魔獣とドラゴノイドと帝国と…え?三つ?ちょっとヤバくない?
俺の言葉に、動ける者達の表情が一変する。
怯えから、怒りへと。
「なっ!」
「貴様!!」
護衛の二人が声を上げるが、直ぐに沈黙する。
俺の右手に乗っている、皇帝の宝冠を認めたためだ。
「宝冠でよかったな。首でも同じことが出来るぞ?その時はカルザンが、生きているかどうかは知らんがな?」
猫手の爪で宝冠を弄び、クルクルと回す。
「白いローブを着ている貴様らは魔法使いじゃないのか?」
俺は大げさに首を傾げてアンダル達を見回す。
業を煮やしたドラゴノイドが一足飛びに俺の懐に入り込み、右の拳を俺の顔面に真直ぐに伸ばす。
最短距離での攻撃だ。
踏み込んだ左足が、大理石の床を陥没させ、敷かれた絨毯を細切れにする。
俺はドラゴノイドの棚引く黒髪を掴み、その動きを止めようとするが、予想以上の推力で、その拳は止まることを否定した。
空いた左手で拳をいなし、上へと跳ね上げる。
同時にドラゴノイドの右足が、俺の腹へと跳ね上がり、俺は体を捻ってその蹴りを躱す。
ドラゴノイドの髪を掴んだまま、ドラゴノイドを軸に転回、遠心力で加速したまま俺はドラゴノイドを投げ飛ばす。
転がりながら、元の位置に戻ったドラゴノイドは、転がる体を無理矢理立て直し、低い姿勢のまま、俺へと向かって走り出す。
その時、漸く魔法が完成したのか、俺の死角から雷撃が放たれる。
俺は左手を無造作に振って、その雷撃を床へと誘導、雷撃が目くらましとなって、ドラゴノイドが俺の動きを見失う。
ジャンプでドラゴノイドの頭上を越える。
中空にあった俺の体を襲ったのは、もう一人の護衛の男、その男の蹴りだった。
男の蹴り足、その脛を右手で掴み、俺は更に上へと跳ぶ。男の頭上で体を反転、両手で男の頭を挟み込み、勢いのままに男の頭を床に叩きつける。
一応手加減はしたつもりだが、死んでしまっては後味が悪いので、脳が出血したり、破壊されたりしないようにマイクロマシンで保護してやる。
でも脳震盪は仕方がない。諦めれ。
俺の背後には、蒼褪め、震える皇帝がいる。俺は振り返りながら、皇帝へと笑い掛ける。
「皇帝を晒しちゃだめだよな?」
カルザンは、力一杯、椅子の背凭れへと体を押し付けている。
幼い。
小さな体で、この帝国を支えようとしてるのか?
一〇歳の俺の体とあまり大差ない。年齢はトガリよりも上かもしれないが、それにしても、こんなに小さな子供が皇帝とは、摂政は誰だ?
「魔法使い!身体強化の法を!!」
ドラゴノイドが叫ぶ。
そうそう、それそれ。それを待ってたのよ。
マイクロマシンと霊子を使って、どうやって身体強化するのか。一度、マイクロマシンを使って筋肉の収縮と展張を無理矢理やってみたけど、大した効果は得られなかった。
タナハラは体を動かすことに関しては天才だが、理論的にマイクロマシンをどう使えば良いのかは、わかっていなかった。
イズモリとの知識にも融合性が無かったため、魔法に存在するであろう、その使用方法を俺は知りたかったのだ。
魔法使いからドラゴノイドに向かってマイクロマシンが飛び、そのマイクロマシンをドラゴノイドが喰らう。
いや、獣人だけじゃなく、人間の方に放ってくれないと。
獣人の体内には、マイクロマシンが常駐してるから、その効果がよくわからん。
俺の方にもマイクロマシンが放たれ、体の中にマイクロマシンが侵入してくる。
体内の霊子は常に動いている。
俺は、敵対者の体内霊子の動きを察知して、次の動きを予測出来る。
イズモリ悪魔と戦った時に会得した技術である。そのことでもわかるように霊子が動いて、肉体が動くのだ。
俺の体内に侵入して来たマイクロマシンには、その霊子の動きを阻害するプログラムが走らされていた。
成程。これで相手を弱体化する訳か。
倒れていた男にもマイクロマシンが放たれ、右目で確認するとマイクロマシンの動きに合わせて霊子の動きが激しくなっている。
俺は侵入して来たマイクロマシンの命令を上書き、無効化した後、ドラゴノイドの左拳を躱して、起き上がった男に走り寄る。
男の体内で血流と同じ経路で霊子が高速運動している。
バネ仕掛けのように男が跳ね起き、俺に向かって右の拳を打ち込んでくる。
力を込めた部分に高速移動している霊子が偏り、爆発的なスピードとパワーを生み出しているのか?
