トンナの強さに磨きがかかってて、驚いた件について
トンナ無双?
アヌヤとヒャクヤが、本屋の屋上に到着する。
二人に怪我がないことを確認して、麻袋を地下へと運び込む。
「トンナ姉さんはまだなの?」
ヒャクヤが剣をヘリのローターのように回しながら、俺に聞いてくる。
「そうだな。トンナが遅いな。」
イチイハラ、トンナはどうした?
『トンナちゃんは面白いことになってるよ。』
何だ?面白いことって?
『お前がフラグを立てただろ?』
まさか…
『トンナちゃんの行き先は帝国だったじゃない。』
俺はトンナの元に向かうと皆に告げて、カルザン帝国へと瞬間移動した。
カルザン帝国の首都、カルザン帝都。
標高三百メートルの山に構築された街だ。切り立った二十メートルの崖が外敵を阻み、山その物が街として整備されている。北寄りの頂に帝城が築城され、その周囲を街区が取り囲んでいる。街区が広がるにつれて、その山の中だけでは収まり切らないようになって、山裾にも街区が広がっている。
山の街区を中央街区、山裾の街区を新街区と呼び分けている。
その中央街区、貴族屋敷の広い庭にトンナは居た。
綺麗に刈り揃えられた芝生の上、膨らんだ麻袋を足元に転がしたまま、身長二メートルを超える美丈夫が足を開いて立っている。
右手に握った斧槍を下段に構えて、斜に立つ姿は、腰が座って、非常に美しい。
俺は、背中を向けたまま立つトンナに、声を掛ける。
「どうした?トンナ。」
トンナがきつい視線を前方へと向けたまま、俺の声に答える。
「ごめんね、遅くなっちゃって。心配して見に来てくれたの?」
「心配って訳じゃないけど、気になってね。」
トンナ相手に、マトモに戦える奴ってのが、あんまり想像できねぇんだよなぁ。
右手に持った斧槍を左手に持ち替えて、俺に体を向ける。斜に構えながら、視線は前方を注視したままだ。
空いた右手を俺の脇に差し込み、俺を抱きながら軽々と持ち上げる。
トンナの長い右手が俺の体に巻き付き、俺の頭に回される。
そのままトンナは視線を動かすことなく俺の頬に口付けをする。
「もうちょっとだけ待ってね。もうすぐ終わらせるから。」
そう言いながら、俺の顔中にキスをする。
「いや、トンナ、それはわかったから。その、何で、そんなにキスするの?」
ホント、顔中が唾臭くなるからやめて。
「だって、トガリが迎えに来てくれたんだもん。嬉しくって。」
トンナのキスが止まらない。
トンナの視線の先、芝生の先の茂みが音を立てて吹き飛ぶ。
トンナのキスが止まらない。
茂みが吹き飛んだ方を見れば、立木の何本かが、半ばで圧し折れている。
うわ~。もろ戦闘中だったか。
吹き飛んだ茂みの向こうから、女が姿を現す。トンナに比肩する長身で肩幅が広い。筋肉に覆われた巨躯が小刻みに震えている。
無駄な脂肪の付いていないシェイプされた体でありながら、その肉厚は圧倒的な物だった。褐色の肌に大きな目、その中で燃え盛る瞳は金色だ。
その身を包む青い衣服は、所々破れているが、女に傷は見当たらない。
左手に一メートルの短槍、右手には内側に湾曲した五十センチメートルほどの刀、ククリナイフを持っている。
女がトンナにゆっくりと近付いて来る。金色に輝く瞳で俺を睨む。
「子供!その女から離れろ!!」
掠れたハスキーボイスで俺に向かって怒鳴る。
そうか、初めて出会った時は仮面を着けてたからな。俺のことがわからないのか。
「気を付けろ。奴はドラゴノイドだ。耐久力が半端ない。」
俺はトンナの耳に囁いてから、トンナの腕からスルリと抜け落ちる。芝生の上に宙返りしながら着地して、金目の女に向き直る。
「俺のことを覚えてないのか?」
金目の女、ドラゴノイドが訝し気に俺の方を見る。
俺はカルザン帝国に単身乗り込んだ時と同じ衣装を再構築する。
黒いローブに身を包み、肩にアギラの角が装着される。獣の咢を模したグラファイト製の黒い仮面が俺の顔半分を覆う。
ドラゴノイドが目を剥く。
「貴様は!!」
猫の爪を指先に装着した手を揉むように動かしながら「久しぶり。カルザンは元気か?」と声を掛ける。
「こっ殺してやる!!」
おお、物騒だな。
ドラゴノイドが俺に向かって無造作に歩き出す。その一歩一歩に殺気が込められている。
「トガリ。この女のこと、知ってるの?」
「ああ、前にカルザン帝国に行った時にちょっと遣り合った。」
トンナの目が薄く閉じられる。
「そう。じゃあ、死刑ね。」
えっ?
