第11話 新方針と新たな仕込
「というわけで私と左府殿が主殿の御側に仕えに来た、というわけじゃな。組織への貢献度ということであればそれは序列と同義であろう。これまで積み重ねた貢献度こそが評価されるべきであり、今日一日のことでとやかく言うなど片腹痛い」
大人バージョンでもそんなにない胸を反らしてベアトリクスが踏ん反り返る。
このようなご褒美が与えられずとも積み上げてきたものにこそ重みがある、などとなにやらご満悦である。
なるほどね。
「えへへ。今まで頑張ってきた、ご褒美?」
ゲームの中では見たこともない、とびっきりと言っていい笑顔をエヴァンジェリンが浮かべている。
嬉しそうだがエヴァンジェリンはよくわかっていないんだろうな。
つまりは女性陣の要求を基本的には受けつつ、収拾がつかない状況を避けるために苦肉の策としてこうしたわけだ。
平時の傍仕えの権利は、「左府」「右府」のみに赦されるとしたのだろう。
俺の「序列は不動ではない」との発言も合わせれば、基準もあいまいな貢献どうのこうのを主張するのではなく、『黒の王』本人に序列をあげてもらえばいいという落としどころ。
もしくは『千の獣を統べる黒』のように、おれから直接の声掛かりがあればそれはすべてに優先される。
……組織の長としては軽々しく特定の僕に寵愛()を与えるべきではないのかもしれない。
ゲーム時代であれば好きなキャラを好きに育成していればよかったが、こうなるとそう言った僕達の感情も考えて扱わねばならんのか。
現実世界の後宮の主とか、実際よくやるなと思わなくもない。
ゲーム好きの俺としては、そっちよりも他の女の子とばかり逢っていると爆弾が爆発する某有名ゲームを思い浮かべざるを得ないわけだが。
管制管理意識体あたりから、『~ちゃんを傷つけたらしいな?』とかメッセージが表示されるのであろうか? ヤンデレ属性持ちとかいたらどうしよう。
『現在の天空城には上昇志向が渦巻いております。理由はどうあれ、それ自体はよいことと存じますが……』
セヴァスは何やら複雑そうな表情。
ある意味、主を餌にしている状況が耐えがたいんだろうな、真面目だから。
「よいな?」
「いい?」
重ねて確認してくるエヴァとベアの二人。
ベアトリクスの略称は熊みたいでなんかアレだな。
まあなんやかんや言ったところで、俺の承認がなければ砂上の楼閣。
エヴァはともかく、ベアトリクスは結構真剣な表情をしている。
まあ落としどころとしてはアリなのだろう。
「ダメとは言えない感じだね。ただし迷宮攻略に参加するのはダメ」
そこを譲る気は無い。
「わかっておる! 主殿の帰りを大人しくまっておるとも。言質は取ったぞ主殿」
「やった。お料理作るね」
二人してぴょんと飛び上がって喜んでいる。
うーん、この二人の容姿と声でこんな事を言ってもらえている時点で文句を言うべき状況ではないんだよなあ、本来は……
『申し訳ございません、我が主』
『御面倒をおかけ致します』
エレアとセヴァスから揃って頭を下げられたが、まあそこまで大変な事態に陥ったわけでもない。
目立たぬ事を徹底してくれるのであれば、冒険者生活にもハリが出るというものかも知れないし。
……目立たない、ということが可能であればだが。
しかし三人となれば宿屋じゃきついから、さっさと稼いで自宅の確保を急ぐべきだな。
こうなったからには、初期費用については組織持ち出しもアリかもしれない。
豪華な邸宅であれば天空城で事足りるが、小さくて質素でも居心地のいい家というのにも憧れを――って乙女か!
…………(゜ロ゜;)
やめろ管制管理意識体。主の独白を読むんじゃない。
どうやらコイツには俺の考えていることは筒抜けのようだな。――まあいいか、どうしようもないわけだし。
とはいえ……
自分の好みドストライクの超絶美女二人と一緒に暮らすのか、俺は。
ごくり。
「主殿! 主殿! 伽は!?」
「なし!」
「ええええぇぇぇぇ?」
「とぎ?」
ベアトリクスがとんでもないことを言い出し、エヴァンジェリンがきょとんとしている。
反射的に否決してしまったが、本気で迫られて耐えられる自信はあまりない。
「ええい真租ともあろう我が身が、何が悲しくて生娘のまま歳を重ねねばならぬのか……(小声)主殿のヘタレめ」
聞こえたぞベアトリクス!
ヘタレ言うなや!
今まで誘惑される機会すらなかったんだからヘタレかどうかわからんやろ!
いやヘタレる可能性は高いのは認めるが……そうか、ベアトリクスそうなのか。
「とぎ? へたれ?」
エヴァンジェリンは解っていない御様子。
これで万が一違った日には、俺は地の底までへこみそうだな、間違いなく。
そうでないことを祈る。
直接聞くのは怖い俺は、確かなヘタレである。
『……我が主。『千の獣を統べる黒』めにしておいでのことを、他の者にもしてくださればそれで済みましょう』
今度は疲れた様子ではなく、これまた珍しく苦笑を浮かべた表情でセヴァスが教えてくれる。
俺がシュドナイにやっていること?
暇な時に膝にのせて喉とか肚とか撫でたり、尻尾くるくるしたりしているだけだが。
それがしてほしいの?
エヴァとベアも?
