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トガリ  作者: 吉四六
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血を拭うと、思っていた以上に普通だった

戦闘シーンがあります。血なまぐさい描写もあります。

 トサは死んだ。

 失血死だ。

 姉に抱かれて、最後は笑っていた。

 姉は声を殺して泣いていた。

 声に出さずに泣いていた。

 トサは喉を突かれて、声が出せないようにされていた。顔は赤黒く腫れ、六本の指が折られていた。

 俺は森の中まで逃げ込んだが、その時にはもう、トサから血は流れていなかった。

「トガリ。一〇歳の子供が死んだ。あたしの子だ。」

 怒りではない。

 憎悪でもない。

 ただ、それが当たり前の様に姉は言った。

「奴らを殺してくる。」

 歩き出す姉を追うつもりで足を踏み出すが、振り返った姉に止められる。

「あたしの仕事だ。お前は手を出すんじゃないよ。」

 姉はトサと俺を置いて、深い闇の中に消えた。


 恐ろしいガキだった。

 あんなガキがいるのかと、戦慄を覚えた。

 速かった。

 結界糸が切られて、気が付いたときには、もう捕まえたガキを肩に担いでいやがった。

 低い身長を更に低く屈め、此処にいる誰よりも速く走っていた。

 それでも、あのガキに気が付いた者はいた。しかし、ガキに殺気を放った瞬間に射抜かれていた。

 良い射手だ。俺はその射手の腕を認めてしまったために動けなかった。

 結果は散々だ。

 三人の斥候は既に殺されているだろう。高見の一人も殺された。全部で六人の戦力を失った。あのガキは、走り抜けるときに二人の腱を斬り、最後は魔法使いの首を斬った。

 あのガキに斬られた者は、全員、生きている。

 食えないガキだ。

 手当のために此方が動けなくなることを見込んでやがる。

 射手は上手くて怖いが、それだけだ。

 しかし、あのガキは駄目だ。あのガキに手を出しては駄目だ。

 斬ろうと思えば、軍監も斬れた。しかし、斬らなかった。

 ヤート族じゃないと判っていたのだろう。魔法使いが倒れれば、ヤート族じゃない奴らが実権を握ると、あの一瞬で判断したのだ。

 散々だ。

 既に統制が取れていない。軍監は魔法使いを助けろと叫び、あのガキを追おうとする者を押し止め、怪我の治療に当たらせる。

 本当に、まったく、散々だ。


 決着は早かった。

 俺が首を斬った女は、やはり魔法使いだった。

 即死しないように頸動脈を斬った。

 魔法使いということは、ヤートよりも階層が上の人物だ。魔法使いの怪我に混乱し、手当を優先させるだろうと思って、即死しないように、しかし、死ぬように斬ったのだ。

 他にも三人、ヤート族以外の者がいたが、更に混乱するであろうと思い、手を出さなかった。

 その目論見どおり、奴らは混乱していた。

 そして、時を置いて再度、襲われるとは思っていなかったのだろう。

 奴らは混乱したまま、姉に撃たれ始めた。

 結界糸に気を使う必要がなくなったので、姉はその機動力と強弓に物を言わせて、四方から矢を放った。

 矢を放った直後には、もう其処にはいない。走りながら矢を放っていた。

 最後は、金剛を盾にして隠れていた奴を撃ち抜いて終わりだった。

 姉はまだ息のあった魔法使いに近寄り、何かを聞いた後、一人の男に近づいた。その男も、まだ生きていた。

 恐らく、この集団の頭だろう。姉に撃たれている最中も何か指示を飛ばしていた。

 姉は小太刀を抜き放ち、男の喉をいきなり掻っ捌いた。

 男は首を振りながら右手を姉に向けた。止めろと言いたいらしい。

 姉は向けられた右手を割いた。指と指の間に刃物を断てたのだ。

 男の喉からヒューヒューと風の抜ける音がする。

 小太刀を振るう。

 何度も何度も振るう。

 男は振るわれる度に逃げようと後退るが、逃げられない。顔を守ろうと手で覆えば、指を落とされ、耳を落とされた。

 姉は男が動かなくなるまで、小太刀を振るい続けた。

 最後の方では、血糊と脂で斬れなくなった小太刀で叩き潰しているようなものだった。

