カルザンくーん。遊びましょ、て、言って遊んでくれたら世話ないんだが
「光を齎す者よ。それでは出立のご準備を。」
ローデルが、俺の前に頭を下げて、二頭立ての馬車へと俺達を誘う。
二頭立ての馬車、かぁ…
豪奢な装飾が施された馬車を目の前にして、俺はその手を翳す。
扉と窓が備え付けられた、密閉度の高い屋形部分を簡素な屋根だけの意匠に変更し、軽量化を図る。
馬車を構成する木材は、グラファイトと薄い鉄の積層構造で軽量化する。
乗るのは御者にトンナ、屋形部分にはオルラとヒャクヤだ。
トンナはサイズ的に馬に乗れない。
オルラは馬に触ったこともない。
ヒャクヤは「馬はお尻が痛くなるから嫌なの!馬車の中に乗るの!」と言うので、屋形の中だ。
アヌヤは射手として、普通、荷台となる屋形の後部に専用シートを作ってやる。構造的に背面が手薄となるため、背面対応可能な砲撃台だ。トンナとの重量バランスを考えて、結構本格的な砲台を作る。対物ライフルを備えた、回転式の砲台だ。
トンナの体重を支えるために、足回りは重点的に改造した。
四輪の車軸は独立稼働にして、車台部分と屋形部分を完全に分離。靭性の高い、弓型に成形した鉄と、アギラのゴム状の脂肪を使ったサスペンションをふんだんに使って、車台部分と屋形部分を接続。屋形部分を水平に保つために車台の大きさを屋形部分よりも大きくし、車台部分に屋形部分が釣られるような形にしている。
車高が低くなるので、射線に晒されることもなくなる。
カーボンと金属の複合素材製の車輪を大きくして、装甲の役割に期待する。車輪の位置と屋形部分の高さがほぼ同一となるので、フェンダーを取り付け、アギラ製のゴムを車輪に履かせる。
戦闘バギーを馬に引かせているような外観になった。かなり奇抜だ。
御者台はトンナ専用の物として、トンナの尻の形に合わせて作成する。車体中央から伸びる馬と接続するハーネス部分にトンナ専用の武器、斧槍をセットする。胸引きの馬よりも前方に突出するので、セットしたままならランスとしても使える。
最後にカーボングラファイトをコーティングして仕上げだ。
「トガリ、一緒に乗らないの?」
トンナが不安そうに聞いてくるので、「俺は膝の上でしょ?」と答える。
頬を上気させて、トンナが「ふふ。」と笑う。
「これはまた…何と申しましょうか。」
「魔狩りに相応しいだろう?」
俺が改造した馬車を見て、困惑気味のヘルザースとローデルに、俺は貴族ではないと言外に含ませて答える。
俺はトンナの膝の上で踏ん反り返り「じゃあ、行こうか。」と、声を掛ける。
ヘルザースの息子が声を張り上げ、出発の号令を掛ける。
武家方用人が出立の角笛を吹き、その鬨を告げる。
昇る朝日を背に受けて、総勢五百名からの第一陣が斉一に動き出した。
速度を重視しているので、騎兵が主体となった編成だが、騎乗している兵士は本来の部隊運用では、騎兵ではない。あくまでも馬に運んで貰う兵士である。
ヘルザースは部隊運用する上で、機動力に重点を置いた運用を考えていた。
元から農耕馬の育成に力を入れていたこともあって、その馬を軍馬に転用できるように、農閑期には騎馬として練兵していたのだ。
農耕馬も軍馬もサラブレッドのような速さは求められてはいない。
頑健で力強さと耐久力が重要になる。
そういった共通項を、抜け目なく見逃さないのだから、ヘルザースの反乱に対する本気度がいかに高かったのかが伺える。
十人を一つの小隊とし、その小隊は二交代で戦う。つまり、二十人が一つの小隊を構成することになる。
小隊の内三人は銃兵、弓兵三人、槍兵三人の構成である。
