掃除は溜め込んじゃ駄目だよね?
次の日の朝、件の本屋に向かう。
その途中で、あの店の朝食に出されるパンケーキを食べてみたいと言われて、パンケーキを食べに寄ったり、あの店のラテを飲みたいと言われて、チョコレートラテを飲んでみたり、あの店のフレンチトーストを食べてみたいと言われて、フレンチトーストを食べたりと、中々目的地に到着できない。
食べたいと言い出すのは、大概がアヌヤで、ヒャクヤは「太るの。」だの「ダイエットしなきゃダメなの。」とか言いながらも嬉しそうに食べていた。
トンナとオルラは平然としながらも文句一つ言わずに食べていた。
いい加減にして欲しかったので「もういい加減に道草は止めて、本屋に行くぞ。」と言ったら、全員が悲しそうに、と言うか、寂しそうになったので、オルラとトンナも内心では喜んで食べていたのだろう。
本屋は、格子型のシャッターが閉められて、鉄扉が何枚も連ねて閉じられていた。
俺は瞬間移動だったので、本屋のシャッターが閉じられているとは知らなかった。
店舗の横には、上階へと上がる階段の出入口が設けられており、その出入口から、エダケエの構成員数人が下りて来たところだった。
皆、一様に焦った表情をしている。
その構成員が鍵を開けて、格子型のシャッターを横へとスライドさせる。
鉄扉の一枚を開けて、次々と中へと入って行く。
俺は、トンナの肩から下りて、俺達もついでのように入って行く。
やっぱり、エダケエの構成員って馬鹿なんだろうか?まあ、筋者だからな。しょうがないだろうな。
店の奥では、数人がやいのやいのと騒いでいる。
カウンター横の地下室に続く扉の前で、早く開けろだの、鍵が違うだの、随分と混乱しているようだ。
ようやく扉が開いて、人一人が通れるような通路に、全員が、我先にと入り込もうとする姿は、呆れを通り過ぎて、滑稽だった。
うわぁ。馬鹿の管理って大変だろうなあ。
ハノダ、ご愁傷様って感じだ。
「トガリ、どうする?」
混乱をきたした構成員達は邪魔でしかない。
「ノシちゃってくれる?」
俺の言葉に、トンナ以下獣人三人娘が、即、動く。
アヌヤは、構成員達の間をすり抜けるようにして、当て身を食らわせて昏倒させていく。
ヒャクヤはチビヒャクヤをばら撒き、そのチビヒャクヤが撃ち出す霊子受信回路で構成員達の動きを制御する。
トンナは構成員の頭を無造作に掴んでは、軽く振るって昏倒させている。
こうやって見ると、恐ろしいぐらいの無双っぷりだな。
特にトンナの無双っぷりは凄まじい。
長い手を上から伸ばして、軽く掴んでいるように見えるのに、掴んだ瞬間には、昏倒させている。
トンナに頭を掴まれ、高速で頭を振られ、脳が、頭蓋内で何度も揺らされ、脳震盪を起こしているのだが、昏倒してる構成員は、何が起こったのかも、わかってないだろうなぁ。
カルザン帝国で出会ったドラゴノイドと比べたら、どっちが強いんだろうかと、興味が湧くが、おっと、いかんいかん。こんなこと考えたら、フラグになっちまう。
構成員達は悲鳴を上げることもなく、全員が床に倒れる結果となった。
短い階段を上がった後、長い階段を下って行く。
鉄製の格子と木製の扉に耳を当てると「誰か、地下の扉を開けに来い。」と、か細く聞こえてくる。
恐らく、中の換気扇に向かって、大声を出しているのだろうが、この扉越しには小さく聞こえる。そりゃあ、石積の壁で覆われてるからね。
構成員の誰かが、この声を聴いて、慌てて開けようと殺到してたのか。
成程と納得する。
俺は格子と扉を分解して、出現した石壁に掌が滑り込むほどの穴を開けてやる。
その穴を開けた瞬間に、きついアンモニア臭が鼻を衝く。
ああ、我慢できなかったのね。
「誰だ!!」
鋭い声で、中から誰何されるが、俺はその声に答えることなく、先に奴らの排泄物を分解消去する。
自分達の排泄物が消去されたことで、誰が来たのか気が付いたのだろう。部屋の中から緊張した雰囲気が漂って来る。
何も言ってこないので、試しに石壁に開けた穴を再び閉じてみる。
「待て!待ってくれ!!」
「待ってちょうだい!お願い、待って!」
焦った男の声と懇願するような女の声。
俺は、再び、先程と同じような大きさの穴を作ってやる。すかさず男の指が差し込まれて来る。男の手では大きすぎて、指が四本しか出て来ない。
