ババアが、こそこそと集団で悪巧みしてんじゃねえよ!
座っていた二人の女。
一人はモンゴロイド、もう一人はコーカサス。
コルナと同じ様な狩衣のような衣服を着ている。ただ、色が違う。
白だ。
どちらも、額に第三の目を意味する刺青を刺した老婆だ。
「何故、目を開けない。」
二人共、皺の中に埋もれるように目を閉じている。
「貴方様のお姿を拝見するには、我が眼は既に耄碌しております故。」
モンゴロイドの女が答える。
「では、そのような目は必要ないな。」
女が頭を垂れて「はい。」と答える。
俺は二人の両眼を分解する。
「お見事でございます。」
二人共ども、円卓に頭を付けるほどに平伏す。
なんだ、この素直さ、気持ち悪いな。
「俺のことを知っているのか?」
コーカサスの女が答える。
「数日前、東の方角で黄金色に輝く光の柱が起立するのを拝見いたしました。その夜に、貴方様がこの場に現れる夢を見ました。」
『ほう、時空間を超越するのか?どういう仕組みだ?』
「それで俺を待っていたと?」
俺は円卓の中央に胡坐をかき、片膝を立てる。
「はい。左様でございます。」
立てた右膝に右肘を乗せ、口を右手で覆う。
「何故、俺を待っていた?」
「力ある者に従うためでございます。」
「ふん。つまらん。」
二人が頭を下げて「申し訳ございません。」と声を揃える。
「エダケエだっけ?そのロマンスグレーの男が言っていたぞ。お前達に会えば、その恐ろしさがわかると。」
モンゴロイドの女が「あの者達には、わからないのです。」と答え、一拍置いてから、言葉を続ける。
「貴方様は、言わば大地のようなお方、人は大地を恐れることはなく、大地を、足を支える物としか見ておりませぬ。我らは、その摂理を知る者。大地を冒して、大地の怒りに触れれば、如何な憂き目を見るかは一目瞭然、我らに大地を崇める者は居ても、大地に逆らう者はおりませぬ。」
月に例えられたり、大地に例えられたり、大したもんだ。
「気が削がれた。あいつらに言っておけ、人身売買は十八歳以上のみ、違法薬物は取り締まる側に回れ、営利誘拐と暗殺は相手を選べ。」
二人が、再び平伏して答える。
「承知いたしました。」
「お前ら二人が、エダケエを管理してるんだな?」
「はい。」
モンゴロイドの女が頷きながら返事をし、更に言葉を続ける。
「王国内における、テロリストコントロールを、我ら鳳瑞隊が請け負っておりますれば、他の十八名の者達も犯罪組織を手足として従えております。」
道徳観念が低い割に、治安が保たれているのは、犯罪組織が大きな役割を担っているからか。
歪んでいるが、小を切り捨て、大を生かすってことだな。
「お前たちの手から零れた犯罪組織は?」
コーカサスの女が口を開く。
「大きなものは二つ、小さなものが四十二、そのどちらでもないものは二十と六つでございます。」
俺は口元を撫でながら「うむ。」と答える。
「中小規模の犯罪組織は良いとして、大規模犯罪組織は、伸びる中規模組織を押さえつけるために野放しに?」
コーカサスが頷きながら答える。
「はい。小さな犯罪組織は雨後の筍の如く。その全てを把握するだけでも困難でございます。小さなものは、ある程度、大きくなるのを待たねばなりませぬ。大きな組織を壊滅させれば、その飛沫が広がり、小さなものを生み出します。小さなもので波立たせれば、大きなものは、その波を静めるために飛沫を上げませぬ。」
大きな組織を潰せば、その生き残りが小さな組織を立ち上げ、把握が困難になり、コントロールができなくなる。逆に、小さな組織が暴れれば、大きな組織がその小さな組織を呑み込むと。
零してはいるが、管理下には置いているということか。
「お前達の名前を聞いておこう。」
モンゴロイドの女がテーブル上に平伏する。
「ありがたき幸せ。私の名はコンフォール。リノデリア・コンフォールと申します。」
コーカサスの女も同じように平伏す。
「名乗ることをお許し頂き、感謝いたします。ミルノダ・ハルザザと申します。」
俺は円卓上にコルナを召喚する。
「…」
「よう。」
呆れ顔のコルナが、腰に手を当て、俺を見下ろす。
「またか。せめて一声、こっちの都合も聞いて欲しいものだな。」
俺は微笑みながら「まあ、そう言うな。」と冗談めかして答える。
「で、今度は何の用だ?」
俺は二人の魔法使いに視線を転ずる。
「この二人に儀式を施すのか?」
コルナの問いに俺は頷く。
「魔法使いには効きづらいぞ?解呪される可能性もある。それに…」
「それに?」
コルナが口を歪めて溜息を吐く。
「こいつらは、離魂法典を使っているかもしれん。」
「離魂法典?」
コルナの話では、脳とは別に、考える意識体というもの、つまりイズモリが言うところの精神体を、分離、保管している可能性があると言うのだ。
肉体と霊子体、そして、精神体で人間は構成されているが、精神体のみを分離し、遠隔から操作している状態を離魂法典と言うらしい。
俺が分体を操作している時と似てるな。
そもそも、俺が分体を操作する仕組みは、量子テレポーテーションを使っている。
