第113話 ギルドの結成
「とりあえず、ギルドを立ち上げたいと思っているんですけど……」
銀が確保してくれた部屋で、俺は当面の目標を口にする。
この場にいるのは俺を含めて4名と1匹。
やたら豪華な部屋に設えられたソファや椅子に腰を下ろしているのは、どこか落ち着かなげなクリスタさん、珍しそうに内装を見回しているレヴィさん。
扉近くに端然と佇んでいる銀。
それにベッドに腰を下ろした俺と、その膝の上に座り込んでいる千の獣を統べる黒である。
さすがにエアリスさんにはご帰宅いただいた。
なんとなくついてきたいような気配を発していたが、銀に何か言われたらすっ飛んで帰っていった。
副支部長としての銀は恐ろしかったんだろうか。
俺に対する従順そのものの立ち居振る舞いからは想像できないが、エアリスさんの反応を見ている限りでは恐らくそうなのだろう。
若返ったくらいでは払拭できないほどに。
「ギルドの結成条件は次の通りです。登録済みの冒険者が5名以上。それのみですね」
「意外と緩いんですね」
俺の言葉に、銀がすかさず必要な情報を答えてくれる。
俺の脳内にはギルド立ち上げについての知識は存在しないので、正直有り難い。
「ただ登録するだけであればそうです。そこから等級を上げていくには、様々な条件とそれに紐付いた条件がありますね」
「ざっと言えば?」
「ギルド等級は冒険者等級よりも細かく、十段階に分けられています。結成時以外、所属人数そのものは関係しませんが、昇級はギルド単位での貢献点や所属メンバーの冒険者等級から判断されますので、大所帯の方が高等級になりやすくはあります」
十等級――ペイナイト。
九等級――アレキサンドライト。
八等級――タンザナイト。
七等級――ベニトアイト。
六等級――ポードレッタイト。
五等級――グランディディエライト。
四等級――レッドダイヤモンド。
三等級――マスグラバイト。
二等級――ジェレメジェバイド。
一等級――レッドベリル。
これがギルドの等級として設定されており、登録が認められた時点で最下級である十等級、ペイナイトが与えられるということらしい。
「なるほど」
わからん。
いや無駄な知識だけはやたらと格納されている俺の脳が、「なるほどダイヤ以上の稀少鉱石を等級名としているのか」などと思考を誘導する。
俺の記憶野はウィキペディアか。
まあ名称にたいした意味はない。
そもそもあっちの稀少鉱石だし、こっちにあるかどうかもわからん以上は「ギルド等級の名称」というだけに過ぎない。
こっちにあったとしたら、どうなんだという話ではあるんだが。
「当面は依頼や正式任務などを達成することによる貢献点の累積で到達可能な上限、7段階目である『レッドダイヤモンド』を目指せばよいかと。等級が上がることの利点は基本的に名誉のみ、報酬や名指しでの依頼が増えることが副次的なものと言えます」
銀の流れるような説明が始まったと同時に、千の獣を統べる黒がくわと欠伸をした。
説明台詞が眠気を誘うというのはよくわかる話だが、子猫には許されても求めてしてもらっている俺が欠伸をするわけにもいかない。
真面目に聞く。
「ただし8段階目である『マスグラバイト』以上は昇級条件に特殊なものが必要となり、歴史をさかのぼっても『天使襲来』を退けるのに貢献した当時のトップギルドしか取得記録は残っておりません。世界最大ギルドである『黄金林檎』をはじめとして、それらは現在もみな健在ですね」
シュドナイが尾を伏せ、寝る体勢に入った。
幸いにして俺にとっては興味深い情報なので、俺は眠気には襲われない。
クリスタさんやレヴィさんも、一応真面目に聞いておられる。
俺はと言えば、『天使襲来』や『黄金林檎』というキーワードに引っ張られて、脳内の知識が瞬時で引っ張り出される。
当時のトップギルドは今なお健在、と。
それらに並べる『マスグラバイト』以上を目指すのであれば、『預言の書』に記されているような巨大魔物や厄災を片付ければ何とかなりそうか。
「『マスグラバイト』、その上の『ジェレメジェバイド』、最上級の『レッドベリル』は世界連盟と直接契約を結び、ギルド所属国の正規軍と同等の権限も与えられます。ギルド長は貴族扱いであり、国政のみならずこの大陸の運営にも深くかかわるようになります」
だからこその『特殊条件』ってわけだ。
とにかく現状のラ・ナ大陸において、それなりの影響力を発揮したいのであれば、強力なギルドを立ち上げるのが早道だということは間違いないらしい。
本来であればそう簡単にはいかないからこそ、誰にでも開かれた門戸でもあるのだろう。
だが俺にとってはそう難しいことでもない。
冒険者個人として突出した実績を築くのも一つの手ではあろうが、一応平和と呼べる今の時代に『秘匿級』まで駆け上がるのは大変そうだ。
それに今回は「人に構築可能な組織」として、この世界に関わることを大前提としたいのだ。
そしてそれで何とかなる、なんとかなったと今の俺が思える世界であってほしい。
そうでなければ、おそらく俺ではない俺が再臨することになるような気がする。
その判断装置として、今の俺がこの世界に現れた気がするのだ、なんとなく。
人の世界であるからには「悪意」を根絶することは不可能でも、見た限り「荒れた世界」というわけではなさそうだ。
クリスタさんを狙った今回の件があるにしても、国と国との軋轢なんてどんな時代にも存在するだろうしなあ……
最終的には統合されてすべてを思い出すにしても、こうして一度存在したからには、できることならば「俺」としてこの生涯くらいはまっとうしたいものである。
そのための初手としての、ギルドの結成である。
しかし高性能な脳みそってのは凄いもんだな。
