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トガリ  作者: 吉四六
80/147

セクション

 昼食から二時間ほどで、ホノルダの郊外に到着する。

 俺は当初の打ち合わせ通り、分体を作製、意識の九割をそちらに移す。

 ホノルダ群統括中央府の中心部、ホノルダ十二統括役所の地下に分体の俺は居た。

 ホノルダ十二統括役所はサテネ連を含む十二の連を統括管理している役所だ。統括者は子爵。この役所の最上階を公舎として使用している筈だ。

 建物その物は豪奢で荘厳なものだが、此処、地下は陰惨でジメジメとしている。迷路のような通路は石畳と石積の壁で閉鎖され、ジクジクと水が滲み出している。この迷路のような地下の最奥であり、中心の部屋。俺はその部屋の前に立っていた。

 通路を通って来た訳ではない。直接、此処に分体を作ったのだ。

 扉には中世世界には似つかわしくない、指紋と網膜認証のパネルと顔認証のカメラがあり、パスワード入力用のタッチパネルまでが用意されている。

 普通なら電源を入れることから始めなけりゃ駄目なんだろうな。

 でも必要ない。

 脇の石壁が崩れかかって穴が開いているからだ。

 俺は屈んで、その穴を通る。

 間違いない。

 大量のマイクロマシンが此処から漏れ出ている。

 俺の右目は、そのマイクロマシンの一つ一つを捉えている。

 喉から超音波を発する。右耳が反射してくる超音波を捉えて、脳内で画像に変換する。

 所謂(いわゆる)エコロケーションだ。

 右目とエコロケーションを併用することで、暗闇でも俺は見えているのと同じ状態だ。

 勿論、散布しているマイクロマシンも視覚情報を十分に補填(ほてん)してくれる。

 俺がエコロケーションを使うのは、他の振動も拾うためだ。

 今回の相手は魔獣ではない。

 魔獣を保存管理し、人口調節システムを司る者が相手だ。マイクロマシンが通用するとは思えない。と、言うよりも、お互いマイクロマシンを駆使しての戦いになるだろう。

 俺のマイクロマシンは既に地下数百メートルにまで侵入している。侵入しているが、その情報を鵜吞みにして良いものかどうか。

 左目はサーモに作り替え、右目とエコロケーションを目一杯に使って、間違いのない範囲まで歩を進める。

 地下に溢れるマイクロマシンは俺の体内に侵入しようとするが、全て弾く。

 ペンタコアを欺くことは出来ないとは思うが、厄介なウィルスプログラムの侵入を許せば致命傷だ。

 もう一つの分体にもペンタコアが存在しており、実質的にはデカコアなのだが、意識の振り分けで、ヘルザース達と一緒に居る分体の霊子回路はほとんど機能していない。

『精神体さえ汚染されなければ、この体を捨てれば良い。あまり神経質になるな。』

 だから、その精神体の汚染ってのがわかんないから、神経質になってんだろうが。

『まあ、説明したところで、汚染されてるかどうかの検知が出来ないんだから一緒だ。』

 石畳と石壁が途切れたように突然なくなる。

 岩肌が露出し、崩落を防ぐための柱が立てられている。

 十分ほど先に進んだところで、大きめの空間に出る。

 鍾乳石が氷柱状に垂れ下がり、石筍と石柱が進路を塞ぐ。

 僅かな窪みからマイクロマシンが流れ出している。

 俺が通り抜けることが出来るだけの隙間を確保するため、その窪みの周囲を分解消去する。

 自分の足場と手掛かりを作るようにして、その竪穴に分解消去を少しずつ繰り返し、下へ、下へと下りて行く。

 再び大きめの空間に出る。

 俺は翼を再構築、羽を広げてその空間に飛び下り、滑空して、地に足を付ける。

