生きて帰れて、謳歌する
「とにかく凄かったんよ。」
アヌヤによるとそうらしい。
「全然動きが見えなかったの。」
ヒャクヤによるとそうらしい。
「うむ。あの管理者が、一人で踊っているようにしか見えなんだ。」
ロデムスによるとそうらしい。
「あたしは、トガリがトガリじゃなくなったみたいで凄く怖かった。」
トンナによるとそうらしい。
「そうだね。トガリが、ちゃんと戻って来てくれて良かったよ。」
オルラによるとそうらしい。
意識が途切れた後、俺が何をしたのか全く記憶にないが、トンナ達の救命処置だけは、真っ先にしていたようだ。
俺がどうなっていたのか、聞いたところ、そのような回答が返って来た。
トンナ達は、現在、人間モードだ。その方が疲れないらしい。と言うか極度の疲労感を減衰させるために勝手に人間モードになったということか。
俺は、グッタリとトンナの膝枕に凭れ掛かりながら、トンナ達の話を聞いていた。
話を総合すると、俺のその姿が、極端に変貌したらしい。
従来の魔神スタイルに加えて、両掌が龍の頭のように変形し、両肩、両膝そして腹には角を生やした悪魔が出現したのだそうだ。
何それ、超怖い。
八つの頭を持った悪魔が、金色に輝き、管理者を一方的に殴り倒したらしい。
さっきから、語尾が、らしい、らしいと、らしいマンと呼ばれても仕方がないぐらいに連発しているが、意識がなかったのだからしょうがない。
一体全体、どうしてこうなった?
『全員がトガリの体から表出したんだ。』
副幹人格全員が?
『そうだ。』
どうしてそうなった?
『全員の意思が一つの感情。怒りという感情に統一されたからだ。』
そうか。お前達にとって他人事じゃなくなると、そうなるのか。
『そうだな。だが、これからは気を付けろ。全員とチャンネルが開いたからな。』
シリアルキラーに助平変態大魔王か?
『ああ。』
たしかに、全員の感情が一つになったような感覚はあった。でも、その中に、異物も混じっていたような気もする。
『その異物が奴だ。』
そうか…
そいつは、ちょっと寂しいな。
『なに?』
だって、全員、俺で、ソイツも俺の一人だろ?なのに、ソイツだけが異物みたいに感じるなんて、ちょっと可哀想というか、寂しいじゃねぇか。
『その感性は理解できんな。表出人格独特なんだろう。』
そうかもな。
とにかく、変貌した俺は、全員の目では追えない動きをしていたらしい。
管理者は一方的にボコられ、再生する度に四肢を引き千切られ、最終的には引き千切られた四肢を分解消去されていたらしい。
らしいってのが怖いな。
「よく、魔石だけは残ってたな。」
俺の呟きにロデムスが答える。
「我が止めるように声を掛けたのじゃ。その魔石があれば、主人なら、管理者を再生出来ると思ってのう。」
俺は嫌そうな表情をそのまま出す。
「そう嫌そうな顔をするものではない。管理者から色々聞きたいことがあると思うてのことじゃ。」
うん。その配慮には感謝する。流石は爺やキャラだ。
俺は手の中の霊子結晶に、直接霊子を走らせる。
『よし。良いぞ。復号化、解析した。』
フラつきながら、トンナから離れて、床に霊子結晶を置く。
「どうするの?まさか、あの気持ち悪いのを再生するの?」
トンナが不安気に声を掛けてくる。
俺は全員の方を振り返って、優しく笑い掛けるが、皆にとっては気休めにもならなかったのだろう。全員が眉を顰めて、不安そうにしている。
俺は、指と爪の間から血を垂らし、その霊子結晶に一滴だけ落す。
俺の血が分解されて、霊子結晶の上で消える。
俺の遺伝子が登録された証だ。
霊子結晶の上に指を置き、俺の霊子を送り込みながら、管理者の真名を呟く。
「イギハヤヤ・ナリテマコトナシ。起動せよ。」
