして立っているのは、なぜか銀である。
先に挙げた三つはいずれも、迷宮都市の頭に「大」をつけても誰も異をとなえないような規模を持つ。
迷宮の規模が大きければ集まる冒険者の数も質も当然上がり、結果として大経済圏を形成する。
つまりそこの支部長を務める人物となれば、冒険者ギルドという世界組織における幹部たちの中でも重要人物――いわば役員級だ。
最後のひとつは、つい先日まで銀が副長を務めていたアルク・ヴィラ。
そこの支部長も未だ席についていないという。
旧国の第二王子、それがあんな動きをとることができた理由は少し考えれば誰でもわかる。
それを手引きしたであろう人物が、発覚すればどうされるのかも。
中枢の冒険者ギルド総本部には、各支部からの直結転移陣があるので、特段の理由、事情がなければ出席できないということなどありえない。
「いいではありませんか。彼らは臨時ギルド総会に欠席。それだけのことでしょう? ただし議事録には明記願います」
議長席の程近く、元老院の五人に並んで座る一人の若い支部長が、魅力的な笑顔とよく通る声でそう述べる。
金髪碧眼の美丈夫、先に挙げられた三つの迷宮都市にも劣らぬ規模である、『墜ちた方舟』で支部長を務める、アレックス・レキア・ラッツェンベルク子爵。
所属国家はウィンダリオン中央王国。
28歳にして大迷宮都市の支部長へとなりおおせた、新進気鋭の才人である。
役者といっても通じるような優男であり、狐と狸の巣窟でもあるこの場では、どこか軽薄さも漂わせる見た目的に、少々浮いてはいる。
王宮などで行われる舞踏会で、美しく着飾った貴族の令嬢たちに囲まれてでもいるほうが、よほどお似合いだ。
「お忙しいのだ、バフォル様は」
「シーリカ殿もな」
「カッツェ卿も言うまでもない」
アレックスの言葉をフォロー、追従の類と解釈したのか、それぞれ欠席者の取り巻き、その中でも右腕を気取っている幾人かが、己もとばかりに声を上げる。
一人につき一人ではなく、複数から声が上がるアタリがありがちである。
各々の発言のあと、我こそが右腕といわんばかりに同派閥内で睨み合っているのがいっそ滑稽ですらある。
まあ主が不在の、半端な派閥などこういうものだろう。
そもそも強い意志を持って結集した強固なものであれば、周りに派閥だということを悟らせもすまい。
これでは派閥を気取った、お山の大将とその太鼓持ちたちというだけだ。
いかに大物であっても、いや大物であるが故にこそ、臨時総会とはいえ現在の冒険者ギルド総長が呼集した会議に欠席することなど本来は許されることではない。
欠席せざるを得ないどんな事情があったにせよ、代理を出席させることは最低限。
ここ十数年で、一部の者たちにとってずいぶんと都合よく冒険者ギルドの規律は変わったが、それでも現体制の初代総長、ポルッカ・カペー・エクルズが中心となって決定された規律にはそう定められている。
だがもうここのところずっと、実力者たちが己の磐石の地盤を前提に、総会のみならずすべてにおいて好き勝手に振舞うことがほぼ常態化していた。
それでも欠席というのは初めてのことだったが。
バフォルのアキュア・ラルはアリトラ王国。
シーリカのノイエ・グラッヘンはヴァルキア帝国。
カッツェのボ・ストゥンはラ・ルラナ共和国。
『支配者の子供達』ではない旧国に、各派閥の拠点都市は存在している。
その三国が旧国でありながら、『支配者の子供達』でもトップクラス、旧三大強国にすら見劣りしないほどに栄えているのは、偏に領内に抱える大迷宮都市の恩恵があってこそである。
よって各派閥間の軋轢よりも、この三大派閥連合vs旧三大強国の対立のほうが実はより大きい。
絶対者による決め事により従順である旧三大強国のほうが、わりと好き勝手に振舞う三大派閥連合のほうに押されているとさえいえるのが、直近の情勢だ。
彼らにしてみれば旧三大強国、『支配者の子供達』の領内にある迷宮都市『墜ちた方舟』を統べるアレックスが、自分たち三大派閥に擦り寄るというのであれば願ってもないことなのだ。
もっとも勢力的にはそうでも、自分の派閥への影響力という視点から見れば複雑ではあろうが。
自陣営が優勢でも、その中で軽んじられるのであれば意味などない。
