下僕と使徒だって女の子なんだもん
うんと。作者が、アヌヤのあらすじ説明じゃ、全然、なんにもわかんないから、ウチにあらすじ説明するようにって言ってきたの。ウチは、村出の嫁に選ばれたこともあったから、アヌヤよりも頭が良いの。だから、ウチが説明するように頼まれたと思うの。やっぱり、アヌヤよりもウチの方が頼りになるの。で、アヌヤよりも可愛いしィ、礼儀作法とかも、ちゃんとできるの。もう、すっごく頑張ったの。食事のマナーとか、お辞儀の仕方でしょう。それから、お話の仕方でしょ。ちょっと、恥ずかしいけど、夜伽のことまで教えられたの。でも、変態チビチビマスターは酷いの。ウチのことを、すぐにモラシーヌとか、お漏らしとか、酷いこと言うの。ウチはお漏らしなんてしてないの。そんなことする子は、村出の嫁に選ばれないんだから。で、何の説明をすれば良かったんだっけ?忘れちゃったの。
ズヌークの屋敷を出て、三日目の朝だ。
朝食は全員でとったが、やはり、昨日の一件で、若干ピリピリした雰囲気になってる。
獣人三人娘に話し掛けられるような空気ではなかったので、そのまま出立となる。
野営地に到着するまで、終始そんな雰囲気だろうと思ったので、俺はローデルの作成した法度の草案に目を通す。
それにしても法度って何だよ?掟で良いんじゃね?
組織の概要は、俺のことは秘匿すること、裏切りは死刑、通過儀礼では、カペラである、コルナの洗礼を受ける、俺に対して忠誠を誓う、俺から組織の印を貰うってことだ。
なんとまあ、つらつらと二十四条まで書かれてあった。こんなの必要かね?
まあ、組織を運営していく上では、必要なんだろうなぁと思う。でも、組織のことを秘匿するのに、新たに入って来る奴っているのかね?どんな組織か知った時点で、そいつは、組織に入らなきゃいけないんだろ?入らないって言ったら秘匿するんだから死刑でしょ?選択肢がないじゃん。
中二病全開のルールってことで、こいつは機能しねぇなぁ。
…うん?なんだ。うん、その方がイイじゃん。それでイイや。
今日も天気は晴れだ。既に星が出ている。夜でも暖かくなって、本来なら気持ちの良い夜なのだが、俺の心持は若干重かった。
野営地、砦中央の広場に出る。
食事を終えた兵士達には、二階に上がるように命じる。
二階の屋外通路に兵士がズラリと並び、こちらに注目している。
広場の中央には、俺達、魔狩りしかいない。
トンナとアヌヤが対峙している。
オルラに言われて、俺が立会人みたいになってるが、何かよくわからないまま二人が勝負することになっているので、俺は気乗りしない。
俺の隣に立つヒャクヤを見上げると、真剣な表情で、広場中央の二人を見詰めてる。
ロデムスは俺の隣で、退屈そうに香箱を作ってる。
オルラが背後から「勝負の合図をしてやりな。」と俺に言う。
俺は、何が何だかわからないまま、右手を挙げて「始め。」と合図した。
目が覚めるような動きだった。
土煙を上げて、巨体のトンナが一瞬でアヌヤの眼前に移動する。
しかしアヌヤの動きも速い。
既にホルスターから銃が抜かれて、引き金が絞られていた。
アヌヤの弾丸がトンナの横を掠めて、背後でカーブを描いて、トンナの後頭部へと奔る。
後頭部を狙っていた弾丸を、身を沈めながら躱し、トンナは加速した勢いを殺すことなく、右の拳をアヌヤに奔らせる。
アヌヤは、ファストドロウ独特の、後ろに傾斜した構えから、そのまま後ろへと倒れ込む。同時に左の銃からも弾丸を発射。
その弾丸がトンナの右拳を跳ね上げる。
それでもトンナの長いリーチはアヌヤを逃がさない。
左で踏込みながら、左の拳がアヌヤの脇腹を狙う。
倒れ込みながらもアヌヤが後ろにジャンプ。
反り返ったアヌヤの背中の下をトンナの拳がすり抜ける。
跳ね上がったアヌヤの右足がトンナの顎先を狙うが、トンナは右に首を振って、その爪先を躱す。
その顔を狙って、アヌヤが銃を撃つ。
頭を右に振った動きを、そのまま体軸の回転へとつなげて、トンナが弾を躱す。
