第10話 状況確認と労使交渉
「状況は分かった。その上で基本的には初期計画を維持」
『――承知いたしました』
表示枠に映るエレアが恭しく頭を下げる。
エレアからの詳細な報告を受けてなお、初期計画の根幹は変えない。
状況がどうあれ、当面は「慎重」を軸足に行動することは大前提だ。
とはいえエレアの報告通りとすれば、魔物たちが弱すぎる。
もしくは我々が強すぎるのか。
さてこれはどういう状況なのか。
軍団単位での行動から解放され、個々のレベルに合わせて世界中に現時点で存在する遺跡・迷宮攻略に着手した我が組織。
ただし俺の指示通り、現時点でヒトの手が入っている場所は除外されていた。
とはいえ「開始時代」である現時点ですら、攻略可能な遺跡、迷宮は3桁には届かないまでもかなりの数にのぼる。
時代が進めば攻略対象は当然増加していくが、最初から攻略可能なわりには一周目であれば最先端時間軸まで育成した組織であっても攻略しきれない、高難度のものもいくつかは存在するのだ。
当然101周目に突入している我が組織に、現在判明している遺跡・迷宮で攻略不可能なものはない。
だがいくつかの高難易度迷宮の最下層主ともなれば序列二桁上位、なかでもラ・ナ大陸辺境部の大迷宮『奈落』と、海洋部遙か上空に浮かんでいる『方舟』の二つについては『黒の王』率いる序列一桁パーティーでなければ撃破はかなり難しい。
できなくもないが。
「慎重」を前提とした計画としては、短期間で高難度迷宮以外の攻略を完了。
俺の冒険者生活の基盤が確立できたあたりで、残された高難度迷宮を『黒の王』を含めた「最強メンバー」で一気に攻略。
その予定だったわけだが――
そのすべてを我が組織は今日一日だけで攻略完了してしまった。
『奈落』は相性の良い『全竜カイン』が単独で。
『方舟』は同じく相性の良い『九尾狐凜』と、『世界蛇シャ・ネル』のコンビが。
それであっさり落とせたらしい。
被害らしい被害はなく、いくつかの迷宮で油断したお調子者数体が手傷を負った程度とのこと。
そりゃまあ俺に報告兼相談というカタチにならざるを得んわな。
計画の基本スタンスは変えないにしても、具体的な攻略スケジュールは一から再構築する必要があるので当然そうならざるをえない。
報告を受けた後に「共通ストレージ」を確認した限りでは、入手できるアイテム類が劣化、もしくは無くなっているわけではない。
序列上位の僕たちのステータスを攻略した遺跡、迷宮別に確認したが取得経験値が激減しているわけでもない。
『我が主の仰られた「未知の状況」。その状況の一つでしょうか?』
「おそらくね」
『何が起きているのか、把握しておいでなのですか?』
表示枠越しであっても、俺の表情の変化を察知したらしい。
「――予想程度でよければ、だけど」
何が起きているのか、の予想は付けられる。
だがそれがなぜ起こっているのか、はまったくわからない。
この構造は「T.O.Tの世界が現実化」している状況と本質は変わらない。
ともあれ、とりあえずは「なぜ」は置いて「何」が起きているかを掌握することは重要だ。
何が起きているのか。
これはおそらくあれだ。
高レベルプレイヤーに対して行われる、魔物の強化がなされていない。
ハック&スラッシュ――繰り返しの迷宮攻略を根幹要素の一つとするゲームでは、よく見かけられるものだ。
あまりやりすぎると不評となるので最近のゲームでは抑えられぎみではあるものの、無ければ無いで無限に強化を愉しむ類のゲームでは、鎧袖一触が過ぎて面白味がなくなる。
よって気持ちよくプレイヤーが無敵感を愉しめる程度に魔物は強化され、それにともないドロップ・アイテムや取得経験値に対して強化に応じた色が付けられる、という仕組み。
一定以上の強化後でなければ入手不可能なドロップ・アイテムが設定されたりもする。
おそらくこの現実化した「T.O.T世界」の魔物たちは1周目のパラメーター設定のまま固定されている。
そのため101周目となる我が組織の精鋭たちには、薄紙を引き裂くが如く蹂躙されたということだろう。
それで一応、状況の説明はつく。
一方で入手アイテムや取得経験値は前周水準ということは、100周した戦力に応じたレベルの色がついているということだ。
これは俺たちが強いとか弱いではなく、ゲーム的に言えばシステムの方がバグっているというか、とっちらかっている。
逆方向ではないことが幸いだが、ゲームバランスでいえば崩壊している事態だ。
