第86話 七つの喇叭
ラ・ナ大陸全域に同時多発している薄明光線。
その中でも最大の規模なのはウィンダリオン中央王国王都ウィンダス上空のもの。
そこには天上と地上双方へとのびる神々しい光線を背景に、巨大な天使の影が七つ発生している。
中央に六対十二翼を背に持つ一際巨大な影が一つ。
その左右を固めるように三体ずつの天使の影。
黙示録に記される喇叭吹き――七体の天使。
ゲームとしての「T.O.T」での最初のイベントとして、大掛かりな演出が施されていたものがそのままに現実化している。
外側の存在であった黒の王の中の人にしてみれば、世界最大宗教の「ヨハネの黙示録」を元ネタとした、わりとわかりやすいイベントだ。
とはいえすでにイベントのコンセプトは崩壊している。
いや崩壊させられていると言っていいだろう。
ウィンダリオン中央王国、シーズ帝国、ヴァリス都市連盟。
いわゆる三大国を中核としたラ・ナ大陸の大戦乱。
人同士が殺し合い、奪い合った結果の「統一国家」成立に対する神罰というのが本来の「天使襲来」だが、現状ではヒイロたち天空城勢の介入により平和裏に繁栄しているところへ襲いかかってくるのだ。
まあもともとお題目として「人同士の醜い争い」を掲げていただけで、人の世界が拡大することそのものを良しとしないのが「神」という存在だと言われれば、そこそこ納得いくかもしれない。
だがこの世界の内側の存在である者たちにはなぜ襲われるのか、この後何が起こるかなど予想も理解も納得もしようがない。
ただ理不尽な、見た目が良いだけの魔物が人を襲うというだけだ。
よってそれから自分たちを護ってくれる天空城勢こそが、神にも等しい存在となる。
すでに何周も繰り返している天空城勢は、これから何が起きるかは充分以上に知悉している。
『3・2・1――第一の喇叭、来ます』
表示枠から冷静に告げる管制管理意識体。
その声と同時、どこか気の抜けたようにも聞こえるラッパの音がラ・ナ大陸の全域に響き渡り、全天に無数の火球と雹が生じ、地上に降りかからんとする。
第一の喇叭――血の混じった火と雹が地上に降り注ぎ、大地と木々の三分の一、青草をすべて枯らせてしまう大厄災。
現実でこれが起こるとなれば、この一つだけでも現存するヒトの社会を半壊させるに足る大災害となることは疑いえない。
「T.O.T」のとおりに再現されるとなれば、放っておけばそれだけの大災害がラ・ナ大陸全域で発生するのだ。
だが表示されるテキストを追うことしかできなかったゲームのイベント時とは違い、今は天空城が――黒の王が介入することが可能だ。
「――全竜。白面金毛九尾狐」
全天を覆わんばかりに発生した巨大な火球と雹に動じることなく、静かな声で黒の王が表示枠の向こうで備えている己が僕の名を呼ぶ。
「――承知」
「りょーかい!」
表示枠から返るのはいつも通りの声だが、その姿はすでに人型ではない。
主の許可を得て、二体とも真の姿をさらしている。
主の声と同時に、瞬間で遙か上空に至った二体の巨躯。
その高度はラ・ナ大陸で最も高い標高を誇るヴァルヴァナ山系を遙かに超え、すでに天空より降り落ち始めた無数の火球と雹に相対する。
人型の時と同じ水色を基礎とした、山脈よりも巨大な竜。
ほぼ同じ大きさである、光り輝く金毛に覆われた九つの長大な尾を持つ妖狐。
それは距離によって見える大きさこそ違えど、ラ・ナ大陸のどこから見てもその形を捉えられるほどに巨大なものだ。
二体が顕現した現地である王都ウィンダスから見上げれば、九柱天蓋旗艦どころか最近はもう見慣れた「天空城」よりもなお巨大な化け物が、その双方よりもはるか上空に浮かんでいる状況。
巨躯という言葉の意味を思い知らされるようなその光景。
