八穢の物の怪
第39話ギュスターの回顧録とトンナの理屈は魔王の理屈を改稿いたしました。宿場町一つを消した割りに、大騒ぎになっていないとの感想を頂戴いたしましたので、そのご意見を取り入れての改稿となります。
オルラとの会話の遣り取りで、魔法使いの位置づけ、法規制について書いておりますので、興味をお持ちの方は、ご一読いただければと思います。
王都中心には王宮がある。
その王宮を取り巻くようにして街区が広がっているのだが、当然、王宮と街区の間には濠がある。ただ、このハルディレン王国では、天然の濠として湖が転用されている。
周長三十キロメートル、ほぼ円形の湖の中心に、突き刺さるように巨大な花崗岩が突出し、その上に王宮が建てられている。
ホルルト山脈からの雪解け水が、大量に流れ込むその湖は、以前まではハルディレン湖と呼ばれており、その汀にハルディレン王都が広がっていたのだ。
したがって、その湖はあくまでハルディレン湖であり、王宮の濠としての認識はなかった。
しかし街区部分が広がりを見せるにつれて、濠としての認識が強まっていったのだ。
外に向けて街区が広がるのではなく、内に向かって、つまり王宮に向かって、湖の埋め立てが進められ、街区が広がっていった経緯がある。
王都の地下は天然の水路として機能しており、その使用目的は、主に下水としてであった。
結果として、王都地下から流れ出る河川は汚染され、近隣の農村で収穫される農作物は汚染物質を多量に含み、その農作物を摂取した王国民に公害病と呼べる被害が広がった。
その後、浄水城と呼ばれる、魔法使いを大量に投入した城が築城された。
その城は、王都地下から流れ出る河川に水門のような形で築城され、王都から排出される汚染物質を魔法で除去し続けるという、いかにも非効率な代物であった。
そのハルディレン王都、役人町と呼ばれる、王宮に近い街区に俺は居た。
八穢の物の怪は繁華街でもスラムでもなく、この役人が多く住む役人町に居た。
右目の下に傷を持つスカーフェイスのモンゴロイド。
痩せ型で刃物のような雰囲気を持った男だった。
その男がソファーに座って、化け物を見るような目付きで、俺の方を睨んでいる。
スカーフェイスの正面には、やはりソファーに座った男が居た。華美な礼服と見紛う制服を着た男だ。
恰幅の良いこちらの男は口をポカンと開いて、俺を見詰めている。
「貴様。どうやって此処に入った?」
呆れたような声、制服の男が俺を詰問する。
エダケエに繋がりのある警察幹部貴族だと当りをつける。
「しょうがねぇなあ。」
俺はそう呟くと、目の前に座る二人の男の動きを止める。
意識はそのままで、その運動能力を奪ったのだ。
途端に、二人の男は、力なく崩れるようにソファーの肘掛けに倒れ込んだ。
二人とも呻き声を上げるが、言葉になっていない。
俺はスカーフェイスの男だけを麻袋に詰め込み、警察幹部貴族の方は頭に侵入しているマイクロマシンを使って記憶の一部を錯誤させてやる。
これで、二時間ほどの記憶は昼寝の時に見た夢だと思い込むだろう。
俺は部屋の窓を開け、首を回して、窓の大きさを確認する。
少し小さいか?
