魔神の軍団
俺は、ヘルザースに、サテネ連長町を抜けた西の郊外に軍を移動させるよう指示を出して、そのまま、その地点へと移動する。昨日と同じ砦を再構築するためだ。ズヌーク領の兵士が続々と集結している状況で、ヘルザースの軍を町に駐屯させる訳にはいかない。
俺はサテネ連長町の城壁に接するように砦を再構築した。
昨日と同じように兵士達は馬の世話をしてから食事を摂り、各々の部屋で休んでいた。
ヘルザースとローデルだけが、勅命の事前通達を偽造したことについて、ああだ、こうだと言い合っていたが、自業自得だ。今夜は戦々恐々としていろ。
俺は、屋上に昨日と異なり、部屋を一室だけ作った。
ドアのない、瞬間移動でしか入れない。俺だけの部屋だ。
明日のために、俺だけで過ごす部屋。
トンナが煩かったが、明日の魔法は流石に精神統一が必要だ。どれだけのことが出来るかわからないが、イズモリも実験として、やる気が満々だ。カナデラも面白がって、やる気だ。
俺は座禅、結跏趺坐を組んで、心を落ち着ける。
俺を含めた五人の人格がゆっくりと呼吸を合わせ、心を静めて行く。
霊子体は一つだが、精神体は八つに分かれている。その内の五つだけでも、心の在りようを統一する。
俺の精神統一は空が白むまで続いた。
朝を迎えて、俺はヘルザースとローデルを砦の屋上へと呼び出す。
時を同じくして、トンナにズヌークを呼び出させる。
朝日を背に受けて、広大な平原を望む。
砦の屋上には俺達魔狩りとヘルザース、ヘルザースの息子、ローデルそしてズヌークとその家臣が五人。
兵士達も何が起こるのかと街道にまで出て西に広がる平原を見詰めている。
俺は両手を広げてペンタコアをフル回転させる。
俺の周囲で黄金色の渦が立ち上がる。
黄金の竜巻は天空へと伸び上がり、太く、細くうねるように風を巻き込み、砂埃を立ち上げる。
雲を割いて、雲を巻き込み、太陽よりも輝きを増した竜巻が一転して、うねりながら地へと堕ちる。
竜巻が渦を巻いたままに大地へと広がり、黄金の海のように波立つ。竜巻が全て大地へと降り注がれた時、そこに人影が現れる。
最初は数えることの出来た人影が、見る間に増殖するように黄金の光から立ち上がる。
「おお…。」
誰が発したのか、その声が物語るように、黄金色の光の中からは数十万人の鎧甲冑の人影が現れた。
俺は跪いていた。
サテネ連長町の、西に広がる草原は、数十万の兵士で埋め尽くされていた。
グラファイトとカルビンで作られた黒い鎧甲冑に身を包み、同じく黒い剣を携えた兵士達。
その兵士達が剣を掲げ、一斉に吠える。
鼓膜どころか腹の奥にまで轟く。
俺はゆっくりと立ち上がる。
トンナが走り寄って、俺を抱き上げる。そのままトンナの肩によじ登り、俺はヘルザース達に向かって両手を広げる。
「我が魔道兵士、糧食を必要とせず、馬よりも速く駆け、恐れも知りませぬ。」
ヘルザース達には何が起こったのか理解出来ないようだ。当然だ。
オルラもアヌヤもヒャクヤもロデムスさえも信じられない物を見るような顔をしている。
俺はトンナに魔道兵士達の方を向くように指示する。
「我が魔道兵士達よ!我が名を唱えよ!」
一斉に俺の名前が叫ばれるが、あまりの大音声に一音一音を聞き取ることが出来ない。
まるで、大地その物が吠えているようだ。
その声に雲が裂けるように散っていく。
砦がその声に震えている。
俺はトンナの肩に立ち上がり、両の拳を突き上げる。
ピタリと声が止む。
再び、俺は振り返り、恫喝するように全員を睨む。
