第121話 キーアイテム
俺は今、この『天空城の別庭』における主の部屋にいる。
つまり前世の俺の私室だ。
落ち着いた色調ではあるものの、天井、壁、床から家具に至るまで、えらく手の込んだ逸品揃いであることは間違いない。
ある意味この世界において、もっとも力を持った存在の私室だったのだから当然か。
そもそも毎日晴天が保障されている「天空に浮かぶ大地」そのものが私有地なのだから、金で買えるモノで手に入らないものなどあるハズもない。
人のありとあらゆる「力」を兌換したものが金である以上、人の不可能を為し得る存在が、金になど縛られるわけなどないというのは理解できる。
でもまあちょっと引くんだよ、豪奢を超えた贅沢品に囲まれると。
それよりも何が引くって、この部屋にベッドが無いことである。
後宮でもあったこの別庭においては、ベッドは女性の部屋に在ればいいってか!
『神座王』とか言って、引退してからおっ死ぬまでそれを継続した事実に軽く戦慄するわ、いくら我がコトだとはいえども!
――自室で惰眠を貪りたいと思うことは無かったんだろうか……望んで欲望全開だったのなら俺乙で済む話だが、休むことすら赦されなかったというのであれば、もはやそれは拷問ではなかろうか?
さておき。
この屋敷も含めて『別庭』すべてを自由に使ってもいいと銀が保証してくれているので、各々すでに自分の部屋を定めている。
無駄にデカい浮遊島だから、別館とかもあるらしいがそっちはまだ手つかずである。
クリスタさんは曾祖母であるユオ・グラン・シーズが使用していた部屋。
リリアンヌ嬢も曾祖母であるスフィア・ラ・ウィンダリオンが使用していた部屋。
畏れ多いとかぶつぶつ言ってはいたものの、他の寵姫の部屋を選ぶというのは乙女としてNO! ということらしい。
よくわからんが。
レヴィさんはどの部屋も落ち着かないだとかでまだ未定。
銀は侍女用の部屋があるから当然そこらしい。
レヴィさんに「私もそこでいいかなあ」とか言われて、露骨に嫌そうな顔をしていた。
侍女式自動人形たちはいつも澄まし顔がデフォだけど、本音を出すとわりと表情豊かで笑える。
現状俺以外唯一の男性であるアレン君は、もともと女性が使用していた部屋を自分の部屋にする、というよりも女性が寝ていたベッドで寝ることに抵抗がある御様子。
王族で14歳といえばいろいろ知識としては知ってもいるだろうし、ただ女性が寝ていただけではないというアタリも引っかかっているんだろうけどね。
何もかも新品になっているとは思うけど、そういうことでもないというのはわからないでもない。
そのへん、女性陣は平気なんだろうか?
問うたらセクハラ確定の質問なので訊けないが。
まあそのあたりは、少々贅沢だが新品のベッドを用意してもらうしかないだろう。
少なくとも俺の部屋に、ベッドが一つは必ず必要である。
千の獣を統べる黒のように、部屋のソファで寝ることも十分可能だろうが、銀がそれを許してくれそうにないしな。
執事長殿が来られたら、そのへん銀より厳しそうでもある。
そんな状況で、俺以外の皆も今は俺の部屋に集合している。
揃って何をやっているかといえば、お勉強である。
先生はクリスタさん、レヴィさん、リリアンヌ嬢、アレン君。
銀は俺自身に関することを話すこと全般が『禁則事項』に抵触するだとかで、背後に黙って控えている。
教科書としてはシーズ帝国皇室から提供された歴史書やそれに類するもの、そのほかにはもともとこの『別庭』にあった書物が山と積まれている。
俺としてはさっさとキーアイテムを取りに行ってもよかったのだが、天空城の執事長が戦力として加わってくれるというのであれば、数日程度待つことなど何の問題もない。
お勉強の内容は、ラ・ナ大陸の現代史。
要はヒイロがこの世界に現れて以降の出来事のお浚いというわけだ。
「しかしまあ、ほんとに嘘みたいな存在だね」
「でも事実なんですよ」
自分の記憶野に封じられていない情報として存在するそれと、資料および各人の記憶にある現代史を答え合わせをするようにして擦り合わせていく作業。
他人事感が強いせいで、客観的に評することができているが、それでも冗談のような存在だ。
クリスタさんが苦笑交じりに言うのもわかる。
今世界がこうなっているという、厳然たる証拠が無ければ俄かには信じがたい。
「うちにもこの手の資料はいっぱいあったけど、王家の公式記録だから嘘はないと思うんですよね」
「曾御婆様の日記とかもありました」
「あれ、実は非公開の部分の方が多いんだよね」
アレン君の発言を補強するように、リリアンヌ嬢が言葉を繋ぐ。
しかしいきなり襲いかかってくるような双子なのに、リリアンヌ嬢はものすごく女の子っぽくて、失礼ながら少々意外である。
やんちゃなアレン君に引っ張られている、優しいお姉さんという図式なんだろうか。
その割にはアレン君の動きが、時々硬直するのが気になるが。
