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トガリ  作者: 吉四六
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コルナの想いに策謀が含まれてても良いんじゃないだろうか?

「疲れた。」

 ベッドに飛び込むように倒れこむ。

 トンナが小走りでベッドに近づき、俺の頭を支えて、自分の膝を差し込んでくる。いや、トンナ、お前の膝だと高くなり過ぎて逆に首が痛いです。

 俺はトンナの膝の上によじ登って、トンナの腹に頭を預けて寝転がる。

「突然あんなこと言われても困るよねぇ。」

 トンナ、トガリ教を布教してたお前が、それを言うのか?

「でも、しょうがないよ。トガリは神様だから。」

 駄目だ。トンナがまだ酔っぱらってる。目がキラキラしてる。

「チビ助がこんなに人気者になるなんて想像も出来なかったんよ。」

「変態チキン王に格上げなの。」

 お前らはキッチリとディスるな。ある意味安心だよ。

「さあ。明日は出立だ。しっかり休むんだよ。」

 獣人三人娘が声を揃えて返事する。

 オルラの立ち位置が羨ましいよ。

 結局、俺達はヘルザースの第一陣とローデルの第一陣と共に、ズヌークの元に向かうことになった。

 ズヌークも両足が動かない状態なので、今回の勅命には参集できない。予定通りなら、自領にて療養しているだろう。

 驚きなのはヘルザースだ。

 両手両足が麻痺した状態で、ズヌークの元に向かうと言っていた。

 何でも、俺にズヌークとの仲を取り持って貰うのに、自分が行かない訳にはいかないそうだ。

 その割に、出兵には参加せず、ズヌークとの会談が終われば自領に引揚げるとかぬかしていたが、それで良いのか?大丈夫か?伯爵として。

 トンナの上で寝っ転がりながら、俺は考える。

 コルナは成果を挙げねばならない。帝国に残してきたヒラギ族のためにも。

 俺を反王国の新興勢力として位置付ければ、時間は稼げるだろうが、帝国は成果を望んでくる筈だ。つまり、王国の戦乱、内乱という目に見えた形の成果だ。

 コルナのためには、結局、謀反を起こす者がヘルザースから俺に変わっただけで、内乱を起こしてやらなければならない。

 今回の謀反は、新興勢力‘連なる星々’の台頭に伴う混乱ということで、コルナは報告するのだろう。

 引き延ばす理由としては、新興勢力‘連なる星々’はその勢力を拡大傾向にあるため、時間を要するというものだろう。

 そうなると、次回はもっと大規模、ヘルザースの伯爵領だけではなく、隣接するディランの伯爵領も決起させるぐらいでないと帝国にとっては割に合わない。

 帝国がいつまで待てるか?

 ハルディレン王国は、カルザン帝国の周囲を固める他の三カ国と四カ国同盟を締結している。

 カルザン帝国は、恐らく、他の三カ国にも何らかの動きを見せているだろう。そうでなくては、帝国内において、大規模に兵を動かすことは出来ない。

 帝国内で西に兵を集中させたから、ハルディレン王国が徴兵令を出すのだ。

 帝国内で手薄な部分が出来れば、他の三カ国が見逃さない。見逃すということは、帝国との間で何かの密約がなされたということだ。

 三カ国の内、どの国が帝国と密約を交わしたのか?

 どこでも良い。

 何にしろ、密約が交わされた時点で、四カ国同盟には亀裂が入ったことになる。

 帝国としては、亀裂が入った事実を公開できるだけでも成果となるな。

 ハルディレン王国の内乱もしくは四カ国同盟の亀裂。

 どちらも帝国にとってはプラス要因だ。問題はそのプラスの収支が見合っているかどうかだな。

 ハルディレン王国の内乱と四カ国同盟の亀裂、その両方を狙ったものだろうから、帝国としては、マイナスと受け取るだろう。

 ヒラギ族が危ないか?

 いや。コルナは優秀だ。

 事実、ヘルザースは謀反する気が満々だった。ヘルザースの画策していた内乱よりも、更に大きな内乱が勃発する可能性を考えれば、コルナを切るのは得策ではない。今回の策謀を巡らせた者。帝国の上層部はそれ程短慮ではない筈だ。

