拡大していく光に戸惑う俺…
ヘルザースの伯爵領、その終わりとなる境界にまで到達した。
この先は街道が狭くなり、二頭立ての馬が通ることが出来なくなる。
俺は大型馬車を一頭立ての馬車に改造する。
屋形部分に連結器を作製し、屋形が、二両編成となり、十人が乗車できるようにする。
当然、馬に負担がかかるため、各屋形の材質をグラスファイバーへと変質させて、軽くする。俺達の馬車も一頭立てに改造し、アヌヤが馬車から外した馬に乗る。
ロデムスを馬車から降ろして、体を二メートルぐらいの大きさに戻し、オルラが乗ることになった。
晩期死体が複数転がるヤートの集落に到着する。
腐臭が充満している。
蠅が飛び交い、空気にさえ、腐った色が付いているようだ。
「何なんよ?凄く臭いんよ。」
「そうなの。汚いの。早くこんなところ出て行きたいの。」
ヘルザースの軍には、先に進軍させて、俺達魔狩りは停止していた。
俺達は集落の中を歩いていた。
アヌヤとヒャクヤは、臭い、臭いと煩かったが、トンナは鼻を押さえながら、黙って俺の後ろを歩いていた。
「俺の居た集落だ。」
俺の言葉にアヌヤとヒャクヤが黙り込む。
トネリ達は結局、此処を復興せずにそのまま放置するのだろうか?
「トネリ達の集落を先に復興するんだろうよ。」
オルラが俺の頭を撫でながら、俺を慰める。トンナが俺の横に立ち、俺の肩を抱くようにして、俺を引き寄せる。
そのトンナから離れて、俺は、俺が死んだ場所に向かう。
父の死体が腐食しながら転がっている。
俺は父の傍にしゃがみ込み、左手を翳す。
「トガリ、その人って…」
トンナが俺の後ろから、わかっている答えを確認する。
「父だ。」
その答えを言葉にする。そして、俺は、父の体を分解消去した。
この世界は人を殺すことに躊躇がない。
父は俺を庇いながら死んだ。
俺も一度は死んだ。
アヌヤとヒャクヤも一度は俺を殺すつもりで銃を撃った。
トンナも俺を殺すつもりで拳を振るった。
トガリも殺すつもりで、あの魔法使いに斬りつけた。
街中には銃や刀に関する法律が施行されているのに、その法律が届かないところでは、死が日常であり、殺すことに禁忌がない。
歪だ。
歪んでいる。
俺は右手を振り上げ、この集落に存在する全ての死体を分解した。
ヤートの集落を管理するコード村に到着する。
ヘルザース達が村の広場で俺達の到着を待っていた。村人の姿は見えない。警戒して、その身を建物の中に隠しているのだろう。
そんな村人の対応にヘルザース達は平気だ。そうだろうな。貴族にとっては、然したることでもない。
俺は一頭立てにした馬車を再び二頭立てに改造し、ロデムスをまた一メートルぐらいの大きさに戻して、太い街道を進みだした。
宿場町を四つ通り過ぎ、軍の駐屯地を抜ける。駐屯所ではヘルザースが勅命の事前通告書を提示してから、一言二言、駐屯所の責任者と会話を交わしていた。野営地に適した場所を聞いていたようだ。
しばらく進んで、その野営地に到着する。
五百人からの野営地だ。かなりの広さを必要とする。
街道を中心とした草原で、野営の準備をすると、ローデルが告げに来たので、俺はトンナの膝上から跳び下り、右手を野営予定の草原に向ける。
俺は宿場町を丸々一つ分解して、元素のまま保存している。イズモリ達に声を掛け、その元素を使って建物を再構築する。
ザワリ、と、五百人の男たちがどよめく。
うん、そりゃそうだよな。
だって野宿だよ?キャンプ場でもないし、虫除けもないんだよ?
