ドラゴン
上空で翼を広げる巨大な影は、翼の他に太くて長い四肢を備えていた。長い尻尾で器用にバランスを取りながら、俺達の頭上を旋回している。
「全員に通達!!散開!!」
通信機に手を添えながら、俺は絶叫した。
同時に、シート上に立ち上がり、両腕を上空へと目一杯伸ばす。
体の中のマイクロマシンを急速に活性化し、高速運動を開始させる。両手の爪から放電、電磁場を形成、加速させたマイクロマシンを両腕から高速射出、加速したマイクロマシンは荷電粒子砲と同じ効果で、亜光速で、その何かに向かって迸る。
翼を広げた何かは、長い首を曲げ、口から何かを吐き出したところだった。その何かと俺の荷電粒子がぶつかり、対消滅のような大規模爆発を起こす。
空中からの衝撃にエアロカーが地面を擦る。
兵士達は振り返ることなく、俺の命令に従い、散開行動をとっている。
「アヌヤ!援護射撃!トンナ!ジグザグに走れ!ロデムス!指向性超音波!」
アヌヤが射撃角度一杯にガトリングを上に向けて、引き金を絞る。
高速回転した砲身が、凄まじい爆発音とともにマズルフラッシュを吐き出す。
アヌヤの弾丸は、狙った標的に向かってカーブを描く。
奴が吐き出したものは、俺の荷電粒子とぶつかり、爆散し、消滅した。
奴も荷電粒子砲を使ったのだと推測する。
粒子がぶつかり合って、減衰消滅することを狙う。
俺は厚い空気の層を天蓋のように作り出す。
翼を広げた奴が、アヌヤの弾丸に対し、先程と同じ何かを吐き出す。弾丸が発光しながら消滅、その射線の延長線上にあった俺達へも向かってくるが、厚い空気の層で減衰、拡散される。
ロデムスが指向性の超音波を咆哮と共に発するが、効果が見られない。
俺はトンナの両肩に立ち、ジャンプ。
トンナ達の叫び声が聞こえるが、無視して瞬間移動、その何かの前に瞬時に現れる。
背中から翼と背鰭を展開、尻尾を伸長。
ヘルザース達二等星には衝撃の姿だろうが、そんなことは言っていられない。
肺にためた高圧縮の空気を、脇腹と肩甲骨の下から吐き出し、一気に音速を超える。
急激な加速に椎間板が拉げ、鎖骨が折れるが、瞬時に修復、外殻を纏いながら、俺は、その何かに向かって、飛翔する。
龍だ。
翼を備えた紅い龍だ。
全長約二十メートル、長い首に長い尻尾。空を飛ぶには、およそ大きすぎる質量が見て取れる。
両腕の発電板のマイクロマシンを急速運動させて、充電を急がせる。
超高速ゾーンに突入。
龍が、加速された荷電粒子のブレスを連続して吐き出す。
『ちっ制限なしか。』
なんで、あんなに連射できる?!
