追う者は狩人
俺達は鍋を空にした後、軽く打ち合わせをする。
情報の共有化は大事だ。特に相手は纏まった軍事行動をしている。
被差別民のヤート族は日常生活に軍事教練を取り入れている生粋の戦闘民族であり、忍びとしての要素も強く持っている。
そんな相手と一戦交えようとするのだ。
打ち合わせをしておくことは必須だ。
姉の集落を襲った襲撃者の人数は十人から十五人。金剛は五体。集落から外へと続く街道には深い轍が刻まれていたのを確認している。
金剛は約三トン。
外へと続く街道は広く整備されているから大きな馬車を使って金剛を搬入したのだろう。
大型の馬車の積載量は、およそ七トンから八トン。金剛を二基、積み込むことが出来る。余剰分は恐らく御者と飼葉そして人の食料だろう。
ヤート族は馬車に乗ることはない。動きが制限され、見通しの悪い場所を嫌うからだ。
姉の集落からドラネ村へと続く街道は狭隘だ。轍は刻まれていなかった。そこからは馬車を使わずに金剛を歩かせて運搬したのだろう。金剛の足跡がしっかりと残っていた。
ヤート族だけなら、森を行く。
追跡のことを考えれば、その方が有利だからだ。しかし、体荷重の大きな金剛は平地での運用が基本だ。土で作った金剛ならば一旦バラシて、戦場付近で生成させればいいが、今回の金剛は岩石製だ。関節に使用されていた活着する蔓の整備が欠かせない。金剛に使用していた岩も金剛用に精錬されたものだろう。したがって、戦場でバラシて次の戦場で生成という訳にはいかない。
襲撃者達は徹底的に生き残りを捜し出して、殺して回ったそうだ。
追跡される因子を潰し、同時に村への伝令をさせないためだろう。女子供に容赦がなかった。現に一〇歳のトガリも殺されている。復活したけど。
「なら、楽に追いつけるかもしれない。」
何気なく呟いた俺の言葉に姉は顔を上げる。
「何だって?もう結構な時間が経ってるよ?」
「うん。でも、奴らは金剛を捨てずに、戦闘力を維持したまま村へと向かった。ということは、金剛の歩くスピードはそれほど速くないはず。金剛の関節部は柔軟性を重視して、耐久性に欠けそうだったから、走らせることは出来ないだろうからね。しかも、ずっと歩かせるということは、魔法使いは戦闘後も消耗し続ける。ヤート族に魔法使いはいないから、魔法使いは間違いなく俺達よりも階層が上の民族。ならば、ヤート族の頭が行軍を続けようとしても、魔法使いが、何処かで野営を申し立てたら、ヤート族はその言葉に従うしかない。なら、何処かで野営をする。村への行軍跡に馬の足跡がなかったことから、魔法使いは馬を使っていない。ということは、輿を使っているかもしれないな。いずれにしても、普段の俺達、ヤート族のような進軍スピードは出せない。」
姉がポカンとした表情で俺を見る。
「お前…本当にトガリかい?頭をやられて、どこかおかしくなったのかい?」
真剣な表情でそう言われて、ムッとなるが、俺は話を続ける。
「ヤート族以外に普段の生活に軍事教練を取り入れている民族の存在は考えにくいから、魔法使いの消耗は激しいはず。魔法の行使で、どれだけの体力を消耗するかは、わからないけれど、体力的に一般人と同じと考えれば、かなり早い段階で野営もしくは休息を申し出るはずだ。なんせ五体もの金剛を制御しているからね。」
姉は泣きそうな顔をしている。
「…やっぱりトガリじゃないんだね?」
「いい加減、怒るよ。」
「いやいや。怒るな。姉さんは嬉しいよ。お前みたいな頭の良い子が生き返ってくれて。」
ホントかなあ?という感情をたっぷりと表情に出して姉を見つめる。
「いや、本当だって。本当。」
二回言ったよ、この人。
「まあ、いいや。とにかく問題は奴らが何処で野営するかってことだ。」
「森の中だろう?」
姉が、何を当たり前のことを、という顔で口を挟む。
「だから~。俺達ヤート族だけならそうだけど、今回は魔法使いと金剛がいるでしょう。」
ほぼ、ほぼ、答えを言ったつもりだが、姉は何で?という表情を崩していない。脳筋だ。
この女、脳筋だったのか。
俺は金剛の外観から推測される運用方法の難しさについて説明する。
「金剛の関節は柔軟性重視で耐久性に欠けるから走らせることが出来ない。それは、地面の状態にも左右されるよね。森林なんかの細かな起伏のある場所では、関節にかかる負担が大きくて、次の戦場では使い物にならなくなる可能性が高い。金剛を連れて行ったということは、ヤート族の判断ではなく、その上からの達しなのだろう。つまり、金剛と魔法使いは大事にしなければならない。金剛の運用を優先するなら、森を行軍せず、街道を行軍する。特に春になったとはいえ、森の中にはまだ雪が残っている。それに対し、街道は、近々ある節季の監査のために除雪されているからね。つまり野営地は街道沿いか、街道そのものかということになる。」
「でも金剛を置いて、森の奥深くで、野営しても…。」
自信がないのか姉の言葉は尻すぼみだった。
ヤート族の考えなら、そのとおりだ。
ヤート族は安全性を考慮して、軍事行動中は極力その姿を隠したがる。
「ところが、魔法使いがいるから、そうはならない。」
姉がムッとする。一〇歳の子供の話し方としては、ちょっと調子に乗りすぎたかと心の中で戒める。
「魔法使いは、俺達ヤート族とは違って、戦闘経験が少ない。皆無と言ってもいいかもしれない。今まで、戦で魔法使いが運用されたことはあった?」
姉に問いかける。
「いいや。あたしの経験にはないな。親父様からもそんな話は聞いたことがない。」
トガリの記憶では、西の国境の戦闘では頻繁に魔法使いが運用されているらしいが、国境に接していない、この付近では魔法使いが運用されていない。
「やっぱり、領主同士の紛争では、魔法使いは運用されていないんだね。じゃあ、やっぱり、森の奥深くで、野営する可能性は低いと思う。」
「だから、どうして?」
「魔法使いはヤート族を信用できない。」
戦闘経験がなく、ヤート族の戦闘力を推し量れない者ならば、その不安感から、金剛の傍を離れたくないだろう。
「特にヤートの頭が追跡者を用心して、森の中に野営しようと言えば、更にその不安は大きくなって、魔法使いは金剛の傍から離れなくなる。」
姉は感心した顔つきで、うんうんと頷きながら俺の話を聞いていた。
「なるほど。それなら街道沿いで野営するね。」
納得したな。
この女、一〇歳児に簡単に納得させられたよ。現代社会では良い鴨だな。大丈夫か姉よ。
「じゃあ、トガリ。お前ならどんな所で、野営すると思う?」
あ~あ。一〇歳児に対してやってはならないことをしたよ。
「そうだな。俺なら街道沿いで、あまり広くない平地のある場所。森との境界には高い木が生えていて、川が近ければ、そこを野営地に選ぶかな?」
姉が口角を上げて、ニッコリと微笑む。
「あたしに思い当たる場所があるよ。」
そう言うと姉は立ち上がり、急かすように「行くよ!」と声を大きくした。
姉が、土間に置いてあったカンジキのような物を俺に差し出す。
俺はホウバタイのD菅にそれを括りつけて、姉の後を飛び出すように駆け出して行った。