この人のこと、覚えてる?ちなみに俺は初対面です
ヘルザース達は、既にホノルダ群統括中央府を出立し、野営中であった。
大きな天幕、毛足の長い絨毯には細かな刺繍が成されており、その中央には、野営地用とは思えない豪奢なベッドが置かれている。
「何とも豪勢なもんだな。」
大きいとは言っても、しょせんは天幕だ。トンナは腰を屈めながら、天幕を左手で押し上げて、中央のベッドに近付く。ベッド付近で、ようやく腰を伸ばせるようになって、ベッドの上で眠っているヘルザースに声を掛ける。
「起きろ、アルゴル。おい、ヘルザース。」
起きないヘルザースに、トンナは躊躇なくベッドを蹴る。
「おおっ!!」
突然の衝撃に、ヘルザースが大声を上げて起き上がる。
年寄りにその起こし方は如何なものかと。
心臓麻痺で死んじゃうよ?
ホントにトンナは、俺達、魔狩り以外には容赦ねえなぁ。
ヘルザースの声に、反応した立番の兵士が、声を上げて飛び込んで来るが、俺の姿を認めた途端に、抜いた剣を背後に回して跪く。
「これは!光を齎す者!」
ヘルザースも慌てて、絨毯の上に跪く。
俺は天幕の端に並べられたゴツイ折り畳み式の椅子を分解移動、再構築して、ヘルザースの前に並べる。
俺が椅子に座ろうとすると、トンナが俺を抱えて、顎で、ベッドから離れろと、ヘルザースに要求する。
人間モードのトンナは細身だけど、胸と腰回りは大きいままだから、普通の椅子に座れないからね。
ヘルザースが椅子に座って、トンナがベッドに腰掛ける。そのトンナの膝上に、俺は下ろされ、申し訳ないので「すまんな。」と、ヘルザースに声を掛ける。
「いえ。それよりも如何なされました?このような深更に。」
「うん、悪いがローデルとズヌークも呼んでくれ。」
出入口で跪く、不寝番の兵士達にヘルザースが指示を出し、直ぐにローデルとズヌークが訪いを告げる。
二人からの挨拶もそこそこに、俺は本題を切り出し、犯罪組織エダケエと鳳瑞隊のことを話す。
三人共に俺の話の節々で驚いていたが、俺の目的を知った三人は、眉を顰めて、難しい顔をする。
「しかし、犯罪組織の管理となりますと…」
ヘルザースが俯き、唸るように呟く。
「いや、その点は鳳瑞隊にそのままやらせようと思ってる。ただ、監察官的な立場の人間が必要なんだ。」
「監察官ですか?」
ローデルが疑問に思うのも尤もだ。
「今の組織運営を極端に変えると、離反者が出てくる。離反者は、新たな犯罪組織を生む可能性があるんでな、なるべくそういうことは避けたい。だから、管理運営はノウハウを持っている鳳瑞隊に任せて、行き過ぎた犯罪行為や離反者を管理監督する者を一人用意して欲しんだ。」
ズヌークが頷く。
「うむ。一人、適任者がおりますぞ。」
そう言うと立ち上がり、天幕の外に向かって声を掛ける。
俺達の前に戻って来た時、ズヌークは一人の男を携えていた。
その男はホウバタイをしていた。
ヤート族だ。
ズヌークが椅子に座り、その男がその隣に跪く。
「我が密偵頭を務めております。ハノダと申す者です。」
ヤート族から抜けた者なら、俺の目的に適任だ。
ただ、能力のほどと、その忠誠心がわからない。能力的にはズヌークが推しているのだから問題はないだろうが、俺への忠誠心は図りかねる。
連なる星々の印も持っていないから余計だ。
「連なる星々の儀式、洗礼を受ける気はあるのか?」
俺はズヌークに向かって言ったのだが、ハノダが「あります。」と即答する。
俺はハノダに向き直り、問い掛ける。
「洗礼を受ければ、ズヌークに対する忠誠よりも、俺への忠誠が優先されるようになるぞ?それでも良いのか?」
「ズヌーク閣下は大恩あるお方、私めの忠誠は揺るぎませぬ。ズヌーク閣下が忠誠を誓うお方ならば、当然、私も忠誠を誓うべきお方でございます。」
