第09話 初期計画の変更理由
――よろしくお願いしたはずなんだが。
冒険者ギルドに唐突に現れた美女二人――ベアトリクスは大人バージョンでやがんの――を連れ、慌てて常宿にしようとしている『白銀亭』へと戻ったところだ。
宿泊客以外にも食事と酒の提供もしている『白銀亭』の一階は、この宵の口の時間でも結構な客の入りを見せている。確かに美味しいから納得のいくところだ。兎肉のシチューが個人的にはオススメ。
アーガス島冒険者街の夜ははやく始まり、長い。そして賑やかだ。
連日迷宮に潜る冒険者は少数派らしい。
攻略で得た金で数日間を休養にあて、英気を養ってから再び攻略に挑む。
一度のアタックで数日間かけて迷宮深部にまで潜る、最先端攻略組ともいえる有力・有名なギルドに属するパーティーほどその傾向が強い。
そしていつ命を落としても不思議ではない冒険者たちの「英気の養い方」は、えてして豪快になりがちである。
冒険者街の「夜の貌」が盛況となるのは当然の帰結と言っていいだろう。
冒険者ギルドでは言わずもがな、そんな街中でも必要以上に目立ってしまった。
今現在も食事処のお客様方の多くの視線を集めている。
まあ貴族の子息と言っても通用しそうな見た目の小僧が、とびっきりの美女二人連れてこの時間に宿に来るとなれば注目を集めもしよう。俺が客でも注目する。何なら壁も殴る。
ここ『白銀亭』の看板娘であるリリセル嬢もびっくりした表情でこっちを見ているが、看板娘目当ての食事客たちへの給仕で忙しそうで助かった。
あれやこれやと聞かれる前に、さっさと借りている部屋へ退散するに限る。
料金の割には広くて清潔な部屋に戻り、原始的なものだが一応鍵も掛ける。
妙な意味はないから二人ともそわそわしないように。
……この二人を連れ歩いて、目立つなという方が無理だよなあ。
自分から来ておいて何やら落ち着かなげな二人を見ながら、改めて思う。
大人バージョンのベアトリクスと、黙って素の表情のエヴァンジェリンが並んでいると綺麗とか美人とかいう感想の前に、威圧感のようなものを感じてしまう。
それは二人の正体を知らなくてもそうだろうと思う。
白のエヴァンジェリン。
黒のベアトリクス。
――二人が並ぶと、黒白の美の極致という感じだ。
今はいつぞやのイベントで入手した「普段着バージョンイラスト」通りの衣装を身に着けている。
数ある各種バージョンの中でも、最も露出が控えられているものだ。
にも拘らず漏れ出す色気と言おうか、艶は隠しようもない。
……今の状況だと、仕立てればどんな衣装でも着させられるってことだよな?
「T.O.T」にはなかったドレスだとか、街娘みたいな格好だとか……ウェディングドレスとかでも。
ごくり。
有名な仕立て屋をセヴァスあたりに買収させようかな?
いやセヴァス率いる侍女式自動人形集団であれば、リクエストすれば仕立ててくれるかもしれない。
さておき。
今夜二人を見かけた連中、とくにヤロー共の脳裏には強く焼き付いてしまっているだろうし、明日以降俺が単独行動していても、「例の美女二人」について聞かれることが多くなると思うと少々うんざりする。
お約束言動の輩も少なからずいるんだろうしなあ……
まあ済んだことは仕方がない
それよりもどうしてよりによって初日から、組んだばかりの体制が崩壊しているのかを確認しなければならん。
鳳凰と真祖には『天空城』の直衛を命じ、快諾を得ていたと記憶しているんだが。
『黒の王』に対する「絶対の忠誠」がはやくも崩壊しているとなると、先々を不安視せざるを得ない。
正直なところ未だに実感できているわけではないが、この周の最先端時間軸まで到達するだけでも数百年経過することになるのは間違いないのだ。
今のところ「年代経過」コマンドは発見できていないし、実際にその時間を過ごすしかなさそうなのが今置かれている状況である。
初手のズレは時間が経過するほどその影響が大きくなるとしたり顔で愚考していた、どっかの組織の長としては放置できない状況と言える。
ここはひとつ、組織の長としてビシっと――
「……ここがあの娘御のおる宿屋じゃな?」
――ベアトリクスさん、それ「ここがあの娘のハウスね?」みたいな台詞ですね。
「昨日の夜、すごく興味持ってた女の子たくさんいるところ? には寄らなかった、ね?」
――エヴァンジェリンさん、なんでいつもの可愛い仕草なのに怖く見えるんですか?