 時間は稼げただろう。

 コルナの策に乗ってやる。

 連なる星々。

 思わぬ形で手に入った組織だ。生まれ立ての乳飲み子のような組織だが、目一杯使わせて貰おう。いや、使わなければ、コルナが、ヒラギ族が危ない。

 その名が帝国に届くぐらいにまで育て上げねば。

 覚悟を決めた俺の耳に、(ひび)を入れるような高い音が届く。

 冷めた月光に響き上がる音が、雲を割いて俺の心を揺さぶる。

 俺は起き上がった。

 音に誘われるまま、その体の向きを変える。

 トンナが反応し、俺と共に音源を探る。

 冷めざめとした蒼い音に、時折混じる濁った音。

 鮮やかな曲線を描いて空へと駆け上がる銀の旋律を乱す、鈍色(にびいろ)の雫。

 俺はトンナと共にその極みへと向かう。

 最上階。

 俺が壊した壁は瓦礫となって、床の上に(うずたか)く積まれ、その上に青い狩衣のような服を着た女が座っていた。

 突如現れた俺とトンナに驚く風もなく、女が振り返る。

「コルナ…」

 俺の言葉を無視して、女、コルナがトンナの足元に平伏す。

「お耳汚しを聞かせてしまいました。申し訳ございません。」

 俺は構わずにコルナの前に右手を差し出す。

「その笛、ちょっと見せてくれ。」

 俺の言葉に、コルナがキツイ視線を送るが、トンナの頷きで、コルナが、俺の手の上に笛を乗せる。

 藤蔓で絞められた長い横笛。

 漆に象嵌が施され、青い真直ぐな姿を月光に晒す。

 構造は単純だが、それ故にメンテナンスが難しい。外観に施された象嵌などの装飾も音に影響を与えている。

 内側に塗られた漆が僅かに傷つくだけでもその音に影響するだろう。

 俺は、その傷を修復する。

 コルナの手に笛を渡す。

 トンナが頷き、コルナが再び笛を吹き始める。

 先程まで混じっていた濁りが消え、澱むことのない水の流れのような旋律が月光に溶けていく。

 俺とトンナがその音を感じる。体を通して、心へと滑り込んでくる。

 音がやむ。

 唄口から唇を離すコルナが、俺に視線を向ける。

「…大したものだ…」

 その言葉に、俺はコルナに視線を向ける。

「力のある者は、心さえも掴むのか…」

 コルナの言葉を静かに聞く。

「帝国では、笛を吹くことは不要だと言われた。ただ、強くあること。ただ、技を磨くことだけに専心せよと命じられ、そのように生きて来た。」

 コルナの目は何処か寂し気で、何処か優し気だ。

「この笛は母者(ははじゃ)が唯一残してくれた物。その笛を直せる貴様は、一体何者なのか。」

 俺もトンナも答えない。

 コルナも問い掛けたわけじゃない。

 ただ、心に浮かんだことを言葉にしただけのようだった。

 密偵頭として、遠く離れた異国の地で、諜報活動を続けるコルナの心に、届く言葉を俺は持っていない。それはトンナも同じだ。

 真名に縛られる獣人は、残酷なまでに陰惨なシステムで、その人生を縛られている。

 戦乱を避けるためとはいえ、俺はコルナの人生を捻じり、歪めた。選択することを許さずに、俺の意に添わせた。

 そして、同じことをするコルナを脅し、これ以上の洗脳を禁じた。

「帝国に対して、時間は稼げたのか?」

 俺の言葉に、コルナの唇が皮肉めいて歪む。

「そんなことまでお前は気にするのか?」

「俺は俺のやりたいようにやる。その内の一つだ。」

 俺に関わって、その結果、人が死ぬような事態は避けたい。アヌヤとヒャクヤに関わって、ここまで来てしまった。最後まで押し通したい。理屈も理由も必要ない。

 俺が強いのであれば、俺はその強さをもって、俺の我を押し通す。

「傲慢な、胸糞の悪いチビだ。」

「内乱のタイムリミットはいつだ?」

 帝国はハルディレン王国の内乱が勃発することを画策している。その内乱が起きなければ、コルナは用済みである。

「聞いてどうする?お前が何をするのだ?」

「お前を含める、ヒラギ族を救う。」

 コルナが口の端で笑う。

「お前には、それを信じさせるだけの力がある。しかし私はお前を信用するべき立場にはない。」

「俺を信用する必要はない。ヒラギ族を救うために、俺を利用しろ。」

 コルナが俺の目を見る。

 探る訳でも、問い掛ける訳でもない。ただ俺という存在を見ている瞳。

 俺は立ち上がり、右手を差し出す。

「コルナ、俺の下僕になれ。」

 トンナがコルナの肩に手を置く。

 コルナは迷いのない動きで、俺の手を取った。


 翌、夜明け前、馬の(いなな)きと人々の喧騒に、俺達は出立の時を知る。

 昨日、晩餐会が催された会場に、参加していた面々を呼び出す。

 トンナ達を俺の後ろに控えさせて、他の者達を俺の前に整列させる。

「連なる星々よ。印を与える。」

 俺はそう言って、手の中に目を象った金のペンダントを作り出し、その瞳の部分にダイヤモンドをはめる。そのペンダントをネックレスに仕立て上げ、トンナ、オルラ、アヌヤ、ヒャクヤの首に掛ける。

 同じ意匠で、瞳の部分にルビーをはめたネックレスをヘルザースとローデルに、同じく瞳にサファイアをはめたネックレスを、各用人達に俺が掛けて回る。

 オルラとアヌヤ、そして、ヒャクヤを除く全員が感動している。中には泣いている者までいる。

 う~ん、洗脳って怖い。

「印を持つ者に掟を与える。」

 全員がゴクリと喉を鳴らす。

「雌伏し、時を待て。人としての心を鍛え、錬磨し、領民を導け。我が身を慰撫し、同じく他人を慰撫せよ。各自に与えた印は我と通じ、事あればその印に問い掛けよ。我は必ず、その問いかけに答えよう。」

 ヘルザースを除く全員が跪く。

 秘密結社誕生の瞬間だ。

 新興宗教かテロリスト集団か、第三者から見れば、狂気的で、異様なシーンだろう。

 帝国や王国にとっては悪の秘密結社だ。

『ふん。悪の秘密結社か。適切だな。』

 そうなのか?

『光を齎す者。旧約聖書ではルシファーを指す。』

 魔王か…

『そう名付けるのは後世の歴史家であり、民衆だ。俺達が自ら名乗るわけじゃない。』

 何でも良いよ。俺は俺のやりたいようにやる。ただそれだけだ。

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