劣勢であっても厚く遇され、個利が満たされるのであればそのほうがいいのだ。
どうせ、定められた規律から大きく外れるようなことなど、誰にもできはしない。
強者が弱者を力でひき潰すことなど、許されてはいないのだ。
『天空城』は表舞台から去っただけだ。
この世界から消えてなくなったわけではない。
オイタが過ぎれば、調子に乗った馬鹿を張り倒しに現れる可能性はいつだってある。
そんな寝た竜を自ら起こすような馬鹿はやらない――できない。
怖い。
その力を誰よりもよく知り、その血を継いでいることに誇りを持っている『支配者の子供達』であればなおさらである。
であればもとより大きな利権を持たない旧国である自分たちが、規律の隙をついて少々良い思いをすることなど、ある意味当然だとすら彼らは思っている。
強者が強者ゆえの度量を求められる、強いられる状況において、それを確信したうえで弱者を装う者ほど度し難いことはない。
なんとなれば、竜が起きぬことを以って「この程度は許された」と嘯きさえする。
規律に守られた者たちが、規律を都合よく変えたり隙を突いたり、時には破ったりする。
それこそ法治がまだ崩壊しない程度に保たれた世界で、最も効率的に、狡く、醜悪に個利を得ることが可能な手段なのだ。
そしてそれは、寝た竜を起こすまでエスカレートし続ける。
「これくらいは自分だけではなく、誰でもやっている」という、よく考えれば許される理由など何一つもたない妙な理屈にしたがって。
だがアレックスの発言は、欠席者に対するフォロー、追従の類ではない。
彼にとってはすでにどうでもよい存在のために、会議の進行が遅れることを厭ったというだけだ。
アレックスにしてみれば、たぶんもういない存在に追従するなど、とても正気とは思えない。
というか支部長職にまで至りながら、現状を正しく把握できていないことに呆れるしかない。
もう数日前とはまったく違うということになぜ気付けない?
世界はすでに、規律を破った者に相応の罰を与えられる世界に変わった、いや戻ったのだ。
シーズ帝国とウィンダリオン中央王国の動き。
天空城の別庭と、封印九柱天蓋の再稼動。
そして何よりも、この世界の最強を集めてなお突破できなかった天空迷宮第一階層を、たった数人で半日かからず攻略したという情報。
そんなことが本当に、『支配者の子供達』だけで可能だと思っているのだろうか。
仮にも冒険者ギルドの幹部ともあろう者たちが?
「すべての発言は、議事録に残りますよ?」
「それが何だというのかね?」
この場にいない者へのお追従が一段落したところで、再びアレックスが笑顔で爽やかに言い放つ。
こいつら馬鹿じゃないのか? いや馬鹿だな? という内心を隠すため、よりいっそう無駄に爽やかになって歯でも光りそうな勢いである。
アレックスの最初の発言を、上位者に対するべんちゃらの類だと思っていた取り巻きたちは、何をいっとるんだこいつは? という態度を隠しもしない。
「本気で仰っておられるのですか?」
だからアレックスがわりと本気で驚いた表情を見せても、何を言っているのかが理解できない。
確かにギルド総長は軽んじていい存在ではないが、自分たちの派閥の長のほうが自分たちへの影響力という点においては間違いなく上。
であればこの場で総長の機嫌を取るよりは、不在ではあれど自分たちの親分に気を使うのは、手下としては当然のことではないか。
本当の支配者が帰ってきていることにも気付けない愚者たちは、そう考える。
「総長。よろしいでしょうか?」
「ああ」
よってアレックスは、本来あるべき会議のはじめかたからは程遠いが本日の議題へ入ることを決め、議長でもある総長へと発言の許可を取ったうえで快諾を得る。
アブドゥルとしては、議事進行を誰かに任せられるのであれば任せたいのが本音だったので、渡りに船である。
半日早くすべてを知ることができた彼は、今心からの反省と以後の忠誠をどうやったら認めてもらえるかを考えることにこそ、時間を割きたいのだ。
冒険者ギルド総長という立場にあるまじき考えだと思わなくもないが、他人にかまっている余裕など本気でない。
けして小さくはない己の派閥たちに対しても同じことだ。