季節的には寝苦しいってこともないしさ、寒いわけでもないだけどさぁ。でも、虫が沢山飛んでて、絶対、鬱陶しいと思うわけよ。
だから、ちょっとでも快適な空間が欲しいじゃない?
一応、うるさそうなヘルザースの好みに合うように、砦としての機能を持たせる意匠を考慮した。
城壁のような二階建ての石積み土塀の壁体に窓は二階だけに設ける。中央に馬車のロータリーとして使用できる広い空間を用意し、馬車一両が通れるだけの門を作り、一階部分は厩舎として設える。
五百人がワンフロアで寝起きするのだ。かなりの周長を有する建物になった。屋上部分は見張りが見回れるように、適当な間隔で篝火を用意する。
トイレは各部屋に設けているが、水洗には出来ないので、トイレ部分だけは外側に張り出し、直接建物外に排出する形だ。建物周囲を排泄物が取り巻く形で、現代人の俺にとっては決して気持ちの良い物ではないが、致し方ない。それでも、ただの野営に比べて、かなり快適だ。
階段は三か所、スロープを一か所。スロープはヘルザース専用だ。このスロープにヘルザースはかなり感激していた。
室内には、トイレの他にベッドを含めた寝具を用意しただけだが、それでも兵士達には好評だった。
馬に飼葉と水を与えて、ブラッシングしてから、馬の寝床を整え、やっと人間達の食事が始まる。
酒はなし。中央のロータリーを簡易な調理場兼食事場として使用する。食事内容は全員同じだ。貴賤はない。ただ、満足できる量だけは振舞われた。
昼間の魔獣襲来の話題に花が咲き、俺達魔狩りを一頻り褒め称えた後、俺達に対する挑戦者が現れる。
この場に居る者は、農民であるとともに猟師でもあり、兵士でもある。昼間の荒事を見ていたのだから、興奮冷めやらぬのも当たり前だ。
トンナ、アヌヤ、ヒャクヤと、一人ずつの挑戦者に対して、オルラには五人が挑戦者として名乗りを上げた。
お前ら見た目に騙されてるぞ。オルラは四十四歳のオバさんなんだぞ?
オルラは五人を順番に相手して、その悉くを虐待していた。
驚いたのは、俺に対しても挑戦者が居たことだ。お前ら一〇歳の子供相手に大人気ないとは思わないのか?
ちょっと、痛い目に合わせてやろうと、三個小隊の六十人を相手にしてやると宣言する。
残りの全員は、ロータリーをぐるりと囲う二階の屋外通路に場所を移す。
中央に立つ俺の周りを屈強な男達が囲む。
ゾーンに入る。
超高速のゾーンではない。超低速のゾーンだ。
俺は無造作に手近な男に向かって行く。男は慌てて、俺に殴り掛かってくるが、動いている相手は、中々、的確に捉えることが出来ないものだ。
俺は腰を屈めて、拳の下を通り、男の腰に手を添えて、回転する腰を更に回してやる。重心を崩した男をそのまま倒し、次の男には膝裏に当て身を加えて、そのまま肩に乗せて投げ飛ばす。
俺は次々と男達に近付き、投げ飛ばしていく、俺にタックルしようとした男には、背中に当て実を打ち落とし、そのまま地面に倒してしまう。倒れた男の上を走って、蹴りを放ってくる男の足を掬い上げ、後ろの男に投げ飛ばす。前に踏込もうとする足を止めて、捻って投げ飛ばす。ものの五分ほどで六十人の男達が地面に転がった。
思った以上にシーンとなった。
六十人の男達が転がる中央に一〇歳の男の子がポツネンだ。
明日からポツネン君と呼ばれそうな雰囲気だ。
俺は居たたまれなくなって、そそくさと二階に上がり、「お休み」と宣言して部屋に籠った。その後、部屋の外でざわざわと煩かったのはスルーした。
オルラが部屋に入って来ると、そのざわめきが大きくなり、扉を閉めると小さくなる。