「俺がズヌークを殺せと命令するかもしれないぞ?」
「ズヌーク閣下は真直ぐで聡明なお方。忠誠を捧げられたお方が、ズヌーク閣下のお命をご所望であれば、そのことをお伝えするだけで、ズヌーク閣下は、自らお命を絶たれますでしょう。恥ずかしながら、私めは、その後を追わせて頂きます。」
俺は頷き、声を掛けようとしたが、それをズヌークが遮る。
「ハノダよ、貴様のその心掛け、嬉しく思う。しかし、今回の任は言葉だけでは済ませられぬのだ。貴様の覚悟と忠誠を、この場、光を齎す者の御前にて証明することが出来るか?」
ズヌークの言葉が終わると同時にハノダは小太刀を引き抜き、己の頸動脈を斬り裂いた。
血飛沫が飛び散るに任せたまま、ハノダが言葉を綴る。
「皆様の御前にて、刃を翻し、血で穢したこと、お詫びいたします。しかしながら、我が志には一片の偽りもございませぬ。」
ズヌーク、ヘルザース、ローデルが立ち上がるが、俺とトンナは座ったままだ。
俺はハノダの傷を治すことなく、しばらくその様子を窺った。ズヌークが俺の方を不安そうに見返るが、俺は冷静にハノダの様子を見続ける。
その俺の様子から、何かを悟ったのか全員が静かに腰を下ろす。
血の勢いが徐々に弱まり、ハノダが地に伏したところで、俺は傷を治療し、噴出した血を分解、ハノダの血管内へと戻してやる。
ハノダは直ぐに意識を取り戻し「ご無礼いたしました。」と再び跪いた。
監察官はハノダに決まった。
『コルナ、こっちに来れるか?』
何?またか?
『そうだ。まただ。』
少し待ってくれ、今服を着る。
少し待って、コルナから準備が出来たと返答がある。
『こっちに来れるそうだ。』
イズモリからの回答を得て、俺はコルナをこの場へと瞬間移動させる。
ハノダはコルナから洗礼の儀式を受けて、俺から連なる星々の印を受け取った。
ハノダの石は黒い宝石ヘマタイトだ。
「この石は水に浸すと赤く染まる。血で己の忠誠を示したお前に相応しい。」
ハノダが、印を両手で捧げ持ちながら「ありがたき幸せ。」と答える。
俺はハノダの血と髪の毛を受け取り、それを口に含む。
いざという時、ハノダを逃がしてやるためだ。また、ハノダを瞬間移動させることで、人数の不足を補うためでもある。
俺は、ズヌークの方に視線を転じる。
ズヌークはその意志を受け取って、椅子から下りて、俺の前に跪いた。
「ズヌーク、ハノダの両名に命じる。鳳瑞隊とその監督下にある犯罪組織の監察官として、存分に働け。」
「御意。」
二人が声を揃えて答える。
「コルナ、たびたびの呼び出しに応えてくれて、ご苦労だったな。」
コルナが肩を竦めて、首を傾げる。
「構わん。それだけ必要とされているということだ。下僕冥利に尽きるというものだ。」
俺はコルナを労って、元の場所に帰してやる。
「それでは、俺は元の場所に戻る。ハノダ。」
全員を見回した後、ハノダに視線を向ける。
「はい。」
「いつ呼び出されても良いように準備だけはしておけ。」
「御意。」
ハノダの小気味良い返事を聞いて、俺とトンナは瞬間移動で、そのテントから消え去った。
俺達はホテルの部屋に戻って、残っていた全員にヘルザースの天幕での事のあらましを話して聞かせた。
「そのハノダっておかしいんよ。」
「首を自分で斬るなんて、とんだヘンポコ殺人鬼なの。」
お前がヘンポコだよ。
「たしかにとんでもない奴だったよ。あたしも吃驚して動けなかったもん。」
え?そうなの?トンナさん。
「まあ、その辺のことはどうでも良いよ。それよりも、今日はもう寝ようじゃないか。もう、かなり遅いからね。」
やっぱりオルラに締めくくられた。