 断裂の起こった跡が見て取れる。縦に刃物で斬られたような断層が目の前に広がっており、崖のような様相を呈している。

 地下に出来上がった崖に人工的な半円の穴がある。

 マイクロマシンが流れ出ている穴だ。

 その穴の中に、足から体を滑り込ませて、再び跳び下りる。

 俺が潜り込んだ穴から床までの高さは、およそ三メートル。

 そう、床だ。

 平らで滑らかな床の感触が俺の足に伝わってくる。

 手を壁に添える。ツルツルとした金属の質感を伴った壁と床そして天井。

 この金属がマイクロマシンの侵入を防いでいた。

 俺は此処にマイクロマシンの結界を張る。

 イズモリ。

『どうした?』

 マイクロマシンの暗号化は?

『ペンタコアで五重のプロテクトを掛けた。地上の方ではマイクロマシンが薄くなっているが、その分こっちのマイクロマシンはかなり分厚い。破られるとしても数時間は持つ。』

 俺の周波数で支配されたマイクロマシンを厚く張り巡らし、他のマイクロマシンの侵入を拒絶する結界であり、シェルターだ。

 ここに逃げ込めば、地上に瞬間移動できる。もしもの時の避難場所として確保しておく。

 意識の三割を地上の俺に振り分ける。


「トンナ。」

 頭上のトンナに話し掛ける。

「戻ったの?」

「地下にシェルターを確保した。そっちの方が終わり次第、瞬間移動で地下へ飛べる。」

「じゃあ、潮時だね。」

 トンナ達は、既にホノルダ群統括中央府内に入っていた。

 ヘルザース達がホノルダ群統括中央府の領主の元へと挨拶に向かっているところだ。

 通信機でスパルチェンとナシッドを呼びつけ、トンナ達と交代するように伝える。

 トンナ達は連れ立って、人気のない裏路地へと向かう。

 俺は、再び、意識の九割を地下の俺へと振り分け、トンナ達の準備を待つ。

 トンナ達の準備が整い、周囲に人がいないことを確認して、トンナ達を地下の結界内へ瞬間移動させる。

 俺は一人一人に触診しながら、マイクロマシンの侵入がないかを確認する。

 四人と一匹の体内には、事前に俺のマイクロマシンを大量に侵入させて、プロテクトを掛けていたが、分解移動時に混在する可能性がある。

 取敢えずは侵入されてはいない。

「よし。行こうか。」

「無理なんよ。」

 アヌヤが弱音を吐く。

「そうなの。一歩も歩けないの。」

 おいおい。いい加減にしてくれ。ここまで来て。

「うん。これはちょっと無理かな?」

 あれ?トンナまでどうした?

「トガリ、何とかならないかい?」

 ええ?何が?

「主人よ。我はエコロケーションで見えるが、皆は暗くて見えんのではないか?」

 ああ、そうか。

 俺とロデムスには見えても皆には全く見えないんだ。

 忘れてた。

 俺は赤外線感知機能と粒子検知機能を各自の装備に増設してやる。アヌヤのゴーグルには付いているから「お前はゴーグルをつけろよ。」と言っておく。

 ヒャクヤのカチューシャ型ゴーグルとトンナのヘルメットには増設だ。

 オルラのハガガリの兜にはゴーグルその物が付いていないから、新設してやる。

 オルラがツブリと苦無を取り出し、右手にツブリ、左手に苦無を持ち替える。

 トンナの手には斧槍が握られ、ヒャクヤは抜剣しながら、チビヒャクヤをばら撒く。

 アヌヤは腰から自動霊子小銃を引き抜き、腰だめに構えている。

 結界を抜けて、俺達は移動を開始する。

 避難用の結界はその場に固定だ。

 プロテクトだけで良いのか?

『どうして?』

 マイクロマシンだけに注意を払ってると、足元を掬われないか?

