俺だって一人になりたい時ぐらいあるんだよ?
朝になって、一階ロビー横のレストランに席を取る。
ロデムスには悪いが、さらに小さくなって貰っている。小さくするための方法は秘密だ。朝からスプラッターな光景は思い出したくない。
牙は自分で外して貰った。「仕方ないのう。」とか言いながら、牙を外す姿は、何だか微妙だった。俺は思わず「アタッチメントかよ!」と突っ込んだ。
ということで、ロデムスは、今は、普通の黒猫だ。若干、足は太いが、普通の黒猫ったら、普通の黒猫なの!
チェックインの時は、体長一メートルで、長い犬歯が丸見えだったのだ。慌てて、ロデムスだけ、空いてる部屋に分解移動させたのだが、今後もそうなっては困るので、今朝、小さく裁断させて貰った。
幸いと言うか、衛生観念が低い所為か、このホテルはペット可のようで安心した。恐らく、衛生観念が低いのだろう。街そのものが不衛生な状態であった。
香水のお陰で多少は誤魔化されてはいるが、饐えた臭いが常に漂っており、鼻に入って来そうな微小汚物を弾かなければ、直ぐにでも病気になりそうな環境だ。
俺達の周りには、マイクロマシンの結界が張ってある。そのマイクロマシンが不衛生な物質、ウィルスや細菌を除去してくれている。
当然、運ばれて来る食事も推して知るべしで、かなり不衛生だ。
俺は一瞬で分解再構築して、健康被害を及ぼしそうな物を除去する。
このレストランでも俺達は注目の的だ。
豪華な装飾が施されたレストランに似つかわしくない格好の連中なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、その視線の質が違う。
一目で、魔狩りと判別できるオルラの兜は、色々と役に立ってくれる。
この街に入ってから、俺達はその装備を隠していなかった。
オルラは腰に二刀を佩いているし、アヌヤも腰に銃を下げている。ヒャクヤなんかは背中に大剣を背負っているし、トンナは自分の身長以上の斧槍、三メートルの斧槍を持っている。
街中での武装は違法行為なのだが、オルラの兜がすれ違う人々を納得させていた。
ホテルでも、俺達が魔狩りとわかったのだろう。この街に滞在する間は、武器を持ち歩かないようにと注意された。
注意で済んじまうんだから驚きだ。
魔狩りとは言え、武器を持ち歩くことが許されるのは、街に入る時と出て行く時だけだそうだ。そりゃそうだ。
武装し放題だなんて治安を守ろうにも守りようがなくなる。
普通は街の城門で検閲を受けて、武装を解除、それぞれの武器に身分証の写しを括り付け、預かり証を貰って、出て行く時に、その預かり証を城門で渡して、武器を返却という流れになる。
しかし、魔狩りは、街内での携行許可証を発行して貰えれば、特別に武器持ち込みが認められている。まあ、俺達はその携行許可証なんて、持っていないのだが、とにかく、魔狩りと一目でわかる格好をオルラがしていたので、誰かに携行許可証を見せろとは言われなかった。
魔狩りが、何故、街中に武器を持ち込むことができるのか?
その理由は簡単だ。
魔獣は、街中の方が現れやすいからだ。
他の生物に比べて、霊子保有量の多い人間を魔獣は狙う。
魔獣は人口を調節するために送られて来る。
従って、街中の方が、効率よく人口を調節出来るということになる。
だから、魔狩りは街中にまで武器を持ち込むことが認めれている。その代わりというか、これも当たり前のことだが、俺達が持つ武器を、獣人を含む人間に向けた場合、殺意の有無に関わらず、重罪が確定する。
しかも裁判抜きだ。
目的外で武器を使用、もしくは、使用しようとしたと認められる場合は、即時、人権が剥奪され、裁判を待つことなく刑が確定する。
魔獣を討伐する人間なのだ。大勢の人間に囲まれて、息の根を止められて終わりだ。
っで、オルラの兜が注目を集めている訳だ。畏敬の念を込めた視線をオルラが集めている訳だ。
オルラだけが!
