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短編ホラー集

瞬間移動

作者: 結城 楓

都内で八階建てのオフィスを構える某企業に勤めていた津久井さんは、この日十時から上司の大澤さんと外回り営業の予定になっていた。

この日はエレベーターの定期点検日だったので、やむを得ず五階から階段を使って降りる羽目になってしまった。


しかし階段へ向かって歩き出したその時、大澤さんが津久井さんに突然声を掛けてきた。

「悪い、ちょっと腹痛くなってきたからトイレ行ってくるわ。先に下に行っててくれ」

大澤さんはお腹を押さえながら、津久井さんの返事も待たずにトイレに向かった。

津久井さんは〈この分じゃ暫く出てこれないかもしれないな〉と思ったが、待っている間に飲み物でも買っておこうと考えて階段を降りる事にした。


ところが一階の玄関前まで来ると、そこにはもう既に準備万端の大澤さんがいたのである。

この社内で他の階へ移動する手段と言えば、津久井さんが降りてきた東側の階段と、西側の外にある非常階段。それと建物中央のエレベーターの三つだと津久井さんは言う。

エレベーターが使えない今、彼がどうやってここに先回りしたのか気になって訊いてみた。

「大澤さん、さっき腹壊して五階のトイレ行ってましたよね?いつここに来たんですか?」

「二・三分前くらいにはいたけど……」

「どうやってここに来たんですか?わざわざ西階段使ったんですか?」

「俺ね、瞬間移動出来るんだよ」

「瞬間移動!?」

津久井さんは思わず頓狂な声で聞き返す。

「そうそう、瞬間移動。でもあんまり使い過ぎると本当に消えちゃうから緊急の時だけね」

大澤さんは至極大真面目な顔で言った。

一瞬間を開けて「なんてね、冗談冗談」と、今度はあっけらかんとした様子で笑いながら言った。

普段から冗談を言う大澤さんらしいと言えばそうなのだがどうにも腑に落ちず、結局この日は先回りの真相は分からなかったそうだ。


その日を境に似たような事が度々起こった。

さっきまで五階にいたかと思えば五階の人からは「今は二階にいるはずだよ」と言われ、二階へ行くと「八階へ用があるって……」と返され、探すのを諦めて社内放送を利用して本人に連絡を取ると「さっきからずっと一階にいる」なんて返ってくるのである。

その様子はまるで本当に瞬間移動をしているようにも思えたし、社内では大澤さんのドッペルゲンガー説まで浮上していたらしい。


そんな中、会社はお盆休みを迎え、津久井さんは一週間程の休みを経て出社すると、いつもなら既に出社しているはずの大澤さんの姿が見当たらない。

津久井さんは気に掛かって近くにいた同僚に訊ねた。

「大澤さんって今日まで休みなの?」

「大澤さんって誰?他の部署の人?」


それは思わぬ返答だった。同僚も大澤さんには散々世話になっていたので、幾ら何でも忘れる筈がない。

「誰ってお前、俺らの先輩じゃないか!いつもあそこのデスク使ってただろ?」

「あそこは前から空席だろ、しょっちゅう書類置きっぱなしにして課長に怒られてたじゃないか。暑さで頭やられたのか?冗談ならやめてくれよ」

同僚は真剣な顔で言った。

津久井さんは自分が指差したデスクの方に目をやると、自身の目を疑った。

そこには綺麗に片付けられたデスクがあるだけで、大澤さんの私物はおろか、彼のいた形跡すら残っていなかったのである。

他の人に訊ねてみても、皆一様に彼の事を覚えている人はおらず、皆が口を揃えてそんな人は知らないというのだ。

彼の存在を記憶していたのは、津久井さん唯一人であった。


津久井さんは慌てて自分のスマートフォンの連絡先を確認してみたものの、“大澤”という人物は登録されていなかった。

しかし緊急時に備え、電話番号を控えて持ち歩いていた事を思い出し、急いでメモ帳を取り出した。

【緊急連絡先】の欄を目で追ったが、“大澤さん TEL”と書いてあった筈の“大澤さん”の所だけがまるで初めから何も書かれていなかったかのように綺麗に消えていた。

幸い電話番号は残っていたためその番号に掛けてみたのだが『おかけになった電話番号は現在使われておりません』という無機質なアナウンスが流れてきただけだった。

電話を切ると今度はスマートフォンの画像を遡り、新年会や忘年会、社員旅行の時に同じ部署の人全員で撮った写真を一つずつ見直してみた。

どんなに探してみても大澤さんの姿はどこにも写っていなかった。


“大澤さん”という人物は本当にこの世に存在していたのか、それともそんな人物は初めから存在しておらず全て自身の思い違いや幻覚だったのか、彼の存在していた証拠が何一つ残ってない今となっては確かめようもない。

しかし津久井さんは、彼と休み前に交わした会話を思い返すと彼が瞬間移動の際に間違って何処かへ存在ごと飛んで行ってしまったのではないと推察している。

ある日突然消えてしまった彼だから、ある日突然ひょっこり戻ってくるのではないかと思っているそうだ。


夏といえばホラー!の第二弾です。


今作の着想に至ったきっかけなのですが、職場の社員さんと五階で話してたんですけど、その社員さんから四階へ行くように指示があったので、急いで下に降りたら既に社員さんがいたからちょっと驚いた……という実体験を話のネタにしてみました。

上司本人から「俺三人くらいいた方がいいよな?」なんて発言もありまして、確かに仕事の出来る人だからドッペルゲンガー的に複数人いてくれたら助かるなぁと思いまして……。(笑)

勿論社員さんは今も元気で働いています。


書き溜めの清書がなかなか進められず、次作がいつお目見え出来るかは分かりませんが、今夏中(夏とは言っていない)にはまたもう二・三作投稿するつもりです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


Twitterやってます。

@Poetry_weave40

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