男の右拳を試しに掌で受けてみる。
驚いたことに俺の手を爆散四散させた。
「ほう。こうなるのか。」
俺は欠損した自分の左手首を眺めながら、イズモリの考察を聞く。
『体内でマイクロマシンを高速移動させているんだ。霊子そのものじゃない。霊子を含んだマイクロマシンが、常に高速運動しているから、その力をそのまま使用できるんだな。その上、マイクロマシンが身体の構造強化を行ってるから金属鎧ぐらいは貫通するかもな。』
実感してるからよくわかる。かなり強力だ。しかし、理論と効果は俺達の予想した範疇内だ。
俺は自分の左手を再構築し、ドラゴノイドの後ろからの攻撃を避ける。
魔法使いは大規模な魔法が使えない。皇帝が居るからな。
自ずと使用される魔法は、味方の身体強化と俺への弱体化が主体となってくる。
じゃあ、俺もやってみるか。
と、いうことで、体内のマイクロマシンを使って霊子の動きを加速させる。
『おっ?勝手にゾーンに入ったぞ?』
『霊子が高速で動いているからな、各部位に仕込んだ霊子回路のクロック数が勝手に上がったんだろう。』
じゃあ、奴らもゾーンに入っているのか?
『奴ら程度の霊子回路じゃあ多可が知れてる。俺達の通常モードと変わらんだろ。』
確かに。さっきも奴らの攻撃を避けることが出来たもんな。
俺の手を一旦は破壊することが出来たから、男が調子に乗ってるようだ。無遠慮に俺との間合いを詰めてくる。
霊子が高速移動中なので、出来るかな?
俺は無造作に足を一歩前に踏み出そうとする。
空気の壁に阻まれるが、その抵抗を無視して、力を籠める。
ゼリー状になった空気を俺の爪先が突き破り、ようやく一歩を踏み出せる。その動きに合わせて、全身が空気の壁を突き破って前に進む。
視界から色が消え失せ、一歩踏み込んだ姿勢のまま、床をスルスルと滑る。その軌跡に合わせて敷かれた絨毯が裂けていく。
男の拳を避けるだけのつもりだったが、男の横を通り過ぎて、ドラゴノイドの眼前まで迫って、漸く止まる。
圧縮された空気が爆発的に拡散することによって、男と目の前のドラゴノイドが、触れてもいないのに、後方へと吹き飛ばされ、遅れて、座っていた者達も吹き飛ばされる。
音速を超えたな。
『ああ。でも、止まるのに工夫が必要だな。』
ガラスが全て砕け散って、絨毯がズタボロに裂け、千切れている。
う~ん。死なないように気を付けたけど、室内ではやらないようにしよう。
後ろを振り返ると、皇帝は椅子からずり落ちていた。
壁まで吹き飛んでいたドラゴノイドが、怒りを隠さずに俺に向かって突進してくる。
右と左の高速連打が、俺に向かって放たれるが、超高速のゾーンに突入している俺には止まって見える。音速を超えて、衝撃波を生み出さないようにすることの方が難しい。
その時、遠く離れた本体、というかどちらも分体で、どちらも本体なのだが、兎に角トンナの膝上に居る俺の方が一頭の魔獣を検知した。
魔獣はマイクロマシンを霊子ごと喰らうので、検知特定が難しい。特に行軍中の俺は、その意識のほとんどをカルザン帝国の方へ向けていたため、進軍している俺の周囲ではマイクロマシンの網が粗くなっていた。
カルザン帝国の俺と進軍中の俺とで意識を分けているのだが、その意識の割合が大きく違う。トンナの膝上でのんびりしていた俺はその意識割合は一で、カルザン帝国の俺は九だ。
意識割合の違いは視覚などの感覚器官に大きな違いが出る。二つの視覚情報が入って来るのだから、片方が目を瞑っていないと行軍中の風景と帝国での風景がダブって見える。
ところが意識割合を片方に偏らせると、もう片方の視覚情報が減退し、ボンヤリと薄くなるのだ。俺はそのことを利用して、カルザン帝国の俺に九割の意識を割り振ったのだが、それが原因で、魔獣接近に気付くのが遅れた。
俺は進軍中の俺に全意識の三割を割り振り直し、風景がダブらないように目を閉じさせる。
俺はローデルとヘルザースに止まるように指示を出す。