まあシーズ帝国の皇族だけではなく、ウィンダリオン中央王国の王族も保証してくれるからには、多少の誇張はあっても記録に残されているモノはすべて事実だということだ。
なんとなくだけど、三美姫の日記なんかは、公開できている部分の方がきっと少ないんだろうなあと思う。
クリスタさんが継いでいる『支配者の叡智』も、封じられているという大部分は幼女王の私生活と、おそらくは『天空城』に関する部分だろう。
天空城に関してはともかく、私生活については胸を撫で下ろすトコロではある。
身に覚えのないことで、クリスタさんに半目を向けられるのは避けたいところだからな。
半目であればまだしも、盛大に赤面されて避けられてもキツい。
いや覚えがないだけで、すべてたぶん俺がやらかした記憶なんだろうけれども。
「アタシが知ってるのは、もっと大袈裟になってるなー。酒場での吟遊詩人たちの叙事詩で覚えてるからね」
「宮廷詩人たちのとは、ビミョーに違うんだよね」
「え、そうなの? 宮廷詩人版聞きたいかも」
「僕も吟遊詩人版詳しく知りたい」
レヴィさんの補強に、アレン君が反応する。
確かに酒場うけを狙ってアレンジされているであろう吟遊詩人版と、事実を基に構築されているであろう宮廷詩人版の差異、乖離には興味がある。
下手すれば宮廷詩人版の方が過剰に持ち上げられて、誰だそいつ! っていうくらい聖人化されている可能性もあるもんな。
ぜひとも記憶を取り戻した状態で双方を聞きたいものである。
いや記憶を取り戻していたら、罰ゲーム化するんだろうか?
史実を核として、各々が知る伝承を検証する作業はお互いおもしろいらしく、なかなかに盛り上がっている。
だが俺が知りたいのは市井にも広く知られる『冒険者王ヒイロ』のことではなく、その偉業を支えた『天空城』についてだ。
さすがにヒイロ本人や、ヒイロと共に暮らした女性たちが所有していたものだけあって、書き手が中枢に関わっており、本という形で市場に出回るのではなく、資料として内部で保有される類なので『天空城』に関する記述も多い。
なによりも口伝も含めて、血と共にその事実も引き継でいる身内が三人もいることが心強い。
クリスタさんやリリアンヌ嬢、アレン君は『禁則事項』に縛られているわけではないし、銀にしても自分の口から語られるのでなければ問題視しないようである。
「まあ信じないよね」
「そうですよね」
シーズ皇室が所有していた記録や、ここにあった書物などに記されている『天空城』の戦闘力や下僕たちの記録を総合すると、そういう結論になるしかない。
アレン君とクリスタさんが苦笑いするのもしょうがない。
いやこれホントなの? というレヴィさんが、世間の声を代表していると言っていいだろう。
世界連盟、及び冒険者ギルドという世界を統べる二大機関、その中枢に近しい者でなければ『天空城』に関わることすらも許されてなかったっぽい。
記録に残すとなればなおのことだろう。
「そのわりには、民間に出回っている“お伽噺”って、ほぼ正しいんですよね」
「違いはそれが本当と知っているか、お伽噺として親しんでいるかの違いってことか」
「そんなところです」
クリスタさんは、レヴィさんから聞いた市井の伝承や記録などと、『支配者の子供達』だからこそ知り得る情報を比べて、どこか感心しているようだ。
俺が答えた言葉通り、市井では創作物に近い感覚で『天空城』のことは語られている。
よくわからないけれど冒険者王ヒイロの偉業を支えた強大な勢力が存在し、多くの謎を残して表舞台から姿を消したそれを面白おかしく、とんでもない存在として伝えていると言えば近いだろうか。
そのとんでもなさが、事実を知る者たちの記録とほとんど乖離していないのが面白い。
「私たちも、御爺様から聞かされていなければ信じない、かな?」
「だねえ。特に『天蓋事件』とか『天使襲来』なんかは信じてはいても、映像として想像できないっていうか……」
まあ確かにな。
今なお自分たちの頭上に浮かび、絶対的な存在感を誇る『九柱天蓋』が一撃で墜ちたとか、それよりでかい魔物が天空に現れたとか言われてもちょっとな、というのはわかる。
『天使襲来』に至っては、空を埋め尽くす天使の群れを、山脈よりも巨大な大蛇や九尾の狐、天かける竜が屠ったと言われても具体的な映像など浮かぶまい。
『黒の王』がその力を奮った様子は、王家、皇家の記録に詳しく記されてはいるが、見たこともない情景は、イマイチ想像できないのだ。
リリアンヌ嬢とアレン君が言うのはもっともだろう。
圧倒的な力を持ち、永きにわたり超大国を統べる王や皇帝がマジ顔で語るから信じているというだけだ。
『十三愚人戦役』については、王家や皇家の資料であってもほとんど何も残されてはいない。
「表示枠による映像記録は残されているはずです」
「ほんとですか!」
「観たい!!!」
「わ、私も!」
銀の言葉に、クリスタさん、アレン君、リリアンヌ嬢が思いきり反応している。
いや観れるものなら俺も観たい。