俺は窓枠と、周りの石壁を分解して窓を大きくする。
赤い絨毯にエアロバイクを構築する。
霊子金属で作った霊子回路で、幽子を霊子へと変換させる霊子バッテリーを組み込んだ新型だ。
幽子はエネルギーだ。
その幽子に指向性を持たせると霊子となる。
霊子回路は幽子や霊子に必要な指向性を付加させる物だ。
その回路に幽子を通す際、ローターを回すという指向性を持たせてやれば、霊子は消費されながらローターを回し続ける。
霊子バッテリーは周囲の幽子を取り込み、始動させれば、ほぼ半永久的に作動し続ける。
霊子を動力源として使用するからには、作動箇所に、その霊子と反応する霊子金属を使用しなければならない。
俺は前後のホイールローターに霊子金属を使い、霊子で回転するローターを作製、バイクのエンジン部分の位置には幽子を霊子に変換圧縮して、後方へと排出する霊子ジェットエンジンを取り付けて、霊子式エアロバイクとした。
俺は、その霊子バイクに跨り、男を包んだ麻袋一つを車体に括りつける。
指紋が始動鍵になっているので、ハンドル中央のパネルに右手を押し付け、同時に、始動に必要な霊子を送り込む。
エンジンが始動し、静かなロータリーピストンが回り出す。
二つのヘッドランプに挟まれた霊子取込み口から風切り音が唸り出し、タンクのエネルギーゲージが見る間に一杯になっていく。
エネルギーゲージがフルを表示した時点で、ローターの始動スイッチをオンにする。
まずはジャイロが働いて、車体を安定させてから、ローターが回り出し、車体をフワリと浮かべる。
体のバランスだけで、ある程度の推力が得られることを確認、立体操作ハンドルで前後のローターが俺の意思どおりに動くことも確認するが、このハンドル、もうちょっと操作性を良くしないと、普通の人には難しいな。と、反省する。
窓から外に出ると、浮力を一気に失い、下降を始めるが、右手のアクセルを開いて、ローターの回転を上げて浮力を得る。
周囲の庭木の枝が折れ、下層階の窓ガラスを震わせる。
バランスを取りながら、建物からある程度離れた所で、右足でクラッチを繋げ、霊子ジェット用の左手のアクセルを開く。
思いっきり加速したので、ちょっと驚いた。
時速としては、百五十キロぐらいは出てるんじゃないだろうか?
軽くアクセルを開いただけなのに、いきなりこの加速は操縦を誤るな、と、クラッチ設定を五段階に変える。
回転運動の変速ではなく、霊子の噴出量調整のためのクラッチだから、クラッチの切り替えはスムーズに行える。ほぼ、ほぼ、オートマチックと変わらない。
霊子ジェットが始動すると、同時に立体操作ハンドルが二次元操作ハンドルへと切り替わるように設定する。
立体操作ハンドル時は、路面を走るようにハンドルを左右に回すだけではなく、前後にも動くようにしてある。
前に押せば、霊子ジェット始動前でも、前に進み、後ろに引くと後ろへと下がる。左右のハンドルは独立稼働するので、右だけを前に押せば右斜め前に進むし、逆に右だけを引き寄せれば右斜め後ろに進む。
これは、前後のローターの傾きを調節するためのものなので、霊子ジェットが始動すると安定感を欠くため危険になる。
従って、霊子ジェットが稼働中は、普通のバイクと同じ操作となるように設定したのだ。
セーフティーを解除すれば、立体操作ハンドルとして使うことも出来るが、今は初心者で、同乗者もいる。セーフティーを外しての実証試験は、次の機会に取っておくことにする。
上空は気温が低いので、コートを分厚く再構築し、ヘルメットを再構築。
あまり高空を飛ぶと気圧が下がって、麻袋の人が死んじゃうので、高度三百メートル付近を時速二百五十キロ程度で飛行する。
ものの十分ほどでホノルダ群統括中央府の本屋の上空に到着する。
速度を落として、旋回しながら、本屋の屋上に着陸、麻袋を肩に担いで、本屋の屋上には、今までなかった塔屋を建築し、最上階の事務所に下りる。そのまま、地下室まで下りて、麻袋を地下室に放り込み、地下室に閉じ込められているロマンスグレーに「麻袋から出してやれ。」と言って、元通りに壁を再構築。
地下室に閉じ込められた奴らは、もう、諦めたのか声を出すこともなかった。
でも、相手は犯罪組織の海千山千だ。一応、壁を二重にしておこう。
さて、オルラ達はどうかな?
