第123話 ギルメン会議
「第一回、『凡人会議』をはじめまーす」
いつにない脱力系の声で、クリスタが宣言する。
「ふぁーい」
「へーい」
それに答えるリリアンヌもアレンも、同じく気が抜けたような声である。
三人とも、精緻な石細工である円卓に突っ伏している。
ここは今後クリスタが己の部屋と定めた場所。
三美姫の一人と謳われた曾祖母、ユオ・グラン・シーズが暮らしていた屋敷である。
「えーっと……アタシも参加なの?」
その様子に若干引きながら、この場へ集まることを指示されたレヴィが、自分も参加する必要があるのかどうかを確認する。
この中では比較的彼女だけが、まだ気力を保っているように見える。
誰もが知る大国、シーズ帝国とウィンダリオン中央王国。
『支配者の子供達』とも呼ばれるそれらの国の次代を担う、冗談でもなんでもなく本物の皇女や王子様、王女様である三人。
つい数日前まで田舎酒場の看板娘に過ぎなかった自分が、その三人と共に『ギルドメンバー会議』とやらに参加する意味がいまいち理解できないから引き気味なだけだ。
確かに自分も今はヒイロのギルドの一員とはいえ、ここにいる他の三人とは身分というものが違い過ぎる。
「レヴィさんはこっち側ですので、強制参加です」
「ああ、そういう区分なのね……」
突っ伏したままクリスタが言う言葉は、レヴィにもまあ理解できなくもない。
凡人と書いてギルドメンバーと読むのであれば、納得のいくところだ。
あっち側――ヒイロ、セヴァス、銀、千の獣を統べる黒。
伝説の『天空城』に関わる者たち……というよりも主と王佐の獣、下僕序列一桁とその直属の部下たちである。
それと比べて自分がこっち側だと言われれば、確かにそうだと素直に思える。
比べる対象がアレだと、人の世における身分や戦闘能力の違いなど誤差に過ぎないとすでに実感させられているのだ。
そういう意味においてレヴィは今、絶対者に近い位置にいる市井代表とも言える立場なのだが、その辺はまだピンときていない。
その力を戦場で直接見たせいもあって、ヒイロのとんでもなさはなんとなく理解できていても、その傍に居るということの意味まではまだ理解できていないのだ。
「ヒイロ君、目が点になっていましたよねー」
円卓に突っ伏したままクリスタが言っているのは、アーガス島迷宮の最下層、その先にある知る者などほとんどいない領域から帰還した際のことである。
それぞれが決めた部屋へいったん戻ろうとなった際、別々の方向へ歩き出したクリスタたちにヒイロが「どこ行くの?」と聞いたのだ。
それに「え、部屋です、よ?」と答えたクリスタに対して、ヒイロの目が点になった。
「あれだけとんでもない力を持っているのに、そのアタリの感覚はなぜか庶民的で、つまりヒイロ君は可愛い」
リリアンヌがしれっと何か言っている。
ヒイロは己の私室のある建物内に、皇后をはじめとして側室たちの部屋もすべてあると思っていたらしい。
そんなわけがない。
あの屋敷に存在する部屋の悉くは主人のためのものであって、側付の護衛や侍女たちの部屋ですら至近の別棟である。
客のための部屋は数あれど、主の空間に私室を持つ者など、ただの一人も許されていない。
当時は「冒険者王の屋敷に泊めてもらったことがある」というのが、貴顕たちのステータスとまでなっていたほどなのだ。
皇后をはじめとした女性たちは、広大な広さを誇る『別庭』の各所に、格に応じた自分用の屋敷をそれぞれ構えている。
それぞれに何やら雅やかな名もついていたはずだ。
それをクリスタ、リリアンヌ、アレンたちは選んでいたので、「各々の部屋にいったん帰ろう」となれば、別方向へ散るのは至極当然のことなのである。
レヴィが「自分の部屋」を簡単に選ぶことを躊躇するのも当然と言える。
一市民がいきなり「今日から住むお屋敷を選んでね」といわれても、じゃあこれにする! とはなかなかにいかない。
目が点になったというヒイロに対して、初めて親近感のようなものを得るレヴィである。