ヘルザースが涙を流しながら、不格好に床に倒れ込む。同じように涙を流したローデルがヘルザースを助け起こし、そのまま跪く。
それに倣うようにズヌークも、その用人達も跪く。
街道に出ていた兵士達も次々と跪いていく。
この日、俺は魔神と称されるようになった。
馬車の上。
トンナの膝の上で、俺はグッタリと横になっていた。
量子情報体を全て解放、というか実体化させたのだ。かなりの反動が来ると思っていたが、想像以上の反動が来た。
実体化させたところまでは良かった。全て俺なのだから、実体化後は俺の思った通りに動いてくれた。
問題はその後だった。
元の量子情報体に戻すのに、かなりの負担を霊子回路に掛けた。
そもそも実体化させることで、霊子を分割消費していたのだから、元に戻すときの霊子量を計算に入れてなかったのが悔やまれる。
もう霊子量がカツカツだった。
サテネ連長町周囲のマイクロマシンは幽子の枯渇で暫く使い物にならないだろう。
あの大軍団を見た後、ズヌークも信者になった。
そうだろうな、と思っていたけど、やっぱりなって感じだ。
「トガリ、大丈夫?」
トンナが心配そうに、俺の顔を覗き込む。
「ああ。寝てれば良くなるよ。」
現在の兵数は、千人にまで膨れ上がっているが、朝の数十万人の軍勢を見た後だと、しょぼく感じるのは気のせいだろうか?
兵士の五百人は、ヘルザースの軍だが、もう五百人はズヌークの軍だ。
急遽、ズヌークが随伴すると言い出したから、千人に増えた。ズヌーク軍の先発隊は既に先行しており、第二陣は明日が出立予定だったが、それを繰り上げての出立だ。ズヌークも両足が使えない状態だというのに、よく一緒に進軍するとか言ったもんだよ。
ヘルザースも一旦引き返す予定だったのに、結局一緒に進軍してるんだから、熱狂と言うか信者パワーと言うか、やっぱり宗教に嵌るって怖いなぁ。
ズヌークも連なる星々の一員となったので、ヘルザース達と同じ、ルビーの印を与えた。二等星のベネトシュを名乗るそうだ。
「光を齎す者よ。連なる星々の法度の草案が出来ましたので、ご一読いただければと思います。」
トンナの膝上で寝っ転がっていると、ローデルが並走して来て、紙束を俺に押し付けに来た。
「そう嫌そうなお顔をなされますな。カノープスや一等星の方々はお構いにならなくとも、我ら二等星以下の者共にとっては重要なことでございます。今後の行動方針に関わって参りますのでな。出来る限り、早くお目を通して頂かなくてはなりませんぞ。」
何かローデルが水を得た魚のように生き生きとしてるのは気のせいか?
「どれ。お貸しよ。」
オルラが手を伸ばしてくれる。俺は素直にオルラに渡す。
「成程、シリウスが推敲して下さいますか。それでは、シリウスのご意見に従ってから、光を齎す者にお読み頂きましょう。」
そう言うと、ローデルが、俺の元から離れて行く。仕事速すぎ。昨日の夜だよ?法度を作るとかどうとか言ってたのは。
「ところで、義母さん、いつから字が読めるようになったの?」
「何言ってんだい。あたしに読める訳ないだろ。ああでもしないとお前がゆっくり休めないじゃないか。」
何だ、案外、過保護だな。ちょっと胸に沁みたよ。ホロリと来たよ。
俺は顔の上半分を隠した仮面をしたままだ。今後もこの仮面をしておかなきゃならないとか、ちょっと憂鬱だ。でも今は便利だ。目の部分の黒いバイザーを下して、そのまま眠る。
コートの内ポケットに入ったチビヒャクヤの体温が心地よい。
トンナの太腿も柔らかくて気持ちいい。
ゆっくりと眠れそうだ。