連なる星々に与えたネックレスの宝石には、霊子受発信回路を応用した双方向の通信機能を持たせている。
周囲の幽子を取り込み作動するネックレス型の通信機器は、距離に関係なく傍受されることも、妨害されることもない。
ただ、難点は、俺が与えただけと同数の通信機を、俺も持たなければならないことだ。お陰で、俺の両手のブレスレットとチョーカーは宝石だらけでジャラジャラだ。
「トンナ、魔獣が接近してる。」
「ええ?!」
俺はヘルザースとローデルに道を開けるように指示をする。
「トンナ、このまま真直ぐ進め。アヌヤ射撃用意!」
「わかってんよ!」
「義母さん!この馬車に惹きつける。動きを止めるつもりで頼む!」
「わかったよ。」
「ギンテン!抜剣!」
「了解なの!」
ドラゴノイドの拳が俺の頬を掠める。
むう。とにかくこっちを早めに何とかしよう。
魔獣が姿を現す。
再び目を開く。
ドラゴノイドと魔獣の姿がダブって見える。
真黒の毛並みに乳白色の牙が見える。サーベルタイガーそのまんまの牙だ。
頭頂部から背中まで、馬のような鬣が逆立っている。大きさはアギラと同じぐらいの五メートルほどか。
獣が天を振り仰ぎ、口を大きく開ける。
口からはみ出している牙が、前へ突出するように動く。
『マイクロマシンを吐き出した。』
コイツもか!
俺はドラゴノイドの攻撃を捌きながら、魔獣を観察する。くっ。見辛い。音も二重に聞こえてくるので、どちらの音か判別できない。
何とか出来ないのか?
『無理だ。表出している精神体は一つだ。別の副幹人格に明け渡せば、そいつは完全に別人となってお前と分離する。』
後で合一出来ねえの?
『霊子体も二つに分かれてる。できるとは言い切れん。』
畜生!
ヘルザースとローデルが軍を二手に分けて、俺の進路を作り出す。
「トンナ!全速!」
トンナが手綱を振るう。馬の背中を手綱が叩き、馬の速度が上がる。
「アヌヤ!撃て!」
アヌヤの対物ライフルがマズルフラッシュを吐き出しながら、轟音を発する。
赤い尾を引いて、大口径ライフルの弾丸が飛ぶ。
魔獣に弾丸が達する瞬間、飛来する弾丸に纏わりつくように火花が飛んで、獣の頭部を狙っていた弾道がずれる。
獣の頭部を狙っていた筈が、獣の肩を撃ち抜く。獣の咆哮が、俺達を捕える。頭蓋内に響くほどの音量だ。
俺は意識の七割を帝国側に割り振っていたので、大したことはなかったが、そうではない皆は耳を押さえて、苦痛の表情を見せている。
『頭蓋に響く振動だ。音が物質に干渉してる。』
それって超音波?
『そうだ。骨の共鳴振動と同一なんだ。気を付けろ。奴の周囲にマイクロマシンを集めて、振動を相殺させろ。それと奴が吐き出したマイクロマシンは可燃性だ。広範囲に燃やされるぞ。』
いずれも広範囲攻撃用じゃないか。勘弁してくれ。
獣が走り出す。
同時にドラゴノイドのラッシュが始まった。
意識を三割も魔獣へと振っているから、ドラゴノイドへの対処が雑になっているのだ。
魔法使いとの連携で俺を倒せる好機と思ったのだろう。怒涛のラッシュだ。
「トンナ!止まれ!アヌヤ!撃ち続けろ!」
トンナが馬車のブレーキを引きながら、手綱を絞る。
アヌヤが引き金を絞る。
弾道を逸らされながらも、魔獣には当たっている。しかし、次の着弾時には、先の弾痕が塞がっている。恐ろしいまでの治癒復元速度だ。
ドラゴノイドの拳に隠れて、魔法使いが小さな空気の塊を打ち出す。
圧縮された小さな空気の塊だ。
その一つが俺の眼前で炸裂して、俺の目をくらませる。
「ちっ!」
くらまされた方からドラゴノイドの拳が迫る。
俺は右手を分解、再構築。
光速のアッパーをドラゴノイドの繰り出す拳にブチ当てる。カルビンでコーティングされた光速の拳だ。ドラゴノイドの拳は爆散して、赤い血を辺りにぶちまける。
ぶちまけた肉片と血をマイクロマシンが分解して取込む。後で再生してやるためだ。
畜生っ!面倒くせい!