分体の肉体は量子情報体から作製し、霊子回路については本体の霊子回路から複製している。
そうすることで、本体と分体の霊子回路で量子もつれが発生し、俺は分体を操作することが出来るのだ。
イズモリが無理かもしれないと言っていた、霊子体の分割。
俺は、その霊子体を分割して、分体を操作しているが、この世界で言う意識体、つまり精神体は分割が不可能だから、精神体が存在する肉体が本体ということになる。
魔法使い二人の霊子回路に、直接、俺の高密度の霊子を侵入させる。
二人が小さな声で呻く。
霊子回路から、二人の霊子体に働きかけ、マイクロマシンで二人の脳を検索する。
精神体は心だ。
心が脳に働きかけて、肉体に実行させる。
肉体の変調で精神疾患に罹ることから考えても、脳から逆に精神体に働きかけることは可能だ。
俺は、二人の脳を支配し、霊子回路を利用して、この部屋ではない、どこかにいる筈の、本体の霊子回路に命令を下す。
量子テレポーテーションは、どちらかが命令権限を有している訳ではない。どちらからでも命令を下すことが出来る。
二人は抗うが、俺の大量、高密度の霊子に抗うことなど出来る筈もなく、数分後には、ぞろぞろと二十人の魔法使いが部屋に入って来る。
「鳳瑞隊の全員か。」
鳳瑞隊の魔法使い全員が、次々と席に着いて行く。両目を分解された分体の後ろには本体のリノデリアとミルノダが立つ。
「全員が霊子回路を直列化してるのか。」
俺はぐるりと魔法使い達の顔を見回す。白人、黒人、モンゴロイドと、人種は様々だが、全員が女で白い狩衣のような服を着て、額には第三の目を刺している。
「でも二十人が霊子回路を直列化して、使える分体が二人か。少しガッカリだな。」
『離魂法典を知らなきゃ引っ掛かってた癖によく言う。』
それは言うなよ。
「主よ、どうするのだ?流石にこの人数に儀式を施すのは骨が折れるぞ。」
俺は陰惨な微笑みを隠すことなく顔に出す。
「…途轍もなく悪い顔をするな…」
コルナが突っ込んでくるが、スルーだ。
コイツらは霊子回路を直列化してるから、一人の霊子回路を弄れば、全員に影響が出るんじゃね?
『霊子回路の構造そのものは変わらないぞ?』
霊子回路に命令を刻めばどうなる?
『その場合は直列している全ての霊子回路に命令が刻まれるな。』
じゃあ、それでいこう。
俺は、マイクロマシンと霊子でリノデリアとミルノダの霊子回路を改変する。
俺を神として崇め奉るように命令を走らせる。
その命令が、直列している魔法使いの霊子回路へ次々と伝播されていく。魔法使い達が無理矢理書き込まれた命令に苦しみながら、円卓に突っ伏する。
霊子回路から出される命令はマイクロマシンに刻み込まれ、マイクロマシンが命令を実行する。
俺を神として崇めるように、霊子回路を改変せよとプログラムを走らされたマイクロマシンは、その通りに本人の霊子回路を改変し、改変された霊子回路は、体を、そのとおりに制御しようとする。
「コルナ、そこに蹲っている二人に儀式を施してくれ。」
コルナは溜息を吐きながら、円卓に魔方陣を描き、一人ずつその魔方陣の中に引き入れる。
呪符に咒言を書いて、儀式を執り行う。
これで、霊子回路と脳、両方から縛られることになる。
こいつらは犯罪組織の大元締めで、分体を使って俺を嵌めようとした。
薄汚い臭いがプンプンと漂っている。
それに、こいつらは自分達のことをテロリストコントーラーだと言い切りやがった。
テロリストコントロールは、犯罪組織を制御、抑制するのではない。主たる目的は、王国を脅かすテロリストをコントロールすることだ。
つまり、犯罪に目を瞑り、王国を脅かすテロリストの目を王国から背けさせるために犯罪組織を利用しているのだ。そんな奴らに情けは無用だ。
俺は、ヤートが入村時に使うツカムリを二十枚、作り出す。真白な布地に連なる星々の印が入っている。
そのツカムリを空中にばら撒き、マイクロマシンで、魔法使いそれぞれの前に滑らせる。
「目無し、耳無し、口も無し。貴様らは王国の手足と成り果て、罪を重ねた。目的は崇高なれど、罪は罪。その罪を噛み締め、お前達はそのツカムリを着けろ。」
魔法使い達が何の抵抗もなく、ツカムリを頭に括り付ける。
「リノデリア、貴様が鳳瑞隊の筆頭だな?」
わかっていることだが、敢えて正す。
「左様でございます。」
リノデリアが円卓上で両膝を着いて平伏する。
「王国には、個人を特定されないために、ツカムリを常用すると報告しろ。」
「御意。」
「主よ。」
コルナが鼻息荒く、俺を呼ぶ。
「どうした?」
「ここが何処かは知らぬが、鳳瑞隊と言ったか?」
鋭い視線で周囲を見回しながら、コルナが俺に聞いてくる。
「そうだ。此処は宮廷で、コイツらは宮廷魔術師団の鳳瑞隊だ。」
俺の言葉を聞いたコルナが、大きく溜息を吐く。
「全く、恐ろしい男だな、主は。これがどういう意味なのか、わかっているのか?」
ソッポを向きながら「まあ。成り行きでな。」と答える。
「主は成り行きで王宮中心部まで侵入し、王国内政の中心役職の魔法使いを洗脳するのか?一体、どういう神経だ?」
やっぱり、下僕っぽくないよな?