『…そうだな。攻性のマイクロマシンも用意するか。』

 俺達は吸着電荷型可燃性マイクロマシンも厚く張り巡らす。

『もう一手、打っておくか。』

 新たに一体の分体をシェルターの結界内に作製し、結界内に眠らせた状態で置いておく。

 こうしておけば、俺に何かあった時、この分体に意識を振り分ければ、皆を連れて脱出は出来るだろう。

 移動用の新たな結界を作り出す。

 吸着型可燃性マイクロマシンで俺達の周囲に張り巡らせた結界だ。その結界と共に慎重に移動する。

 十分ほど歩いて、分岐点に来る。記憶の中の地図と照合する。

 左は、恐らく、ドラネ村で発見したルートになっているだろう。右は未発見のルートだ。

 右の方からマイクロマシンが流れて来るため、躊躇うことなく右に向かう。

 分岐点を通り過ぎて、直ぐに左上方から、小さな破裂音と共に強烈な光に見舞われる。

「きゃっ!」

「にゃっ!」

「にゃむっ!」

「むっ!」

 女性陣四人がそれぞれに声を上げる。

 赤外線で見てるので結構な光量だったが、実際は極小さな炎だ。

『何かがマイクロマシンに当たって炸裂したな。』

 何かはわからないのか?

『結界の吸着電荷型可燃性マイクロマシンの所為で、外のマイクロマシンが情報を持ち帰れないんだ。情報収集は諦めろ。』

 イズモリの言葉が終わる前に、その炸裂が再び起きる。

 瞬く間にその数が増えていく。

「ゴーグルを外せ。目をやられる。」

 俺も赤外線感知を停止し、肉眼に切り替える。

 数百の炸裂が俺達の周囲を取り囲む。

 マイクロマシンからの情報はない。

「魔虫じゃ。」

 ロデムスだ。

「マチュウ?」

 ロデムスが頷く。

「魔の虫じゃ。基本は我ら魔獣と同じじゃが、規格外として、正式運用が見送られた超兵器の一種、Iナンバーズじゃな。」

「生物のBじゃないのかよ?」

「ケミカルの毒物を人体に注入するタイプならC兵器となるが、細菌を注入するタイプならばB兵器となるが?」

「そうか。だから本体のインセクトのIか。」

『どうでもいいな。』

 全くだ。どうでもいい。

 それよりも、どうすれば良いんだ?この大量の魔虫とやらは。

『基本的には魔獣と同じだろうが…取敢えず、トンナ達にしたようにマイクロマシンを侵入させて、魔虫内のマイクロマシンの動きを止めて見ろ。』

 結界の所為で外のマイクロマシンに命令を走らせられないだろう?

『霊子体を操作しろ。霊子体を体外へと伸ばして、結界外のマイクロマシンに直接命令、フィードバックさせろ。霊子体なら物質的な干渉はない。』

 やったことないことを、ここでやれってか?

『敵の情報が無ければ勝負にならん。何とかやれ。』

『そうだぞ!最初から諦めるな!』

 タナハラの他人事加減はイズモリの上を行くな。

 俺は、普段、体内に収まっている霊子体を体外へと伸ばすため、目を閉じてイメージする。

『まずは、霊子体を乗せたマイクロマシンを高速稼動させてみろ。』

 それなら、超高速ゾーンに入る時にいつもやってる。

『高速稼動させてる霊子からマイクロマシンだけを分離させるんだ。』

 マイクロマシンから命令を解除するんだな?

『そうだ。ただし、霊子を加速させたままでだ。』

 わかった。それで霊子体を実感すれば良いんだな?

