ホノルダ群統括中央府に向かってた理由って言ってなかったっけ?
朝になって、兵士達が騒めく。
トンナ、アヌヤ、そして、ヒャクヤの姿に全員が目を奪われている。
ゴージャスと可愛いと神秘が歩いているのだ。当然のことだ。
トンナは背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢で、怜悧で鋭い視線を辺りに向けている。
アヌヤは少しばかり上向きで、口元に微笑みを浮かべながら、リズムよく歩いている。
ヒャクヤは、俯き加減に滑るように歩く。
「これは一体…」
「何ということだ…」
「おお。」
ヘルザース、ローデル、ズヌークの三人も驚きを隠せない。
「これは、どういうことなのです?お三方のお姿を魔法でお変えになったのですか?」
ヘルザースが聞いてくる。
「いや、これが、三人の本来の姿なんだ。」
「何と、では、獣人は、皆、元々は人の姿であると?」
ローデルは理解が早い。
「そうだ。今までは獣人の姿でいさせたが、これからは人間の姿で行動する。ただ…」
「ただ?」
ズヌークが先を急がせる。
「獣人が人間の姿になれるってことは、暫く秘密にするよう、皆に徹底して欲しい。」
「ふむ、そうですな。ハレーションが大きすぎますな。」
「左様ですな。心無い者がこの事実を知れば、どのようなことになるか…」
「ええ。違法奴隷に獣人の奪い合い、獣人迫害が起こる可能性もございます。」
三人の答えは、俺の思っていた以上に深刻なものだった。
俺は今後の活動において、秘密にしておいた方が良いかな?って、程度に思ったんだが、この世界の現状に精通している三人の見解は、より深いものだった。
声掛けといて良かった。
三人の通達は迅速に行き届き、トンナ達三人の正体は、連なる星々での第一級の秘匿事項となった。
ズヌークの屋敷を出立して、五日目の朝だ。
明日には、ホノルダ群統括中央府に到着するだろう。
砦を出発してから十分ほどで、ローデルの騎馬が並走してくる。
「光を齎す者よ、馬上にて失礼いたします。」
「どうした?」
砂埃の舞う中で、大きな声で俺に訴えかける。
「お造りになられたエアロバイクなる物ですが、舞い上がる砂埃が、騎馬の進軍に支障をきたしております。何とかなりませぬか?」
あちゃー。
確かに、今、並走しているローデルも、エアロカーの起こす砂埃のせいで走り難そうだ。
整地されていない街道で、高速回転する回転翼は大量の砂埃を舞い上げている。
馬は生き物だ。エアロバイクの周囲を走る馬にとっては、さぞかし、苦しかっただろう。
俺はマイクロマシンを走らせる。
エアロバイクと俺達のエアロカーをマーキングして、そのマーキング周囲で発生する砂埃をマイクロマシンで除去する。とにかく、これで一時凌ぎになるだろう。
ローデルは俺に礼を言いながら、編隊に戻る。
まだまだだな。
『うむ。進軍と言うことを考慮に入れていなかった。』
反重力エンジンとか作れないの?