余計なことを考えながらも聞いた情報は整然と理解できるし、もともと持っていた知識と当たり前のように紐づけられて思考の前提となってゆく。
難題に対して最善、次善、幾重にも施策を考案・構築し、柔軟に対応できる人の脳みそってこんな感じなのだろうなあと妙な実感を得る。
有能な秘書官とかは、こういう部分を代行してくれるのだろうから、判断を下さなければならない立場の人から高い評価を受けるのも頷ける話である。
銀だって、俺の脳みそに応じた補助をやってくれているのだろうし。
千の獣を統べる猫が思わず寝てしまう怒涛の説明も、今の俺の基礎性能を理解しているからだというわけだ。
とはいえ優秀な脳みそを備えていても、判断を下すのはあくまでも俺の意志であることに変わりはない。
正直なところ、そこが一番信用ならない部分かも知れないなという危惧はある。
心配してもしょうがない部分でもあるのだが。
「まあ今の段階でそこまで考える必要もないでしょう。とりあえず登録して、僕たちのギルドが公的に認められれば、今はそれでいいです」
銀の与えてくれた情報に対して、現時点での俺の判断を述べておく。
将来的なことはおくにしても、まずはギルドを立ち上げ、その単位で活動を開始することが最優先なのだ。
今の俺の土台になっている『ハック&スラッシュ型アクションR.P.G』を前提とするならば、ギルドを成立させることはそれなりの意味を持つ。
間違いなく「クリア後」と見做されているであろう現状、ある場所に行けばあるモノが手に入るハズなのだ。
そうなれば「ステータス・オープン」に近しいことも可能になるだろうし、要らんほど積み上げた『超越値』も有効化できる。
そうなれば、そこらの魔物に後れを取ることはなくなる。
なによりも味方――同ギルドに所属しているN.P.Cに対して、あることが可能になるしね。
「あと一人足りませんね」
銀の言うとおりである。
いやいや。
確かに『支配の鎖』と『隷属の首輪』の問題もある。
よってクリスタさんとレヴィさんには俺が立ち上げるギルドに参加してもらい、俺の傍に居てもらった方が何かと都合がいいのは事実だ。
変な意味では決してなく。
だからこそこの場にも来てもらっているわけなのだが、確認と了承を得る前からさも当然のように数勘定に入れているのはどうかと思うぞ銀。
「個人的には問題ありません。ヒイロ君は命の恩人ですし、ご、御主人様でもありますし……」
クリスタさんの返事は、最後の方が聞こえない。
「私なんかが所属していいのかしら?」
レヴィさんは謙遜ではなく、戸惑っている。
俺の気配を察してくれたのか、クリスタさんとレヴィさんがそれぞれの表情と言葉で、基本的には了承している意を示してくれたわけだ。
「ギルド結成となれば、迷宮で戦うばかりが仕事じゃないですからね。ギルドハウスの維持とかその辺をやっていただければ……」
まずはレヴィさんの杞憂を取り除いておく。
この時代「戦う才能」さえ持っていれば、女性であっても当然のように冒険者になる。
レヴィさんが『熊と蜂蜜亭』で看板娘をやっていたのは、例の宝玉で適性職が表示されなかったのだろう。
それに今の俺の思惑通りに事が進めば、レヴィさんが現時点で冒険者としての能力を持っていないことはたいした問題ではなくなる。
まだ確定ではないので、今この場では言わないが。
「あとは御主人様の夜のお世話とか?」
やめてください。
無駄に艶っぽい表情と仕草でそういうこと言わない。
それを聞いて真っ赤になるクリスタさんは可愛いで済むが、わりと冷ややかな半目をレヴィさんにむける銀が少々怖い。
「クリスタさん、個人的にはというと……」
よって、クリスタさんの懸念に話を振る。
けっして逃げたわけではない、戦術的撤退、もしくは転進である。
「えと、あの……命を救っていただいたことも含めて、その……一度家に報告しなければですね……」
おろおろしながら理由を告げるクリスタさん。
ものすごく申し訳なさそうだけど、ある意味それは当然なのでしょうがないです。
悪い笑みを浮かべていたレヴィさんが、「いいところの娘さんは大変ねえ」とでも言わんばかりの、軽い驚きと納得の入り混じったような表情に変わる。
クリスタさんが「いいところの娘さん」ということは、ここアルク・ヴィラで暮らす人たちにとっては常識のようなものだろう。
だけどさすがに、正体までは知らないらしい。
「あー、帝都へ行く必要ありますか」
「娘さんを僕にください、ですね」
悪戯っぽい笑顔で、レヴィさんが要らんことを言う。
いや、あのですね?
レヴィさん、せいぜい裕福な家の娘さんか、いっても貴族の変わり種娘くらいに思っているでしょう? 我がギルドに入ってくださるということであれば、貴女にも一緒に王都まで行ってもらいますからね。
この人のお父様はシーズ帝国の皇太子殿下で、お爺様は現皇帝様ですからね。
確かに避けては通れないとはいえ、少々以上に厄介だなあこれは。
まあ俺が一緒に行けば、たぶん問題ないとは思うけど……
「ではヒイロ様、最後の一人につきましては私にお任せくださいませんか?」
銀にはアテがあるらしい。
見知らぬ冒険者を募集して面接するわけにもいくまいし、その辺は任せることにする。
銀であれば、とんでもないのを連れてくることは無いだろう。
たぶん、きっと、おそらくは。
さて、そうと決まればさっさと寝て、明日はさっそく帝都『八竜の泉』へ行くとしますか。
……みんなここで寝る気なんですか?
じゃあ銀、もう一部屋確保してもらえる?
……なんですかその半目。
どうせ一緒に寝ようか! って言ったとしても同じ目をするんだろ?
シッテルンダオレハ。