俺は馬車に近づく魔獣の眼前から地面を変形させる。
魔獣の速度に合わせて、地面を盛り上げ、高速で坂道へと変形させた。坂道は馬車の上へと伸び上がり、馬車を完全に覆う。
魔獣はその速度を殺す前に、俺の作ったジャンプ台を駆け上がり、俺達の後ろへと飛び降りる。
魔獣の後ろからアヌヤが撃つ。
撃たれた魔獣が反応して、ターンをするが、既に先程までのスピードはない。
「トンナ!打ち出しておくれ!」
オルラがトンナの掌に両足を蹴り出す。トンナがオルラの両足を受けた手を鉄砲のように突き出す。
同時にヒャクヤが馬車の横から飛び出し、土煙を上げながら走り出す。
俺は分解と再構築を繰り返し、ドラゴノイドの打撃を躱し、右掌をドラゴノイドの腹部に当てる。全身を分解、五ミリだけ前に移動して、再構築する。
たった五ミリだが、光速移動だ。
光速で加速した重さ三十キロ以上の塊が激突したのだ。その上、音速を超える構築速度のため、衝撃波まで発生させてしまった。耐えられる筈がない。
ドラゴノイドは後方へと吹き飛び、壁を突き破って埃の彼方に消え去った。
ツブリが火花を散らしながら、振り返った魔獣の首に絡みつく。
ヒャクヤのフォローに、俺のマイクロマシンが、魔獣の周りを飛ぶ。可燃性のマイクロマシンと接触して火花を散らせる。
ヒャクヤが魔獣の前足、その軸足を斬り飛ばし、魔獣のバランスを崩して後ろへと回り込む。
魔獣を越えたところで、トンナに打ち出されたオルラが失速し、地面へと堕ちる寸前で、ヒャクヤがオルラを受け止める。
バランスを崩した魔獣に向かってアヌヤが撃つ。
俺はマイクロマシンを使って、アヌヤの弾道を確保、狙い違わず、魔獣の残った前足をアヌヤの弾丸が撃ち抜いた。
オルラが苦無を地面に打ち込み、「貫け茨。」と起動のパスワードを呟いた。
苦無の先端に仕込まれたマイクロマシンが土の分子結合を組み換え、結合力を強力に変質させる。茨の棘のように、硬く変質した土が地面を抉りながら地中を伸長する。
苦無の尻の鉄環にツブリを通し、出来たツブリの輪にタングステン製の棒を差し込み、ブレーキにする。ツブリのもう片方の端を魔獣に投げる。
前に倒れこんだ魔獣の後ろ脚にツブリが絡み付き、魔獣の首と合わせて二か所で魔獣を地面に縫い付ける。
魔獣の注意がオルラとヒャクヤに向かないようにアヌヤが、再度、引き金を絞る。
対物ライフルの発射音と同時にトンナが馬車から飛び出し、肩の角から放電させる。
魔獣の周囲を飛ぶマイクロマシンがトンナの放電によって焼き尽くされ、危機を察した魔獣が吠える。
俺のマイクロマシンが振動し、魔獣の超音波を相殺する。
トンナの拳が魔獣の眉間を捉え、スローモーションのように拳が肉の中へとめり込んだ。
「ドラゴンモード!!!」
埃の向こうからハスキーな女の声が響く。
嘘っ!