霊子結晶が、青白い輝きを発して、俺の周囲で銀色の光が現れる。
不思議と物質的な抵抗を持った光だ。
その銀色の光が、青白い光を発する霊子結晶へと収束していく。
銀色の人型が形成されると、一気に物質化し、俺の目の前に管理者が横たわった状態で復元された。
瞼を開き、金色の瞳がのぞく。俺を認識した途端、操り人形のように起き上がり、俺の前に跪く。
「A―01イデア。起動いたしました。」
何事もなかったように、俺に自分の型式番号と現名を告げる。
「イデア。お前の存在そのものを教えてくれ。」
「はい。私は戦略的戦闘特化型兵器Aナンバーズ、マイクロマシン製の完全自立型AIです。」
イデアが跪いたまま俺の問いに答える。
「お前の役割は?」
「はい。私の現在の役割は本惑星における生態系バランスの調節を行っております。」
「生態系の調節だけ?」
「はい。」
「他のことは調節してない?」
「はい。」
生態系だけってのが引っかかるな。
「お前以外にAナンバーズはいるのか?」
「おります。」
「他のAナンバーズの役割は?」
「はい。地殻流動調節に二名、気候変動調節に二名、海流変動調節に二名が当たっております。」
全部で七人か。
「全部で七人しかいないのか?」
「はい。」
俺は口元に手を当て、腕を組んで考える。
『総合的に調節するシステムが必要だ。七人しかいなくて、それぞれのセクションで勝手に調節していては、結局、調節出来ない。』
そうだよなあ。
「惑星の調節に七人だけか?総括管理しているシステムは?」
「人です。」
「なに?」
「人が総括管理しております。」
『人の、人類の霊子回路が作用してる可能性がある。話を変えろ。オルラ達にはキツイ内容になるかもしれん。』
「他の六人は何処にいる?」
「存じません。」
『この辺で止めておけ、オルラ達には聞かせられない話になる恐れがある。精査しなきゃ駄目だ。』
そうだな。世界の根幹にかかわるかもしれん。
俺は、ゆっくりと立ち上がって、トンナ達に振り返る。う、立ち眩みがする。
「ダメだ。頭の中で整理がつかない。コイツのことは後日にして、一旦、地上に戻ろう。」
全員が立ち上がって、俺の言葉に同意する。
「イデア。魔獣に襲撃させていたのはお前だな?」
戦う前に、コイツは端末からの情報云々と言っていた。俺のことを調べてた節がある。
「はい。」
大量の霊子は、大量の人間が存在する証明だ。魔獣を送り込んで、急激に増えた霊子の謎を調べようとしたが、その魔獣のことごとくが帰って来ないため、半信半疑のまま、俺と相対したんだろう。
「今後は、俺への襲撃は少し控えてくれ。」
魔獣の素材は必要だ。時々は送り込んでくれねぇとな。
「はい。」
「お前はこのまま此処で通常の役割をこなしながら、待機してろ。」
「はい。」
俺達はイデアを残して、その場から立ち去った。
避難用の結界で分体を吸収し、地上へと、ホノルダ群統括中央府の裏道に出る。大通りに出て滞在中の拠点となる宿泊施設を探す。
歩道と車道がきれいに分かれた大きな道だ。
歩く人種は様々、獣人もチラホラと見える。
車道は片側二車線だが、歩道側の車線は駒寄用で、馬車が走っていない。
建物の一階は、そのほとんどが店舗になっており、二階から上が事務所や住宅、アパートメントになっている。
大体の建物が、六階以上で、五階以下の建物は滅多に見られない。
地上七階建ての石積の建物に入り、チェックインをする。
この世界のホテルとしては高級の部類に入るホテルだ。
その最上階に部屋を取り、ホテルマンの案内に従って、階段を上がる。
ワンフロアの半分を使った広いスィートで、俺は溜息を吐いた。
アヌヤとヒャクヤは、溜息を吐きながら、倒れ込むようにソファーに座る。