……。
…………。
あぁ、放置できない状況をお持ちなのはそちらもでしたか。
「絶対の忠誠」とか言ってる場合じゃないと判断されたわけですね、なるほど。
ところで、どうしてそういった情報をお持ちなのでしょうか?
――『千の獣を統べる黒』さん?
いやそっぽ向いてにゃーんじゃねえこのやろう。しゃべれ。
貴様、俺の行動情報をこの二人に伝えていたな?!
いや俺が明言して禁止でもしない限り、シュドナイの序列では左府殿と右府殿には逆らいようがないのか。迂闊だった。
一方的にシュドナイが「眼を盗まれていた」可能性も否定しきれないが、冒険者ギルドに二人が現れた時のシュドナイの様子からして、率先してとは言わぬまでもわかった上で協力していたとみるべきだろう。
総毛だっていたシュドナイの様子にモノローグを付けるとすれば「ホントに来るなんて聞いてませんよ!」あたりか。
この裏切り者!
いやまて。
そんな言い方をしてしまえば俺が後ろめたいことを認めることになる。
シュドナイさんは裏切ったわけじゃないさ、俺が心配だったから序列上位者に情報共有してもらっていただけさ。
そう信じる。
とはいえ本当に、言い訳をせねばならぬような後ろめたいことをした覚えなどない。
たしかに昨夜、冒険者街を見て回った時に娼館に強く興味を示しはしたが実際に入ったわけではないし、『白銀亭』の看板娘が可愛らしい獣人娘であることは事実だが、口説いたわけでもなければ看板娘を目当てにここを宿に選んだわけでもない。
『白銀亭』は料理が旨いから選んだのだ、嘘じゃない。
……他の宿の料理はまだ食ったことはないけど。
何 一 つ 嘘 は 言 っ て な い
「主殿は迷宮でも危なっかしかったしの」
「杖で、殴っちゃ、だめ」
迷宮での一部始終も見ていたわけね。
たしかに直衛役であれば、誰も襲ってこなければ暇でしかないもんな。
それで俺の迂闊冒険活劇を目にして、一度は不要と決定した俺の「護衛」がやはり必要であると思い直したわけか?
しかしベアトリクス、「でも」とはなんだ「でも」とは。
俺の迷宮外でのどこが危なっかしかったというのだ? 大変遺憾である。
というかその台詞を、「剣王機神」をひっぱたいて消し飛ばした魔法系が言っていいのかエヴァンジェリン? 素手ならいいのか?
さておき。
そういう前提があるのであれば、エヴァンジェリンとベアトリクスの独断というわけでもなさそうだ。
俺の承認前に現れたアタリは二人の独断なんだろうけど、大筋は役員会――ちがう。エレア以下一桁ナンバーズ総意として動いていると見て間違いないだろう。
もういっそ「役員会」とか「経営会議」を正式名称にしてやろうかしら。
「……エレア、説明頼めるか」
溜息をついてそう口にすると目の前に表示枠が現れ、そこにはエレアが曰く言い難い表情で映っている。
管制管理意識体も基本的には承認しているってわけか。
「御承認前の勝手な行動、御許し下さい我が主。しかしその、暴そ――行動をおこされた左府殿と右府殿を止めることはこの身には……」
うん、まあそれはわかる。
そこを責めるつもりはないし不問でいい。
ある程度の自由裁量権をお前たちに認めたのは他ならぬ俺自身だしな。
エヴァとベアの先行行動についても、冒険者としての俺の行動に思うところがあったとして今回は不問とする。断じて後ろめたいからではない。
だがなぜこの二人が俺の護衛に付くことを認める――というより「天空城」の直衛から離れることをよしとしたのかの説明は欲しい。
俺が迷宮で牙鼠とか一角兎と戯れている間に、天空城側では初期計画通りに行動を起こし、その結果をもって初期計画の変更をすべきとの判断に至ったはずだ。
とはいえたった一日で「慎重第一」を覆すに足る理由っていったいなんだろう?
エヴァとベアの二人に限らず、我が組織の僕たちの『黒の王』スキスキ度は俺の想定以上だが、だからこそ理の通った指示には従うと思うのだが。
「我が主の仰った「未知の状況」――その一端を我々も実体験致しました。各地の遺跡、迷宮に存在する魔物たちが想定、いえ我々が知る事実よりも、はるかに――」
強い、のか?
一旦、初期の計画を白紙化し再構築する必要を認めるほどに。
その状況下で分身体とはいえ俺の安全を第一に考えて組織の双璧戦力を送った?
「――弱いのです」
え? 弱いの!?
――なんで?!