「記憶が封じられておられるんだっけ? もしも記憶があったら「ヒイロ君」なんてとても呼べる気がしない」
同じく突っ伏したままアレンが言う。
本人がいるところでは意識しているが、いないとなれば物言いが丁寧になってしまいがちなアレンである。
女性陣はよくもまあ、あっけらかんと「ヒイロ君」扱いできているものだと内心で感心している。
リリアンヌがヒイロを「可愛い」と言ってのけたことには、さすがの胆力だと見直しているくらいだ。
アレンに言わせれば、正直ヒイロはちょっと怖い。
あれだけの力を現時点でも持ち、嘘偽りなく『天空城』の下僕、それも序列一桁、音に聞こえた執事長その本人に傅かれているという己の立ち位置に対して、少々淡泊に過ぎる。
あれは記憶が無いからというよりも、そういう立ち位置に魂レベルで慣れているからだとアレンは踏んでいる。
記憶は封じられているとはいえ、長い期間この世界における事実上の王として過ごしたからこそだろう。
本人からのお願い――アレンにとっては命令――でなければ、王陛下に対する態度と同じようにさせてもらった方がよほど気が楽だと思う。
「というか、なんでみんなそんなにぐったりしてるの?」
三者三様、円卓から顔を上げぬままに話しているという異様に耐えかねたレヴィが、もっともな疑問を呈する。
「ああ、これはですね」
「なんというか……虚無感?」
「うん、それっぽいなんか」
クリスタ、リリアンヌ、アレンの順に説明してはくれるが、レヴィにはまったく意味が解らない。
というか円卓に突っ伏したまま、顔だけをレヴィの方に向けているのが滑稽というよりはどこかホラーじみてさえいる。
ヒイロが手に入れることを最優先としていたキーアイテム『世界球体』
その能力の全てを、クリスタたちは理解できているわけではない。
だがその一端を実際に見せられた――というよりも行使されたがゆえに、今のような状況になっているのだ。
「ヒイロ君が冗談じゃなくオバケなんですよ」
当然のこととして理解ができないという表情になっているレヴィに対して、その理由をクリスタが告げる。
部屋ではなくそれぞれの屋敷に戻ると理解したヒイロが、その場で『世界球体』の能力の一端を行使したのだ。
とりあえず各々躰を休める前に、第一の目的を果たした成果を見せようとしたらしい。
ヒイロがよくわからない操作を行うと、球体を中心に回転していた古代文字が広がり、多数の『表示枠』がヒイロの眼前に展開された。
再びそれを操作する仕草を見せたと同時、ヒイロが別人になった。
見た目が変わったわけではない。
ただでさえ強者の気配を纏っていたヒイロが、桁違いというのも生温いほどに圧倒的な存在へとほぼ瞬時で変じたのだ。
『竜眼』でそれをもろに捉えてしまったクリスタなど、その場にへたり込んでしまったくらいである。
それがヒイロの言っていた『黒の王』に匹敵するという力なのだと理解して、みな膝が震えた。
一切の動揺を見せることなくその足元で欠伸をしてみせた千の獣を統べる黒が、畏怖すべき天空城に属する下僕の一体なのだと、初めてそれで理解できた。
この中にはだれも『黒の王』を直接見た者などいない。
それでも圧倒的強者である祖父を持ち、その祖父が畏怖を込めて語る冒険者王や天空城の主については、ずっと詳しく、ある程度の想像もできているつもりだった。
それが想像に過ぎなかったことを、思い知らされたのだ。
レベル100に至った人のステータスが、最高のものであってもやっと3桁の中盤に届くかどうかといった現状。
そこへヒイロが持つ、5桁にも上る『超越値』による増幅をかければどうなるか。
文字通り化け物が出来上がる。
今のは〇ラゾーマではない、〇ラだ、を素でできるくらいの圧倒的な能力値。
特にヒイロが重視した人の上限などはるかに凌駕する魔力量一つをとっても、比べることすらバカバカしくなるほどの断絶と言っていいほどの差。
御爺様でも勝てないだとか、今の自分たちを相手にしたように瞬殺されるとか、そういう領域ではない。