俺の顔に触れそうになったので、俺が顔を引くと、上からトンナが、その指に向かって手刀を振り下ろす。
「ぐわっ!!」
見事に四本の指が叩き折られている。折られたオッサンも吃驚しただろうが、俺も吃驚したよ。鼻が削げたかと思ったよ。
細い指が、俺の肩を掴んで、その穴から俺を引き剥がす。
誰かと思ったら、アヌヤだった。
何をするのかと思ったら、その折れた指に向かって蹴りを打ち込みやがった。
「があああっ!!」
足蹴にして、グリグリと捻り潰そうとしてやがる。なんて酷いことするんだ、こいつ。
アヌヤが足を退けると、ヒャクヤがグチャグチャになった指にデコピンを食らわせている。
何がしたいんだコイツは?相変わらずよくわからん。
すると、チビヒャクヤがツブリを指に巻き付けて、引っ張り出したから驚いた。
「ぐああああっ!!」
さっきのはデコピンじゃなくて、絡まった指を一本一本に分けるための作業だったのか。
コイツは、丁寧に酷いな。
折れた指から、更に凄惨な音が聞こえてくるので「勘弁してやれよ。」とヒャクヤに声を掛ける。
「何言ってるの?色ボケ得点王の顔に当たりそうになってたの。簡単に許しちゃいけないの。」
そうなのか?と他の二人の顔を見るとトンナもアヌヤもウン、ウンと頷いている。
そうか、俺だけがズレてるのか。…そうか?
とにかく事が進まないので、ヒャクヤに止めさせる。
「おい、指を引っ込めろ。」
俺は中の男に声を掛ける。恐らく、この指はロマンスグレーの男のものだろう。
その指が軟体動物の様にゆっくりと部屋の中へと引きずり込まれていく。
痛そう。
軟体動物と言うより、布切れの様に引き摺られていくってどうよ?骨グチャグチャ?靭帯とかも逝っちゃってる系?
最初は指が出てきたけど、今度は毒とか出て来るかもしれないから、ちょっと注意しながら、穴に近づく。
「悪かった。此処から出してくれ。」
震える声で、ロマンスグレーが懇願する。
俺はロマンスグレーの声を無視して、穴を塞ぐ。
壁の向こうから叫び声がするが、スルーだ。
「まだ元気そうだから、もうちょっとほっとこうか?」
「そうだね。質の悪い獣は、動けなくなるまでほっとく方が良いさ。」
と、オルラが、何気に酷いことを言うので、この建物に巣食うエダケエの構成員の片付けから始めることにする。
まずは、店から出て、階段を上がって最上階へと向かう。
途中で階段に出て来る奴らは、問答無用でトンナ達が片付けた。
最上階の扉は、やっぱり頑丈な鉄扉だ。鍵の数も四か所と多い。
でも、俺には関係ない。扉ごと分解して、きれいさっぱりと失くしてしまう。
四十畳ほどの広さに赤い絨毯が敷かれて、豪華なソファーが並んだ応接セットが中央に置かれている。
高そうな家具が数点置かれており、ガラスの戸棚にも、やっぱり高そうな酒瓶が並んでいる。
天井からはシャンデリア、壁燭台も設置されて、壁には金唐革が貼られて、貴族の邸宅のようだ。
数人のゴロツキがソファーから立ち上がり、俺達に向かって罵声を浴びせるが、最後まで、その叫びを聞くことは出来なかった。
男達が立ち上がりきる寸前に、トンナ、アヌヤ、ヒャクヤの三人が動いたからだ。
男二人はトンナに叩き伏せられ、一人はアヌヤに蹴り上げられ、最後の一人はヒャクヤにビンタで三メートルほど吹き飛ばされていた。
アヌヤに蹴り上げられた男の顎が、悲惨なことになっていたので脳の損傷具合を確認する。
やっぱり、ヤバいことになっているので、脳だけは修復しておいてやる。見た目が悲惨なのはヒャクヤに張り倒された男だ。
顔が三倍くらいに腫れ上がっている。
向かって右側の壁と左側の壁、両方に扉が設けられているが、右側の扉は武器庫なのでスルー。左側の扉を分解して、その部屋に入る。
大きな執務机に、大きな体の男が居た。
幹部なんだろうなぁ。いかにもって感じだし。
余裕綽々って雰囲気だし、地下室にロマンスグレーが閉じ込められているのを知らないんだろうな。
そういう意味でも、コイツら筋者の程度が知れる。
だらしなく着崩れた衣服は海賊のようだ。
年の頃は三十代前半か、後半ぐらい?黒い髪に黒い瞳、モンゴロイドだ。
男は、太い指先で煙草を摘まむと一呼吸吐き出してから、その煙草を揉み消した。
「随分と可愛いお客さんだな。」