『殺して喰えばわかる。』
空気の厚い層を作り出し、加速された粒子を減衰拡散させる。
充電を完了させると同時に俺も荷電粒子砲を射出しながら弧を描いて、龍へと近づく。
龍は帯電させているのか、強力な電磁場にて俺の荷電粒子を制御、拡散させる。
可燃性の電荷吸着マイクロマシンを吐き出し、龍の表皮へと奔らせ、龍を爆炎に包ませるが、龍の体内には、ダメージが届いていない。外皮も無傷だ。
さらに龍がブレスを吐き出すが、ゾーンに入った俺は瞬間移動で躱す。
ゾーンに入ったとはいえ、予備動作なしで吐き出される、光速に近い粒子を躱すには瞬間移動でなければ間に合わない。
龍の眼前にまで移動し、光速に加速したまま、拳を龍の顔面へと打ち込む。
カルビン装甲で守られた俺の拳に皹が入る。
『ちっ、これも駄目か!』
大きく広げられた顎を避けるように瞬間移動。間一髪ブレスを躱して、小太刀を抜刀。
次のブレスは覚悟しやがれ。
瞬間移動で的を絞らせずに、タイミングを計る。
再び龍の眼前まで瞬間移動し、龍に向かって飛ぶ。
龍が俺に向かって口を開くが、俺は、既に龍の咢にまで到達している。その下顎に小太刀を刺し込む。
龍の下へと回り込み、そのまま小太刀で龍の喉を斬り裂き、腹を斬り裂き、尻尾までを斬り裂いていく。
爆音のような叫びを置き去りにして、龍の後ろに回り込んだ時、龍はもがき苦しみながら、その腹から内臓を吐き出していた。
血飛沫を撒き散らしながら、龍は大地へと堕ちて行く。
俺は龍に並ぶように大地へと向かって落下する。
光を失わない龍の瞳を確認して、俺は龍と接触、龍の霊子を強引に吸収してしまう。
そして龍は轟音と共に土煙を巻き上げて墜落した。
「トガリ!!」
エアロカーが俺の傍で止まる。
既に翼も尻尾も分解した俺の姿は普通の子供だ。いや奇天烈な格好をした子供か。
俺はバイザーを上げて、全員の無事を確認して「ほっ。」と溜息を吐く。
「全員、怪我はないな?」
オルラが「大丈夫だよ。お前の方こそ大丈夫かい?」と問い返す。
「ああ。俺は大丈夫だ。それよりヘルザース達はどうなんだ?」
龍を遠巻きにして、ヘルザース達が集結して来る。
兵士達は馬から降りて、俺の傍まで来てから跪き、その間をヘルザース達二等星が近づいて来る。
「光を齎す者よ、お怪我はござらんか?」
ヘルザース達、二等星には、跪くことを略する特権を与えたので、そのままの姿勢で話し掛けてくる。
「怪我はない。お前達の方はどうだ?怪我をした者はこっちに来てくれ。」
「ご心配なく。光を齎す者の発見が早かったため、皆、無事でございます。」
ローデルが答える。
「そうか。それよりも、お前達にはバレてしまったな。」
ヘルザース達がキョトンとした顔をしている。
「いや。俺が悪魔の正体だってことだよ。」
その言葉を聞いて、ヘルザース達が大きな声で笑う。
「いまさら何を仰るかと思えば。そのようなこと、光を齎す者に従うと決める前から気付いておりましたとも。」
ヘルザースとローデルは気付いているとわかっていたが、ズヌークにこう言われたのは、ちょっとショックだ。
「じゃあ。ヒャクヤのことも…」
ズヌークが「勿論。あのギンテンと名乗っておられる一等星リギルがヒャクヤ殿ですな?」とあっさりと言う。
そうだよな。
そりゃバレてるよな。ギンテンの偽名だけじゃあなぁ。
ズヌークに会せる前に人間モードのヒャクヤと入れ替える計画だったけど、結局バタバタして、忘れてたからな。
流石は領地男爵だ。人が良いだけじゃないな。
「ご心配なさいますな。我らは領民のことを考えずに戦を望んだ悪しき領主。この足のことは光を齎す者からのお叱りと思っております。領民のために精進いたし、結果を示せば、その時は元通りにしていただけると信じております故。」
気まずうぅぅぅ。凄く胸に来るんですけど。
「あの、何なら、今、治そうか?すぐに治せるけど?」
ヘルザースが厳しい顔で俺を叱る。
「なりません。」
「え?何で?」