俺は目を疑った。
埃を蹴散らし、飛び出してきたドラゴノイドは正しくドラゴン。全身を硬質の鱗に覆われ、刃物のような爪と牙を惜しげもなく見せている。
太い尻尾に蝙蝠のような翼、前腕には鱗が変形した棘を備えている。
金色の瞳が爛々と輝き、吹き飛ばした筈の拳も再生されている。
後頭部からは棘を有した背鰭が尻尾の先まで生えており、額には歪んだ角が二本生えていた。
申し訳程度に体に纏わり付いた布の切れ端が、ドラゴノイドの動きに耐えられず、更に千切れて粉々になる。
人型のドラゴンが、その咆哮と共に俺の眼前へと迫る。
小型の魔獣がトンナの脇腹に喰らいつく。
「げふっ!!」
グラファイトでコーティングした鎧を易々と貫き、長さ二十センチはある牙がトンナの脇腹に突き刺さっていた。
俺は、自身の体を即座に分解、光速移動し、小型の魔獣を右拳で打貫くようにして再構築。
小型の魔獣が吹き飛ばされて、地面に転がる。
アヌヤに切り飛ばされた前足が、変形再構築されて、形質はそのままの小型の魔獣となっていた。
プラナリアかよ!
「ギンテン!斬るな!」
小型の魔獣に斬りかかろうとするヒャクヤを止める。
俺は気付く、小型の魔獣から牙が抜け落ちている。
トンナの脇腹に魔獣の牙が残ったままだ。
ヤバイ!
ドラゴノイドの初撃を躱して、俺は意識の一割を残してタナハラに呼び掛ける。
頼む!
『おう!任された!』
俺は咄嗟に意識の九割を戻し、全力でトンナとオルラ、そしてヒャクヤを高速分解、馬車へと移動させる。俺の足元にはトンナから抜け落ちた牙が残る。その牙が爆発四散し、魔獣の体から漏れ出ていた可燃性のマイクロマシンへと引火し、横たわっていた全長五メートルの魔獣の体が誘爆を引き起こす。
俺は大規模爆発の中にあって、自分の体の再構築を繰り返す。
再構築する端から焼き尽くされていく。
『戦闘を継続するには脳さえ守れればいい!』
分解移動、僅かずつでも燃焼範囲から離れるように移動と再構築を繰り返す。焼却された元素を量子情報体から補充する。別世界の俺の体が消えていく。
『急げ!肺の酸素が無くなれば脳に被害が出る!脳が機能を停止すれば燃やされるままだ!』
トンナの泣き叫ぶ声が聞こえる。
マイクロマシンが焼き尽くされて、外の状況がわからない。
量子情報体を地中に潜行させよう!
『地中で肉体を再構築か!』
頼む!
タナハラがドラゴノイドの斬撃を避ける。
ドラゴノイドは拳を使っていない。
鋭い爪での斬撃を駆使して俺の体を斬りに来る。
片を付ける。
『どうやって!?』
イズモリがヒントをくれた。脳の機能を停止させる!
斬撃を潜り抜け、俺は掌を、ドラゴノイドの口と鼻を覆うように被せる。
一瞬の一呼吸。
酸素濃度を極端に低下させた空気を吸ったドラゴノイドは、膝からその場に崩れ落ちた。
土中を掘り進んで燃焼範囲を抜ける。
『爆発燃焼速度が速すぎる。一瞬で周囲のマイクロマシンが焼き尽くされた。』
よく量子情報体が無事だったな。
『量子情報体はあくまで量子だからな。状態であって物質じゃない。肉体に変換して、初めて物質になる。マイクロマシンとの違いはそこだ。』
何はともあれ助かった。
『小型の魔獣は?』
ああ。オルラが抑えてる。
『体長は一メートルほどだったからな、ツブリのワイヤーは切れんだろう。』
地面から出た俺は、泣きつくトンナの頭を撫でながら、そのまま持ち上げられる。
「トンナ。魔獣の傍に行ってくれ。」
嗚咽を漏らしながらも、俺を抱えたまま、トンナが、小さくなった魔獣の傍に近寄る。
魔獣は最後を悟ったのか、大人しくツブリのワイヤーに絡め捕られたままになっている。
「どうする?どうやって止めを刺すんだい?」
魔獣の傍に立つオルラが俺に問い掛ける。
体長は一メートルほどにまで縮んでいるが、魔獣は魔獣だ。殺さねばなるまい。
俺はトンナから跳び下り、魔獣の傍でしゃがみ込む。
「お前が話せればな。」
俺は前の世界で猫を飼っていた。トンナを傷付けたことは腹立たしいが、それでも猫を殺すのは忍びない。
「話せれば、殺さぬか。」
話したよ。
魔獣が。




