第08話 組織理念宣言
ゆっくりと開いた目に映るのは、何やらファンタジー世界には似つかわしくないSF的な空間。
その中央に在る、謎の碧の液体をたたえた球体の中で、俺は意識を取り戻した。
「管制管理意識体」に確認すると、天空城の基部にある空間とのこと。
長らくプレイしてきたが、こんな場所があることは知らなかった。
まだまだ「現実化したから」こそ存在するようになった場所はあるのかもしれない。
というかそういう場所の方が多くて当然か。
ゲームのインターフェイスとしては必要なくても、実在するとなればなければならない場所、モノ、機構というのは山ほどありそうだ。
ピィン! という澄んだ高い音とともに球体が割れ、分身体としての俺が生れ落ちる。
(。・д・)ノ★⌒☆Happy Birthday! Your Majesty.
……やめて。
およそ12歳として生まれるなんて聞いたことない。
ついさっきまで『黒の王』だった時と変わらず、何の違和感もなく自分の体だと認識できるが当然全然違う。
ヒトならぬ身ではなく、年若い男性体だ。
違う、というのであれば『黒の王』とよりも、本来の俺との方がその乖離は大きいかもしれない。
かっこいいと可愛いはカテゴリこそ違えど同じプラス側。一方(以下略
「管制管理意識体」が姿見として出してくれた表示枠に映るのは、誰がどう見ても「美少年」で通じる容姿をしている。
ある意味異世界で人生やり直せるからには、これくらいの夢を叶えさせてもらっても罰は当たるまい。いや当たるのであったとしても躊躇はしない。
容姿に恵まれる、というのは浅ましかろうが夢の一つではあるのだ。
だからこそアバター系のゲームに傾注してしまうのかもしれない、少なくとも個人的には。
エヴァやベアトリクスと並んでも見劣りしない姿が欲しかったんだよ!
なんならこれこそが分身体による冒険者案を強力に推した理由だと言われても否定はしない。
ストレートの白に近い金髪。切れ長の目に宿る瞳は見る者を魅了する碧。
細身だが弱々しさを感じさせない躰には、生命力が漲っている。
視界に表示されるステータス的には、どんなジョブでも適合するであろう素晴らしい数値が並んでいる。
だが裸だ。
そりゃそうか。
俺の分身体生成の成功を祝うために、その場に控えていた一桁ナンバーズがいるためにやや動揺する。
いかん、『黒の王』の時と違い、テレが表情にでる。
セヴァスが用意してくれていた衣装を、城付侍女の手から渡される。
そういやあったなそういう設定。確かみな自動人形だったはずだ。
そのおかげか美少年の裸体にも無表情、無反応。
みな美人さんだが、それぞれに個性があるのだろうか。
それとも統一意識体なのだろうか?
「管制管理意識体」が全員を制御しているとかだったらなんか笑えないな。
礼を言って受け取り、着させてくれようとするのを断って自分で身に着ける。
セヴァスにしておいた指示の通り、普通の冒険者が入手可能なごくありふれた装備。
よし。
御目付役となった小動物モードの『千の獣を統べる黒』が足元に侍り、目の前には一桁ナンバーズが跪いている。
俺が着替える様子に、数名が生唾を呑み込んだような音がした気がするが気のせいだ。
分身体はヒトとしての最高位といっていい身体能力をもっており、耳の良さもその例に漏れないが断じて気のせいだ。
女性陣の方からなんか危険な雰囲気が漂ってくるのも、併せて気のせいだということにしておく。
女性陣が『黒の王』に対してはM気質で、『分身体』――ヒイロ・シィと名乗ることにする――にはS気質とか勘弁してほしいものだが。
本当に勘弁してほしいのだろうか、俺は。
さておき。
「無事の分身体生成、祝着至極に存じます」
「うん」
ここでも皆を代表して、跪いたままエレアが祝いの辞を述べる。
意識して変えている、俺のいわば年相応の言葉遣いにちょっと引いている。
引くな。
引かないでくれ。
やはり声はイメージしていた通りの中の人のものだ。