『そうだ。やれ。』

 脳から血管を通って、マイクロマシンが加速する。

 体中を巡るマイクロマシンが加速して、体中の霊子回路が活性化し、超高速ゾーンに突入する。

 加速するマイクロマシンに霊子消費を止める命令を走らせる。

 霊子の消費をやめたマイクロマシンが動きを止めるが、霊子だけが加速している。

 俺の体の中に霊子があることを確認する。

 霊子を加速させながら、霊子の動きを捌くようにして、右手に霊子を偏らせる。

 俺の右手が青白い炎を灯したように、仄かに明るくなる。

 そのまま、右手を前方へと差し向ける。

 右手の指先から揺らめく炎のような糸が伸びる。

 青白い炎の糸。

 五指から伸びるその青白い炎は、ゆっくりと吸着電荷型可燃性マイクロマシンの結界を抜け、外のマイクロマシンに接触、マイクロマシンに上書き命令のプログラムを走らせ、魔虫に取り込ませるが、魔虫の動きに変化はない。

 駄目だ。変化なしだ。

『やはり無理か。』

 解析しよう。

『どうやって、魔虫に接触する?』

 今はエコロケーションを使っている。超高速ゾーンにも入ってる。一か所だけ、結界に穴を開けて、少数のみを結界内に取り込み、捕まえる。

『よし。やってみろ。』

 結界に小さな穴を開けると、直ぐに一匹の蚊が飛び込んで来る。

 蝙蝠並みのエコロケーションを使っている俺は、結界を抜けた瞬間に、その蚊を捕捉、直ぐに結界を閉じて、左手で蚊を摘まむ。

 潰さないように、細心の注意を払って、その蚊を口に含み、そのまま胃へと流し込む。

『質の悪い蚊だ。』

 わかったのか?

『マイクロマシンだけで出来てる。』

 じゃあ、俺達のマイクロマシンで上書き出来るんじゃないのか?

『命令が走っているマイクロマシンじゃない。蚊になるように作られたマイクロマシンで出来てる。』

 何?

『つまり、蚊を形成するように作られたマイクロマシンだ。命令を走らせて、蚊にしているマイクロマシンじゃないってことだ。』

 つまり、霊子で新たな命令を走らせようとしても…

『霊子からの命令を受け付ける機能そのものがないんだ。命令を上書きさせることは出来ない。』

 じゃあ、こいつらはどうして俺達を襲ってくる?

『脳が霊子送受信回路なんだ。本体から送られて来る命令を受けて、その命令通りに動いているだけだ。所謂、群体って奴だ。わかりやすく言うならチビヒャクヤの劣化版だな。』

 どうやって始末する?

『各個体の神経伝達を阻害する必要がある。』

 虫の神経伝達って阻害できるのか?

『神経節はあるんだ。出来る。』

 これだけの数をか?

『無理があるな。』

 じゃあ、こういう手はどうだ?

 俺は、俺達だけを取り囲んでいた吸着電荷型可燃性マイクロマシンを大量に吐き出し、天井まで押し広げる。

 凄まじい数の破裂音を伴いながら、吸着電荷型可燃性マイクロマシンは天井にまで到達し、俺達の頭上を飛び交っていた蚊を殲滅する。

 同じように吸着電荷型可燃性マイクロマシンを左右の壁にまで押し広げ、俺達の周囲から完全に蚊を殲滅し、後方、俺達の避難用結界まで、吸着電荷型可燃性マイクロマシンを押し広げ、蚊を掃討。

 存在する蚊は俺達の前方だけとなった。

『確実な手だが、二酸化炭素と一酸化炭素、それに酸素濃度には気を付けろ。此処は地下なんだからな。』

 口に痛みが走る。

 何した?

『口腔内にガス検知機能を付加した。』

 また、お前は合図もなしに…

『周囲の酸素濃度を一定に保たせ、一酸化炭素を分解するように命令を走らせたマイクロマシンをマイクロマシン製造器官で作る必要がある。肺の霊子回路にはその命令をさせる。だから、口にはガス検知機能は必要なんだ。』

 味覚が変なことにならないだろうな?

『今は飯を食う時じゃない。』

 わかってるよ。

 俺は壁面と天井にまで押し広げた結界を前方にも押し広げる。

 熱したフライパンに水を垂らしたような細かな破裂音が次々と鳴り響き、線香花火で出来たような壁が奥へと移動していく。

 一体何匹いるんだ?

