第閑話 切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て
「と、我が主は仰せになられた」
『天空城』の最奥部、『黒の王』の私室で一桁№の幾人かが集まり、目下の最重要課題である『天使襲来』とは別のテーマについて会議を行っている。
主である『黒の王』は不在。
基本それに付き従う『鳳凰』と『真祖』、および最初から『天使襲来』に備えている『堕天使長』もこの場にはいない。
本会議前の打ち合わせ、この場はそれだ。
「――与えられた設定ではなく、真の知性を持った妖狐の言葉だそうです」
最初に口を開いたのは『万魔の遣い手』エレア・クセノファネス。
その言葉を継いだのが『執事長』セヴァスチャン・C・ドルネーゼ。
今の『天空城』勢にとっての切り札といえば、疑う余地もなく主である『黒の王』自身だ。
一体一体が強大な化け物である僕たちが束になっても敵わない、絶対的な強者。
圧倒的なレベルに裏打ちされた各種ステータス、百度にわたる『世界再起動』を経て集められ厳選された装備、駆使する数多の魔法、技・能力は他の追随を許さない。
たとえ僕たちの悉くが討ち滅ぼされ、拠点である『天空城』すら墜ちたとしても、『黒の王』だけはその屍と瓦礫を膝下に健在。
最終的には『天空城』勢をそこまで追い込んだ敵にすら必ず勝利する――そう確信するに足る絶対者。
僕たちの多くはこれまでの『世界再起動』の中で、実際に幾度も己が目で見てそれを知っている。
僕たちあっての『天空城』ではない。
あくまでも『黒の王』あってこその最強・最凶の集団なのだ。
その絶対者が実力の底までを見せたことは、この周においてはいまだない。
だが相手を「この世界そのもの」という視点で見た場合、『天空城』の切り札はすでに知られていると言って間違いではない。
場に晒されてこそはいないが、それが手札に在ることは知られている。
たとえどんな強大な札を切られたとしても、それすら上回れるからこその「切り札」
だが知られていれば、それを切らせるタイミングを制御することも可能となるのは事実だ。
――それに。
世界が既に存在する以上、今から別のゲームにしてしまうことは不可能だとしても、ルールの変更は途中からでも可能かもしれない。
相手――敵を世界そのものと見据えた場合、それさえも想定の内とする必要がある。
それに対応するためには、現状で最強の「切り札」と共に、その存在を隠したままの奥の手――「鬼札」も必要。
『黒の王』が言っているのはそういう事だ。
そしてその先をすら、『黒の王』――プレイヤーたる中の人は考えている。
今までのプレイヤー――元プレイヤーである『十三愚人』――はおそらく従来のゲーム・ルールをひっくり返されて敗北に至ったとブレドは見ている。
このプレイヤー最強の世界で敗北に至るとなれば、具体的にはまだわからないとはいえそうとしか考えられないからだ。
彼らとて強大な拠点を持ち、屈強な僕を従えた絶対者であったはずなのだ。
それに味方をすると言ったⅦだけではなく、直接矛を交えたⅡ、Ⅷ、Ⅸ、表示枠にて介入してきたⅠ。
彼らの言動は、なにものかに縛られているとみてまず間違いない。
そうでなければ敵対するにせよ味方になるにせよ、こうもまだるっこしい――搦め手というのもアレな勿体ぶりをする必要などありはしない。
今までのカタチでの接触そのものが、あるいは現役プレイヤーへの一つのメッセージである可能性すら『黒の王』は考慮している。
だからこその『鬼札』の準備だ。
そしてそういう相手を出し抜けた場合、最悪の事態も想定しておく必要がある。
負けたらチェス盤をひっくり返し、手札を叩き付けて殴りかかってくるような、大前提の理からすらはずれた相手。
その場合、『黒の王』の中の人自身にも殴り返せる力が必要だ。
審判無き勝負に、真の意味で勝利するということはそういう事。
このゲームが現実化するという異常事態に際して、『黒の王』はそこまでを思慮の想定に入れて動いている。
愉しむことが大前提なのは変わらない、いや愉しむためにこそ、その障害となり得る可能性の想定と対処法の確立は必須なのだ。
そしてその力については、期せずして初手が奏功している。