「トガリ、治まらないから、ちょっと顔を見せてやりな。」
俺が怪訝に思いながらも外に出る。
一斉に兵士達が叫ぶ。
屋外通路で見物していた連中も、わざわざ中央ロータリーにから下りていた。
その全員が、口々に、俺に対する称賛の言葉を並べ立て、狂乱するように手を振り上げている。
トンナが俺を抱え上げ、高く掲げる。
獰猛な獣が雄叫びを上げるような兵士の声が腹に響く。
いつの間にか隣に並ぶヘルザースとローデル、ローデルが手を挙げる。
一瞬にして静まる兵士達。
静寂が訪れた筈なのに、獰猛な、威嚇するような雰囲気が漂っている。
「諸君、神がもたらした物を思い出せ。」
静まり返る兵士達を、睥睨するローデルの表情は険しい。
「平和か?豊穣か?幸福か?」
兵士達の獰猛な雰囲気が更に高まる。俺の右目は兵士達の怒りそのものを捉えていた。
「西から吹きつける風は作物を枯らし、山脈に巣食うドラゴンは人々を蹂躙する。病に抗う術もなく、我が子の死を乗り越えること数多に及ぶ。」
五百人の兵士達を支配するのは怒りだ。
「我らを救う者は神ではない!!」
ローデルの言葉に、兵士達が絶叫を持って、一斉に応える。
「我らは、我らの力をもって、我らを救う!!」
ローデルの言葉に兵士達が一斉に足を踏み鳴らす。
え?地震?
いや、すげぇな。五百人のパワー。
「我らを導く者を我らは得たり!!」
地響きとも思える大音声が俺に向かって突き刺さる。
ローデルとヘルザースが俺の方を向いて頷く。
いや、ちょっと勘弁して。
何このライブハウス的な、というか、コンサート的なノリは。
『手ぐらい挙げてやれよ。』
相変わらず他人事だなぁ。
俺はトンナに掲げられながら右手を上げる。
再び静まる兵士達。
え?手、挙げたでしょ?
それでイイんじゃないの?まだ何かしなきゃならないの?歌う?
『何か言ってやれよ。』
は?何て?何言えばイイんだよ?目の前の兵士達は何に対して怒ってるんだよ?よくわかんないのに、何て言えばいいの?助けて誰か。
困った時のトンナ頼みだ。トンナならハッタリで何とかしてくれる。俺はそう思って、トンナの肩に置いていた左手に力を籠める。
「トガリは神だ!!」
何てこと言うんだ!トンナ!暴走してる?!
「お前達が何に苦しめられていようと必ずトガリが救う!!」
マジか?
おい。トンナ?!お前何言ってるかわかってる?
そんな俺の思いをトンナがニッコリと笑って吹き飛ばす。
ウトーン。泣きそうだよ。
再び兵士達が吠える。
ローデルが手を掲げ、兵士達を黙らせる。
「今は雌伏の時!休め、その時まで!我らを導く‘光を齎す者’は必ずや諸君が立ち上がるべき時を知らせてくれるであろう!」
締めちゃったよ。
勝手に盛り上がって、勝手に締めちゃったよ。どうしろって言うの?
トンナが俺を抱えたまま、部屋に入る。
未だ、興奮冷めやらぬ兵士達を残してさあ、ええ?
部屋の中には口を開けたままのオルラが俺達を出迎えてくれた。そうだよね。そういう顔になるよな。
「どうするんだい?」
オルラの言葉に俺は力なく笑う。
「大丈夫だよオルラ姉さん!トガリなら何だって解決しちゃうから!」
トンナ。その自信はどこから?
『トンナにとってはトガリって本当の神様なんだよ。』
駄目だ。イチイハラも他人事だ。
『スゲエな!五百人の大絶叫って!』
タナハラ…お前もか…
トンナの言葉に、オルラは肩を竦めて「やれやれ。」と呟くが、俺の方がやれやれだよ?
だって、俺がしたことって右手を上げただけだもん。