トンナは身長二メートル越えの怜悧な美人だ。羨望と溜息を独り占めだ。
アヌヤとヒャクヤも可愛いから、アイドル的な視線を集めている。
ロデムスも可愛い猫になり切っているため「お利口な猫ちゃんね。」などと囁かれてる。
そりゃそうだよ。人間の言葉を解して、人間の言葉を話すんだぜ?お利巧どころか、俺より賢いかもしれないんだ。くそ、何だか涙が出てきそうだよ。
俺だけだよ。俺だけが残念そうな視線を集めてるんだよ!
一〇歳児とは言え、この世界では一二歳で成人だ。
その成人手前の若人がトンナの膝の上に座って、食事をトンナの手で食べさせられてるなんて、どんな羞恥プレイだよ。
マジで、泣けてくるぜ。
「オルラ姉さん、この後、ちょっと服屋に行ってみない?」
「良いね。最近の流行りなんて、とんとご無沙汰だったからね。大きな街の服屋ってのを見に行きたかったんだ。」
「じゃあ、その兜を脱いで、行った方が良いんよ。」
「そうなの。その兜のままだと、似合う服も似合わなくなるの。」
「そうだね。どうせトガリが何とかしてくれるだろうし、そうしようかね。」
「その後は、一応、武器屋も見に行こうよ。トガリの作ってくれる武器の良いヒントがあるかもしれないし。」
「お前は強くなることに掛けては、本当に貪欲だねぇ。」
「トンナ姉さん、武器よりも、この街の美味しい店に行くんよ。」
「そうなの。甘くて美味しいものもあると思うの。」
「そいつは、外せないねぇ。」
「じゃあ、どうする?今日は服屋と甘いもの巡りにする?」
「そうしようか。久しぶりにのんびり羽を伸ばせそうだしね。たまには羽目を外すのも悪くないだろうさ。」
優雅にキャッキャ、うふふふと話が弾んでいるが、この会話に俺は一切入ってないから。
俺はぬいぐるみか?
「トガリ、次、何が食べたい?」
それでも、定期的に、トンナが俺に何を食べたいか聞いてくれる。
俺は無言でアヌヤの前に置かれた肉を指差す。
アヌヤが無造作に肉をフォークで突き刺し、切り分けていない大きめの肉を俺の口に捻じ込んでくる。
トンナの隣に座っているヒャクヤが、皆と談笑しながら、俺の口周りに付いたソースを汚れたナプキンでグイグイと拭う。
優しさって、こんな感じだっけ?
ハーレムって、こんな感じ?