それゆえにこそ、最初の『世界変革事象』である『天使襲来』に万全の備えを取りつつ、今急ぐべきは『鬼札』の準備だ。
「たまに我が主の言葉は理解できないね。しかし真の知性を持った妖狐……我々の序列№008とはまたえらく違うねー」
「同意する」
「ひっどー。でもデータは揃ったでしょ? 結果は?」
この場に集まっている序列一桁の他の面子。
『世界蛇』シャ・ネルが笑い、『全竜』カインがそれを首肯し、『白面金毛九尾狐』凜がぶんむくれる。
ほとんど言葉を発しないカインに、こういう時だけ同意の意志表明をされて結構凜は本気で傷ついた顔をしている。
だがカインが思っているのは、凜は知恵・知性によらず事の正鵠を射ぬく本能が凄いと思っているのだが、その部分が言葉にならないので残念である。
しかし凜の抗議に続いて発された言葉に応じ、いくつもの「表示枠」が映し出される。
当然『管制管理意識体』によるものだが、台詞もなければ獲得した美しい姿を「表示枠」で映すこともない。
顔文字や英語の類も皆無。
最近ちょっと心にダメージを負ったようで、必要な業務遂行に特化しその気配を極力消している。
エレアやセヴァスとて『管制管理意識体』を本気で怒らせると恐ろしいことを理解しているので、そこに突っ込みを入れることはない。
もとより必要な業務を遂行維持してくれるのであれば、文句などありはしないのだ。
分身体に連呼され、目を合わせられぬまま俯いた姿で現れざるを得ないのは哀れを感じないでもない。
事情を知らぬヒイロに、そこに気を使えというのも酷な話ではあるのだが。
とにかく映し出された「表示枠」には、無数のデータが並んでいる。
『黒旗旅団』の団員たちをモニターして集めた、膨大な戦闘時のデータである。
「……我が主の予想通りです」
エレアが応える。
そこにはありとあらゆる攻撃・防御の実証データが、かなり詳細に掘り下げられている。
ただし分けられ、比較されている基準は一点のみ。
ただ力任せの攻撃と、魔法および技・能力を使用した場合の比較だ。
相手に与えるダメージから換算し、その比較を膨大な実証データとして積み上げている。
いわゆる物理的な攻撃や、魔力をそのまま攻撃力へ変換する特殊武器を使用した場合のダメージと、魔力を対価に発動させた魔法や技・能力が与えるダメージの乖離が甚だしい。
ゲーム慣れしている者には一見当たり前にも感じるそのデータは、よく考えるとやはりおかしい。
とくに魔力を直接攻撃力に換算した際と、魔力を対価に魔法や技・能力を発動した際の攻撃力の乖離は、効率化程度では説明できないほどに大きなものだ。
「……てことは僕たちの「切り札」は、「切り札」たりえない可能性があるってことだね」
「我が主御自身のお言葉でなければ、とても信じられませんが……そうなりますな」
凜の言葉に、セヴァスが応える。
自身の力でぶん殴るのではなく、魔力を対価に発動する類のものの一切。
それは何らかのカタチで自身の力以上の力が付与されて成立していることを、映し出されたデータは立証している。
それは高位の魔法や技・能力になればなるほどに顕著だ。
つまり規律や対価は設定されているものの、外部のシステムの力を借りて初めて行使可能となるものが魔法や技・能力の本質であるということ。
考えてみれば至極当然の事である。
呪文を唱えたり、キーワードを叫んで発動されるそれらの仕組みを、この世界にいる誰もが本当の意味で理解してなどいない。
あくまでそういうものとして、その上で研鑽を積んでいるだけだ。
『万魔の遣い手』と呼ばれる、元はヒトであったエレア・クセノファネスをしてもその例外ではない。
それは何を意味するのか。
つまりどれだけ魔力を保持していても、魔法や技・能力を売る店に、売ることを拒否されたらそれまでということだ。
この世界に存在するものには不可知のシステムの部分停止。
それのみで自分たちを強者たらしめていた根幹となる、ほぼすべてが使用不可能となる可能性。
それを実感するための、データ検証だったというわけだ。
そしてそれはおそらく敵には適用されない。
敵がそのシステムを管理する者自身なのか、盤上に配された駒にすぎないのかはわからないが、そうなったら「必負の状況」を任意に作り出される。