トンナの姿がブレる。
金属製の斧槍が撓り、ドラゴノイドの頭に振り下ろされる。
ドラゴノイドが咄嗟に後ろに下がり、鼻先で斧槍を躱す。
斧槍が地を叩く寸前で止められ、風圧で芝生を散らす。
「遊んでやっても良いと思ってたけど、お前は死刑だわ。」
トンナの静かな声が響く。
「貴様。そのガキとどんな関係だ?」
「あなた。不敬罪で八つ裂きの刑だわ。」
斧槍の鉤爪状のスパイクが、ドラゴノイドの顎に向かって跳ね上がる。
「シュッ!」
ククリナイフが振り下ろされる。
湾曲した刃が斧槍の柄を捉え、スパイクを止める。
「ハッ!」
両腕を交差させるようにして、左の短槍がトンナの顔目掛けて突き出される。
トンナが斧槍を手の中で捻り、ククリナイフを弾いて、柄で短槍の穂先を絡める。体の外に向かって短槍を弾かれながらドラゴノイドが踏込む。
「ヘヤッ!!」
右のククリナイフが、より近いトンナの左腕を狙う。
トンナの手の中で捻られた斧槍が、トンナの前でローターのように回り、ククリナイフを弾き返す。
トンナの掌を斧槍が滑り、穂先がトンナの手元まで引き寄せられ、トンナが一歩踏み込むと同時に斧槍が突き出される。
ドラゴノイドがバックステップで下がるが、そのスピードをトンナの突きが上回る。
手の中を滑りながら突き出された斧槍がドラゴノイドの胸を捉えて、ドラゴノイドを吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
ドラゴノイドは芝生の上を転がりながら、十メートル程も吹き飛ばされるが、傷一つ負っていない。
「くっ」
ドラゴノイドが片膝を着きながら、立ち上がる。
ドラゴノイドは既に全力だが、トンナには、まだ余裕がありそうだ。
「あなた、硬いわね。」
斧槍を突き出したままの姿勢でドラゴノイドに話し掛ける。
「あたしの愛の象徴、姿を変えてあたしを守りなさい。」
斧槍が粒子へと変わり、トンナの両肩と右腰の装甲へと姿を変える。
なんちゅーパスワードだ。トンナ、痛すぎるぞ。
「来なさい。叩き潰してから、八つ裂きにしてあげる。」
ドラゴノイドの目が吊り上がる。
「なめるなあああーっ!!!」
ドラゴノイドの後ろで地面が抉れ、土煙と共に草が舞い上がる。
巨大な質量を持った隕石が水平に飛来するかのようなスピードと圧迫感。
青い衣服が千々に千切れ、褐色の砲弾となってトンナに突っ込む。
トンナまで五メートルの地点で短槍を下手で投擲、僅かに遅れてククリナイフをブーメランのように投げつける。
並みの銃弾を遥かに超えるスピードで短槍が飛ぶ。
ミサイルのような短槍をトンナの左手が叩き落す。
返す左手で、回転しながら飛来するククリナイフの腹を叩いて弾き飛ばす。
既にドラゴノイドはトンナの懐だ。
トンナの腹目掛けてタックルに行ったドラゴノイド、その顔を冷静に見詰めるトンナの瞳は、あくまで冷徹だ。
その一瞬の邂逅で、ドラゴノイドは死を覚悟したかもしれない。
振り上げられたトンナの左手がドラゴノイドの視界から消える。
消えた瞬間にはドラゴノイドの延髄にトンナの左手刀が振り下ろされていた。
ドラゴノイドのうなじにトンナの手刀がめり込み、ドラゴノイドの突貫は見事に阻まれた。
トンナが左手を引き戻し、トンナの左へと倒れようとしていたドラゴノイドの左手を掴む。
トンナがドラゴノイドを引き起こし、ドラゴノイドのガラ空きの顎にアッパーを突き込む。
跳ね上がった顎は、大きく仰け反りながら、体を中空へと浮き上がらせた。
目の前に浮かんできたドラゴノイドの腹に、左のスマッシュを突き入れ、ドラゴノイドの体をくの字に折って、完全に浮かせる。
トンナが右手でドラゴノイドの髪の毛を引っ掴み、左でアッパーを打ち込む。
腹を打つ。
胸を打つ。
顔を打つ。
打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ打つ。
連打の回転が止まらない。
ドラゴノイドは空中で、手足の糸が切れた人形のように、奇妙なダンスを踊っている。
一体、何発のアッパーを突き入れたのか、ドラゴノイドの体は地面に襤褸布のように横たわった。
髪の毛をトンナに掴まれているので、顔だけは持ち上がっているが、その原形は留めていない。
その姿を冷静に見詰めながらトンナがボソリと呟く。
「さて、どこから千切ろうかしら?」
「待ったあああああっ!!」
流石に、トンナにそんなことはさせられない。
「どうしたの?」
キョトンとした顔でトンナが俺を振り返る。
「いや、もうこの辺で勘弁してやろうよ。」
「ダメよ。トガリに暴力を振るうなんて、絶対、確実に確定して死刑よ?」
いやいやいやいや、絶対そんなことはないから。
「トンナ、命令だ。そのドラゴノイドを殺すな。」
俺の強い視線と命令を受けて、トンナの表情がトロンと蕩ける。
「うん。トガリの命令じゃ、しょうがないね。」
嬉しそうに微笑んでいるが、その右手には血塗れのドラゴノイドを引き摺っている。
何か凄く猟奇的なんですけど、気のせいですか?
ドラゴノイドをそのまま放り出し、代わりに麻袋を引き摺る。
「トンナ、引き摺ってくの?」
「だって、肩はトガリの指定席だもん。」
…な、成程。
俺は霊子バイクを再構築し、麻袋をトンナに積み込ませる。
麻袋の後ろ、トンナが霊子バイクに跨り、俺を持ち上げて、麻袋の上に座らせる。
「ごめんね。膝に座らせてあげたいんだけど。袋を退けて下に吊るそうか?」
いや、何が?麻袋には人が入ってるってわかってる?
「吊るされたら死んじゃうから、このままで。」
「抱っこ紐とか作る?」
「絶対に作らない。」
何を言ってるんですか?
「肩車にしようか?」
どうあっても、俺を乗せたいようだ。
「じゃあ、そうしよう。」
俺はトンナの肩に乗る。
「しっかり掴まっててね。」
霊子バイクが浮き上がり、一気に高度を上げる。
俺はトンナには内緒で、ドラゴノイドの脳だけ治してやった。