虐げられるのを我慢する感じなのかなぁ?初めてだから、俺、よくわかんないんだよね。
「トガリ、肉ばかりじゃ体に良くないよ。」
オルラが思い出したように言う。
トンナが俺の口に野菜を入れにくる。いや、まだ肉がね。
「野菜も食べなきゃ。」
と、無理矢理、口に捻じ込まれる。
口の中が一杯だ。
俺の心も何かで一杯だ。
大量の食材を腹に収めた重い朝食会は一時間ほど掛かって、ようやくお開きとなった。
一旦、部屋に戻って、服装を整える。
帯剣していないのだから、それに相応しい格好に変更しようということになったのだ。
あ、ちなみにその会話にも俺は入っていません。俺は、ただの洋服生産機と化してます。
鎧系統の全武装を分解保存して、春物の、色とりどりのシャツやスカートを作ってやる。
形としては、現代日本では奇抜な物だが、この世界ではごく一般的な物だ。
トンナは常のピンクのシャツに、ピンクの膝丈のフレアスカート、襟、袖口、裾とスカートにも同じフリルが付いている。その上から綺麗な刺繍が入った和服のような合わせを着て、胸元で重ねて、後ろの襟は抜いている。
この合わせは、脇下からは縫製されておらず、前は胸元で交差させたら、そのまま横へとAラインを描いて流すような形だ。
胸から下はボタンがズラリと縦に並んだコルセット、その下から合わせの裾がくるぶしまでゾロリと伸びている。
合わせの袖は大きく開いた七分丈で、ピンクの袖とフリルがしっかりと見えている。
靴はヒールの高い白のサンダルだ。
櫛や簪はそのままなので、和風テイストが残った、エレガントなセレブ系お姉様ファッションだ。
オルラはやっぱり黒を基調にしたコーディネイトを希望した。
大きく胸元の開いたバトーネックに、白くて大きな襟が後ろから横に掛けて、立ち気味に縫製してある黒のシャツ。
胸から下はやはり黒のコルセットで複数のブラウンのベルトで留められている。
四段フレアの膝上のスカートは前部分が割れて、革のズボンが見えている。
靴はピンヒールの膝下ブーツ。
春用に仕立てた丈の短いジャケットだけが真赤で、ビビットだ。
簪一本で髪をアップに纏めて、首元にはハガガリと連なる星々の印を使ったチョーカーだ。
セクシーなのかロックなのか、よくわからないファッションで落ち着いた。
一番わかりやすいのはヒャクヤだった。
ゴスロリ。
この一言だ。そのまんま、見たままにゴスロリだ。
フリルとレースをふんだんに使った黒と白を基調にした完全完璧なゴスロリ。
でも、このゴスロリがヒャクヤにピッタリとはまるから驚いた。流石は神秘系美少女。
アヌヤは肌の色が小麦色なので、活発な印象を受ける。
そのため、ゴテゴテと色々な物を付けた複雑なシルエットは似合わなかった。
それで、シンプルなAラインのワンピースドレスにした。
青の一色で、胸が大きくなかったこともあってピッタリと合った。
胸が小さいって思っているのは内緒ね。
膝までのブーツと肘までの白い手袋、白い脇の締ったノースリーブのハーフコートで、引き締まった印象が格段とアップする。
俺もサルエルパンツにウェストの締ったコルセットタイプの白いシャツに、脇を絞った青いハーフコートだ。
足元は身軽なサンダルで、手袋もなし。
ハーフコートの袖も七分丈で涼し気だ。
くそ。もっと俺の服装の特徴を捻り出したいのに、これ以上は無理だ。
服は、全部、俺が作っているのに、何てこった。
とにかく、全員でホノルダの街に繰り出すことになった。
俺は当然トンナの肩の上で、ロデムスは小さな猫となったのでオルラの肩の上だ。
よし。
俺は、今から、ぬいぐるみだ。
誰が何と言おうと俺はぬいぐるみだ。
どうしよう、涙が出そうだよ。
何が悲しくて、四十五歳のオッサンが、綺麗なお姉ちゃんの肩の上に載ってる訳?
大きな服屋の前に到着する。
驚いたのは、その量と色だ。
量販店を思い出すな。
インナー以外の服は、展示されてる展示品のみで、あとは縫製前の布ばかりだ。量産体制が整っていないためだろうと思われるが、成程と納得する。
縫製しなければ人件費が掛からない。
必要な量の布だけ売れば、残った布も売れ残りとはならないからな。問題は柄か?そう思ってみていると、サンプル生地としての目録が吊り下げられていた。柄の染もオーダーできるようだ。
柄の染上げと縫製を頼めば、値段は上がるが、自分ですれば値段は安く済むという訳か。
それなら、型紙は?