おそらくだが、『十三愚人』たちが負けた要因はこれだと『黒の王』は見ている。
「では『奥の手』はどうする」
「予定通り『第二の分身体』を我が主に創造してもらうことになるでしょうな。ですが……」
カインの問いに、セヴァスが応える。
それに続くのが――
「ステータス特化型」
「そうなりますね。そして我々は――」
凜。
エレアがつなぎ、
「世界に流通している未使用の『魔石』は『黒縄会』で可能な限り集めています。今後市場に出るものも全て押さえていく予定」
「ヒトの手の入っていない迷宮、魔物領域からの収集は順調。というか今までの『世界再起動』のたびに主要な名付の大魔法石はすべて回収し未使用ですから『魔力槽』の問題はすでにクリアできていると言っていいかと」
「ですが多いに越したことはありません。今後も収集には徹底を」
シャ・ネルが『黒縄会』の状況を報告、セヴァスが『天空城』が現状で保有する魔石――いいかえれば保有魔力量について告げ、エレアがそれを今後も積み増すことを明言する。
素でぶん殴る力に特化した個体を用意し、対価としては使用不可能になったとしても、筋力のステータスよりはダメージ効率が高い事が実証されている魔力の蓄積を行う。
高効率の魔法や技・能力に対して、物量で上回る準備と言える。
レベルを上げて物理で殴れではないが、それに近しい発想であることは確かだ。
「問題は「新たな規律の創造」ですね」
「それは『白姫』の協力も得ているとはいえ、一筋縄ではいかないでしょう。まずは魔力を力に変換して扱えるようにするだけでも急がないと」
そしてエレアやセヴァスが今全力を挙げて取り組んでいるのがこれだ。
言ってみれば「新たな魔法及び技・能力体系」を構築する。
不可知のシステムから切り離されたとしても、魔力は魔力。
無効とされた金貨でも、全力でぶん投げれば武器の真似事くらいはできるし、素手のみに比べれば「遠隔攻撃」を可能にしているともいえる。
とはいえ、それだけではやはり無理がある。
だが金貨や銀貨を溶かし、それを弾丸とすることは出来る。
あとは銃を創れば、それはぶっ放すことが可能な力と化す。
それを魔力でやろうというのだ。
実際、運営の憑代であった『白姫』を媒体とし、既存の魔法や技・能力をシステムを介さずに発動させる実験なども進めている。
『白姫』は元々『黒の王』や『管制管理意識体』と同じく、半分外側の存在である。
万能アホ毛の反応で、外部システムとのつながりの有無を判断できるし、『管制管理意識体』と協力して外部システムの模倣を自身を介して『天空城』に構築できないかも試行錯誤している。
――所詮お前たちは盤上の駒に過ぎんのだ。
そう嘯かんとする相手を、出し抜く準備は水面下で着々と進めている。
それすら掌の上であるかもしれないが、やらないよりは万倍もマシだろう。
そもそもゲームの盤を見ている者が、万能とも限らない。
それとてももっと大きな視点から見れば、同じく盤上の駒であるかもしれないのだ。
要は為せることはすべて為す。
『天空城』勢に、喧嘩の準備に手を抜く輩はいない。
勝つために必要なことは何でもする。
もしもそれに、何らかの犠牲が必要だとしてもだ。
「しかし我が主は、なぜこんなことに気付かれたのか……」
「魔導を極めしゆえか、それとも――」
エレアとセヴァスの疑問はもっともだ。
だがまさかこの周からの『黒の王』、もしくは分身体が、この世界をゲームとして愉しんでいた外側のプレイヤーだということに思い至ることは不可能だ。
主と同じ元プレイヤーと言われている『十三愚人』にしてみたところで、自分たちの主と似た力を持った存在程度にしか認識できていない。
――まあ、構いません。
そもそも主とは何者なのか。
そんなことを問うても、己が何者なのかすらそういう意味では十全に答えることができる者などいはしまい。
だったら単純でよいと僕たちは思うのだ。
我らは『天空城』、我が主が愉しむためにこそ侍る化け物の群れ。
であればその在り方、存在理由を貫くまでだと。
その大前提が失われた時に自分たちが出す答えを、『黒の王』の僕たちはまだ知らない。