これは「現実化したT.O.T世界」に対する攻略と同時に、この世界そのものを律していたはずの存在へのアプローチも考える必要が出てきたな。
「各遺跡、迷宮の状況は完全に掌握して。きっちり再湧出毎に適正戦力を投入して強化、収拾の継続を」
『徹底致します』
再湧出毎に強化されるという可能性もまだ残されているが、おそらくそれはないだろう。 少なくとも今までは同一周回内で再湧出による敵強化は発生していなかった。
「では空いた時間はこっちへおってもよいな?」
「……いい?」
ぬ。
確かに再湧出は「T.O.T」時間で約一ヶ月、つまり現状ではリアル一ヶ月かかるということになる。
ゲームでは現実約一日で湧いたんだけどなー
現実1Hで昼夜を再現していた「T.O.T」が現実化したからには、その辺はそのルールに縛られるのは仕方ないだろう。
もしかしたら明日になれば湧いているのかもしれないが、可能性は低いか。
となれば再湧出を待つ間、現状では天空城でぼーっとしているしかないというのも確かにアレか。
強大な敵の急襲も現状では考えにくいし、あったとしても一撃で天空城が落されるようなレベルであれば備えていようが居まいが同じこと、そうでないなら十分も持ち堪えてくれれば最大戦力の準備は整う。
であれば空いた時間くらいは自由にさせよということなのだろうか。
『けっして油断は致しませんが、大戦力たる左府殿と右府殿に余裕が出たのも事実です。我が主の僕、眷属は主の命を違えることなどあり得ませんが、いわゆる女性体たちは、その、何と言いましょうか……』
エヴァとベアの言葉を受けた形で話すエレアが言い澱む。
なんだろう、はやくも反逆の気運でも高まっているのだろうか。
真の正体がバレていない以上、それはないと信じたいところなのだが。
発覚した場合、さもありなんと思ってしまいそうで我ながら泣ける。
『我が主が玉音をお聞かせくださり、我ら役付と会議をなされ、その上「分身体」で冒険者となられたと知って以降、その……落ち着かぬようなのです』
落ち着かない?
なにそれどういう状況?
『要は我が主に構ってほしいのですな、女性体どもは。――嘆かわしい限りですが』
別の表示枠が現れ、そこにやや疲れた御様子の『執事長』セヴァスチャン・C・ドルネーゼの渋く落ち着いた、いかにも執事という姿が映し出される。
だが片眼鏡の輝きがやや曇っている御様子。
誰もが言うことを聞く、という点では我が天空城において『黒の王』に次ぐのではないかと思われる『執事長』が、他者に疲れを見せるとは珍しいこともあるものだ。
『女性体たちの要望への対処は執事長殿に集中させてもらっているので……お疲れなのです』
要望とな?
『お伝えするのも非常に憚られるのですが……組織への貢献度に応じて、我が主の傍に仕える時間を与えよ、と女性体たちが』
『考慮する、と答えただけで、女性体どもの本日の働きは序列以上と言って差し支えの無いものばかりでした。嘆かわしくもこれは事実でございます』
「まったく我が配下の自動人形侍女達はそのように浮ついてはおらぬのに」とか「とはいえ実際に成果を上げたことは無視できませんしな」とかぶつぶつ言っているセヴァスというのもまた珍しい。
しかしエレアもセヴァスも非常に恐縮している様子だが、それの何がいけないというのか。
素晴らしいじゃないか我が僕たち(女性体)は、と思いはするが、表に出すとなんか浅ましい気がしたのでよくわからない、という表情をしておく。
いや宿屋へ次々と押しかけられても困るのか。
この二人が来ただけでも明日からのことを思えば頭が痛いのは事実だ。
『己の能力に応じて「統括」の地位を頂いている身でありながらこのような事態、慙愧の念に堪えません。ですが組織として我々天空城勢に与えるプラスの効果が大きいこともまた事実……』
苦虫をかみつぶしたようなセヴァスの顔と、申し訳なさそうに目を伏せているエレア。
俺に対する申し訳なさはあるが、組織運営上の利点は捨てたくないという苦悩だな。
要は部分的にでも認めてよいか? との確認だろう。
ほんと二人の立ち位置はストレスが絶えないものだなと再認識する。
なにか報いるすべを考えなければなあ……
「我ら元よりヒト型を基本とした男性体には理解しにくいのですが……男性体でも『千の獣を統べる黒』のような獣型を基本としたモノ共は女性体共とそう変わりませんな。女性体はヒト型のみのものであっても同じことを言っております」
ため息ついたよ『執事長』
というかそれ、全竜もなの? ほんとに?