「下の者に示しがつきませぬ。我らがこのような体になったのは、光を齎す者のご意思であり、そのご意思は、領民の安寧を守るためのもの。それに背く者は殺さぬが、生きることの辛さ、人の優しさを学ばせるために、このような罰を受けているのだと理解しております。その罰を何の働きも示さずに許されたのでは、何のために、我らは、このような体にされたのか、意味がございませぬ。」
スゲエなこいつら。
自分に厳しい~。俺達と正反対だ。
『俺は自分にも厳しいぜ!』
うん、タナハラはな。おもに体育会系としてな。
「それよりも、龍を退治なさるとは、流石は光を齎す者でございます。ローデル、心より感服いたします。」
「正に。ローデルも龍を退治するのにかなり苦労致しましたが、流石は光を齎す者。」
「素晴らしい方でございます。」
三人が三様に俺を褒める。俺は「いやいや。」と頭を掻きながら照れてしまう。だって、この三人からは叱られてばっかりだからね。
「トガリ。それよりもこの龍はどうするんだい?また、食べるのかい?」
オルラに言われて俺は振り返り「うん。まずは解体しながら食べるよ。」と答える。
「お食べになるのですか?」
ヘルザース達が、あからさまに嫌そうな顔をする。
そりゃそうだよな。と思っていると、意外なところから、意外な発言が聞こえる。
「何を言っておる。龍の肉は、存外、美味じゃぞ?」
「ロデムス、食ったことあるのか?」
「うむ。美味かったぞ?」
俺はその言葉を信じて、とにかく、龍の腹部分の肉を削ぎ落して、口に放り込んでみる。
「うん。美味い。」
生なのに、舌の上でとろけて、脂の甘味が広がる。口の中に残っている赤身部分は、一瞬、抵抗のある弾力を感じさせるが、少し力を加えると、やはり甘い肉汁を迸らせながら、噛み切れる。
歯ごたえと柔かさを兼ね備えた最高級の肉だ。
一等星と二等星が俺の方に注目する。
俺は一つ頷いて、大声で全員に命令する。
「ここで食事にする!!全員!竈を作れ!!」
兵士達が竈を作っている間に俺は解体だ。いや、俺は試食を兼ねた龍の分析だな。
オルラを筆頭に、魔狩りメンバーが、皮部分を除いて、サクサクと龍の解体を始める。
龍の腱、骨、骨髄、各臓器、脳、各感覚器官、牙、爪、角、鱗、皮、筋肉、脂肪、血管、血液、神経線維と全ての部位を少しずつ胃袋に放り込んでいく。
皮下脂肪はアギラと同じ絶縁性能を持ったゴムのように変質している。皮下脂肪は素材として分解保存して、一気に解体が進む。
骨には金属粒子が含まれており、強靭な原子結合がマイクロマシンによって成されていた。
驚いたのは角と爪、そして牙だ。この三つは完全に金属だった。ただイズモリが『こんな金属元素、見たことないな。』と驚いていたのが印象的だ。
じゃあ、新金属でドラゴニウムだな。
『出たよ。厨二病。』
じゃあ、どんな名前が良いんだよ?
『鱗も面白いな。』
誤魔化しやがった。
鱗にも、同じ金属が使用されているが、鱗の方はスリープモードのマイクロマシンが使用されていた。
つまり、柔らかい物質でありながら、マイクロマシンを起動させると、分子結合が変質するように設計されていたのだ。
『マイクロマシンに命令が走ると分子結合の構成を変化させて硬質化するんだな。』
普段は柔らかいけど、硬くしようと思えば硬くなるってこと?
『そうだ。しかもマイクロマシンで結合させているから、斬れる傍から修復されるな。』
カルビンよりも硬い金属で、柔らかくて、曲がるってどうよ?
ローデル、よくこんなチート化け物に勝ったな。
「おっ出て来た。」
イズモリから説明して貰ってる間に魔石、霊子結晶が出て来た。
かなり大きい。
重さにして十キロはありそうだ。こいつは良い。
俺は空を見回す。
「どうしたの?」
トンナが俺と同じように空を見回す。
「いや。もっと居ないかな?と思って。」
「ええええ~ヤダよ。」
トンナはゲンナリした声で答えて、肉の解体に戻る。
マイクロマシン製造器官もキッチリあったので、それの解析もする。
『うん?これは?』
どうした?何か変わったことがあったのか?