その体に見合った太い声。獣の威嚇にも似た雰囲気が込められている。
男がゆっくりと立ち上がる。
獰猛な熊が獲物を舐る時のような動きだ。
「でかい姉ちゃんだ。」
トンナに向かっての言葉だ。
トンナの口元が歪み、陰惨な笑みを浮かべる。
「あたしが相手してやろうか?」
トンナの言葉を受けて、アヌヤが前に出る。
「トンナ姉さん、此処はあたしにやらせて欲しいんよ。」
ヒャクヤがアヌヤの隣に並ぶ。
「ウチがやるの。」
「おだまり。」
静かだが、有無を言わさぬ響きがあった。
「こいつらは、昨日トガリを閉じ込めた。あたしから、トガリとの時間を奪ったんだ。あたしがやるよ。」
怖。
何が怖いって、怒ってる理由がストーカーじみてますよ?トンナさん。
しかも冷静に怒ってるよ。殺すんじゃないだろうな?それが心配だよ。
男の目に殺気が宿る。
わかっているのだ。トンナが尋常ではないことを。
大人二人がかりでやっとというような黒檀の執務机がトンナに向かって跳ね上がる。
トンナの腰が捻りを加えて前に進む。
中段から一直線に拳が奔り、堅い執務机を粉々に砕く。
男は執務机の影から銃弾を発射させるが、その弾道はトンナの拳の射線上だ。
弾丸を押し潰しながら、トンナの拳が男の顔を捉える。
男は頭から後ろの壁に吹き飛んだ。
男が張り付いた壁からズルズルと滑り落ち、床にだらしなくへたり込む。
トンナは、拳を男の顔があった空中で止めていた。
打貫いていたら、男の顔面は吹き飛んでいたろう。
それでも、男の脳は、かなりの損傷を受けていたので、俺がこっそりと治療してやる。
まったく、人間相手には、もう少し手加減して貰いたいもんだ。
「ふん!しょうもない。」
トンナは鼻息荒く、まだ怒りが治まらないようだった。
この後、男には悲惨な運命が待ち受けていた。
裸に剥かれて、縛られた男は、女子中学生のような可愛いアヌヤとヒャクヤに散々甚振られるのだ。
素っ裸で正座させられ「小さい」だの「臭い」だの言われながら、鼻の穴にペンを押し込まれ、チビヒャクヤに陰部を縛られ、ケツの穴にまでペンを挿し込まれていた。
悲惨だったのは、耳の穴に花を挿し込まれて「人間花瓶なの」と笑われていたのが酷かった。まるで苛めの現場を見させられているようで、心が痛む。
俺は、男が座っていた椅子に座ろうとしたが、トンナがいち早く、無理矢理、大きな尻を椅子に捻じ込んだので、黙ってトンナの膝の上に座ることにする。
男の話からわかったことは、エダケエには八穢の物の怪と呼ばれる最高幹部がおり、八穢の物の怪が鳳瑞隊と連絡を取り合っているとのことだった。
つまり、あのロマンスグレーと、この男も最高幹部の一人ということだ。
「お前も八穢の物の怪なのか?」
「そうだ。」
締まらない格好をさせられているが、堂々とした態度に俺は感服する。
俺は笑いを堪えながら「ロマンスグレーの男も八穢の物の怪か?」と問い掛ける。
「そうだ。」
両耳に花を挿した状態で、堂々とした態度で答えているだけに笑えてくる。
「他にもあと六人か。どんな奴がいるんだ?」
「答える訳が無かろう。」
良いんだよ。考えてくれれば。
「他の六人は何処にいる?」
「それも答えられん。」
よしよし。わかったぞ。
「ロデムスを入れれば、六人全員、揃えられるな。」
俺は、人を入れることの出来る麻袋を六枚用意する。それを各自に渡して「じゃあ。この建物に集合ってことで。」と、一人ずつ、残りの八穢の物の怪の所に瞬間移動させる。
「我は、この体で行っても、連れ帰って来れるかのう?」
ロデムスの心配はもっともだ。
「俺がそっちに迎えに行くよ。」
「左様か。それならば、行って参る。」
ロデムスが喋っているので、男がギョッとなる。
その男を袋に詰め込み、肩に担いで歩き出す。
男は抗うが、無理な相談だ。俺の体はマイクロマシンで強化してあるからな。
ロデムスを送り出してから、男を地下室まで担いで行く。
地下室の石壁を分解、袋に詰めたまま、男を放り出す。突然のことにロマンスグレー達も呆然とした表情だ。
俺は一瞥することなく、地下室を出て、再度、石壁を構築。ロマンスグレー達の叫び声を尻目に目的の場所へと瞬間移動した。
本日の投稿は、これまでとさせていただきます。お読み頂き、誠にありがとうございました。