 吸着電荷型可燃性マイクロマシンで出来た結界壁が周囲を照らしながら進んで行く。

 その結界壁が通り過ぎた床と壁面に異物が居る。

「魔獣だ。」

 俺は全員にわかるように声を掛ける。

 壁面にはヤモリ型、床には蛇型の魔獣だ。

 ヤモリは体長二メートル、蛇型は十メートル以上。

 蛇型は大きさからアナコンダのような蛇かと一瞬思ったが、頭の形が毒蛇の特徴を備えた三角形だ。

 可燃性のマイクロマシンをやり過ごしたからには、表皮はそれなりの耐久力を持っている筈だ。

「全員、獣人モードに。」

 トンナ達が獣人モードに移行して、ロデムスには俺の拳を口に含ませ、霊子を補充してやる。

 ヤモリ型の魔獣が三匹、俺達に向かって恐ろしいスピードで壁面を走る。

 このヤモリは体中に細かな棘を生やしている。

「アヌヤ。」

 俺の声を合図にアヌヤが自動霊子小銃を連射。

 粘着質な音を立てて、弾がヤモリの体を撃ち抜くが、ヤモリは平然と俺達に向かってくる。

「一匹に的を絞れ。」

 俺達に最も近づいているヤモリに向かって集中砲火を浴びせる。

 十発程の弾丸を、体に打ち込まれたヤモリが、突如膨らむ。

 俺はヤモリを包み込むように、厚い空気の層を作り出し、その空気の層を混ぜっ返すように対流させる。

 ヤモリが弾け飛ぶ。

 体の中に溜め込んだ弾丸と硬い棘を俺達に向けて飛ばすが、俺が作り出した空気の層に捕らえられ、力なく飛散し、床に落ちる。

 残った二匹のヤモリが時間差を設けて俺達に近付く。

 自爆することを前提に、お互いが距離を取って立体的に近づいて来るが、アヌヤが近付くヤモリに順番に集中砲火を浴びせる。

 天井に張り付く三匹目が集中砲火を浴びる直前に、後方に待機していた蛇型の魔獣が俺達に近付いて来る。

 蛇とは思えないスピードだ。すぐに、天井に張り付いているヤモリを追い抜く。

 鼻先に角を持った蛇は、舌を震わせながら、金色の瞳を俺達に向けている。

「ヒャクヤ、チビヒャクヤを。」

 十数体のチビヒャクヤが、一斉に蛇へと襲い掛かる。

 身長が二十センチ程のヒャクヤが、小さな剣を振るって、蛇型に襲い掛かる。

 チビヒャクヤの一体が丸呑みにされるが、他のチビヒャクヤが、蛇体に剣を突き刺す。

 小さな剣とは言え、単分子ブレードだ。深々と鍔まで潜り込む。

 蛇はのたうち、口から液体を吐き出し、三体のチビヒャクヤを溶かす。

「トンナ、斧槍。」

 蛇の後方で、ヤモリが自爆する。

 トンナがジャンプし、天井を蹴って、蛇の頭部に斧槍の穂先を突き刺し、床に縫い止める。

 ヤモリが飛ばした棘と弾丸は、俺の空気障壁で、無力化している。

 蛇はチビヒャクヤが甚振るように仕留めた。

「あっさり仕留められたね。」

「ホントなんよ。気が抜けるんよ。」

「チョロいの。」

 しかし俺は、内心、不安で一杯だった。

 俺は、魔獣四匹を確認したと同時に分解しようとしたのだが、魔獣は分解されることなく俺達に向かって来た。

 俺は残った蛇に近寄り、蛇の肉片と飛び散った血を口に含む。

『マイクロマシンで構成された肉だ。』

 マイクロマシンで構成された物質は、マイクロマシンでは分解出来ないのか?

