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第12話 監視するモノ

「監視対象は今日も第二階層でスライムを焼きまくっているとのことです。第二階層に配置している監視役からの報告にとくに変化はありません」


 有力ギルド『黄金林檎(アルムマルム)』に所属する伝令が、豪華なギルド・ハウスの執務机で厳しい表情をしている幹部、『鉄壁』の通り名(エリアス)をもつヴォルフにここ数日変化のない報告をしている。


 ヴォルフが冒険者ギルドで「ヒイロ・シィ」と名乗る新人(ルーキー)と出逢ってから、今日でちょうど一週間となる。


「御苦労」


 冒険者ギルドで見せる気さくな表情とはまた違う、組織の重鎮として威厳ある声でヴォルフが応える。

 職務を全うして退室する伝令――それでも冒険者としてはかなりの高位だ――を一瞥して嘆息する。


「――異常には気が付かん、か」


 新人(ルーキー)がデビューから一週間で、すでに第二階層に至っていることは「異常」というほどでもない。


 才能に恵まれた者であれば単独(ソロ)であってもあり得ないとは言いきれない。

 というか監視対象であるその新人(ルーキー)は初日で第一階層を突破したのだ。

 すでに三階層に至っていると報告を受けても、ヴォルフはそれほど驚かないだろう。


 なんといってもその新人(ルーキー)は本物の「魔法使い」でもある。


「そりゃしょうがないでしょ、リーダー。俺たちだって本物の「魔法使い」サマがどんな風に迷宮(ダンジョン)攻略するかなんて実際に目にするこたほとんどないんだ。魔法すげえ、くらいしか報告あがらなくても無理ないって」


 ヴォルフの嘆きに、副官であるサジ――彼も『疾風』の通り名(エリアス)をもつ有名冒険者だ――が隣のソファに踏ん反り返って気だるげに応える。


 黒猫(シュドナイ)好き女冒険者(カティア)に、色仕掛けを命じていた男である。


 ――確かにな……「魔法使い」が冒険者をやっている時点で異常と言えば異常、か。


 本物の魔法使いとなれば、よほどのことがなければ冒険者などやらずにどこかの大国に所属する道を選ぶ。

 冒険者をやるにしてもそれこそ『黄金林檎(アルムマルム)』のような有力ギルドに高待遇で迎えられ、トップパーティーで大事に大事に育てられるのが常だ。


 ふらりと単独(ソロ)で冒険者をはじめる「魔法使い」など、ヴォルフも聞いたことがない。


 その特異性に隠されて、ヴォルフとサジは気付いている本当の「異常」には気付けない。

 いや、「魔法使い」というものを詳しく知らねば気付かなくて当然、というサジの意見がもっともなのだ。


 だが冒険者としても高位となり、その高位ならしめている己の駆使する(スキル)に思い至れば自ずと「異常」にも気付くはずなんだがな、とヴォルフは再び嘆息する。


黄金林檎(うち)の虎の子、大幹部であらせられる『癒しの聖女』こと治癒魔法使いセリナ様は、一日にどれくらい『治癒(ヒール)』ぶっ放せましたっけ?」


 しっかりと新人(ルーキー)の「異常」に気付いているサジが、気付いているからこその質問を冒険者としては上位であり、リーダーであるヴォルフに投げる。


「休憩も含めて、二桁には届かんな。それは俺たちの最強技とてそうだろう」


「ごもっとも」


 その上連日、一日に同じだけ『治癒(ヒール)』を使用することは不可能だ。

 同じだけ使用できるようになるには、必ず数日の休息を必要とする。


 それに対して新人(ルーキー)――ヒイロの魔法使用量はどう考えても異常である。


 なにしろほぼ一日中『ファイア』をぶっ放しまくって、朝から晩まで飽くことなく『スライム』を狩り続けているのだ。

 その上毎日迷宮に潜り、地上で数日間休養を取るなどという事もない。


 それにヴォルフとサジは直接自分の目で見ている訳ではないからよくわからないが、どうも報告は()()()()()()ような感も受けている。


 魔法を見慣れていない者たちゆえに仕方がないかとも思うが、どう考えても詠唱せずに魔法が発動しているかのような報告なのだ。複数のスライムが同時に爆裂したなどという、監視者が混乱しているとしか思えないものも含まれる。