槍兵は重厚な鎧に大きな盾を装備し、銃弾から銃兵と弓兵を守る役割を担っている。
一個小隊に一車両の軽馬車があてがわれ、その軽馬車に輜重と重い装備が詰まれ、御者として小隊長が操縦する。
戦になれば車両を本陣に置いて、その軽馬車を引いていた馬は、騎馬として小隊長が使う。
本来の運用方法は、このように二十人の小隊に、馬二頭と軽馬車二両の編成だが、この第一陣は違う。
兵士運搬用の大型馬車が十両と小隊運用の軽馬車が二十両、本来の騎兵隊と近衛隊が五十頭の馬に跨り、他の銃兵、弓兵、槍兵もが馬に跨っている。騎兵隊と近衛隊を除けば、百五十頭の騎馬が運用されている。
第一陣は迅速に戦場へと向かい、銃兵、弓兵、槍兵は、戦場では、馬から降りて戦う。
第二陣は馬を乗り潰すつもりで戦場へと向かい、戦場に到着すれば、第一陣が休ませていた馬に乗り換え、参戦するのだ。
馬の数は莫大な数となるが、早期に戦場へと到着することで、輜重が少なく済み、兵の補充が速やかに行われる。また、兵の疲れが軽減されるため、戦場での士気も高いままに保たれる。
馬の飼育には甚大な経費が掛かるが、ヘルザースは必要と考えることには金を惜しみなく使っていたようだ。
確かに昨晩の料理にも馬肉が多く用いられていた。
したがって、この進軍もかなりのスピードだ。歩兵を運用していたのでは、出せない速度での進軍である。
街道には領民が並び、兵達の無事の帰還を願っている。
領民の姿が見えなくなり、郊外を走り続けて、一時間ほどが過ぎた頃、イズモリが提案する。
『コルナから、帝国の内情を聞き出しておこう。』
かなり苦しみながらも俺の下僕となったコルナは、最も波長の合うイズモリを常駐させている。
この進軍中に帝国に何か仕掛けるのか?
『帝国に連なる星々を認識させた方が、何かと都合がいいだろう?』
そうだな。そうすれば、ヒラギ族に対する帝国の動きを牽制できるな。
『コルナ。』
早速イズモリが動き出す。
『なんだ?表の主人が不在になったんだ、忙しい。野暮用なら後にしてくれ。』
あれ?下僕っぽくないぞ?トンナが特別なのか?
『お前を指揮監督している帝国の人間を教えろ。』
『どうして?』
『わかった。この黒髪の男、アンダルという名だな。』
『ちっ。教えなくても、私の頭に浮かんだイメージをそのまま盗めるのか。』
盗むって、人聞きが悪いなあ。
『そうだ。ついでだ、教えておいてやる。夜のストレス解消はあまりやりすぎるな。朝に疲れを残してるぞ。』
「うるさい!!」
どうも、思わず声に出したようだ。周りの人間に注意しろよ。
『声に出すな。気がふれたかと思われるぞ?』
『…』
『返事をしろ。』
『わかってる!!』
コルナも大変だ。イズモリ相手じゃ、かなりストレスになるだろう。
俺の支配するマイクロマシンは、現在、ハルディレン王国どころか、大陸の北半分を覆っている。
マイクロマシンは、俺を中心に紐状に繋がり、網を形成して広がっているため、その情報は光速で俺の元に届けられるし、俺からの情報も光速で指示される。網状に繋がったマイクロマシンは、俺から距離をとるごとに粗が大きくなるが、一点に意識を集中させれば、その地点にマイクロマシンが集中し、詳細な情報を得ることが出来る。
俺はカルザン帝国の帝国城へと意識を集中させ、アンダルという名の人間を探す。
いた。
黒髪に茶色の瞳、身長は百八十センチメートルぐらいか。中々の偉丈夫だ。知性的でありながら、生物的な弱さを感じさせない、コーカサスだ。白いローブを着ているが、額に第三の目の刺青がない。魔法使いではないのか?