『分解されながら、再結合を繰り返す。そういう風に作られたマイクロマシンだ。命令を走らせることも出来ないから、俺達の命令を上書きすることも出来ない。』

 蛇を仕留めることが出来たのは、あくまでも、蛇が保有する霊子をトンナとチビヒャクヤが吸い尽くしたからだ。

 俺はロデムスを振り返る。

「この場所のことを知っているか?」

「我の知っているセクションに似ているが、このような長い通路は知らぬ。」

「さっきの魔獣のことは?」

「セクションのディフェンダーだ。超兵器Dナンバーズじゃ。」

「能力とか、知っていることは?」

 ロデムスが、首を横に振る。

「壁を這っていた魔獣はラヌリ。床を這っていた魔獣はズヌリ。名前ぐらいしか知らぬ。」

 俺は、蛇を解体しながら「そうか。」と応える。

 トンナ達は、自爆したヤモリ型のラヌリから霊子結晶を拾い集めている。

 指先を焼きながら、蛇、ズヌリの体内から毒嚢の肉片を切り取り、呑み込む。

 強い酸を含んだ肉片だ。

 食道を鋭い痛みに見舞われるが、気にしている場合ではない。

「Dナンバーズは何種類いる?」

 俺は質問を再開する。

「Dナンバーズは今の二種じゃ。じゃがIナンバーズはディフェンダーに転用可能じゃからのう。」

「Iナンバーズはさっきの結界壁で何とかなるだろう?」

「わからぬ。」

「わからない?」

「うむ。Iナンバーズは、種類が多すぎて、どの対応方法が適切なのかがわからぬのじゃ。」

「超兵器と言っても基本は生物で間違いないんだな?」

「うむ。その認識で間違いはないが…」

「問題があるのか?」

「生物には、時折、とんでもないものがおるのでな。何とも言えぬ。」

 俺は前を向き、闇となった廊下の先を見詰める。

 ディフェンダーと呼ばれるDナンバーズは、大量殺戮兵器ではない。今までの魔獣、Bナンバーズと呼ばれる個体は、人口調節システムに則り、大量殺戮兵器としての性格が強かった。つまり、攻撃力重視型だ。それに対してDナンバーズは防御力を重視して、この施設防衛を目的に生産されたのだろう。

 問題はIナンバーズだ。

 Bナンバーズが大量殺戮兵器ならば、Iナンバーズは殲滅兵器だ。魔虫である蚊は、細菌兵器を持っていた。地上に、あの蚊が出れば、二か月程で王都ぐらいは滅びるかもしれない。