オルラはホノルダ群統括中央府の存在するコーデル伯爵領の西隣、王都に近いスレット伯爵領に居る。スレット伯爵領の主都であるスレット都だ。
オルラは八穢の物の怪が居る建物の屋上に居た。
オルラは馬に乗ることさえ嫌っていたから、俺が迎えに行かなければならない。
屋上の霊子バイクに跨り、俺は再び空を走り出した。
目を瞑って、俯いている。
俯いた首の角度が徐々に下がって、長い髪の毛が完全にオルラの顔を隠す。
暗い洞窟に垂れる一滴の水。
張り詰めた糸に、雫が落ちたような空気が、オルラの肩から滲み出ている。
静かに目を開く。
光を失った瞳。
緩やかに、屋上の端へと移動していく。
歩いている動作なのに、その動きは滑空しているように見える。
ツブリを取り出し、先から分銅を外す。
霊子金属を編み込んだ紐は、オルラの霊子を感じ取り、身をくねらせる。
苦無を屋上の床に突き刺し「貫け茨。」とパスワードを呟く。
ツブリの紐が苦無に巻き付き、オルラは屋上の淵に足を掛ける。
外壁に対して、オルラが直角に立つ。
オルラの体を支えるのは、ツブリの紐だけだ。
その紐を緩めながら、最上階の窓に近付いて行く。
窓を覗き込み、八穢の物の怪を確認して、静かに窓を開ける。
ツブリをその隙間から潜り込ませ、蛇のように床を這わせる。
スレット都の八穢の物の怪は女だった。
額から眉間を通り、左頬を走って顎にまで刀傷が走っている。
年はそれなりに重ねているようだが、若々しい肌の張りに、幅広い肩が強健な体付きを連想させる。
人種はモンゴロイド。
目の前に、数人の男を並ばせて、何事かを叱りつけていた。
その女の足元に、ツブリが這い寄る。
女が話を止めて、一息吸い込んだ瞬間だった。
正しく毒蛇が獲物に襲い掛かるようなスピードで、女の足をツブリが絡め捕り、そのままのスピードを維持して、女を窓から外へと引き摺り出した。
女は悲鳴を上げる間もなく、オルラの肩に担がれ、屋上へと連れ去られた。
オルラの足元に転がされ、オルラと女の目が合う。
オルラは冷徹な色を湛えた瞳で女を見る。
女はオルラの顔を認識した途端に、驚きの表情を浮かべる。
口元が僅かに開き、女の唇が震える。
「オ、オルラ…」
女がオルラの名前を呟く。
「久しぶりだね、カナデ。」
「そんな…あの頃のままだなんて…」
カナデと呼ばれた女がオルラの顔をまじまじと見詰める。
オルラの外見は若返っている。オルラの昔馴染みであれば、その外見が変化していないことに驚くのも無理はない。
オルラの足が跳ね上がりカナデの顎を捉える。
カナデはそこで意識を失った。
俺はオルラのすぐ横に着陸した。
オルラはカナデを見下ろしている。
「知り合い?」
「馬鹿な女だよ。ヤートを抜けて、自分よりも弱い者を食い物にしてやがった。」
針を飲み込んだような表情。
オルラは、その表情を崩すことなく、カナデを麻袋に詰めて、俺の後ろに積み込み、その後ろに跨った。
ホノルダ群統括中央府に戻る前に、ロデムスの所に寄る。
ロデムスは、どうやったのか、標的を既に麻袋に詰めて、俺達が来るのを屋上で待っていた。
ロデムスが捕らえたのはネグロイドの男だった。
その男を下にして、その上にカナデを重ねて積み込む。その上にロデムスが座り、一路ホノルダ群統括中央府に戻る。
ロデムスが捕らえたネグロイドの男は、そのまま地下室に放り込んだが、カナデという女は、オルラが別室に連れて行くとのことだったので、任せることにした。




