第108話 迷宮から帰還
「というわけですので、少し急ぎます」
俺が一方的に怪しさを感じている手練れ一党を見送った後、クリスタさんが真剣な表情で宣言する。
一刻も早く地上へ戻って、冒険者ギルド発効の正式任務を手伝うつもりなのだ。
「人を攫う」という行為が魔物の仕業ではないと予測される以上、そう思うのはまあ自然なことだろう。
罠であろうがなかろうが「攫われた人」が実際にいるのであれば、俺もその人を助けに行くことに否やなどない。
クリスタさんはまったく怪しんでいないようだが、よしんば罠があったとしてもそれごと食い破る自信もあるんだろうしね。
身に付けている超級の稀少魔法装備と、その装備を得ることを可能にした己の血筋。
それにこのアルク・ヴィラ迷宮で重ねた実戦に裏打ちされたその自信は、世間知らずの慢心とまでは言えない。
ただし、それはこの迷宮で湧出する魔物が相手であったり、ここを拠点として活動する冒険者、もしくは犯罪者たちを相手と想定した場合のみである。
魔物であればそれでいい。
地上魔物領域に生息する個体が迷宮に侵入することはまずあり得ない。
『連鎖逸失』から解放され、すでに攻略完了しているアルク・ヴィラ迷宮内で、想定外の高レベル魔物が湧出する可能性もまたない。
となれば今のクリスタさんの実力と装備で、充分な安全係数-1を持って対処することが可能だろう。
ただ人であった場合、その限りではない。
魔物が人を攫うことなどありえない以上、敵は間違いなく人だ。
そして人であるならば、この迷宮に適したレベル――最高でも30前後の中堅どころ――だという保証など、どこにもなくなる。
――さっき出逢った、手練れ一党のように。
この時代の冒険者や兵士――いわゆる戦いを生業とする人たちの平均レベルがどの程度のものかはまだわからないが、普通の存在であれば『成長限界』であるレベル99に達している者が人を攫う――犯罪に手を染めていることも考えられるのだ。
さすがに『成長限界』の軛から解き放たれている存在は、何らかの形でプレイヤーと関わりがあるはずなので、くだらない犯罪などに関わっているとは考えにくい。
そういう存在は、もっと世界を揺るがすような存在として関わってくるはずである。
ともあれこの世界において、一定以上のレベルの乖離は残酷なまでの彼我の戦力差となって表れる。
未だステータス・オープンができない俺には正確なレベルを知る術もないが、クリスタさんのレベルが50以下だった場合、レベル99の存在を相手にした場合、装備も血筋も関係なくなる。
攻撃が通らない相手に、勝利する術などない。
レベルが二桁で離れてしまえば、もうその二者は同じ舞台には立っていないのだ。
『連鎖逸失』に縛られた世界において、人の至れる最高レベルは一桁だった。
その低レベル帯においてさえ、たった1のレベル差がもたらす戦闘能力の差は膨大なものであり、よほど相性の悪い職同士でなければ、レベルの差をひっくり返すのは困難。
それが二桁ともなれば、立ち回りだの相性だの、装備だのではどうしようもない隔絶となってしまうのである。
それこそが過去、この世界における本来は人の成長の場であるはずの迷宮、魔物領域を封じた『連鎖逸失』を成立させていたとも言える。
まあ、そういう規律の外側に居る俺がいれば、まず問題ないだろうけども。
「でしたら、毒を喰らわば皿まで、をしてくれませんか?」
そして急ぐというのであれば、出し惜しみをする必要もない。
規律の違う――土台となるゲームが違う俺には、高価な個人用転移陣を使用しなくても、一瞬で地上に戻る能力が基本的に備わっている。
クリスタさんも自分一人分であれば緊急時用で持っているのかもしれない、というよりほぼ確実に持っているだろうけどね。
俺に気を使って、一緒に地上まで付き合ってくれていると考えてまず間違いないだろう。
まずはないとは思うものの、それが理由で正式任務失敗とか、さすがに嫌すぎる。
俺が何を言っているかわからないクリスタさんは、当然疑問を浮かべた表情になる。
美人はいいよな、基本的に間抜け系の表情をしても自動的に「可愛い」に変換されるんだから。
疑問を表わすように、首を傾げて顎に指をあてる仕草は天然ですか?