いや優しげで涼しげでいいんだけど、その人が女性だと知っているからなんか複雑だ。
「主殿。これからの一連の行動、主殿は陰ながら「世界の守護者」となるおつもりか?」
「そう、なの?」
幼女形態のベアトリクスが俺に尋ね、エヴァンジェリンがいつものように首をかしげる。
確かに俺が分身体で冒険者となることも含め、先の会議で決定したことを総合すればそういう答えにたどり着くだろう。
俺の意図が基本それに沿っていると、おそらくはエヴァンジェリン以外全員が理解している。
「そう思いますか?」
にっこり笑って聞き返す。
容姿に関しては開き直ることをすでに決めている。
背後に俺(本物)のオーラがみえているわけでもあるまいし、容姿にあった仕草行動をしてもキモくはあるまい。
俺の羞恥心だけの問題なのだ、これは。
エヴァとベアトリクスが僅かに頬を染めたのは、俺の仕草行動に破壊力があったからだと盲信する。いたたまれなくて赤面するしかなかったとかだったら悶死しかねない。
「いやですか?」
重ねて聞き返す。
そっち方面の思考は停止して、今の問答に集中する。
これはけっこう大事なことだ。
俺がどう思っているか、それを肚にしまったまま、僕たちにただ従えという気は俺にはない。
俺は俺の僕たち――仲間にだけは肚を晒す。
いや隠すべきこともあるのは否定しないが、大事なことで、だ。
「ううん?」
「そうは言わん。言わんが……」
エヴァンジェリンは素なのだろうが、ベアトリクスはじめほかの連中にしてみれば思うところもあるのだろう。
今までの周回内容もしかり、そもそも俺とエレアを除けばそもそもみなヒトではない。
ヒトの世界のために水面下で骨を折るとなれば、いやとは言わぬまでも「んー?」という想いを持つのは理解できなくもない。
実際皆の聞きたいことでもあるだろう。
ヒトであるエレアには聞きにくいとみて、ベアトリクスが聞き役に回ったのだ。
根はお人よしという設定は、現実化したこの世界でもきっちり適用されているようだ。
「確かに結果としてそういう立ち位置になるかもしれません。ですが……」
だからこの際、正直なところを伝えておく。
これを伝えるのは「美少年」では様にならぬので、分身体の意識を本体へと戻す。
ふと意識を失い倒れそうになる分身体を抱きかかえるようにして、その背後から『黒の王』が転移で現れる。
なんかなれれば並行起動も可能なんじゃないかなこれ。
必要となるかもしれないし、訓練してみるのもいいかもしれない。
だがそれは今後のことだ
今は――
「忘れるな、優先されるのは我が組織の安泰。それを犠牲にしてまで世界を護ろうなどとは思っておらん」
『黒の王ブレド』の言葉に、我が組織を統べる八体が再び跪く。
これは我が組織の在り方の表明である。
「だがそれ以上に優先されることがある」
ここはブレさせる気はない。
大事な仲間であることは確かだし、それを否定するつもりはない。
だが――
「私が愉しむことだ! そのためにこそ、我が組織は存在する!」
僕たちはみな、そのための存在だった。
それは現実化したこの世界においても揺らぐことはない。
ただ一体の例外もなく、僕たちの存在理由は揺るぎなくそれのみ。
そのことを明確に宣言しておく。
現実化しようがそうでなかろうが、俺はそのためにこそみなと共にあるのだ。
「身命を賭して奮励せよ! 我が愉しみのために!」
(/"`・ω・´) Sir, Yes, Sir!
「承知いたしました!」「はーい」「うむ」「承りました」「御意」「仰せのままに」「りょかーい」「心得ました」
皆それぞれ特徴のある返事だ。
わりと好きなことを言われているのに、みな嬉しそうなのはそうあることこそが彼ら、彼女らの正しい在り方だからかもしれない。
であれば俺は、その主として正しく振る舞うのみ。
「よろしく、お願いします」
『黒の王』を亜空間に戻し、再び『分身体』に意識を戻して俺はにっこりとほほ笑む。
こうして俺の、冒険者としての生活が開始されることとなったわけである。