アヌヤは頭で地面に着地し、勢いを殺さないように首の力でバク転しながら、体勢を立て直し、空中で銃を連射。
トンナは体を回転させながら飛来する弾丸を拳で叩き落す。
トンナが回転しながら、アヌヤとの間合いを潰す。
空中に在るアヌヤを、その裏拳が捉える。
アヌヤが飛ぶ。
地面と水平に一直線に。
六メートルも吹き飛ばされて、地面に二度三度とバウンドして、そのままアヌヤは動かなくなった。
右目で見ているからわかる。意識を失っただけだ。
無理だ。アヌヤではトンナには勝てない。
俺はゾーンに入った状態で、二人の戦いを見ていたが、トンナの拳のスピードは、アヌヤの弾丸スピードを凌駕している。
トンナは幽子の動きを察知するアンテナ機能をその毛髪に備えている。
霊子銃の僅かな動きさえ、トンナは察知し、その動きに即座に対応している。アヌヤが引き金を絞った時には、トンナはその射線を察知しているのだ。あとは、自分の拳よりも遅い弾丸を叩き落すだけだ。
俺はトンナをチラリと見る。
「ふん!!」
裏拳を決めたままの姿勢で、下唇を突き出し、あたしに挑むなんて十年早いよ!って顔だ。
ヒャクヤは泣きそうな顔で、アヌヤに熱い視線を送っている。
トンナが俺の方に歩いて来る。
いや、ちょっと、勘弁して欲しい。何か俺までぶちのめされそうだ。
「トガリ、バケツに水が欲しいんだけど?作れる?」
「ああ。」
俺はトンナにチョットビビりながら、水を満たしたバケツを再構築してやる。
「ありがと。」
そう言って、バケツを受け取ったトンナはアヌヤに近付き、やおらアヌヤに水をぶっ掛けた。
「お立ち!!そんな様でトガリの使徒だなんて、チャンチャラおかしいよ!!」
ええええ?!トンナ?情けって言葉知ってる?
空になったバケツを放り投げようとして、途中で思い直したようだ。離れた所まで歩いて行って、大事そうにバケツを下に置く。
俺が作った物だから、大事に扱っているのだろう。こんな時でも流石はトンナだ。
その様子から、トンナが冷静だということはわかった。
そんな、冷静なトンナがアヌヤの鬣のような髪を掴んで、意識のないアヌヤを無理矢理引き上げる。
アヌヤの頬を軽く、二回、三回と引っ叩く。
「うう。」
呻きながらアヌヤが目を開く。
「ふん。」
トンナがアヌヤを放り投げる。アヌヤが地面を転がっていく。
アヌヤがフラフラと立ち上がる。
アヌヤが、トンナを見詰めるが早いか、トンナが動くのが早いか。
アヌヤの瞳に光が戻った時、トンナの拳がアヌヤの顔面を捉えていた。
アヌヤがもんどりうって、地面を転がる。
トンナが再びアヌヤを立たせる。
意識が戻ると、トンナがアヌヤをぶっ叩く。
ボディにトンナの拳を食らったアヌヤが胃の内容物を吐いている。
トンナはお構いなしにアヌヤを引き起こし、今度は顔をぶっ叩く。
ブチブチとアヌヤの髪の毛が引き千切れる音がする。
意識を失くして、ピクリとも動かないアヌヤに、トンナが再び近づくが、今度は引き起こすのではなく、アヌヤを優しく抱き上げる。
最初は興奮していた兵士達も、トンナの一方的な展開に、今は静まり返っている。
兵士の中にはアヌヤが死んでいるのではないかと思っている者も居るだろう。
それ程に一方的だった。
俺達はトンナに近付き、アヌヤの様子を見る。
うわ。ヒド。
顔が達磨だ。パンパンに腫れ上がってる。まあ脳は、破壊されないように、カナデラが守っていたが、それでも意識を失っているのだ。かなりの衝撃を受けただろう。
「トガリ、悪いんだけど、アヌヤの意識が戻ってから治してあげて。」
恐らく、自分自身が敗北したことを自覚させるために、意識が戻ってから治療する必要があるのだろう。
「わかった。じゃあ、このまま部屋に戻ろう。」
俺達は静まり返る兵士達の中を自分達の部屋へと戻って行った。
部屋に戻って、直ぐに訪いが告げられる。
ヘルザースを筆頭に、ローデルとズヌークの三人が入って来る。