まあ、国ごとに違いはあるか。
俺は分体を生成する。
「トンナ。」
トンナが、俺を見下ろしながら「何?どうしたの?」と聞き返す。
「今から俺はちょっとボンヤリするけど気にしないで。ちょっとカルザン帝国に俺の分身を飛ばすから。」
「えっ?」
懐疑的な表情で俺を見詰めるトンナの疑問をそのままに、俺は意識のほとんどを、生成した分体へと移す。
そこは、皇帝を前にした御前会議場であった。
十メートルはある長テーブルの上に黒い炭素を瘴気のように纏いながら、俺は、その中空に姿を表す。魔王の登場だ。
獣の咢を模した、グラファイト製の黒い仮面は、顔の上半分を隠し、凶悪で、グロテスクで、生物的な意匠を心掛けた。肩には余っているアギラの角を備え、真っ黒な衣装は悪魔を彷彿とさせている筈だ。
黒いローブの裾は、風もないのにマントのように翻している。指先には‘猫手’と呼ばれる爪の付いた指貫をはめ、首には苦無が五本ぶら下がっている。
体中から有機的な棘を生やした黒い衣装は、ちょっと恥ずかしいが、異様さをアピールするには最適だろう。
黒いローブは端から分解と再構築を繰り返し、まるで黒い瘴気で出来ているような演出も忘れない。
反り返った刃物を備えた爪先で、テーブルの上に着地する。
テーブルの中央にて、俺は腰に手を当てて、その場に居る人間の、一人一人の顔を確認するように睥睨する。
その場に居る人間は、驚きのあまり声を出せない状態に陥っていた。その中で注目すべき人物は二人。
目的のアンダルという男と、獣人だ。
アンダルは俺の左手に座って、蒼褪めている。獣人は、俺の正面、皇帝の左背後に控えていた。
俺が、何故、この獣人に注目したかというと、この獣人、人の姿をしている。ヒラギ族か?と一瞬疑うが、違うな、と確信する。
俺は既にこの場に居る者達全員の脳にマイクロマシンを侵入させている。
獣人にはコルナの時と同じようにマイクロマシン排出命令を走らせたマイクロマシンを使っている。
排出されるマイクロマシンは、獣人の生体電気を使って、獣人から三メートル離れた地点まで排出され、それ以降は幽子を消費しながら俺の元へと情報を持ち帰る。
ドラゴノイドだ。
前の世界では、該当する生物情報が見当たらないが、鱗と角、そして皮膜状の翼を有している遺伝子情報からドラゴンの形質が見て取れる。
俺は爪先でテーブルを軽く踏み叩いた。
爪先を起点としてテーブルに無数の亀裂が走り、木目に沿って木っ端微塵に砕け散る。
床に着地して、皇帝に対して恭しく頭を下げる。
「御機嫌よう、フロイストロ・ビロ・セスデク・クヴァル・カルザン。」
幼い。
幼帝だ。銀のように見えるプラチナブロンドは裁断された絹のように胸にまで垂らされ、薄い色素の肌は月のようだ。
深い碧の瞳は、怯えに染まり、皇帝としての威厳が失われている。小さくて可愛い指は、爪を白くさせるほどに、肘掛けを握りこんでいた。
「おや?本日の陛下はご機嫌斜めかな?お言葉を頂戴できぬようだ。」
獣人、ドラゴノイドの女が帝王の横に進み出る。
大きな女だった。
トンナと同じくらいの上背がある。肩の筋肉が盛り上がり、女性とは思えない筋肉質な体格だ。
目の色は変えることが出来ないのか、金色の瞳で俺を睨む。褐色の拳を握り締め、俺から皇帝を守るため、斜に構えるその立ち姿は、臆したところが見て取れない。
このドラゴノイドの動きに触発されてか、もう一人の護衛が皇帝の横に進み出る。こちらの護衛も大きいが、ただの人間だ。興味はない。
座っていた重臣達が、立ち上がって、兵士を呼ぼうとするが、俺の「動くな。」という一言でその動きを止める。
俺は、再度、周囲を見回し、アンダルを始めとした白いローブを着た人物だけをピックアップし、動けるようにしてやる。
「ルールは簡単だ。今動けるようにした者だけに俺への攻撃を認める。護衛二人にも認めよう。他の兵士を呼ぶことは禁止だ。このルールを破った場合の罰則は…」
俺は人差し指にはめた金属製の爪を噛みながら、少し考える素振を見せる。
「そうだな。兵士一人につき、カルザン皇帝の体の一部、カルザン皇帝の一部分を消してしまおう。」
なるべくお道化たような雰囲気で、ピエロのように俺は喋った。
作中に出てくる、カルザン皇帝の本名、フロイストロ・ビロ・セスデク・クヴァル・カルザンですが、フロイストロがファーストネームで、ビロが皇族の男性を意味し、セスデク・クヴァルは人工語であるエスペラント語の64を意味します。つまり、フロイストロはカルザン帝国第64代皇帝ということになります。
ちなみに女性皇族を意味する単語はヌエと設定しています。