 俺は、廊下の先に存在し続けている、吸着電荷型可燃性マイクロマシンの結界壁を確認する。

 今は、流れて来るマイクロマシンだけが燃えているのか、一つ一つの火花は極端に小さくなっていた。

 俺はもう一つの壁を、吸着電荷型可燃性マイクロマシンの内側、俺達と結界壁の間に作り出す。

 吸着電荷型可燃性マイクロマシンの結界壁を抜けて来た生物兵器に対抗するための壁だ。

 俺達の前方、約百五十メートルの位置に二重の障壁を固定し、その二重障壁を押し進めながら、再び歩き出す。

 二重障壁を突き抜けて来る敵を想定すれば、百五十メートルは必要だ。

 超高速ゾーンに入った状態ならば、何とか対処できるだろう。そう思える距離だ。

 再び吸着電荷型可燃性マイクロマシンの結界壁で大きめの火花が散り始める。魔虫の襲撃だ。

 俺達は戦闘態勢を取りながら、その歩みを緩める。

 吸着型可燃性マイクロマシンの結界壁を抜けて、Dナンバーズの二種の魔獣が姿を現す。

 トンナ達の気配に殺気が漲る。

 蛇型のズヌリが四体、ヤモリ型のラヌリが五体。

 計九体の魔獣が俺達の方を向いて口を開く。

 その口からIナンバーズの蚊が飛び出して来る。

 しかし、そのIナンバーズは俺達の元に来ることはない。

 俺は、ジッとその様子を観察する。

 新たに作り出した結界壁が通用するのかどうか。

 魔虫が、新たに作り出した結界壁の中に侵入すると、羽ばたきながら、床へと落下し、苦しみ悶えて、やがて動かなくなる。

『魔虫には通じるな。蛇とヤモリにはどうかな。』

 俺達は、再び、歩き出し、困惑している蛇とヤモリに近付く。俺達が前に進めば、新たに作り出した結界壁も前へと進む。

 困惑しながらも臨戦態勢を整えていた蛇とヤモリが、俺達に向かって高速移動してくるが、新たな結界壁に侵入した途端、苦しみ悶えて、のた打ち回る。

 よし。

『蛇とヤモリにも有効だったな。』

 全ての魔獣の動きが止まる。

「トガリ、どうやったの?」

「ホントだね。どうやったのか教えて欲しいもんだ。」

 トンナとオルラが俺に聞いてくるが、俺は口に人差し指を当てて、内緒とディスチャーで答える。

 真っ暗闇の通路、動力系統が生きているのかは、わからない。それでも、細心の注意は必要だ。会話から、俺が、どんな結界壁を作り出し、何をしているのか、察知される可能性はある。

 エコロケーションで集音マイクの存在は無いと考えている。赤外線とサーモで熱源の有無も確認している。

 魔獣から霊子結晶を採取し、俺はデコイを作り出す。

 俺達の二メートル先にもう一人の俺が現れる。

 意識を振り分けることはしない。霊子回路を作ることもしない。その代わりに霊子送受信回路の素子をそのデコイに埋め込む。

 百五十メートル先の二重障壁の手前まで、デコイを歩かせ、俺達は、死んだ魔獣の屍を踏み越えて行く。

 障壁に当たる魔虫は既にいない。

 小さな火花、マイクロマシンの発生させる火花のみが、明かりを俺達にもたらしてくれる。

 静かに探索が続く。

 壁も天井も床さえも、マイクロマシンを透過させない。これは不可逆的な構成を意味している。絶対防御と言える構成素材だ。

 壁、天井、床が一体成型で作られているが、あまり巨大な物が作れないのか五メートルごとに継ぎ目が認められる。

 これ程の強度を持った構成素材でも、人間が入り込める断裂部分が存在した。

 継ぎ目の劣化か、この構成素材を断ち切る科学技術があったのか、その原因は不明だが、この構成素材にも何らかの弱点は存在する。

 完全、完璧な物など存在しない。

 それは俺達にも当てはまる。

 他に出来ることはないかと考えながら通路を進む。

 三度目の魔虫と魔獣の襲撃に合うが、先程と同じように、俺達が何もしなくても討伐が完了する。先を進むデコイも無事だ。

 一時間程が経過して、魔虫と魔獣の襲撃は全部で八回を数えた頃、通路に傾斜を認める。

『下ってるな。』

 イズモリの言葉通り、傾斜は地下へと俺達を誘う。

 九回目の襲撃を難なく返り討ちにして、前に進んで、一分も経たない時だった。

 俺の二重障壁が突然拡散し、デコイが待ち構えていた魔獣に喰われる。

 喰われるデコイの後ろに障壁を新たに作り出し、俺達への襲撃を阻止し、転がる魔獣を踏み越える。二重障壁が拡散した地点までで、俺達は立ち止まる。

 何らかの仕掛けがある。

 何があるのか、俺には検知できないが、進まないという選択肢はない。

 障壁をドーム状に成形し、俺達を包み込んで、前へと進む。

 通路が消失し、広大な空間へと俺達は入り込んだ。

 円形のドーム状の空間。

 距離感が狂うほどの巨大な空間が眼前に広がっていた。

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