やっぱり来るよね。
「一体、如何されたのですか?何がおありになったのですか?」
三人とも悲壮とも受け取れる表情で、トンナに問い掛ける。トンナは三人に詰め寄られながら、口を窄めて困ったような表情を浮かべる。
「カノープス、稽古とは思えぬあの所業、如何様なことがございました?」
ヘルザースが、若い女の子用に整えた声で問い掛ける。
「それは、その、何と言ったらいいか…」
トンナの目が泳いでる。本当に返答に困っているようだ。
「お三方、トンナも十八の女の子、色々と若い娘同士であるのですよ。」
オルラがトンナを庇うように立ち位置を変えて、三人に、説明にならない説明をする。そして俺の方に視線を向ける。
その視線を三人が追う。
ヘルザース、ローデル、ズヌークの三人と目が合う。
「おお。」
「ああ。」
「ははぁん。」
何故か三人ともに納得する。
ヘルザースがオルラに頭を下る。
「失礼いたしました。これは、我らが無粋でしたな。それで、アークトゥルスのお加減は如何ですかな?」
「トガリが居るのです。ご心配には至りません。」
まあ、オルラの言うとおりなんだが、ヘルザース、何が無粋なんだ?俺にチョット教えてくれ。
三人が出て行った後、何だか微妙な空気が流れる。その空気を嫌って、オルラが別室の風呂に向かい、ロデムスがベッドで眠り始める。
ロデムスとは別のベッドには、アヌヤが眠っている。そのアヌヤを囲むようにして、俺とトンナ、そして、ヒャクヤが微妙な空気を作り出している。
俺は、どうしてこうなったのかが、わからない。
トンナもヒャクヤも、時折、俺の方に視線を向ける。だからどうして、俺が原因みたいな空気を作る?
アヌヤが目覚める。
「目が覚めたかい?」
トンナが優しく声を掛ける。
アヌヤは、トンナの方を真直ぐに見ながら、それでも、溜息を一つ吐いて「負けたんよ。」と呟た。
「アヌヤ、仕方ないの。トンナ姉さんの強さは桁違いなの。」
ヒャクヤの言葉に、腫れた顔で笑おうとして「いたっ!」と、顔を歪める。
「治してやるよ。」
「チビジャリはこっち来んなよ!!」
アヌヤに怒鳴られた。
何で?
トンナも、ヒャクヤも、何も言わずに可哀想なボッチを見るような目で、俺を見てる。
そういう目は止めなさい。
何気に傷付くから。ね?
「アヌヤ?何を怒ってる?」
「うるさいんよ!こっち来んなよ!」
え~。全然、意味が解らん。ほらほら、漢字見て、今まで平仮名でわからんって言ってたのに理解出来ないって意味の解らんになってるよ。
アヌヤの怒鳴り声が煩かったのか、ロデムスがアヌヤに近付いていく。
「アヌヤなる獣人よ。」
アヌヤの肩がピクリと震える。
「男は鈍いのじゃ。まずは、名前で呼ぶようにならねば。名前で呼ばぬお主が、隠しすぎるから男には伝わらぬのじゃ。理解されることを当たり前と思うてはならぬ。伝える努力を怠ってはならぬ。」
「ちょっと待って、その台詞だと、ロデムスって、まさか、雌?」
まるで、年嵩の女性が説得してるみたいな台詞に引っかかる。
そんな俺に視線を向けて、ロデムスが溜息を吐く。
「のう?男とはこのような生き物なのじゃ。」
何か、説得の材料にされた。
「名前で呼んでごらん。」
トンナが、優しくアヌヤに語り掛ける。
まあ、ここまで言われれば、俺だって気付くよ。
アヌヤがトンナに対抗心を燃やしてるんだと、その原因は俺なんだと。
「面倒くせえなあ。」
俺はそう言って、ズカズカとアヌヤに近付く。
背中を向けるアヌヤの肩を掴んで、無理矢理にこっちを向けさせ、速攻で傷を治してしまう。
「その内、トンナよりも強くなれるかもしれん。頑張れ。」
慰めの言葉に、アヌヤが目をむく。
あまりの表情の激変に、俺はトンナに視線を向ける。
するとトンナも目をむいている。
ヒャクヤの方を見ると、やっぱり同じように目をむいている。
最後にロデムスに目を向けると、やっぱり目をむいてた。
なに?何か変なこと言った?