『そんなものがある訳ないだろ。やっぱり厨二病か?』
やっぱ無理か。
『まあ、考えてるシステムはあるが、それはまだ先だな。』
スゲエなお前。
反重力システムは無理でも、それに近いシステムを考えてるのか、流石はイズモリだ。
俺は、昨日の反省から、上空にもマイクロマシンを広げている。
今までは、地上から三十メートルぐらいの上空までしかマイクロマシンを拡散していなかったが、現在は上空二百メートルまで拡散している。
「ところで、ロデムス。」
ロデムスが首を捻って此方を向く。
「昨日の龍だが、あれは、Bナンバーのスペシャルナンバーじゃなかったのか?」
首を振って、俺の質問にロデムスが答える。
「あれは、ダブルナンバーじゃ。人語を理解するが、人語を話すことは出来ん。」
「もっと、沢山狩れないかな?」
ロデムスが魔獣らしくない表情で溜息を吐く。
「龍は群れるが、高空を飛ぶために高山に棲む。ホルルト山脈かゴーラッシュ山脈に行けば、好きなだけ狩れるじゃろう。」
なんだ、上空二百メートルにマイクロマシンを散布したぐらいじゃ、足りねえじゃねえか。
「そうか。じゃあホノルダで用を済ませたら、龍狩りだな。」
トンナが、あからさまに嫌そうな顔をしているが、素材としては幾らでも欲しい獲物だ。
魔狩りを返上して、龍狩りと呼ばれるぐらいに頑張ろうと思う。
「ホノルダに用って?ヤート帯同許可書はもう必要ないでしょ?」
風切り音に負けじと、トンナが大きめの声で俺に問い掛ける。
「魔力の流れが気になるんだ。」
俺も同じく大きめの声で答える。
「魔力の流れ?」
トンナが俺の方を見る。
「ヤートの集落でも見えていたんだが、ホノルダ群統括中央府、もしくはもっと西の方から魔力が流れて来ているのが見えるんだよ。」
「へええ~。」
ヒャクヤが上空を見るが、見える訳がない。
「お前は魔力の流れまで見えるのかい?」
オルラに、俺は頷いて答える。
「とにかく、その魔力の流れが、何処から来ているのかを確かめたいんだ。」
俺はアヌヤに向かって大声を出す。
「アヌヤ!!お前のゴーグルを皆に回してくれ!!」
アヌヤが片手を上げて、おでこに掛けているゴーグルを外す。そのゴーグルをヒャクヤに渡す。
「ヒャクヤ。ゴーグルを掛けて、右のつまみを回してみろ。」
言われた通りに、ヒャクヤがゴーグルを掛けて、右に付いたつまみを回す。
「何かボヤボヤの虹色になったの。」
サーモグラフィだな。
「もう三回、回してみろ。」
カチカチと音を立てながら、つまみを回す。
「うわ~、皆が粒々になったの~。」
「それが、魔力とか物を構成する、一番小さな物の動きだ。そのまま上を見てみろ。」
ヒャクヤがゴーグルを掛けたまま、空を見上げる。
「にゃは~、白色の粒々が凄いスピードで流れてるの~。」
俺は頷いて、教えてやる。
「それが魔力だよ。」
ヒャクヤは感心しながら、暫く空を見上げた後、そのゴーグルをオルラに渡す。
「成程ね。これがお前の見ている世界かい。」
オルラは空だけではなく、流れて行く風景も堪能して、俺を見て、止まる。
ジッと俺を見詰める。
オルラが俺を見詰める理由は俺にはわかっているが、トンナにはわからない。
「オルラ姉さんどうしたの?」
トンナに問い掛けられたオルラが、ゴーグルをトンナに渡す。
「これでトガリを見てごらん。」
微笑みながらトンナに答える。
トンナは、片手で器用にゴーグルを掛けて、俺を見る。
そして、俺を見詰めて、口を開ける。
おい、ちょっとは前を見ないと事故るぞ?
「やっぱり…トガリは神様だったんだ…」
「トンナ、前を見ないと危ないよ?」
俺に言われて、慌てて前に視線を向ける。
「凄いよ。トガリ、あたしの前に神様が座ってる。」
頬を赤く上気させて、震える声で俺に話し掛けてくる。
「神様じゃないよ。」
俺の言葉にトンナが首を振る。
「ううん。こんなに光輝いてるんだもん。絶対に神様だよ。」
俺は量子情報体に包まれてる。六十万人分の肉体情報を保存稼働させているのだ。その光量は尋常ではない。
「まったく、そのゴーグルでお前を見たら、あたしもトンナの言葉に頷くしかないよ。」
オルラまでそんなことを言う。
「どれ、トンナ殿、我にもそのゴーグルで主人を見させてくれぬか?」
ロデムスまでが、そんなことを言い出し、オルラにゴーグルを持って貰って、俺の方を見る。そして、予想外のことをロデムスが言い出す。
「ほう、成程のう。我ら魔獣が主人に惹かれるのも無理はないのう。」
「どういうことだ?」
ロデムスがゴーグルから顔を外して、話し出す。
「この数日で、我と龍と、二頭もの魔獣に出会うというのは異常じゃと思わぬか?」
俺はロデムスの言葉に首を傾げるが、トンナ、オルラ、ヒャクヤはうんうんと頷いている。
「え~と、俺だけが普通に思ってる訳?」
全員がうんうんと頷く。
遠いアヌヤまでが頷いてる。いや、お前、絶対、話の内容わかってないだろ?いや、獣人だから聞こえてるか?