ラ・ナ大陸中の「戦う力」を持った人すべてが集まって挑んでも、勝てないどころか勝負にすらならないことを確信できるだけの力が目の前に現出したのだ。
己の生涯のすべてを真摯に強化に費やしたとしても、その裾にすら届かぬほどの絶対の力。
そんなものをあっさりと目の当たりにすれば、それなりに自分の才とそれを伸ばす努力をしてきた自覚がある者であれば、萎えもする。
ゆえにこその机に突っ伏していた三人である。
だが。
「でもクリスタ姉さま、喜んでるよね、実は」
「……それはリリアンヌもですよね?」
「問い返しによる肯定いただきましたー」
さすがにいつまでもそのままでいるのもアレなのか、やっと顔を上げながら問うリリアンヌにクリスタが問い返す。
茶化してはいるものの、クリスタと同じくリリアンヌとてそう――喜んでもいるのだ。
二人ともタイプは違えど、美しいと言って異を唱える者など居ないであろう顔を朱に染めて、「わかるわー」という感じで頷きあっている。
戦士、冒険者、皇族、王族――力持つ者としてその義務を果たすべき己としては、忸怩たる想いは持つし、萎えて不貞腐れたくなるトコロもある。
それは本音のところで、嘘などではない。
だが一方一人のオンナノコとしては、実は嬉しかったりもするのだ。
少々照れくさくても、こちらも本音である。
「そういうものなの?」
クリスタやリリアンヌのような悩みをもったコトがないレヴィにはピンとこないようで、いよいよもってよくわからんという困惑の表情に、ちょっと意外の念もにじませている。
戦う力を持たないレヴィであっても、圧倒的な存在の前に自身の力がまるで通じないという事実にへこむというのは、何となく理解できなくもない。
だがそれで喜ぶと言われれば、ハテナマークが頭に浮かぶ。
「その……殿方には強く在ってほしいというかですね……」
クリスタが言い澱む。
レヴィは普通の女性であって、単純な力という意味であれば世の中の大部分は自分よりも強い存在である。
なまじ美しい女性だけに、それで嫌な思いもしてきたであろうことは想像に難くない。
本人があっけらかんと振舞っているので助かっているが、そもそもレヴィがクリスタたちとこうして行動を共にするようになった切っ掛けも、悪意に満ちた力によって好き勝手された結果だ。
そこら辺の顛末を聞かされていないリリアンヌとアレンはきょとんとしているが、自分もそんなおぞましい力に蹂躙されかねなかったことを思いだして、クリスタの身が震える。
ヒイロのおかげでクリスタは間に合ったが、レヴィは――
クリスタのそんな思考に気付いたものか、レヴィは苦笑いしながら掌を二、三度振って「気にしなさんな」というゼスチャーをしてくれる。
そういう部分で自分はまだまだ「大人の女」枠ではないなと痛感させられる。
銀がヒイロを囲む女達として、レヴィを「大人の女」枠として認めるのも当然である気がした。
それでもやはり、クリスタやリリアンヌにしてみれば「自分より強い人」に強い憧れを持ってしまうことは否定できない。
もの心ついてからこのかた、男も女もなく自分と肩を並べられる強さを持った存在など、血族を除けばどこにも存在しなかったのだ。
そのことを認識できるようになった頃には、すでに両親ですら自分たちには敵わなかった。
自分たちより強いのは、若き日を伝説の時代に生きた祖父、祖母を除いて他にない。
人とは違う、ある意味化け物として扱われることには悲しいかな慣れていた。
皇族や王族というのはそういう存在で、よしんばここまでの力を持っていなかったとしても、似たような目に晒されて生きることは、大袈裟に言えば運命のようなものだと受け入れることができた。
男であるアレンは、こういった悩みとは無縁であったかもしれない。
己の力で、惚れた相手を護れることを誇りこそすれ、悩む必要など無いからだ。
だがオンナノコともなれば、そうもいかない。
貴顕に生まれようが、優れた力を持っていようが、やはり「強い殿方に護られる自分」というものに憧れることは止め得ない。