トンナがアヌヤを睨みつける。
「次は、もっと、ボッコボコにしてやるよ?」
アヌヤが不敵な笑みを見せる。
「次こそ、トンナ姉さんに勝つんよ。」
また遣り合う気なのか?トンナもやってやんよムードだよ。
「二人ともわかってないの。」
ヒャクヤが参戦する。
「変態チビチビ魔王は人間なの。」
アヌヤとトンナがヒャクヤを睨みつける。
同時にヒャクヤの体から体毛が散っていく。
神秘的な純白の美少女が現れる。
「人間は、獣人と違って、綺麗な女が好きなの。」
何の話だ…
ヒャクヤが、俺の前で、色っぽいポーズを取ろうとしているようだが、俺には、寝起きのポーズにしか見えない。
「美人だってなら、あたしの方が美人だよ。」
トンナも人間に変わる。
両手を腰に、仁王立ちだ。二メートル美女の仁王立ちって迫力あるなあ。
「あたしだって負けてないんよ!」
アヌヤの小麦色の肌も健康的で良いよね。
仕舞いには、料理が出来るとか、ウチはチビジャリに何度も辱められたとか、訳のわからない言い合いになって来たので、俺は静かに部屋を出る。その時、ロデムスもこっそりついて来たので、ロデムスと一緒にオルラの居る部屋に入る。
「何だか、隣は騒がしくなったね?」
オルラが呆れ顔で肩を竦める。
「何か、どうでもいい言い争いになって来たんで、放っとくことにした。」
俺の言葉を聞いて、ロデムスが「何を言っておる。」と口を挟む。
「何が?」
「主人が揉めさせたのであろうが?」
「はあ?」
俺は、自分でもオーバーと思えるぐらいに口を歪めた。
「主人が、その内に勝てるなどと言うから揉めておるのじゃ。」
よくわからんので、そのまま言う。
「よくわからん。どういう意味だ?」
「獣人は己の強さを誇示することで、己の欲しい物を勝ち取るのじゃ。一旦は勝負の付いた事柄を、主人が引っ繰り返したのじゃよ?」
『ああ!そうか!』
なんだ?イチイハラか?
『ほら、前に言ってたでしょう?』
何を?
『トンナは婿をとるために強くなろうと頑張ってたって。』
あっ。
俺は、多分、かなり蒼褪めてたと思う。
そうだ、獣人は戦闘特化種族、自分達の家を残すため、婿、もしくは嫁をとる時、その強さで決めるのだ。
強い者が嫁をとり、強い者が婿をとる。そうか、下僕長の座を取り合ってたんだ。だから、トンナは徹底的にアヌヤに敗北を刻み込んだ。
でも、主人である俺が、まだチャンスはあるという意味合いのことを言った。だから、この勝負はチャラになった。
そこにヒャクヤが、俺は人間なんだから、獣人の理屈は通らないと言い出して参戦した。
そういうことか。
俺は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「なんじゃ?主人はわかっておらなんだのか?」
ロデムスが呆れたように言う。
わかってないよ。そもそも何で下僕長の立ち位置を争うんだ?
アヌヤもヒャクヤもトンナのことはトンナ姉さんと敬ってたじゃないか。
「もういい。なんで、下僕長の座を取り合うんだ?とにかく疲れたからもう寝る。」
俺はベッドを再構築して、不貞寝を決め込んだ。
「主人は、ホンに鈍いのう。」
目を瞑りながら、ロデムスの独り言が聞こえるが、もうスルーだ。