ここに出席することは許されている以上、自分の身は自分で守ってほしいところである。
まだその猶予は与えられているのだ。
一発退場になった、数名を除いて。
ほぼすべてを洞察できているアレックスにしてみても、さっさと「自分は違う」ということをより明確にしておかなければ、阿呆どもの自滅に巻き込まれかねない。
アレックスはそんなことは真っ平ごめんであった。
バカにならない金をかけて構築、維持していた情報網が捉えた値千金の情報も、正しく活かせなければ塵となにも変わらない。
近くに座す元老院の御老人たちが、いつになく慌てた様子を見せるアレックスを面白そうに――というには少々人の悪すぎる表情で見つめている。
「今回の緊急総会の議題は皆さん、御承知かと思います」
「天空迷宮の第一階層を、『支配者の子供達』直系が立ち上げた新鋭ギルドが攻略、か……」
知者ぶった三大派閥に属する支部長の一人が、もっともらしく答える。
アレックスにしてみればそんなことは主題ではなく、おまけのようなものだと思ってはいるが否定はしない。
「報告ではそう聞いておるが……事実なのかね?」
別派閥に属する、でっぷりと太った支部長が総長へそろりと問う。
その目にはわかりやすい欲望の光が宿っている。
踏破されていない迷宮が攻略される際には、まだこの世界に出回っていない魔法道具や魔導装備が発見されることが常だからだ。
それは当然、莫大な利益を冒険者ギルドへともたらす。
「間違いありません。なんでしたら、ギルド本部へ提供されたドロップアイテムを確認してくれてもかまいません。すべて超級の希少品といっても過言ではありません」
なぜかため息交じりで答えた総長の言葉に、この場にいる各々の欲望が刺激され、自重をどこかへとかなぐり捨てる。
「これは莫大な利益を生み出しますぞ。本部だけで独占されるのはいかがなものかと」
「それにいかな世界連盟宗主国とはいえ、ウィンダリオン中央王国だけが潤うというのはおいそれと承服できませんな」
「平等、公平という観点で利益の配分を考えていただかねば困りますな」
誰かが口火を切ればそれにみなが続き、次々と許可も得ることもなく発言を連ねる。
それらはすべて、要約すれば「俺にも利益をわけろ」ということを、違う言い方で喚き立てているだけだ。
だれがその利益を生み出す迷宮を攻略可能なのかということなど、頭から飛んでいる。
冒険者ギルドとは冒険者の上前をはねる組織ではなく、そのフォローをすることを生業とする縁の下の力持ちなのだということも。
当然それはいつものように三大派閥vs支配者の子供達の構図をとり始めるが、今日はそこに総長は参加しない。
もちろんアレックスもだ。
わりと本気で慌てている。
醜態が過ぎれば味噌も糞も一緒くたに処分されかねない。
彼らにはそれができる。
される側のアレックスにしてみれば、余裕ぶっこいて静観している場合ではない。
「静粛に。静粛に願います!」
ある意味予想通りに、あるいは予想を超えて醜悪な利権の奪い合いの様相を呈してきたこの場に対して、さすがにおさめようとする議長と、いつもであればにやにやと傍観しているアレックスがそれに協力している。
それを元老院の御老体たちが、それこそにやにやと見ている。
「『だまりなさい』」
怒号に近い声が交わされる場になりつつあったにもかかわらず、その静かな一言で会議場は水を打ったようにしんとなる。
声を発したのは銀。
総長付とはいえ、副長が支部長たちへ吐いていい台詞ではない。
本来であれば、暴言の域であろう。
だが誰一人として激高することもできず、黙り込むことしかできない。
声で己の意思を縛られたかのごとく。
そしてこの場にいる者であれば、今ので気付くべきなのだ。
伝説にはこのような能力を持った、絶対者の下僕がいたということを。
市井に暮らす者であればいざ知らず、冒険者ギルドという組織において幹部職である支部長にまでなったのであれば、『天空城』の資料にもある程度までは触れられる。
それに気付けない、思い出せない者の席など、今後この場にはない。
言動しだいでは、首すら飛びかねない。
それはなにも、冒険者ギルドという職場を追われる、という意味に限定されるものではないのだ。