戦力として選ばれたゆえに未だ地上におり、それを見ることが可能な兵士や冒険者たちも、その配置された場所に関わらず天空を見上げて口を開けることしかできない。
ウィンダリオン中央王国に配置された者たちこそが、自分たちの頭上に浮かぶ巨大さを最も実感できているのは言うまでもない。
理解を超えた巨体存在が呼び起こすものは畏怖である。
地上に向かって降り始めている火や雹なんぞよりもよっぽど恐ろしい。
これらが味方であることに感謝することしかできない。
そして己が主に全力を駆使することを赦された僕二体は、惜しむことなくその能力を行使する。
西洋で言う『古く上位なる竜』の屈強な見姿をベースに、あらゆる竜の特徴を備えた『全竜』たるカインが人の言葉ならぬ竜の咆声を上げる。
それに従いその巨躯の周囲に無数の水球が生まれ、降り落ち始めている大陸中の火球に向かって放たれる。
黒の王の中の人に言わせれば「白〇の者」よりもなお巨大な凜の本体。
それが一本一本が本体と同じくらいの大きさを持つ九尾すべてを逆立てさせ、長い首を逸らして吼え上げる。
それと同時に、こちらもその巨体の周りに無数の狐火が生まれる。
それらは全竜の水球とは違い、瞬間で振り落ちる無数の雹の位置へ転移し、跡形もなくそれらを蒸発させてゆく。
水蒸気爆発のような現象をおこしながら、第一の喇叭による火球はカインの水球に、雹は凜の狐火に消し飛ばされてゆく。
地上どころか、はるか上空に浮遊する巨躯二体にまで至るものすらない。
ラ・ナ大陸の全天に美しい花火のようなものが無数に生まれる。
何も知らねばただ綺麗なだけの光景と言えるだろう。
そしてすべての火球と雹は、ただの一つも地上へ届くことなく処理される。
大地も木々も、青草ひとつにすら何の被害を与えることもないままに。
「――よくやった」
それを確認した己が主からの言葉に、全竜は嬉しげにその巨大な首を振り、白面金毛九尾狐はその威圧感に溢れる姿とは似合わぬ「わぁーい、褒められた!」というお気楽な人語を口にする。
その声の聞こえる範囲にいる者にとっては、ある意味かなり不気味ではあろう。
『――第二の喇叭まであと1分17秒』
地上で快哉を上げる兵士や冒険者とは違い、この結果は当然とばかりに管制管理意識体が第二の喇叭が吹かれる時間を告げる。
天空城勢の介入が可能であり、序列六位と序列八位で第一の喇叭を完封できたとなれば、続く喇叭もおそらくは問題とならない。
より下位の僕たちであっても、数を揃えれば完封可能だろう。
どんな理屈で発生させられたものであれ、一度この世界の現象となってしまえば僕たちの持つ力でなんとでもできる。
一回目の『世界変革事象』とはいえ、天空城勢は力においては無謬。
少なくとも今回の「天使襲来」に関しては思惑通り、まったく被害を得ることなくゲームには存在しなかった展開へ突入することができるだろうと、黒の王は判断する。
――つまり十三愚人たちは、力以外で負けたのだ。
内心で黒の王が己の予測の正しさをより補強する思いを得るが、今はそれを考えるべき時ではないと思い直す。
とりあえず「天使襲来」を凌げば次の『世界変革事象』まで百年近い時間を得ることができる。
時間の早送りが不可能な現状、考える時間はいくらでもあるのだ。
ゲームになかった展開に入るがゆえに前周までの知識が活かしきれなくなることも考えられるが、それこそ今考えても意味がない。
今は「天使襲来」を完封で済ますことこそが最優先なのだ。
第二の喇叭――巨大な山の如き焔の塊が海へと落ち、海水の三分の一を血と変じさせ海の生き物の三分の一と人が持つ船の三分の一を破壊する厄災。
これは海中に控えていた『世界蛇』たるシャ・ネルが先の二体よりもはるかに巨大な正体を現して丸呑みにした。
第三の喇叭――「苦よもぎ」と呼ばれる巨大な彗星があらゆる川とその水源の上に墜ち、人が得られる飲み水の三分の一を失わせる厄災。