すべての女性がそうではないことももちろん知っているが、すくなくとも自分たちがそうであることは間違いない。
一度その想いを笑った某弟君は、精神的な死の淵を見せられたのでその後再び茶化したことは無い。
思えば伝説に名を刻む曾御婆様たちも、女王だの第一皇女だの、総統令嬢だのといった立場や、それにまつわる力や責任なんかを完全に無視してのけられる――まるごと背負うことが可能だったヒイロに、最終的には一人のオンナノコとして恋をしたのだ。
それまではいろいろな打算や思惑もあったようだし、その辺は山ほど「物語」にされている。
打算が恋に塗りつぶされていくアタリが二人ともお気に入りで、読み返すたびにベッドの上でゴロゴロしてしまう。
そんなお伽噺を読んで、やっぱりクリスタもリリアンヌも憧れてはいたのだ。
自分たちや両親、皇帝陛下や王陛下が許可して伴侶となる男性よりも、少々強引にでも自分を掻っ攫ってくれるようなオトコノコがいつか現れてくれることを。
それが叶わぬ夢だと、理解してはいても。
まずは心を奪ってくれることが大前提だが、なまじ圧倒的な力を持っているがために、「自分がその気になれば瞬殺できる殿方」に対して、恋心を維持することは少々難しい。
そのうえ皇女だの王女だのという立場もついてくるとなれば、物語の主人公のようなオトコノコなど、望んだとて現れてくれるわけではないのだ。
そういう現実を受け入れ、せめて冒険者として己を鍛えることを許されている間に、力ではこちらの方が強くても、心を奪ってくれるような殿方に逢えないものかなどと考えていたらこれである。
そりゃ喜ぶなという方が無理というものだ。
だが。
「……でも曾御爺様なんだよね、ヒイロ君」
そう、目下最大の問題はそれである。
「それでも被っていた猫の皮は剥がれちゃったけどね」
アレンの不粋なひと言を、リリアンヌは冷ややかな一瞥で黙殺する。
「実感ないですよね、『神座王』であった曾御爺様には、お会いした記憶も残っていませんし……」
「ヒイロ君も実感としてはなさそうだよね。私たちが曾孫だって」
どうやら本当に曾御爺様とはいえ、見た目は12歳前後の少年である。
しかもえらく整っていて、誰が見ても美少年。
記憶を封じられているヒイロはもちろん、クリスタやリリアンヌにしたところで自分の曽祖父だと知識や理屈ではなく、本当のところで理解するのは少々難しい。
そのうえ、言ってはあれだが妄想していた理想物件がフルオプションで現れたとなっては、冷静な目を維持することもまた難しいのだ。
容姿だけでも心惹かれるのは、我が身に流れる曾御婆様たちの血がなせる業なのか。
そういえば三美姫が出逢った時のヒイロも、今と同じ12歳前後であったはずである。
その力を示されたりあの瞳でじっと見られると、なぜか身の内が熱くなるコトは否定できない事実なのだ。
「え? それってクリスタちゃんとリリアンヌちゃん、二人ともヒイロ君狙いってこと?」
そういう悩ましい問題とは無縁のレヴィが、正直に驚きを表現する。
レヴィにしてみれば、自分の曽祖父を好きになるというのはやはり理解の外だろう。
自分とて、若返った曽祖父と行動を共にした経験などないのだから、何とも言えないのだが。
「皇族とか王族ってやっぱりすごいのね」
とはいえ本音を言えば、やはり少々引く。
まあ言葉で聞いて引いているだけで、ヒイロとクリスタ、ヒイロとリリアンヌが並んでいれば「お似合いだなあ」とは思うのだが。
「いえ、うちの血族が特殊なだけな気がします」
アレンの冷静なヒトコトに、クリスタとリリアンヌは項垂れる。
いかな皇族・王族とはいえ、いやゆえにこそ公序良俗、モラルというものを完無視できるほど強いわけではない。
なんとなく御爺様たちや両親たちは、全力で応援してくれそうでちょっと怖くもある。
まあまだ出逢ったばかりなのだ。
今の時点でそこまで深く考えることもあるまいと、二人は先走りが過ぎた思考を一度リセットする。