 魔法使いの方を振り返り、姉は無表情に言った。

「止めが欲しいか?」

 その声だけは離れた俺にも聞こえた。

 魔法使いは頷いた。

 姉は傍に落ちていた太刀を拾い、魔法使いの首を刎ねた。


 俺達は襲撃者達の太刀とホウバタイを使って背負子を組んだ。

 程度の良い衣類や、装飾品を剝いでいく。

 ホウバタイに付いている鞄には、大体、大事な物が詰まっている。鞄ごと頂戴する。

 魔法使いからは、身包み剥いでいく、滅多に手に入らない服だ。大事に使わせてもらうことにする。

 俺も姉も背負えるだけ背負う。姉に至っては、コルルで包み、ホウバタイで括りつけたトサの遺体を前に抱えている。

「行こうか。」

 何事もなかったかのように姉は歩き出した。

 俺も同じだ。

 何の感情も湧いてこない。トガリに対する十年間の教育の賜物か、トガリは死ぬ覚悟が出来ているし、殺す覚悟も出来ている。

 死は自己責任であり、それに言い訳する思考構造も持ち合わせてはいない。

 トサは自分で仇を討つと決めて、奴らを追った。そして、捕まり、拷問された上で死んだ。誰の所為でもない。自分の所為だ。

 襲撃者達は俺達を襲い、トサを嬲殺しにした。

 だから、姉の逆鱗に触れて殺された。

 俺は襲われて殺された。

 父も殺された。だから、こいつらも殺された。

 勿論、現代社会に生きてきた俺の思考では、この考え方は間違っている。

 殺されたから、殺していいという理屈にはならない。

 殺人という行為そのものが間違っているのだから、正義を正すべき立場の人間が正義を曲げてはいけない。

 わかっている。

 わかっているが、理屈だ。

 目の前で愛する者を奪われた姉の前で同じことを言えるかと問われれば、言えない。

 また、トガリの思考も俺の考えを真っ向から否定している。

 俺が殺人行為の是非について考えると頭が痛くなるのだ。

 俺の魂とトガリの魂は深い何処かで繋がっているのかもしれない。

 疲れたのか足が重い。

 あまり歩けそうにないかもしれない。

「何処に行くの?」

 目的地を聞けば歩けるかもしれない。

「シュルタに行く。」

「シュルタ?」

 聞いたことのない言葉だ。

「ヤートの集落が襲われたとき、逃げ込む所だ。ヤートの集落同士の中間地点に位置するように造られている。」

「へえ。初めて聞いたよ。」

「そうだろうね。」

 戦える男は二十人までという人数制限、シュルタが出来るきっかけは、その人数制限だったそうだ。

 身籠った女を一旦、シュルタに入れ、其処で産ませて、男の子なら其処である程度大きくなるまで育てる。

 元の集落で男の空きが出来れば、其処に入れる。

 それを繰り返すうちに、現在のシュルタが形成されたそうだ。今では何処の集落でも空きが出来れば、シュルタから男が入れられる。

 ヤート族は死亡率が高いため、供給が需要を上回ることはないのだろう。

 戦がなくても、ヤート族は病気ですぐに死ぬ。

 山で怪我をして動けなくなると、簡単に始末される。怪我人を生かしておくと、周りの者まで関節的に殺すからだ。

 シュルタの人間も空きを待っている内に簡単に死ぬ。

 ヤート族の子供は五歳までに、三人に一人は死ぬ。

 出産率は高いが、生存率は低い。

 トガリの記憶から溢れてくるものは嘘のように嫌になることばかりだ。

 それを当たり前のように受け止めるヤート族にも反吐が出る。

 ヤート族のことを悪く考えると頭痛がする。トガリの拒絶反応だ。

「トガリ、ありがとうよ。」

 突然言われたので、反応できなかった。

「お前が生きていてくれて良かった。」

 ‘お前がいてくれて助かった’でも、‘お前がいてくれたお陰で、帰れる’でもない。

 俺は生きていただけで、姉に感謝されているのだ。

 ヤートはすぐに死ぬ。

 ヤートは常に死を覚悟している。

 父は死んだ。

 義兄も死んだ。

 トサも死んだ。

 大事な者は守りたい。

 俺もトガリも、それは強く願っていることだった。

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