確かにハードウェアとしての『天空城』の全機能を統べる管制管理意識体なら、そんなことは些事だろう。
というか、なぜか喜んで記録してそうな気がする。
「ヒイロ様の許可があれば本来可能なのですが、今の私は『禁則事項』に縛られていますので、ヒイロ様の指示でもアクセス権限を復元できません。ですが……」
ここまで食いつかれるとは思わなかったのか、自身にその権限が無いことを恥じる銀がちょっと可愛い。
「私どもの執事長でしたら、可能かもしれません」
その言葉に、天空城の重鎮とも言える存在と邂逅することを少々ビビッていた三人が、ちょっと嬉しそうになる。
その様子にややドヤ顔になる銀もどこか楽しそうだ。
やはり直接の主人に仕えることができるのは嬉しいんだろうな。
しかし、なるほどね。
序列№0005ともなれば、一侍女式自動人形には『禁則事項』とされているコトでも、己の判断を優先することを許可されている可能性が高いってわけだ。
許可しているのは、自ら記憶を封じる前の俺になるのか。
その目的も執事長殿ともなれば知っているだろうし、目的を阻害しない範囲で最大限の情報提供は望めそうだな。
とりあえず自分の記憶野にある情報と、クリスタさんたちの持つ情報とのすり合わせは一通り完了した。
今の立場にいながら、ヒイロや天空城について無知が過ぎるという状況になることは、ひとまず避けられたとみていいだろう。
なにやらこの躰の脳は優秀っぽいしな。
となればあとは執事長殿を待つのみである。
今日中に来るかどうかはわからないが。
いやクリスタさん、俺が今日どこで寝るかを心配しなくてもいいです。
三人プラス一体の中から寝床を選んだりもしません。
だからアルト君、引くな。
「このあと、ヒイロ、君はどうする予定か、訊いていいですか?」
「ああ……」
馬鹿な会話をいくつかした後、ふと思い出したようにクリスタさんに問われた。
夜の予定ではない。どこで寝るかはまだ決めてはいないけれども。
確かに俺のとりあえずの目的を、ギルドのメンバーには共有しておいてもらったほうが良いか。
「そうですね。まずはアーガス島迷宮で、たぶん僕にしか見えないあるモノを探します」
「時代錯誤遺物の類ですか?」
「うん、まあそんなところ」
詳しく言ってもわからないだろうから、今はそれでいい。
手に入れてから、実際に稼働させる方が絶対に理解ははやいだろうしな。
「すごいもの?」
「そうだね」
この手の話に目が無いのか、アレン君が目をキラキラさせて聞いてくる。
うん、確かにすごいものであることは間違いない。
なぜならば――
「それを手に入れたらおそらく僕は――『黒の王』に近しい力を手に入れることになる」
俺の発した言葉に、さすがに全員が沈黙する。
黒の王の分身体にして、冒険者王ヒイロの転生体である俺が言ったにせよ、過ぎた言葉とも言えるだろう。
分身体でありながら、本体に近しい力を得ると言ったのだから。
だが基本となる『T.O.T』ではなく、スピンオフのハック&スラッシュ系アクションRPGをベースにしている今の俺であれば、それは虚言、妄言の類ではない。
軸である『T.O.T』と連動し、一度クリアした後に積み上げたありとあらゆるを、新しくクリエイトしたキャラも共有できる仕組み。
俺がこよなく愛する、『強くてニューゲーム』の一形態。
サードアイ・コネクタが普及する以前は、ハック&スラッシュと言えばこれとすら言われた某悪魔Ⅲに採用されていた仕組みが一番近いだろう。
レベル1であっても、あらゆるステータスが所持する『超越値』まで強化可能になるのだ。
五桁のレベルで『超越値』を持っていれば、強さという点においてはレベル上限の100など、誤差の域を出ない。
そうやって強化した自身を駆使すれば、あっというまにレベル上限まで持っていくことも容易だ。
そしてそれが可能になるということは、「ステータス・オープン」に近しいことも可能になるはずだし、仲間N.P.Cに対する干渉も可能になる。
そうなれば俺の仲間――と見做される存在は俺の『超越値』の恩恵を受ける。
仲間N.P.C専用のアイテムも設定可能になるし、とりあえず『超越値』だけでも、『黒の王』の眷属と呼べるくらいには強化されるのは間違いない。
まずはその状態まで持っていくことが最優先。
そのために――
そこまで考えた時、部屋の扉が控えめなノックの音を鳴らす。
俺の頷きを以って銀が「どうぞ」と告げると同時、音もなく扉が開かれた。
「なるほど、此度の再誕はただの分身体ではありませんでしたか」
「セヴァス!」
そこにいたのは当然、天空城序列№0005、執事長セヴァスチャン・C・ドルネーゼ。
穏やかな笑顔に、俺の先の言に対する理解の色を浮かべている。
自然と出た俺の略称に、どこか懐かしそうに微笑みを浮かべた後。
「お久しゅうございます――我が主」
恭しい態度で、膝をつき首を垂れた。
どうやらセヴァスにとっては、俺が彼にとっての『我が主』であることを隠す必要はないようだ。