 ――まあ、攻撃魔法を初めて見た時の衝撃はかなりのものだしな。


 奇跡とも思える「魔法」の発動を初めて見たのであれば、ある程度舞いあがってしまうのも仕方がないかと思うヴォルフである。事実自分でさえそうだった記憶はある。


新人(ルーキー)であることは間違いないが、ひかえめに言っても天才か」


「そりゃ間違いないですね。報告が多少盛られている可能性を差っ引いても、規格外なのは確かでしょう」


 ヒイロが駆使する『ファイア』とヴォルフたちが比較対象とした『治癒(ヒール)』の消費魔力量がイコールではないにせよ、保有魔力の絶対量、あるいは回復速度が尋常でないのは間違いない。


 その事実を、少なくともヴォルフとサジは気付いている。一週間同じペースで狩れるということから、おそらく後者であろうという事もだ。


 「魔法」ではなく「(スキル)」を使って迷宮を攻略する自分たちにしても、大技であれば一桁、初期に身に付けた技であっても十数発といったところが上限だ。


 ヒイロのように何も考えずに連発可能であれば、迷宮攻略はずいぶんと楽になることは間違いない。


 勝手に比較対象にした「癒しの聖女」――治癒の魔法を使うセリナが、仮にヒイロと同じことができるのであれば「迷宮攻略」の定石(セオリー)そのものが覆る。


 一撃で死に至る攻撃でさえなければ、パーティーを組み、攻撃を受けたものがセリナの『治癒(ヒール)』を受けるまで周りがフォローすれば、そのパーティーには『無敵』の通り名(エリアス)が与えられるだろう。


 まだ第二階層をうろうろしているヒイロを仲間に引き入れることができれば、それを現実とすることも不可能ではないのだ。


 報告が事実であればという条件はつくものの、サジの言うとおり大袈裟になっていることを差し引いても自分たちが知る「魔法使い」から逸脱しているのは確かだ。


 それはヴォルフたち『黄金林檎(アルムマルム)』だけではなく、他の監視者たちも同じ判断をしていると見て間違いないだろう。


 それに尋常ならざる美女が二人、常に『白銀亭』でヒイロの帰りを待っていることも、特別といえば特別だ。

 『黄金林檎(アルムマルム)』本部の情報網を駆使しても、「ヒイロ・シィ」の情報は何一つ引っかかってこない事も不気味と言えば不気味である。


 ヒイロ単体でもあれだけ目立つ存在なのだ。


 事実、『黄金林檎(アルムマルム)』の幹部にして冒険者として相当上位にいる自覚があるヴォルフが、自分から構う程度には異彩を放っていた。

 取るに足りない競争を初めて逢ったヒイロに対して仕掛けるなど、常のヴォルフであればまず考えられない。


 それにあれだけの美女が二人もつき従っているとなれば、貴族なりなんなり、何らかの「情報」となっていなければおかしいレベルで目立っている。

 まるで「あの日突然現れた」としか思えないほど、それ以前の足跡を追うことがまるでできないのだ。

 巨大と言っていいギルド『黄金林檎(アルムマルム)』が本気で調べてもである。


 まさかそれが事実であると、ヴォルフに気付けるはずもない。


 思えば仲間のカティアが魂を抜かれていた小動物の正体を、誰も知らないということ自体相当異常だとヴォルフは思う。

 可愛いことは認めるが、仮にも人になつく獣を「誰も見たことがない」などと、普通ではありえない。


 それに獣とは、あれだけヒトに従順で大人しいものだっただろうか?

 獣を操る冒険者のうわさは聞いたことはあるが、ヴォルフのギルドには在籍していない。


「まー、まだ二階層程度だから()()()も様子見みたいだけどサ。色仕掛けは無理にしても、可能な限りの条件提示してでも、なんとかしてウチに引き入れることを俺の立場としては推奨いたしますよ、リーダー殿」


「珍しく意見が一致するな」


 サジをして「色仕掛けは無理」と明言させる美女二人をあらためて思い出し、苦笑しながらヴォルフが答える。


 ではどういう条件を出せば、あの規格外といっていい新人(ルーキー)が自分たち『黄金林檎(アルムマルム)』の一員になってくれるものやら、すぐには思いつかないヴォルフである。


 ――たしかにサジの言うとおり、まだ二階層程度。しばらくは監視を続けつつ最低限、敵視はされない関係を続けるしかない、か。


 普通であれば至極真っ当なその判断が大きな間違いであることを、まもなくヴォルフは思い知ることになる。


 それをヴォルフの読みが甘いというのは酷に過ぎるだろう。


 すでに新人(ルーキー)本人に監視が気付かれていることどころか、まもなくおこる『出来事』を予見することなど、この世界の()に生きるヴォルフたちにできようはずもないのだから。





 もう間もなく、刻が止まる。


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