「俺の神経よりも、お前って、俺の下僕だよね?」
コルナが呆れた顔になる。
「何を今更。下僕だから、こうして此処に居るのではないか。何を言ってる?」
そうなんだよね。皆、自覚はあるんだよ。でも、下僕っぽくないのな。何でだろう?
「まあ、とにかくご苦労さん。じゃあ、急に呼び出して悪かったな。帰っていいよ。」
「そう思うなら、一度、こちらの都合というものを聞いてくれ。それからでも遅くはないだろう?」
「えっ?でも都合を聞いたら断るんじゃないの?」
「私は、主の下僕だ。断る道理などあるものか。」
そういうところは下僕なんだな。
「それでは、私を元の場所に帰してくれるか?」
俺はコルナに手を振って、元の場所に帰してやる。
さて、それじゃあ、鳳瑞隊二十名と分体二名はどうするか。
『保留で良いだろ?』
『犯罪組織は?』
『違法薬物さえ押さえておけば、あとはどうでも良いんじゃない?』
『ぶっ潰すか!?』
今は保留だな。
犯罪組織を壊滅させても、社会構造が変わらない限り、新たな犯罪組織が次々と生まれてくる。
犯罪者を全て殺しても、犯罪者は生まれてくる。
犯罪者を生み出さない社会構造、土壌が必要だ。
犯罪者の受け皿として、鳳瑞隊が犯罪組織をコントロールし、社会構造を変えていく。
時間は掛かるが、これしかない。被害者に対する支援を厚くして、生まれる犯罪その物を減少させよう。
「さっき言い付けたこと、しっかりと守れ。」
全員が一斉に平伏す。
俺は、再び、本屋に戻る。
本屋の地下室ではない。
本屋の店内だ。
閉店しているので、客の姿はない。しかし、俺のマイクロマシンが感知しながら、正体のわからない生き物が居た。
魔獣だ。
「…主人よ。」
「うわっ!!」
ロデムスだった。
「酷いではないか、完全に我のことを忘れておったな…」
うわ~忘れてた。
「す、すまん。」
猫サイズでも魔獣なんだから、正体はわからないわな。
それよりも、その後一時間ほどクドクドと説教を食らった。
そりゃそうだ。
昼寝もしてたから、本屋に入ってから、六時間程が経っている。
その間、放ったらかしだったんだから、お説教を食らっても仕方がない。
猫の前で正座しながら説教されるって、どうなの?
しかも魔獣で俺の使役獣だよ?説教する立場じゃないよね?
「主人は、若いゆえ致し方ないとも思うが、何にしても限度というものがある。今後は気を付けられよ。」
こいつ、俺のこと主人って言ってるけど、主人と思ってるのかな?
「ロデムス、俺のこと主人だって思ってる?」
猫が首を傾げる姿って可愛いよね。
「思っておるに決まっておろう。」
オッサン声じゃなけりゃ良かったのに。この低音のオッサン声で言い切られると俺の捉え方がおかしいのかなあ?と思えてしまう。
「それで、主人よ、何をしておったのだ?」
俺は地下に連れて行かれてから、今までの経緯をロデムスに話す。すると、ロデムスが困ったような顔をする。
「どうした?」
「うむ。話を聞いておると、まだ帰れそうにないのでな。」
そりゃそうだ。
地下室の後始末をするために、わざわざ本屋に戻って来たのだ。ロデムスのことはすっかり忘れてた。
いや、だから本当に悪いと思ってる。
俺は何を困っているのかわからないので、ロデムスの言葉を待つ。
「トンナ殿達が怒っておるのではないと思ってな。」
金玉がキュッと縮こまる。
ヤバイ。
『ヤバいな。』
イチイハラ!
『トンナちゃんから聞かれてたけど、お前も一人の時間を満喫してたから、スルーしちゃった。』
カナデラ!!
『いや、俺も一人で考えたいことがあるから。』
お前らああああー!
『お前だって、一人の時間を楽しんでたじゃないか?お互い様だろ?』
「ロデムス!帰るぞ!」
「地下の者共はどうする?」
「ほっとけ!」