「ひ、否定はせぬ」
「してほしい」
視線で尋ねると、ベアトリクスは真っ赤になってそっぽを向きつつ、エヴァンジェリンは素直に、だが二人共に首肯してくる。
そうなの?
いや猫状態の『千の獣を統べる黒』にであれば何の抵抗もないけど、エヴァとベアにそれをするのはさすがに……
美少年にしなだれかかって侍る美女二人の絵が頭に浮かぶが、かなり背徳的だな。
成熟した美女二人の喉をどう見ても少年が撫で上げて、陶酔した表情を浮かべさせるとかそれなんてエロゲ?
ベアの場合、幼女バージョンの場合またその背徳感の種類が変わってくるが。
組み合わせを美少年じゃなく黒の王にしてもまたイメージは大きく変わる。
どちらにせよ伽ほどではないとはいえ、俺にはまだまだ難易度が高い。
とりあえず日々の暮らしで経験を積んで善処するのは、冒険者としてもエヴァとベアの主としても同じことのようである。
前者はともかく、後者は先が思いやられる。
少々ではきかない変更点もあるが、方向性はほぼ固まったと言っていいだろう。
であれば状況がある程度分かったことで、新たに必要となるであろう行動を追加で指示しておく。
「エレア。セヴァス。僕たちの中からそういう方面に長けた者を選抜して、武器防具を含むマジック・アイテムの分解、解析を進めて。そのために必要なサンプルは必要なだけ使っていい」
錬金術師だとか、そういう僕も結構いたはずだ。
これから試すことが可能ということが実証されれば、そういう連中を抽出して「生産軍」を作ってもいい。
『は……』
『承りました……』
二人とも怪訝な表情だ。
何でそんなことをするのか、ピンと来ないのだろう。
これはゲームのシステムに縛られていたからには。本人の知恵や知識とは関係ないので仕方がない。その軛から一部とかれているらしい現状、時間が経てば自分から言い出した可能性もあるが、さすがに僅か一日ではそこに思考は至るまい。
なんだかんだとバタバタしていたしな。
そもそもは「そういうこと」を考えること自体、封じられていたはずだ。
つまり逆に言えば「封じていた存在」を引っ張り出すには効果的とも言える。
「分析ができたら、素材を調達して我々で生産しよう」
『!!!』『!!?』
エレアもセヴァスも目を見開いている。
「コロンブスの卵」を直接くらったらこういう表情になるものか。
まあこの場合、エレアとセヴァスが愚鈍だというわけではないし、俺が特別冴えているというわけではない。俺だけがルールの外側にいたというだけの話だ。
高位アイテムと言えども、隔絶した逸失技術が使われたものとも思えない。
事実下位ポーションなどはヒトの世の薬屋などで生産され、販売されている。
生産職が無かった「T.O.T」の世界とはいえ、ヒトの手によるものである以上ヒトの手によって再現できるのが理というものだろう。
のみならず我々はそのヒトの範疇から逸脱したモノたちの組織なのだ。
稀少アイテムの生産位できなくてどうする。
ただしこの行為はゲームで言うならアイテム複製――不正の一種であるとみなされるもののハズだ。
であれば、何らかの動きがあると見ていい。
危険かもしれないが、そこをはっきりせずに時間が進む方が、弊害がより大きいと判断した。
居ないなら居ないで、それがわかるだけでも大きいしな。
「――本当の目的をお聞きしても?」
エレアは当然気が付いて聞いてくる。
新たなものを創造するのであればともかく、すでにあるものを生産してもそこまで戦力に大きな影響を及ぼすわけではない。
長期的には効果があるだろうが、潤沢な在庫をもっている現状では喫緊性が低いことはすぐに理解できる。
「着想」に驚いたとしても、今それをすることの目的は生産そのものではないと正しくエレアとセヴァスは気付いたのだ。
「そうすることによって、現れるかもしれないモノを釣りたい」
エレアとセヴァスだけではなく、エヴァンジェリンとベアトリクスも真面目な表情で聞いている。シュドナイはこの時間帯は猫で通すと決めたらしいがにゃーんじゃねえ。
「多分こっちへの方がはやいとは思うんだけど、今言ったことを進めていればそっちに現れる可能性もある。――もし先にそっちに出たら、できる限り戦闘を避けつつ『黒の王』を起こす――僕を呼んで」
冒険者として仕込んでいる行動に対する反応の方が先になるとは思うのだが、念のために天空城へ出た場合の指示もしておく。
「そこまでの警戒が必要な相手ですか? 今の状況であっても?」
「いるんなら、慎重に動くべき相手なのは間違いない。はやめに逢っておきたくもある。まだ敵とは限らないしね」
「どんな相手かお聞きしても?」
「運営……って言ってもわからないよね?」
「運営、ですか?」
この世界の中にいた存在にとって、理解できるわけもない。
いや言葉としては知っていても、それの本当の意味が解る訳はない。
俺と同じく、外側にいたはずの存在。
そしてこの世界の創造主であるとも言える。
「もしくはその代替存在。いるのであればできるだけ早期に……今のタイミングで接触しておきたい」
もしかしたら、T.O.Tの世界が現実化した理由も知っているかもしれないしな。
期待し過ぎるのも危険だが。
さてと、一日目からいろいろありはしたが本格的に行動開始と行こう。
やるべきことがはっきりしていて、その為にするべきことをするのは嫌いではないのだ。
それが今のように、報われる世界であれば尚のことである。