それとも重ねた血脈による、あざとさの粋ですか?
まあ可愛いから良しとしよう。
俺がやった日には……ああ、今の俺ならアリになるのか。
容姿ってやつは、ほんとになあ……
「手を繋いでもかまいませんか?」
「え、ええ?!」
続けた俺の言葉に、クリスタさんの美しい顔が瞬時で真っ赤になっているが、別にそういう意味ではござらん。
人が急いでいるという状況を把握しておきながら、突然発情するとかそれどんな人間なんですか。
突拍子が無いにもほどがあるでしょう。
ハック&スラッシュ系アクションR.P.Gを土台としているであろう、俺の緊急脱出措置は、ゲームにおいてはパーティー扱いとなっているN.P.Cと接触していなくともセットで帰還できていた。
だが現実化している現状、クリスタさんがパーティーメンバー扱いされているかどうかを確かめる術がないので、物理的接触をしていればまあ大丈夫だろうというだけです。
――正直なトコロ、役得だと思わなくもないですが。
しかし何らかの手段で「ステータス・オープン」に準ずる手段を見つけなくては、今後いろいろ困りそうだな。
順調にレベルが上がってアクティブ・パッシブ双方のスキル――使用可能な魔法が増えていっても、セットできねばどうしようもないわけだし。
まあ何らかの手段はあるだろう。あってくれ。
とにかくその件は後でゆっくり考えればいい。
言葉による承諾を得ずに、あわあわしているクリスタさんの手を取る。
「……あっ」
俺、知ってるんだ。
本気で不許可の場合、女性は頬を染めて動揺したりなんかしない。
醒めきった半目で、「なんで?」と冷静に問うてくるということを。
そしてそうでない場合、許可はすでに出ているんだということも。
「ただしイケメンに限る」というのは、かなり殺傷力の高い言葉だと思う。
この世に真の平等などない、チクショウメー!
「こ、これって……」
「誰にでもできることではない……っぽいですね。とりあえず他の人には内緒でお願いします」
念じただけで狙い通り緊急脱出措置は発動してくれた。
よって瞬時で地上、迷宮の入り口に魔法陣もなしに、俺とクリスタさんは帰還完了。
さすがに驚いているクリスタさんに、とりあえず「内密に」ということを伝えておく。
そもそも「俺」という存在自体が謎の塊だろうし、溜息一つで了承してくれたようだ。
仕組みはわからなくとも、『転移魔法陣』で同じことができる分、まだしも受け入れやすいのかもしれないな。
時間帯は日中のようで、周りにちらほらと冒険者たちの姿はある。
彼らの目には、何らかの緊急事態で高価な『転移魔法陣』を使用して地上に帰還したように見えていることだろう、今の俺たちは。
その割には、なぜか注目度が高いが。
千の獣を統べる黒氏は俺と一心同体設定なのか、特に接触していなくても一緒に帰還できている。
突然切り替わった景色にびっくりしているようだが、うっかり迷宮においてくることになっていたら、なかなかにひどい御主人様になるところだった。
あぶない。
「えと……そ、そうです、冒険者ギルドへ急ぎましょう。そうしましょう!!!」
頬を赤く染めたままのクリスタさんが、慌てて冒険者ギルドへと向かう。
引き締まっているとはいえ、まだ少年でしかない俺の躰は当然クリスタさんに引っ張られる。
――ああ、注目度高い理由がわかったわ。
間違いなくこの迷宮都市アルク・ヴィラでは有名人であるクリスタさんが、頬を染めながら美少女? と手を繋いでいるからだね。
冒険者ギルドの入り口でそれに気が付いたクリスタさんは、盛大に赤面して手を放してくれた。
深窓の御令嬢とはいえ、いくらなんでも初心すぎやしませんか?
逆に自分が何故にここまで冷静なのかも非常に気になるが。
そのへんの記憶は全くないが迷宮内での自分の反応を俯瞰しても、どう考えても美女慣れしてるとしか思えないんだよな、俺。