『いや、違うか?しかしな…』
何だ?
『いや、何でもない。気のせいだろう。』
結局、龍のマイクロマシンには、特段目立った機能はないという結論に至った。
鱗、牙、骨、角、爪、皮下脂肪、腱、発電板、蓄電放電器官、視覚器官、聴覚器官、生体荷電粒子砲、マイクロマシン製造器官、そして、霊子結晶は俺が分解保存し、その他の部分は全員の胃袋に収まった。
「確かに美味でございましたな。」
ヘルザースが介護して貰いながら、オルラと話をしている。
「この、脂肪分の少なさが、体に良いのじゃ。」
ロデムスがズヌークを相手に、健康は食事からと話をしている。
「ローデルのおっちゃんは堅苦しすぎるんよ。」
「そうなの。もっと気楽にしとかないと、娘に嫌われるの。」
アヌヤとヒャクヤが、ローデルと話している。
俺はトンナの膝上で、ゆっくりと肉を齧っている。
トンナは食べることに必死だ。
「トンナ姉さん。」
「あっごめんなさい。肉汁掛かっちゃった?」
手の甲で口元を拭くのは止めなさい。
「いや、そうじゃないんだ。」
「じゃあ、なに?どうしたの?」
「今夜、人間用の服を作ろうか?」
肉を食べる口が止まる。
「いいの?」
俺はトンナの膝上で「うん。」と頷く。
「服を作ること自体は全然いいんだ。獣人であることを恥じて欲しくないんだ。」
「うん。そうだね。わかるよトガリ。」
俺はニコリと笑って、皆の楽し気な会話風景を見る。
ヤートも貴族も平民も魔獣も獣人も皆が楽しそうに話している。
「可愛い服、作ってね。」
「うん。」
次の野営地まで、もうすぐだ。
俺達のエアロカーと同じ原理で、二十台のエアロバイクを作り出し、それを、サファイアを持つ用人達に支給する。
新たに五台の大型馬車を作り、二十頭の馬に、新たに作った五台の馬車を引かせる。これで、歩兵全てが馬車に乗ることが出来るようになった。また、進軍速度がグンと上がるだろう。
野営地に到着して、砦を造り、広場にて昨日と同じ鎧を作る。
兵士達の鎧だ。
龍の鱗を使って、槍兵用に盾を作る。
順番にその鎧と盾を支給した。
配り終えた後、俺は、広場で腰を下ろす。
再構築した簡単な椅子だ。
鎧を配られた兵士達は、皆、嬉しそうにその鎧を着ている。
「恐れながら、剣はお造りにならぬのですか?」
ローデルが物欲しそうな表情を隠すこともなく、俺の隣に座りながら聞いてくる。
「魔狩りの剣は造るが、兵士の剣は造らない。人を殺すからな。」
バッサリである。
「成程。兵士達を守るための武具をお造りになるのですね。」
頷きながら「そうだ。」と答える。
俺は仮面のまま、広場に焚かれた火に当たりながら、ローデルと話す。
「人殺しは沢山だ。」
俺の言葉を受けたローデルの影が、踊るように揺らめく。
「ローデル、手を出せ。」
俺はローデルの掌に一振りのナイフを乗せる。
「これは…」
「護身用のナイフだ。お前にやる。ドラゴンの牙から造ったナイフだ。ドラゴンスレイヤーの証にな。」
即座にローデルが跪き、俺の渡したナイフを頭上に掲げる。
「あっありがき…幸せ…」
ナイフを掲げたまま、ローデルが嗚咽を漏らす。いい年のオッサンが泣くなよ。照れ臭いだろ。
居たたまれなくなった俺は「じゃあ、俺は部屋に戻るから。」と、伝えるが、そう言った後もローデルは同じ格好のまま泣いていた。
龍退治の時の犠牲者のことを思い出しているのか、ローデルは俺が部屋に入るまでそのままの格好だった。