あった。
展示品の横に型紙が売られてる。俺ならこの型紙だけを買って帰れば、作れるから安く済みそうだ。
皆に気に入った服があれば型紙を持ってくるようにと注意する。
で、トンナは結局「トガリが作ってくれた服があるから、やっぱりいいや。」と、何も持たずに俺の元に戻ってくる。
アヌヤは二枚ほどの型紙を持って来て「これで良いんよ。」と肩を竦める。
オルラは、厳選に厳選を重ねた結果、一枚の型紙を持ってくる。
問題はヒャクヤだ。
ヒャクヤは一人で数十枚の型紙を持って来やがった。
「一人五枚まで。」
俺にそう言われて、明らかにガックリした顔で売り場に戻る。
大した買い物にはならなかったが、取敢えず、時間だけは掛かった。主にオルラとヒャクヤの所為で。
この二人は対極にあって、とにかく服に煩い。オルラは徹底的に自分の気に入った物を求めるが、ヒャクヤはどれもこれもと欲しくなるようだ。
トンナも、どちらかと言えば煩い方なのだが、最終的には、俺が選んだ物ということで落ち着くので、自分の好みよりも俺の好みを優先させるようだ。だから煩いとは言わないだろう。
アヌヤは全くの無頓着である。
イの一番に戻って来て「皆、遅いんよ。服なんてどれを着ても同じなんよ。」と宣っていた。
ある意味、漢らしい。
姉のトネリの子供時代ってこんな感じだったんだろうか?
俺が会計を済ませて、…なんか、今、一瞬、涙が出そうになったんだけど、これって錯覚?
店を出て、ブラブラと歩きながら、甘味処を探す。
その途中で、別の店を見つけて、俺はトンナの肩から跳び下りる。
「トガリ。」
うん。跳び下りれませんでした。
俺のちょっとした体重移動で、俺がどんな動きをするのか、トンナにはバレバレなので、トンナの肩から離れた瞬間に、空中で捕まりました。
「ダメじゃない。勝手に下りちゃ。」
あっ駄目なんだ…なんか、微妙に胸が痛いッス。
「どうしたんだい?」
オルラが、トンナに抱えられた俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、あの店にチョット行ってみたくって。」
俺は、通りの向かいの店を指差しながら、申し訳なさそうに言った。
オルラとトンナが「ああ。」と納得顔で頷くが、アヌヤとヒャクヤは「ええええええ。」と盛大に嫌そうな声を上げる。
俺が指差した店とは本屋だ。
「そう言えば、お前は字が読めるんだったね。」
オルラが嬉しそうな顔で俺の頭を撫でる。
「じゃあ、あたしとトガリは本屋に行くよ。あとで、皆と合流すればいいし。」
「ええええ。トンナ姉さん一緒に行くんよ。」
「そうなの。勝手気ままチビに付き合うことなんてないの。」
何だろう。この俺に対する扱いの違いは、下僕と使徒の違いなんだろうか?
「いいから。あんた達は、先に美味しそうなお店を探しといで。あたしはトガリと一緒が良いんだから。」
う~ん。トンナを待たせておくってのもなぁ。落ち着いて本を選べないだろうし。
「トンナ、俺は一人で本屋に行きたいんだよ。」
いや、そんな世界崩壊みたいな顔するなよ。世界は滅んじゃいないよ?折角のゴージャスでクールなビューティーが台無しだ。
「いや、ゆっくりと落ち着いて本を選びたいだけなんだけどな。」
凄まじいまでの崩壊現象だな。
「一緒に…」
見る間にトンナの目に涙が溜まっていく。
「チビジャリって最低なんよ。」
「女を泣かせるなんて、ゴミムシ部屋親方なの。」
お前ら…
「トンナ、俺は店を探すのが面倒だ。だから、トンナが甘味処の店を探して来てくれ。その間、俺は本屋で本を見てる。お願いだ。」
トンナの顔が晴れやかに輝く。にこやかに力強く頷く。
「わかったよ。あたしが最高に美味しい甘味処を探して来るよ。」
俺はこの本屋で、四人と一匹と別れる…足元に一匹が残った。とにかく四人と別れることになった。