「主人にとっては当たり前かもしれぬが、普通の人間にとっては、魔獣と出会うなどということは、その人生で、一度あるかないかということなのじゃ。」
俺は眉を顰める。
「そうなの?俺、もう四種類ぐらいの魔獣を狩ってるよ?」
ロデムスが頷き「それが異常なのじゃ。」と言う。
ロデムスの話を要約すると、俺の量子情報体と霊子が魔獣を引き寄せていると言う。
魔獣は霊子と肉を喰らう。
霊子の稼働保存量の多い人間を特に好んで喰らう。
それは、莫大な霊子を消費する魔獣にとってはごく自然な成り行きなのだそうだ。従って、魔獣は人の多く集まる場所に現れ、人々の霊子と肉を喰うのだ。
王都でも人口は百数万人、約六十万人分の霊子と量子情報体を持つ俺は、魔獣にとってはご馳走なのだろう。
そうか、俺の所為か…俺の所為で魔獣に襲われるのかぁ。と、ちょっと凹んだ振りをしてみました。テヘペロ。
何か今更だよね。
トンナを始め、オルラ以外なら、皆、単独でアギラ程度は討伐できる実力を持ってるからね。魔獣の方から寄って来てくれるなら大歓迎。素材に困ることはない。
霊子結晶はイズモリでも作れない希少品だ。
遠慮すんな。ドンドン来い!
てなことを考えてると、早速、検知不能の生物を発見する。
「戦闘準備!!前方から来るぞ!総員!俺達から離れて散開!!」
通信機で、俺は全員に指示を飛ばす。
最後尾を走る俺達の前から、兵士達が消える。
森からノッソリと犬型の魔獣が現れる。
六頭のアギラだ。
「アヌヤ!放電針弾頭!射撃用意!」
アヌヤが、ガトリングを立てて、脇に回す。
銃座に備え付けられたシューティングスタンドを起こして、ヒャクヤからゴーグルを受け取り、対物霊子ライフルをセッティングする。
距離はおよそ千二百メートル。
ゴーグルを下して、対物霊子ライフルのスコープから伸びるコードをゴーグルにセット。
ライフルの霊子ホイールが高速回転を起こして、一発目をショット。
ボルトアクションで排莢、すぐさま、二匹目を狙う。
「ヒャクヤ!抜刀!近接戦準備!」
俺は指示を出しながら、ロデムスに俺の拳を口に含ませる。霊子を喰わせているのだ。
オルラがツブリを懐から出し、トンナがアギラとの距離を調節する。
素早い動作で六頭のアギラに放電針弾頭の弾丸を撃ち込んだアヌヤが、対物霊子ライフルから、ガトリングに切り替える。
「タイミングを教えるんよ!」
「そのまま!カウント七!」
大声でカウントする。ゼロになった時、アギラがこちらに走り出す。
「撃てえええ!!」
俺の号令と共にガトリングが火を噴く。
銃弾とは思えぬ軌跡を描いて、ガトリングから真赤な軌跡が伸びて行く。
距離二百メートル。
「行け!!」
ロデムスがジャンプして、空中で量子情報体を取り込み、巨大化、エアロカーと一瞬並走するが、直ぐにエアロカーを置き去りにする。
ガトリングの砲火を受けて、もんどりうったアギラの首にロデムスの牙が突き立ち、そのままアギラを振り回す。
「トンナ!全開!」
エアロカーのアクセルを開いて、速度を上げる。
アギラの目前でドリフトターン、ヒャクヤが遠心力で加速しながら飛び出し、アギラの下顎から体に添わせて股間までを斬り裂く。
オルラが、トンナの肩を踏み台に、高くジャンプ。
ツブリを通した苦無をアギラの目に投擲、アギラの目に突き立つと同時に「貫け茨。」とパスワードを呟く。
アギラがのた打ち回って、その動きを止める。
ドリフトターンで、再度、アギラの元に戻る。
アヌヤのガトリングが再び火を噴き、瀕死のアギラに銃弾が撃ち込まれ、そのアギラにヒャクヤとロデムスが止めを刺す。
残った一頭は帯電行動を取ろうとして、痙攣しながら泡を吹いていた。
あれ?今回、俺とトンナって何した?