これは人の姿こそが本体である序列第二位である「万魔の遣い手」、エレア・クセノファネスが自身の得意とする「星墜」の魔法を以って流れくる彗星すべてを迎撃、完封する。
先までの三体と違い、地上の人の目では捉えられるはずもないエレアの姿だ。
地上から見えれば突然無数の彗星が天からの彗星を迎え撃ったようにしか見えまい。
だが誰もが皆、言われずとも「天空城」の力であることを理解している。
世界が終るに足る天変地異を、児戯にも等しいとばかりに退ける天空城の僕たち――今は人の味方の力を眼前にし、指揮所にいるポルッカや三人の美姫は声もない。
そんな化け物たちに傅かれる主こそが、今自分たちの目の前に静かに佇む黒の王なのだ。
日頃よく知る「秘匿級冒険者」ヒイロと、魂という点では同一の存在だということを充分に理解していても唾を飲み込むことさえできぬ喉の渇きを覚える。
――だがまあ、旦那たちが人の味方でいようとしてくれてるうちは安泰か……
偶然に得ることができたと言ってもいい今の関係を何よりも大事にしなけりゃなと、今や人の世界を代表する一人となってしまっているポルッカは強く思う。
そしてそれは「打算的な考え」だけでは早晩破綻するであろうことも理解している。
――人という存在は捨てたものじゃない。
その想いをなぜ黒の王、いやヒイロが持ちえているのかを知ることはポルッカにはできないが――まさか中の人が普通の人だとは思い至るまい――その想いに足る姿を自分たちラ・ナ大陸に生きる人間たちは見せねばならないのだろうとポルッカは思っている。
ヒイロが現れなければ起こったと聞かされているいうラ・ナ大陸の大戦乱。
そこで現れた人の醜さを赦さず神が今眼前で展開されている滅び――「天使襲来」をおこしたというのであれば、それを拒否できる力を持った存在が神と同じ想いを持った時点で人の世はそれまでなのだ。
ある意味その存在の最も近くにいると言っていい人であるポルッカの在り方こそ、この世界にとって重要なものであるのは間違いない。
感謝をしながらも崇拝や服従ではなく、力以外の部分で対等で在りつづける。
忌避を感じることではないが、一人では少々手に余ることも事実。
幸いにも黒の王もヒイロも男であることだし、我らが人の世界を代表する三人の美女には、なんとかポルッカの届かぬ部分の担当をお願いしたいものである。
――敵は強大だけどな……
正直「おっさん」として相対できる自分はまだ恵まれているのかなあ、と思わなくもないポルッカなのである。
「さて、第四の喇叭は虚仮脅し。第五の喇叭の対処には私が出よう」
ポルッカの思いを知ってか知らずか、その黒の王が言葉を紡ぐ。
「その次――第六の喇叭でこそ、人の力を頼らせてもらう」
常にバカを言い合っているヒイロとは違う空気を纏って、黒の王がポルッカに向き合う。
第六の喇叭こそ、魔物を憑代にラ・ナ大陸のあらゆる魔物領域に天使が顕現する厄災。
黒の王に傅く千を超える僕たちをもってしてもフォローしきれないという、数の暴力による人の蹂躙。
それを『連鎖逸失』から解き放たれた人自らの力をもって跳ね除ける。
それこそが力を貸してもらいっぱなしとはいえ、人の意志を、意地を見せる良い機会ともいえるだろう。
己自身と己の大切な者たちを、己の力で護ってみせるのだ。
「お任せ願いましょう、天空城の主たる黒の王」
多くは語らない。
たとえ与えられた力だとしても、それを自分たちなりに正しく使ってみせるだけだ。
人同士で殺しあうことに鍛えた力を振るうことに比べれば、それは戦う力を持つ者にとって一つの夢の具現でもあるのだから。
自身は戦う力を持たなくても、そのことを冒険者ギルドの窓口を長く続けていたポルッカはよく知っているのだ。