今の時点ですら思考がそこまで行っていることこそが問題なのだ、という事実については、頭の片隅をかすめた気がするが無視することに決めた。
まだ自分たちの物語は始まったばかり。
最初に聞いた時は「いやいくらなんでもそれは無理では?」と内心思っていた『天空迷宮』の攻略も、執事長の魔力糸とヒイロのあの力があれば、自分たちだけでも可能だと思える。
であれば拙速は悪手だ。
機を逃して巧遅にすらなれない危険もあるが、ここはひとつ冷静に。
とにかく昨日今日は密度の高い二日間だった。
まずはヒイロが言ったとおり、みな躰を休めるのが先決だろう。
今日の最下層アタックで、通常では考えられないくらいにクリスタ、リリアンヌ、アレンのレベルも上がったことではあるし。
「クリスタ姉さま」
となれば、リリアンヌには是非ともやりたいことがある。
「なんでしょう?」
答えるクリスタも、おそらく同じことを考えているような顔。
血族だけあって、見た目は大きく違っても思考パターンで似るところは多いのかもしれない。
お互いが持っている知識が近いというのも大きかろうが。
「私、王陛下から神座王の浮島には、嘘みたいな大浴場があるって聞いたことがあるんですケド」
「……私もありますね」
世の書物や記録には記されていない情報。
身内と呼べる者たちだけに、ほぼ口伝で伝えられているその存在。
それを試せる好機を得たからには、当然活かしたい。
「ヒイロ君に、お願いしてみません?」
ゆっくりと躰を休めろと言ってくれたのだ、ダメと言われる可能性は低い。
というかすでに銀があっちで、ヒイロのために準備を整えている可能性の方がずっと高い。
『天空城』が管理していた『別庭』なのだ、使えなくなっている施設があるとも思えない。
「一緒に入りませんかって?」
貴族ですら望めない、豪華な大浴場に入れるとなればレヴィも望むところである。
よって浮つきついでに、クリスタとリリアンヌをからかってみる。
だがこれは、レヴィが市井に生きる者ゆえのからかいと言えるだろう。
そしてこのフリのために、クリスタもリリアンヌも、通常であれば気付けたコトをスルーしてしまった。
「違いますよ!?」
「まだはやいですよ!!!」
ほぼ同時に真っ赤になりつつレヴィの戯言を否定したリリアンヌとクリスタだが、クリスタの言葉の意味を理解したリリアンヌが、信じられないモノを見る目をクリスタに向ける。
「え? あれ? い、いえ違います。はやいというのはほら、アレですアレ!」
どれだよ、と思いつつ騒ぐ女性陣を半目で見るアレンである。
自分は男でよかったのかもしれないと、アレンはちょっとほっとしている。
――でも女の子って怖いよね。
同じ事象に対する捉え方が、誰を対象としているかで全く異なった感情を引き起こすアタリ、心の底から恐ろしいと思うアレンである。
ヒイロの立ち位置にアレンを嵌め込めば、今まんざらでもなさそうにきゃあきゃあ騒いでいる姉や従姉殿は、真顔になって口を噤むだろう。
いろんな意味での魅力を持つ男を狙い定めた女性の恐ろしさ、というものは帝王学の一環として学んではいる。
が、目の当たりにするとなるとやはり生々しさが違う。
それが自分と血がつながっている者たちともなれば、なおさらである。
何よりも自身の女としての魅力を、無自覚に肯定しているあたりが本気で怖い。
男とてそう変わらないという事実については、棚に上げている。
この場においては男であるアレンは圧倒的少数派なのでやむを得ないともいえるが。
――あれ? その場合僕って、ヒイロ君と一緒に入ることになるのか?
わりとほっとしている場合ではなかった。
だがアレンも含めて皆、自分たちも支配者階級でありながら大事なことを失念している。
『別庭』にそういう施設があるとして、それが誰のためのモノであるのかを。
そしてこの浮き島は、冒険者王ヒイロの『大後宮』とも呼ばれていたという事実を。
王とその寵姫たちのためだけの場所に、男湯だの女湯だのという概念などあるはずもないのだ。