俺は振り返って、オルラの腰を抱き締め「ごめんよ。」と呟いた。
オルラが俺の頭をそっと撫でる。
「あたしの方こそ悪かったね。お前の足手まといになっちまった。」
俺はオルラの千切れていた方の腕を擦る。
「大丈夫。もう痛くないよ。それに…」
オルラが俺から離れる。跪いて俺の目を覗き込む。
「お前が無事で、本当に良かった。あたしが死んでも、お前が生きていてくれれば、あたしはそれで満足さ。」
兜を脱いでいるオルラの頭を包み込むようにして俺はオルラを抱き締める。
「死ぬなんて言わないでくれ。」
片手でオルラを抱き締めながら、俺はトンナの方に、もう片方の手を差し出す。
トンナが俺の手を握りながら、跪く。
「トンナ、皆を守ってくれてありがとう。でも、お前も死んじゃ駄目だ。死なないでくれ。」
アヌヤとヒャクヤにも視線を送り、こっちに来いと呼びかける。
二人は脱兎の如く、俺の胸に飛び込んで来る。
「二人も死んじゃ駄目だ。絶対に駄目だ。」
ロデムスにも視線を送りながら、俺は言葉を紡ぐ。
「命令だ。絶対に死んじゃ駄目だ。」
ロデムスが俺の涙を舐めとる。
はっきりと俺の脳裏に刻まれた光景は、今思い出しても背筋を震わせ、体を硬直させる。
トンナの体には無数の穴が開き、その穴から煙が出ていた。
アヌヤは、左目から左側頭部を撃ち抜かれていたのに、必死にトンナに呼び掛けていた。
オルラは右腕が千切れて意識を失っていた。
ヒャクヤは、トンナの下で、ロデムスを庇って、体中を穴だらけにしていた。
そのロデムスも体に大穴を開けて意識を失っていた。
例えようもない喪失感と恐怖。
思考も何も存在しない、恐怖だけの出来事。
皆を失うことへの恐怖だけが…俺の何かに刻み込まれる感覚は、俺の体中に残っている。
今思えば、皆を失えば、俺はこの世界を憎んでいたと思う。
存在する全てを憎んでいたと思う。
存在そのものを憎んでいたろう。
ただ、ここに居るだけ。
そのことに感謝するしかない。
オルラが居てくれて良かった。
トンナが居てくれて良かった。
アヌヤが居てくれて良かった。
ヒャクヤが居てくれて良かった。
ロデムスが居てくれて良かった。
「ありがとう。」
生きていてくれてありがとう。
俺はオルラとトンナとアヌヤとヒャクヤに抱き締められながら泣いていた。
オルラは俺を癒すように、トンナは俺を守るように、アヌヤとヒャクヤは俺に縋るようにして、俺を抱き締める。
そして、皆が生きて帰れたことに涙を流していた。
「生きていてくれてありがとう。」
「何を言ってるんだい。あたし達が生きてるのはお前のお陰だよ。」
「トガリのお陰であたしは生きてる。生きてることを喜べる。」
「怖かったんよ。皆死んじゃいそうで、ものすごく怖かったんよ。」
「あんなの嫌なの。もうあんなの嫌なのぉぉお。」
ロデムスは俺の顔を舐め続けている。
その舌をピタリと止めて、俺から離れる。
「のう、主人よ。」
冷静なロデムスの声に、俺は視線を転ずる。
皆の声が止む。
「その…こんな時にこんなことを言うのは何なんじゃが…」
「どうした?」
歯切れの悪いロデムスに言葉を促す。
「アヌヤとヒャクヤに、その、お漏らし癖を治すように言うてくれぬか?臭うて敵わんのじゃ。」
感極まったアヌヤとヒャクヤは床に盛大にお漏らししていた。
「野良猫!!殺してやるんよ!!」
「ぶった斬るの!!」
何だか湿気った空気が一気に吹っ飛んだ。
ロデムスを二人が追い掛け回し、いつもの雰囲気に戻る。
「そうだね。あたしらは、こうでなくっちゃいけないね。」
オルラの言葉に、俺は頷き、涙を拭う。
「そうだな。こうでなくっちゃな。」
一匹と二人の追い駆けっこを見ながら、俺は肩を落とした。
でも、笑えた。




